43.王子復活
藤堂リカは珍しく緊張していた。キョロキョロと何度も青い瞳を門に向けて落ちつかない、その時、山間を抜けてきた冷たい風が赤いブレザーの裾を揺らした。
「……来ましたわ」
校門を抜けて1台の装甲車が送迎用のロータリーで動きを止める。運転席から麗華がいつものチャイナドレス姿で現れると助手席に向かって歩いて行く(ちなみに今日は紫のスリット大きめのドレスだった)助手席のドアに手をかけると、立ち並ぶ生徒達から息を飲む音が一斉に聞こえた。
カチャリ
短めに切り揃えた黒髪が風にサラサラとなびく、学院指定のブレザーに身を包んだその姿、スクッと立ち上がると切れ長の瞳を女生徒達に向けた。
「「「「きゃーーーーーーーーーーーっ!!!!!!」」」」
途端にわき上がる黄色い歓声、学院の王子の帰還である。昨日までの幼さが消え、事情を知らなければ鉄ちゃんのお兄さんが来たと思われるだろう。学院の生徒達にしてみれば2週間ぶりの大人版の鉄郎の姿であった。
「おっはよーー、じゃない、おはようございます!」
昨日までの癖で大きく手を振りそうになった鉄郎が慌てて手を引っ込める、照れ隠しに微笑で誤摩化した。
ああ、やっぱり鉄君ですわ。鉄ちゃんも可愛かったですが、鉄君は超絶カッコいいですわ。それになんか少し背が伸びたような?これもギャップ萌えと言うのでしょうか。
リカは集団の一歩前に出ると笑顔で口を開いた。
「鉄郎さん、おかえりさない」
「うん、ただいま藤堂会長」
久しぶりに間近で見る鉄郎がキラキラと輝いて見えて直視出来ない、顔に熱が溜まっていくのが自分でもわかった。アウアウと口を動かすが言葉にならず俯いてしまう。それを横で見ていた麗華はリカがあまりに初々しくて口元を綻ばせて肩をすくめる。
「ちょっと会長、何二人の世界作ってるのよ!」
「鉄君、やっぱりカッコいい!」
「私は最初から大きい方の鉄君推しですよ、鉄ちゃんに浮気なんてしてないですよ」
「あれ? 鉄君背伸びてない?」
「なっ、貴女達!」
アッと言う間に鉄郎の元に生徒達が押し掛けてきた、こうなると生徒会長といえどその勢いを止めることは出来ない。そのまま周りを囲まれた状態で教室に向かうこととなった。
目線の高さが変わると気分まで変わるから不思議だ。子供目線では広く感じた教室も今日は少し狭く感じる。明日の卒業式を控え今日は、3年のお姉様達が強制的に休みとなっているので本日の学院は1年と2年の生徒のみの登校だ。その所為か今週は3年生に押されて遠巻きに見ていた彼女達が教室に押し掛けてきた。まぁ、今日は準備だけで授業はないからな。
ガラッ
おっ、真澄先生が来た。先生はやけに人口密度が高い教室を見渡すと鋭い目つきで大声を出す。
「こらぁ! あほんだら!! 1-A以外の生徒はとっと出てかんかい!!!」
「「「げっ! クリスマスケーキ!!」」」
「誰が売れ残りや、しばくぞ!」
「で、でも先生、3年生は入り浸ってたじゃないですか」
「アホか、うちは敵に情けはかけても、塩をおくるような真似はせえへんわ、早よ出てけ」
ブーブー言いながらもゾロゾロと教室を出ていく彼女達を手を振りながら見送る、やれやれやっといつもの状態に戻ったな。自分の席に座り、隣を見るとポツンと空いている、あれ?貴子ちゃんまだ来てないのか、相変わらず自由な子だな。
「鉄君」
気が付くと目の前に真澄先生が立っていた、短いタイトスカートから伸びるしなやかな脚線美は今日も健在だ、その上昨晩は一糸纏わぬ姿を見てしまっているのだ自然に顔が熱くなるのは思春期の男子として致し方無いことにして欲しい。やばい、思い出したらドキドキしてきた。先生大っきかったなぁ。
「うん、うん、やっぱり鉄君はこれくらいのサイズのほうがええね。もう何処も痛くない?」
「あっ、はい。もうすっかり元通りです」
優しく僕を見つめる先生に申し訳ない気持ちになる、こんなに真剣に心配してくれた先生をやらしい目でみてしまった。そうだよな先生は僕が怪我をしてからずっと気にかけてくれてたんだ、昨日は碌にお礼もしないで部屋に行ってしまって失礼なことをしたな。
一方、ニマニマと鉄郎を見つめる住之江はと言えば。
(いや〜、昨日の鉄君の身体めっちゃエロかったなぁ、結構筋肉もついとって、そ、それに鉄君のあそこ……あかん、また鼻血でそうや)
めっちゃエロい目で鉄郎を見ていた。住之江は鉄郎にとってプラス補正が働くのか、好意的に解釈されることが多いので得な女である、これが夏子だと全てにマイナス補正がかかるから不思議だ。
体育館でクラスの子達と椅子を並べていると藤堂会長がやって来た。
「お疲れさまです、鉄郎さん」
「あっ、会長ごくろうさまです」
「鉄郎さん忙しい所すいませんが、明日の送辞のことでちょっといいですか?」
「あっ鉄郎君、ここは私達でやっとくから行ってきていいですよ」
「委員……忍さん、ありがとう。ちょっと行ってくるね」
委員長に後を任せ打ち合わせをしながら藤堂会長の後について壇上に上がる、明日は在校生代表で送辞をやる事になっている、本来なら生徒会長である藤堂さんがやるのが普通なのだが僕にその役が回ってきた。一人しかいない男子だけに、こう言う時は結構な頻度で挨拶とかやらされるのですでに諦めの境地だ。
「けれど僕が在校生代表で本当にいいんですか? 卒業式は藤堂会長の方がいいんじゃないですか」
「それだけの要望が有ったのですわ、私ではブーイングが出そうなんですもの、ですから明日は頑張ってくださいね」
「はは、しっかりやらせていただきます」
「鉄郎さん」
藤堂会長が急に真剣な表情で僕を見てくる、やけに鬼気せまるもの有るがどうしたんだろう。
「鉄郎さんは私が守りますわ、組織になんかには絶対に渡しません、何かあったらいつでも私を頼ってくださいまし」
「はい? えっと藤堂会長」
「皆までおっしゃらないでください、話せない事情があるのはわかっておりますわ、でも貴方は決して一人じゃありません、私も一緒に闘う覚悟があることは覚えていてください」
「は、はあ?」
藤堂会長は一体何を、組織って? 何と戦うつもりなんだろう、真面目な顔で迫ってくるものだから、訳も分からず頷くしかなかった。今夜、京香さんに電話で聞いてみようかな。(リカの母親である京香は昨晩しれっと鉄郎と電話番号を交換していた)
なにわともあれ明日は卒業式、この1年は随分と慌ただしかっただけに明日が無事に終わることを祈るばかりだ。体育館を出ると冬の澄んだ空が目に飛び込んで来た、この分だと晴天となるだろう。
明くる日の体育館に鉄郎の声が広がって行く、立ち並ぶ卒業生の瞳はすでに潤んでいて決壊寸前である。
「信州の厳しい寒さの中にも、春の訪れを感じることの出来る季節となりました。
本日晴れてこの九星学院卒業式を迎えられた皆さん、本当にご卒業おめでとうございます。
在校生を代表し、心よりお祝い申し上げます。
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先輩方が学院生活においてもわたし達後輩の見本となり、リードしてくださったのがつい昨日のことのように思われます。先輩方のご健康とご活躍を祈念して、在校生代表の送辞とさせていただきます。
在校生代表、武田鉄郎」
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「でぢゅぐ〜ん、ありがど〜」
「この1年間は一生の宝物だよ〜っ、私絶対に忘れないよ〜」
「いやぁ〜〜っ、卒業したくない〜!!」
「鉄ちゃ〜んカムバッ〜ク」
耳を塞ぎたくなるような拍手をしながら号泣する卒業生達、鉄郎はその光景を前にもう一度深々と礼をとった。この後に記念撮影が行われたのだが、在校生である鉄郎がなぜか真ん中で写っているのはご愛嬌である。
こうして今年度の九星学院の卒業式は賑やかに幕を閉じた、明日からは春休みに突入する。
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