32.紫煙交わして
松代総合病院最上階のVIP専用個室で鉄郎は眠っていた、本来なら集中治療室ICUで治療するのだが鉄郎が男性であることと、今回の事件に貴子が絡んでるために、おおやけに出来ない事も有り個室が充てがわれている。くしくも藤堂リカが昏睡事件で入院した部屋であった。
VIP専用個室ということもあり設備は整っており、隣の付添人用のベットでは夏子が手術の疲れからかクークーと静かに寝息を立てている。ライフルによって付けられた傷は肺と肋骨に大きなダメージを与えていた、夏子の腕を持ってしても難易度の高い手術であった。田舎の総合病院ではまず扱うことのない症例であるため、夏子がその場にいたことは鉄郎にとって不幸中の幸いだったと言える。
「ちょっと、いいかげん泣きやみなさいよ」
「そ、そないなこと言うても、えぐっ、えぐっ。鉄君が痛々しゅうて」
麗華がハンカチを住之江に渡すが中々泣き止まない、確かに酸素マスクに点滴、心電図に尿管など無数の管に繋がれた鉄郎の身体は今とても痛々しいものとなっている。特に意識のない鉄郎に、オシッコをさせるためにちん◯に管を通す時など、病室が大騒ぎとなった、鉄郎のソレを見た事がある夏子や麗華などはまだ冷静だった?のだが、看護師や住之江などは未知との遭遇に動揺しまくり、手が震えて作業が出来なかった看護師などは、色んな意味で夏子にどつかれていた。
「もう、目腫れて隈も出来てるよ。少し休みな」
「うう、……ちょっと下の売店行って飲み物買うてくる」
住之江が病室隣の控え室から出ると、廊下にオレンジ色の制服を着た警備員の女性が立っていた。病院側が手配したようで、軽く会釈すると「彼のこと心配ですね、気をしっかり」と励まされた。
「へっ、もしかして、うちのこと彼女とか思っとるん? そ、そんなぁ〜、いややわぁ〜」
警備員としては随分とやつれた感じだったので声をかけただけで、全然そんなつもりではなかったのだが、こんな時だというのに、甘い妄想に少し気分を良くした住之江だった。
藤堂リカはこの日ろくに情報を集められず、失意のまま学院を後にした。送迎用のロータリーに待っていた車に乗り込むと行き先を告げる。
「母の病院に向かってください」
電話ではラチがあかないと判断したリカは、直接母に情報を聞き出すために松代総合病院に車を走らせた。
病院前の駐車場に車を待たせ玄関に向かう、ふと建物を見上げるリカ。
「鉄君の家から近いとはいえ、さすがにここではないでしょうね」
ロビーに並ぶ待合椅子、この時間となると人もまばらで静かなものだ。売店横のエレベーターに脚を向けると、見知った人物が目に飛び込んでくる。
しょうもない勘違いで気分が良くなっていた住之江が1階の売店で、おにぎりとサンドイッチ、それと飲み物を買いに来ていた。
「う〜ん、さすがに病院でノンアルビールは置いてへんか、麗華はウーロン茶でええな。おばちゃん、これなんぼ。高っかいなぁ、まけてぇな〜」
会計を済ませビニール袋を片手に売店を出ると、ピンコーンと玄関の扉が開く音が聞こえ、何気にそちらに顔を向けてしまった。
赤いブレザーに腰まで伸びる金髪、フランス人形のような少女と目が合った。
「「あっ!!」」
リカの目に映るのは、日に日に短くなっていくスカートから伸びる長い脚、嫌味たらしく大きな乳、間違いなく住之江真澄その人だった。いつもは睨みを利かせた細めの瞳を、今は驚きで大きく見開いている、口は半開きでちょっと間抜けだ。なぜこの教師がここに、リカは直感で当たりを引いたことを理解し、迷わず駆け出した。
一方の住之江は、きびすを返して一目散にダッシュした。冷静に考えれば逃げるのは悪手だとわかるはずだが、徹夜明けの頭ではそこまで考えが回らなかった。
「ちょっと待ちなさいよ! なんで逃げますの!!」
「に、逃げてへんわ!! それより病院で走るなや!」
「だったら止まりなさいよ!」
夕暮れの病院で追いかけっこが始まるが、いつもより多く配備されていた警備員に二人はあっさりと捕まり、院長室に連行された。病院ではお静かに。
院長室。
リカの母親でこの病院の院長でもある藤堂京香は、細長いスクエアフレームの眼鏡を外して目元を軽く揉むと再びかけ直して、目の前で正座する二人を見下ろした。
桜色のスーツを着た京香は少し童顔で小柄なため、とても43歳の子持ちには見えない。155cmの身長にウェーブのかかった長い栗色の髪、ぱっちりとした幼げな瞳を、スクエアタイプの眼鏡で歳相応に見せようとしているが、可愛さが勝ってしまっている。夏子とは違ったタイプの美魔女である。横のソファーでは麗華が呆れ顔で、住之江が買ってきたウーロン茶を飲んでいた。
「住之江先生」
「は、はいっ!!」
「何、普通にリカにばれてるんですの。鉄郎さんがこの病院にいる事は秘密ですのよ」
「い、いや、そやかて玄関でバッタリ会ってもうてぇ……」
「逃げなければごまかせたのではなくて」
「そうそう、自分が痔にでもなったって行っときゃ良かったのよ」
麗華が横から口を挟むが、リカが噛み付いてくる。
「この教師が痔になったくらいで、ごまかされませんわ!」
「痔になんてなっとらんわ!!」
いい女が集まって痔の話しもどうかと思うが、住之江の名誉の為に彼女は痔ではないと断言しておこう。
「で、お母様。鉄君はこの病院に入院してるんですね」
「建前としては、ノーコメントですわ」
「それってここに居るって言ってるようなものですわ。状況を説明してもらっていいですか」
「立場上ホイホイと喋れないのよ。けど説明しないと帰らないって顔ですわね」
目の前で正座してる自分の娘の真剣さを感じて、麗華に目線を移す。苦笑いで頷くのを了承と取った京香は口を開いた。
「さすがに詳しくは話せないけど、鉄郎さんは怪我で入院してるわ。ちなみに面会謝絶よ」
「面会謝絶って、そんな大怪我ですの!!」
「命に別状はないけど、ひと月は入院すると思うわ。これ以上はそっちのお姉さんに尋ねなさい」
「悪いけど、私も今はそれ以上のことは話せないわよ」
麗華に先を制されたリカは、隣の住之江を睨みつけるも、住之江も首をブンブンと横に振った。
鉄郎の所在と怪我で入院と言う事実は知れたが、今日1日考えていた想像の中では最悪の事態だった。面会も出来ない大怪我とは一体、どこか楽観的に考えようとしていた自分を恥じる。隣を見れば女教師の目元が赤く腫れてるし、隈も出来てるのに気づいた、泣いた跡?
「……会わせてはもらえませんの」
「今は無理ね。意識戻ってないし、虎みたいにおっかない人が隣で寝てるから」
「虎?」
結局私は鉄君に会えないまま病院を後にする、それにしても一ヶ月は長い。それでは卒業式には間に合わない、2年である自分はまだ1年あるからいい、問題は3年の先輩達。今日の会議でも3年生の落ち込みは激しかった、貴重な最後の一ヶ月を失ってしまうのだから無理もない、出来れば鉄君に見送って貰いたかっただろう。
生徒会長と言ってもこういう時は無力だ、私は鉄君が居るであろう病室を見上げて祈るように手を合わせた。
通りがかったお婆さんに「かわいそうに、誰か亡くなったのかい」と言われてしまった。
やめてください、縁起でもない!!
春子と児島が研究所の格納庫の前で海を眺めている。春子がMA-1のジャケットから煙草とジッポーを取り出した。
「やるかい?」
「では1本だけ」
二人の吐いた紫煙が海風に流されて行く。児島は見た目が女子高生なので違和感があるが歴とした68歳の成人なので問題ない。
「キャメルは久しぶりに吸いました。健康の為にはもう少し弱いのをお勧めします」
「ぬかせ、向こうの友人が送ってくるんだよ、国産は身体に合わないんだ」
元々口数の少ない二人だけにしばし沈黙があったが、春子が呟くように話しかけた。
「それにしても奴は宇宙人かい、凄い速さでコンピュータいじってたけど、私には何やってんだかさっぱりだよ」
「あれは、人工衛星の照準の調整とナインの制空権を奪ってたんですよ、今や相手は目隠しされたも同然ですね」
「ほぉ、あんたは分かるのかい」
「これでも元科学者ですから、でもあのレベルで出来るのは世界で貴子様だけです。人間を超えてますよあの方は」
改めて貴子の怖さを思い出した春子だったが、今は敵対してるわけではないと考えを切り替える。
「じゃあ、さっきの話し私がアフリカでそっちが中東でいいんだね」
「ええ、でも彼処は貴子様の開発した武器も多数有ります、お気をつけください」
「大丈夫、昔の部下も呼んでるし空が安全なら問題ない。1日でカタぁつけるよ」
「137小隊ですか?」
「そうか、あんたは知ってるんだっけ」
「ええ、何度か殺されかけましたから、その怖さは嫌と言う程。アフリカ支部はご愁傷さまです」
「ふん、私の部隊で仕留められなかったのはあんた達だけだよ」
ザザッ『コラーーッ!! 休んでる暇はないぞ児島!! 準備出来たからとっとと支度しろー!!』
二人の会話はスピーカーから流れる貴子の声で終了した、やれやれと煙草を揉み消して春子と児島は中に戻る。
19時間後、ナイン・エンタープライズの中東とアフリカ支部は壊滅することになる。
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