33.罪と罰、砂漠に降り注ぐ光の雨
あまりに一方的な戦闘なので簡潔に話そう。
おかしなテンションのまま戦闘に入った貴子はノリノリだった、「なぎはらえーーっ!!」だの「ポチっとな」だの叫びながら、正確無比な衛星レーザー砲を撃ちまくる、神秘的な光の雨にアッラーの神も吃驚だ。一瞬で責任者と戦力を失った所に、とどめとばかりに意識を刈り取る黒い霧が砂漠に発生する、次々と昏睡状態で倒れる職員に中東支部はなすすべもなく、わずか2時間で陥落する。中東マネージャーは小太りの中年オヤジだったのだが、若かった頃に貴子のケツを触ってきたのを根に持っていたので真っ先にレーザーが撃ち込まれた。
アフリカ支部ではグラマンB-2スピリットの爆撃で特殊ガス弾が各施設にばらまかれ、春子が指揮するパラシュート降下したおばちゃん部隊に、1時間とかからず制圧される。レーダー機器の使えない状態では容易に深部まで侵入され、反撃する暇すらなかった早業だったと言う。
完全に機能を停止した両支部には、待ち構えていたように極東支部の人員が雪崩込み乗っ取りを開始した。
貴子暗殺を企てた両支部のマネージャーの死、同支部の乗っ取り、これをもって武田邸を襲った一連の事件は一応の幕引きとなる。
夏子が目を覚ましたのは既に日付も変わった深夜の頃だった、鉄郎の手術は随分と体力と気力を消耗したらしい。
静かに寝息をたてる鉄郎の顔を見て、安心を覚えたのか優しく微笑む、この瞬間は母親の顔を見せた夏子だった。
少し乱れたタオルケットを掛け直していると、ふいに鉄郎の汗の匂いが鼻をくすぐる、男の匂いに誘われるように夏子の頭の中でよこしまな考えが浮かぶが、どこからか天使の声が囁いた。
(天使:駄目よ、こんな状態の眠っている鉄君にいたずらするなんて。でもペロペロする位なら許すわ、是非やりましょう)
次に脳内に現れたのは黒い羽の悪魔だった。
(悪魔:何言ってんの、貴女はこの子の母親なのよ。チューぐらい当然の権利よ。舌を入れなきゃ大丈夫だわ)
悪魔も天使も夏子の脳内で生み出される為に、その意見に大差は無かった、だったらこのやり取り意味ないな。
夏子がフラフラーと鉄郎の胸元に顔を近づけると、部屋の隅から咳払いが聞こえた。
「ゴホン」
「あら、いたの麗華」
「そりゃいますよ、これでも鉄君の護衛役ですからね」
軽口は叩くがその表情はすぐれない、寝てないのか?
「……あまり気にしなくていいわよ、今回みたいに鉄君から銃弾に飛び込まれたら守りようがないし」
「でも、私に春さん位の腕があれば……」
「無理無理、あんな芸当人間辞めなきゃ出来ないわよ。」
「でもまぁ、あんたならいつか出来るようになるでしょ。伊達にババアが護衛役にしたわけじゃないだろうし」
「頑張りますよ、それにしても鉄君は無茶をする。結構やばかったんですよね」
「まあね、病院が近くで助かったわ。本当久しぶりにヒヤヒヤしたわ」
「でも、この子が貴子をかばったおかげで、人類が救われたと思うと、ちょーっと複雑だわ」
「私としては、貴子なんかより自分の身体を大事にして欲しいですけどね」
「まあね、じゃあ私シャワー浴びてくるわ。後よろしく」
「はい、お疲れさまです。本当に、本当にありがとうございました」
深々と頭を下げる麗華に、ドアを開けながら手を軽く振る夏子。薄暗い病室にポツンと残された麗華はそっと鉄郎を見つめて呟いた。
「馬鹿、君が死んでたら、私が貴子を殺してたよ、……鉄君」
「知らない天井だ」
鉄郎が麻酔から醒めてようやく意識が戻った。病室で目覚めたら言ってみたいセリフ、ナンバーワンを無意識に呟くと辺りを見渡す。カーテンが引かれた窓が朝日をあびて薄く光ってる、ここが天国ではないことを認識すると、撃たれた時の記憶が蘇る。
「痛っ!!」
起き上がろうとすれば、左腕には点滴とよくわからない管が刺さって固定されている、右腕を見ればミディアムロングのフワッとした髪の女の人が鉄郎の手を握ったまま、うつ伏せで寝息を立てていた。
「真澄先生?」
住之江真澄は低血圧だ、そのため寝起き30分は使い物にならない。最近では徹夜もきつくなってきた、もう若くはないのだ。しかしこの時ばかりは鉄郎の声に瞬時に覚醒した。ガバッと顔を起こすと、そこには目を開けてこっちを見ている鉄郎の顔、視線が交差する。
「て、て、鉄君!」
「あっ、はい。おはようございます、真澄先生。」
「鉄く〜ん!! 目が覚めて良かったよ〜! うわぁーーーん」
泣きながら抱きしめられた、Yシャツ越しに当たる胸の感触が驚くほど柔らかい。しかし傷口が思いのほか超痛かった。
「せ、先生、痛い、痛い」
「あ、ごめん鉄君、痛かった?」
先生はすぐに離れてくれたが、目の前に顔のアップがあって凄い焦った。今まで見た事も無い先生のクシャクシャの泣き顔に、随分と心配を掛けたことがわかって申し訳ない気持ちでいっぱいになる、それと同時に自分のために泣いてくれることを嬉しくも思う。
「あ、すぐにお医者さん呼んでくるわ」
「待って、真澄先生」
「ん、何?」
「心配かけて、ごめんなさい」
住之江に向かって頭を下げる鉄郎。その言葉を聞いて住之江も我慢の限界を迎える。涙がボロボロとこぼれ、安堵・愛情・怒り、色々な感情が心の中で渦巻いてすぐに声が出せない。
「うぐっ、えぐっ、ほ、ほんまや、ウチがどれだけ心配したと思うてんの! 麗華や夏子さん、お婆さまもそうや、皆、皆、生きた心地がせんかったわ!! 反省しろーーーーーっボケェーーッ!!」
涙目で睨まれて何も言えなくなる、自分の行動に後悔はしてないが今それを真澄先生に言ってはいけない気がした、こんなにも真剣に心配されてはどうしようもない、ただもう一度「ごめんなさい。」と謝った。
「わ、わかればええんよ、ほな二度とこんなことしたらあかんよ。あ、あと怒ってごめんね」
「いえ、先生の気持ちとても伝わってきました。ありがとうございます」
シーンとなった病室で、寝たままの姿勢なのでベットの横で座っている真澄先生に意識が集中してしまう。
白く長い脚がタイトスカートからスラッと伸びていて、その脚線美に思わずじっと見つめてしまった。
「ん?」
こてりと首を傾げて真澄先生が僕を見つめる。
「あ、いや、その、真澄先生の脚が綺麗だなと……」
やばい、頭回ってない、思ったことそのまま口に出してた。どこのスケベオヤジだ。
「……あ、ありがと」
先生は、なぜかお礼を言うと膝に置いた手をぎゅっと握って、恥ずかしそうにもにょもにょと唇が動かした、横を向いているので耳が赤くなってるのがわかった。うわー、ごめんなさい、なんかセクハラしたみたいでいたたまれないんですけど。
「鉄君」
「は、はいっ、何でしょう!」
「じっと見過ぎ……、エッチ」
赤い顔をした先生に睨まれた、その上目使いやめてください、可愛すぎます。
コンコン
そんなやり取りをしていると、ドアをノックする音が聞こえたので二人してそちらを向けば、すでに開け放たれた扉の前でお母さんと李姉ちゃんが立っていた。あれ、廊下の冷気が入ってきたのかな、何か寒気が。
「真澄〜、ちょっと顔かせコラ! イエローカード3枚目だ!!」
ツカツカと病室に入ってきた李姉ちゃんに真澄先生が引っ張られて行く。
「ちゃ、ちゃうねん。すぐに呼びに行こうとは思ったんよ。いたたたっ、耳ひっぱらんといて。うぇええん、鉄く〜ん」
二人が慌ただしく病室の外に出て行くと、お母さんがニッコリと笑って歩いてくる、お、お母様お顔がちょっと怖いんですが。
「鉄君、おはよう」
「は、はい、おはようございます。お母様」
「あの先生は、しばらく出場停止ね」
にっこりとそう告げたお母さんに、ルールブックを見せてもらいたいが、「私がルールよ」とか絶対言いそうなので口をつぐんだ。
ババババ、バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリッ!!!!!
その時、朝の静けさを切り裂いてタービンの轟音と共に1台のアパッチ改が屋上のヘリポートに降下してくる、ハッチが開かれると白衣をたなびかせて白い妖精が舞い降りた。加藤貴子の帰還である。
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