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29.アマガミ

児島鈴は、貴子と共に数々の追っ手と戦い生き残った科学者だ。狂人の代表格である貴子の頭脳と、その発明に魅せられた彼女は、意外なことに戦闘の才能に恵まれていた、世界中の人々に50年も狙われ続けても、未だに生き残って戦う事ができているのがその証明だ。


子供の頃から人並み以上に学校の成績は良かった、研究所に入った時は良くも悪くも希望に満ちていた、自分の発明で世界を変えるんだと言う気概もあった。だが加藤貴子に出会った時、初めて自分の頭などゴミのようなものだと知らされた、決して追いつけない頂きを見せられ、それ以来彼女は貴子の頭脳の熱狂的な信者となる。まあ、性格については色々言いたいことは山積みだが。



「貴子様、貴子様、起きて下さい」


児島は寝ている貴子の口に手の平をあてて、思いっ切りデコピンをかました。


「アウチッ。むぐ〜〜〜〜〜っ!」


大声を出されないように、きつく口を塞ぐと貴子はジタバタと顔を青くしていた。人差し指を唇にあて「静かに」とジェスチャーで示すとバタッと大人しくなった。(ただの酸欠かもしれない。)


ゆっくりと手を離すと、ぜえっぜえっと荒い息を繰り返す、ちょっと涙目だ。


「ふへ〜っ死ぬかと思った〜っ、なんなんだ、なんなんだ児島」


「何か嫌な予感がします、研究所のAIのアクセスコードお願いします」


「YAMATOのか、何、そんなにやばいの?」


いつになく真剣な表情を見せる児島に何か感じたのか、貴子は素直に端末を使って研究所のアクセスコードを打ち込んだ。

遠く離れた研究所、第五世代型量子コンピュータを搭載したAI、通称YAMATOがスリープ状態から目覚める。


「YAMATOか、私だ」


『問おう、貴女が私のマスターか』



「AIのくせにふざけてる場合か! とっとと軍事衛星のコントロールをよこせ!」


『ふっ、これだから人間は。すでにレーザー出力最小状態でターゲットをロックしていますよ』


「お前、年々生意気になってくるな。親の顔が見たいよ」


横から児島がスッと手鏡を貴子に見せてきた。






ガラリ


春子、夏子、麗華が廊下に出たのはほぼ同時だった、3人で顔を見合わせて、自分の気のせいではない事を確認した。そこに貴子と児島まで顔を出せば、もうそれは確信に変わる。

春子は児島がタブレットを見ているのに気づき小声で尋ねた。


「どこの連中だい」


「確認は取れてませんが、おそらくナイン・エンタープライズかと」


「まったく民間企業様は仕事が早いねぇ、昨日の今日じゃないか。情報は政府から漏れたんだろうね」


「小隊規模ですが囲まれつつあります、おそらく目標は私達かと。どうしますか?」


「えらく少ない人数だねぇ、ふふ、こんな深夜に人様の家に訪問しようとする客に遠慮はいらんだろ。

麗華、後の3人も起こしてきな。歓迎会を開くよ」


自分の母親が薄く笑みを浮かべ、妙に楽しそうなのを見て夏子が「このバトルジャンキーが」と小声で悪態をついた。

血は争えないと言うことであろう。






「おじゃましま〜す」


麗華はそぉ〜っと鉄郎の部屋に忍び込んだ、春子の命令で起こしてこいと言われたのだから、大義名分は我にある。

ベットで寝ている鉄郎を覗き込むと、風呂上がりで暑かったのか浴衣の胸元が随分とはだけていた、そこから覗く胸元と鎖骨がたまらなくエロい。


「あぁ〜、私はとんでもないモンスターを育ててしまった。鉄君がここまでエロく育つとは、私の予想を遥かに超えたアルね」


ニヤリと笑うと麗華は掛かっていたタオルケットを静かに持ち上げ、そのまま隣に滑り込んだ。鉄郎の匂いに包まれてしばし幸福感に満たされる、いっそこのまま朝までと邪な思いになりかけたが、この部屋に来た目的を寸前の所で思い出した。


「鉄君、お〜き〜て〜。かぷっ」


躊躇することなく鉄郎の耳にアマガミをかました、ただの痴女じゃねーか!!


「うひゃう! な、な、何事!!」


「しーーーーっ、恐〜いお客さんが来るから起きて、静かに素早くね」


真剣な声の麗華に何かを感じたのか、噛まれた耳を押さえながらコクコクと頷いた。しかし、起こすだけなら布団に潜り込む必要も、アマガミする必要も無かったはずだが、寝起きの混乱に乗じ勢いでごまかすつもりだ。そして鉄郎が着替え終わるまでじーーっとベットの中で見守る麗華だった。


ちなみに住之江とラクシュミーの二人は蹴り起こされ、地下のシェルターに叩き込まれた。麗華は女には容赦しないのだ。







加藤事変で人口が激減してから世界規模の戦争は無い、皆生きるのに必死だったのだ、国同士で戦争をしている余裕はなかった、そのおかげで国際交流が加速して世界統一政府が誕生したのはごく自然な流れだったと言える。

その一方である企業が高い技術力を背景に急激に力をつける、密かに加藤貴子を抱え込んだナイン・エンタープライズである。裏では武器商人としても暗躍し、黒い噂が絶えない。





午前01:00 武田邸外周


「中の音は拾えるか?」


「駄目ですね、この家無駄にセキリュティが高いです。この壁だって中に鉄板とか仕込んでますよ」


「くそっ! 情報部の奴らはまだ衛星のコントロールを奪えないのか、その合図が無いと始められないじゃないか」


暗視ゴーグルにイヤホンを付けた部下が、機嫌の悪い隊長にビクつく。


今、武田邸の周りには20名の武装集団が突入の合図を、今か今かと待ちわびている。その手に持つのは貴子が設計した特殊ライフル、身に纏うのはセンサーに映らない加工をした防具、これも貴子の開発したものだ。

巨大多国籍企業ナイン・エンタープライズお抱えの傭兵部隊である彼女らは、装備と練度では政府軍をしのぐ実力を持っており、先日貴子を襲った実戦経験の少ないデルタとは格が違かった。



「ザッ、班長聞こえるか。もう一度言っとくぞ、目標はあくまで加藤貴子と児島鈴だ。武田親子は殺すなよ」


『婆さんと医者でしょ、抵抗されても問題なく対処出来ますよ。男の子は好きにしていいんすか』


「変な気起こすな、武田家はこの国の総理とも懇意だ、問題をこれ以上大きくしたくない。加藤だけ殺れれば人類を救った英雄だ、我慢しろ」


『ちぇっ、せっかくの美少年なのに』


情報部からの連絡を待ちながら会話に興じる、実戦部隊である彼女達に政治的な思惑はどうでもよかった、最恐のテロリスト加藤貴子を殺ったとなれば明日からは世界的英雄だ、後は本社から貴子が居た形跡を抹消すればいい、それだけのお仕事だ。ただし彼女らの戦力分析が決定的に間違っていた。


しばらくすると隣にいた部下が右手を軽く上げた。


「隊長、ハッキングに成功したそうです! これで加藤に衛星落としは出来ません!!」


「良し、時間を合わせろ。5秒後に突入するぞ!」







武田邸の縁側で春子、夏子、麗華、鉄郎、貴子、児島の6人が貴子の操るタブレットを覗き見ている。


「おーおー、いるいる。20人てとこか、やっぱりナインの傭兵部隊だな。なんかハッキングもかけてきてるけど無駄な努力が微笑ましいねぇ。ほれ、ほれ、餌に食いつけ」


「貴子ちゃん大丈夫なの、なんか一杯いるし、銃も持ってるよ」


「心配ご無用だよ鉄郎君、敷地内に入ったら一瞬で終わらせてあげる。1700以上有る人工衛星の半分は私の思いのままなのだよ」


「へぇ〜、貴子ちゃんって本当は凄いんだね」


貴子ちゃんが気安く肩をぽんぽんと叩いてきた。


「ようやくわかってくれた!! よーし、もーっと凄いの見せちゃうよ。あ、でもちょっと危ないから鉄郎君は後ろに下がってて」


「男の僕が女の子を守らないでどうすんの。これでも李姉ちゃんに鍛えられてるんだから」


そう言って腕まくりして力こぶを作る鉄郎、それを見て周りを囲む女性達は優しげな笑みを作る。今時そんなセリフを言う男は鉄郎ぐらいなもんである、麗華にかなり鍛えられている鉄郎であるが、このメンバーの中にあっては一番弱い存在だ。そんな彼が自分達を守ると言うのだ、その気持ちがとても嬉しかった。





音も無く武田邸を囲む白壁を超えてくる傭兵部隊、敷地内に足を踏み入れたその時だった。





「今だYAMATO!!レーザー砲発射!」


貴子の号令で軍事衛星に取り付けられた長距離レーザーが一斉に発射される、空気を切り裂くスキール音が耳をつんざき、夜だというのに昼間のように明るくなる。


天空より降り注ぐ無数の光の矢、荘厳とも思える光景だが目映い光の線が無慈悲に侵入者を襲う。


自分達の頭上に降り注ぐレ−ザーに反応出来た者はわずかだった。


「回避ーーーっ!!!」


隊長が必死に叫ぶも、光の矢が次々と部下達を貫いて、身体を貫通した熱線が地面をガラスのように溶かす。

地表に大きく空いた穴からモウモウと白い煙が上がる。


「やったか!?」


「フラグ立てるのやめんか!!」




1秒とかからずに12名の部下を失った傭兵団の隊長が呆然と立ち尽くす、あまりに規格外の攻撃に開いた口が塞がらない。倒れ伏す部下と状況を確認すると、ふつふつと怒りが込み上げてくる。


「くそっ!情報部の奴らめ、なにがハッキングに成功しただ、ふざけるな! ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう! これじゃあ私達は無駄死にじゃないか!」





「ちっ、YAMATOの奴、大口叩いて半分近く外しやがった、今度意味のない計算1日中やらしてやる」


『建築物を避けて破壊しなかっただけです。高度200kmからの精密射撃が出来るのは、私くらいですよ。少しは褒めたらどうなんです』


貴子ちゃんのタブレットから不満の声が上がる、今のがAIのYAMATOさんかな?


「加藤〜っ、家の庭が穴だらけじゃないか、後でちゃんと弁償すんだよ」


そう言って婆ちゃんがストッと庭に降りると、愛刀来国長を一息に抜き去った。お母さんと李姉ちゃん、それに児島さんも後に続いて庭に出た。一瞬で陣形を崩された兵隊さん達は、婆ちゃん達に切られ、殴られ、撃たれ、なすすべもなかった、うわー痛そう。

僕はと言えば貴子ちゃんの隣で棍を持って見ているだけだった。


ジャリッ。


婆ちゃんが兵隊さんと対峙している。兵隊さんは拳銃をかまえていたが、婆ちゃんは納刀したまま無造作に近づいて行く。




「さて、あんたが隊長さんかい。残念だったね、加藤はあんたらが想像する以上に危険なんだよ、ただ殺ればいいだけなら、とっくに私が切ってるさね」


「くっ、今さっき身を持って知らされたよ。けどこっちも雇われの身なんでね、代金分は働かないと」


隊長はすでにトリガーにかかっていた指を軽く引く、予備動作を読ませない熟練の射撃。しかしその弾丸は春子には届く事はない、人外の速度で抜刀された来国長で空中で真っ二つにされる。

さらに一歩踏み込んだ春子は、回転しながら隊長の肩を袈裟に刃を滑らせる。チンッと鯉口を音を立てて納刀すると同時に鮮血が舞った。


「いくら貰ってるか知らないけど命は大切にしな、あんたは降伏する事も出来たんだよ」




「「……鬼ババア」」


かすかながら春子の動きを捉えられた夏子と児島が同じ言葉を吐いた。


「ああゆうのを本当に鬼って言うんだ、あれに比べれば私なんかまだまだ一般人もいいとこだわ」


「夏子様もミサイル切ってましたが」


「あれは的がデカくて遅かったからね」


「・・・・」





飛び散る血しぶきに目を逸らした時だった、2時の方向に植木の影で腰を抜かしてふるえる兵隊さんと目が合った。

カタカタと上下するライフルの銃口をこちらに向けながら口をパクパクと動かしている。


えっ、誰も気づいていないのか。


「ヤバッ!! 貴子ちゃん!!!!」


パシュと気の抜けた音がすると、貴子ちゃん目がけて銃弾が発射された。咄嗟に貴子ちゃんをかばって、前に飛び出した。



「鉄郎君ーーーーー!!!」

お読みいただきありがとうございます。感想絶賛受付中!!

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