44.焼き鳥屋?さっちゃん
「「では、鉄君の復活を祝してカンパ〜イ!!」」
カッシーャン
卒業式を終えたその日の夜、麗華と住之江は焼き鳥屋さっちゃんで祝杯のジョッキを重ねていた。店の主人である徳山 幸子22歳は意味が分からず首を傾げた。
「復活って何?」
「復活は復活や、うちの愛しい鉄君がやっと戻ってきたんや!」
「意味がわからん? 鉄君どっかに行ってたの」
「ちょっと色々あってね、しばらく鉄君は居なかったのよ、鉄ちゃんは居たけど」
「ふ〜ん、その割には週始めに春さん来た時機嫌良かったけど?」
結局、良く分からなかった幸子はもう一度首を傾げた。まぁ、一応は客だし深く詮索するものではないと判断し注文を取ることにした。
「ふむ、お祝いだしちょっと豪勢な感じがいいわね、幸ちゃんさっき冷蔵庫の中に有ったの出してよ」
「へっ、あれは私個人で食べようと思ってたんだけど。麗華って本当にそう言う所めざといな」
幸子は半分呆れながらも冷蔵庫の中から大きな肉の固まりを取り出したかと思うと、まな板の上にドンッと置いた。麗華と住之江の視線が焼き目のついた肉の固まりに集まる。
「おっ、美味そうやん。 なにそれ、なんの肉?」
「鹿って英語でなんて言うんだっけ?」
「ディアやなかったっけ」
そう言いながらも住之江が考え込む。
「いや、もう肉になっとるんやからベニソンやったっけ?」
(これ、日本人の住之江が迷うのもわからないではない、英語では牛を英語でカウ、けど肉はビーフ、豚はピッグ、けど肉はポーク、鶏はポートリー、肉はチキンと食肉になった時に呼び方が変るのだ、日本人には牛は牛、豚は豚なので食えれば、どっちでもええやんなのである)
「どっちよ」
「う〜ん、じゃあベニソンで、しゃあないやろ英語は苦手なんやから」
「じゃあ、ローストベニソンってことで、一昨日鹿の駆除で仕留めたのを猟友会のおばちゃんに頂いてね、せっかくだから作ってみた」
近年長野では鹿や猪などによる農作物の被害が増えており、その駆除のため裏山とかにも普通に罠が仕掛けられている。幸子は猟友会に知り合いがいるので時々その肉をわけてもらえるのだ。鹿肉は脂身が少なくタンパク質が多い、その上鉄分を多く含み栄養価も高い、血抜きに手間がかかるがそれさえクリアしてしまえば牛や豚にもひけをとらない良質の肉である、幸子はヨーグルトに漬け込んで血抜きと赤身肉特有の硬さを解消していた。尚、もみじ鍋にしても美味い。
まな板の上にある肉の固まりを、良く磨かれた包丁で薄く削いで行くと綺麗なピンク色の断面が現れる、ローストビーフより少し赤みが強いか?中心からは肉汁がジワリと滲んでくる。食欲をそそるその見た目に二人から「おお〜っ」と歓声が上がる。
「私だって頻繁に食べられないんだから、味わって食べなさいよ」
そう言いながら、ポン酢ベースのソースと擂り下ろした山葵を添えてカウンターに皿を置いた。この手の料理には山葵の辛みが良く合うのだ。
「ほな、いただきます。うおっ、この肉うまーっ!! めっちゃ柔らかい!」
「本当、良く出来てるわコレ、手間掛かってるでしょ」
住之江と麗華の賞賛にまんざらでもない幸子がふふんと鼻息を荒くした。この分なら他の客に出してもいいかもしれないと考えていると、入口の扉がガラリと音を立てる。藤色のスーツをビシッと着こなし、眼鏡をかけた小柄な女性が入ってきた。
「あら、二人とも美味しそうなの食べてるわね、おかみさん、私にも同じ物を、後ワインって置いてあるかしら?」
「「京香さん!」」
「どうしたんですか、京香さんみたいな人がこんな店に」
「ちょっと麗華、こんな店ってどう言う意味よ」
幸子は麗華の言いように少し気分を悪くした、こんな田舎の居酒屋だが味には自信があるのだ。まあ、あんな高そうなスーツを着た姉ちゃんが来る様な店ではないが。煙の匂いが付いちゃうぞ、ファブリーズ有ったけ?
「鉄君とさっきまで電話してたら、二人がここの店に入り浸ってるって聞いたので行ってみようと思いましたの」
「鉄君と電話ってどゆこと?」
「なんかリカが組織から守るとか訳が分からない事言ってるんだけど、なにか知ってますかって鉄君から相談の電話がきたんですの」
「組織? なんやそれ、麗華なんか知ってる?」
「…………」
なんとなく心当たりのある麗華は無言でグラスを口にして誤摩化した。(黒の組織は架空の団体です)
「ちゅうか、何普通に鉄くんと電話番号交換してんねん! うちかて教えてもらうのに半年かかってんのに」
「そこは私の人徳ですわね」
「うっわー、その余裕めっちゃむかつく」
「男の子と言うものは最終的に母性を求めるものですわ」
「うちらかて母性たっぷりやんか!」
「母性っておっぱいの大きさの事じゃありませんわよ」
「「そんなの知ってるわ!!」」
巨乳コンビが揃って声を荒げた、そんな二人を気にもかけず京香が上品に鹿肉のローストを小さな口で頬張った。
「あら、このジビエ美味しいですわ。下処理もしっかりしてて鹿肉の臭みもありませんわ」
「あざーっす、お姉さんみたいな上品な人にそう言って貰えると自信になります」
「「上品じゃなくて悪かったわね」」
麗華と住之江がジト目を幸子に向けるが笑顔でかわされる、先程の意趣返しだ。
美味い肴が有ると酒が進むものだ、4人は順調に杯を重ね大分酔いが回ってくる。特に鉄郎の裸談義はおおいに盛り上がった、住之江など明日から春休みなので飲むペースに遠慮がない。
「そや、鉄君って春休みの予定どないなってんの?」
「ん、貴子の研究所に遊びに行くって言ってたわね」
これに反応したのは京香だった、研究所と言う言葉にピクリと肩を震わせる。今日はそのことを聞く為に来たと言っても良かったのだ、あの現実離れした新薬を生み出した場所を見てみたいと医者魂が刺激される。
「麗華さん、そのラボって近くにありますの?」
「ちょっと遠いですよ、海の上だし、動いてるから正確な場所はわかんないですけど」
「「はぁ?! 海の上!!」」
「なんやねんそれ! あのちびっこ!…あれ? そう言えばどうやって学校通っとるや?」
頭の中に盛大に?マークを浮かべる住之江、只の教師には少し想像しずらいらしい、少なくとも海の上に電車は走っていない。京香にしてみればどこか隔離された場所なんだろうと当たりを付けていたが、海の上とは想像がつかず少し驚いた。
「春さんや夏子さん、それにあのインド人は行ったことあるみたいだけど、島みたいに大きいらしいよ」
「それって個人所有なんですの?」
グラスを傾けながら無言で頷く麗華を見て、京香は自分の想像が正しいことを半ば確信する。天才科学者のお嬢様と紹介されていたが、あの薬といい、ケーティー貴子と言うふざけた名前といい、おそらくあの幼女は加藤貴子その人だろう。死んだと発表されていたが若返って生きていたのか、それは政府から色々箝口令がでるわけだ。新薬や研究所に興味はあるが、これ以上の深入りは控えた方がいいと考え直した。触らぬ神に祟りなしである。
「何々、あんた達そんなお金持ちの知り合いいるの? うわー、そんな人にこの店の常連客になってもらいた〜い!」
ヘラヘラと幸子が話しに入ってくる、先程までしていた鉄郎の裸談義で随分と酒が進んだらしくご機嫌だ。
「一応、10歳児だから居酒屋の常連にはなれないね」
「ガ〜ン! 未成年なの……」
酔ってテンションの高い幸子が大げさに頭を抱える、それを見ていた京香が楽しそうに微笑む。
「ふふ、この店気に入りましたし、私が代わりに常連になってあげますわ」
「おぉ〜! お姉さんありがとうございます! ドンペリでもお出しましょうか」
「あら、いいわね。頂くわ」
「「「えっ、マジ!」」」
ネタで仕入れたドンペリだが本当に注文されるとは……幸子は思わぬ上客に一瞬酔いが覚めるが、調子に乗ってそのまま栓を開けた。意外とちゃっかりしてるのだ。
焼き鳥屋で鹿のローストを肴にドンペリを飲む、もう何屋だかわかんなくなってきたがこんな日も有りだろう。
「しっかし、そうなるとうちはいつ鉄君とデートしようか悩むな」
「はぁ? 真澄、あんた夏子さんにイエローカード貰ってんでしょうが、懲りないわね」
「春さんが味方におるんやから問題ないわ」
住之江がプルンと胸を張って答えると、京香が会話に入ってくる。
「あっ、次の日曜日は私とデートの約束入れたから駄目よ」
「「「なんですと!!!」」」
「うふふ、佐渡まで行って海鮮ツアーよ。楽しみですわ〜」
「「…………」」
意外な伏兵に戦慄を覚える麗華と住之江であった。この年増あなどれん。
その頃、鉄郎と言えば。
「あ〜あ、京香さんみたいな人がお母さんだったら良かったな、優しいし、可愛いし、常識あるし(ここ重要)」
ゴロンとベットの上に寝転ぶと、スマホに春休みのスケジュールを打ち込んで行く。
「へへ、貴子ちゃんの研究所に佐渡旅行か、この休みは楽しみが一杯だな」
東京都内の医療センターにいる実の母である夏子は。
「ヘックショ〜ン!!」
「ちょ、所長風邪ですか? 移さないで下さいね」
「ん〜、なんかや〜な感じがしたのよね。ハッ! もしかして鉄君に新たな害虫が!!」
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