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28.軽犯罪法第1条23号違反

夕食は鉄郎の手料理が振舞われ、大いに盛り上がった。二度揚げすることによりサクッと仕上がった唐揚げは、ビールとの相性は抜群だ、次々と空き瓶が積み上げられてゆく。丁度よい固さに炊かれた里芋に春子も満足気に頷いているし、鉄郎の手料理を初めて食べたラクシュミーのフォークも止まる事はない。一人姿勢を正して、しっかり出汁を取られている味噌汁を口にした児島もお婆ちゃんのような優しい笑みをこぼす。

住之江はこれ以上のリードを許さないとばかりに、夏子と麗華により早々に酔い潰された。



「それじゃあ、僕お風呂入って寝るからね。お母さん、今度勝手に入ってきたら朝ごはん抜きだからね」


「えっ! 駄目なの? お母さんまだやってあげてない凄いサービス残ってるのに。ぐえっ!!」


春子が夏子の鳩尾に刀の柄を打ち込んで沈黙させる。


「この馬鹿は見張っとくから、ゆっくり入っておいで」


「は〜い。じゃあ皆さんおやすみなさい」


ニコニコと手を振り見送る貴子、鉄郎の姿が襖の向こうに消えるのを確認すると、児島にアイコンタクトを送る。







カポーーーン


湿気を逃がすために開けられた格子状の窓から、白い湯気が夜空に溶けて行く。見上げると、夜空に笑ったような三日月が浮かんでいた。そんな闇夜に三つの影がコソコソと蠢いていた。



「絶対音を立てるなよ。夏子にばれたら殺されるぞ」


「でもこの家の防犯システムはどうなってるんです。かなり厳重ですよ」


褐色の肌の所為で、色素の薄いブルーの瞳だけが闇夜に爛々と輝いている。さすらいのインド人、ラクシュミーだ。


「私を誰だと思ってるんだ、こんな旧式システム、ダミーデータを流し込んで沈黙させてる。と言うか何故インド人がここにいるんだ」


「まあまあ、お気になさらず。でもここの防犯って政府のメインコンピュータ直結ですよ。流石ですね〜」


「時間がありません、お二人ともお静かに」


先頭を行く児島がそっと人差し指を唇に当てた、黒のスーツに黒い髪が闇に同化しており、どんな歩き方をしているのか、砂を噛む音すらしない。完璧なまでに気配を消したプロの気遣いを感じる。


いつもと違う黒く染められた白衣(それもう白衣じゃねえな)に身を包んだ貴子が、懐から潜望鏡を取り出した。そろそろと壁際を歩くと湯気が立ち上る窓の下に3人は行き着く。背の低い貴子が潜望鏡をキリキリと窓の高さまで伸ばすと。児島とラクシュミーもそっと窓に顔を近づけた。



「「「ゴクッ」」」


生唾を飲んで目を凝らせば、そこには…


水滴が鍛えられた胸板を滑り落ち、引き締まった腹筋が上を向いた拍子にビクッと震えた。頭からかぶったシャワーに恍惚の表情を浮かべると、短く切り揃えた黒髪に手櫛を入れる。石鹸のいい香りが漂い、暖められた身体は、薄くピンク色に染まっていた。

成熟の域をでない若い肉体をおしげもなく晒し、軽く頭を振ると水滴が宝石のようにキラキラと輝いていた。


「うくっ、は、鼻血が」


「・・・・・・」


「たまらん、やはりこう言うのは生に限る。映像で見るのとはリアリティが違う」



ジャリ


「あんた達、こんな所で何してるのかな〜」


掛けられた声に貴子とラクシュミーが、錆び付いたようにギギギと首を後ろに回すと、真っ赤なチャイナドレスの麗華が仁王立ちをしていた。

表情の消えた麗華から放たれる、凍えるような低い声。浴室に集中し過ぎて接近に気付かなかった貴子、助けを求めるように隣を向けばガタガタと震えるラクシュミーがいるだけで、児島の姿は煙のように消えていた。逃げやがった。


「いや……あのね、何となく通りがかっただけなので、そんな真剣に聞かれると心苦しいと言うか……」


「ふ〜ん、それが遺言でいいのね」


静かなる怒りで覚醒した麗華にもはや死角はない、今なら八極拳3倍まで使うことが出来るだろう。

貴子とラクシュミーの断末魔の叫びが冬空に響き渡った。







風呂から上がり脱衣所で頭にタオルをかけた鉄郎の耳に、外から破裂音が聞こえて来る。


「もう、夜中に何騒いでんるんだろう、近所迷惑だなぁ」


廊下に出ると児島さんが、お盆に水さしを持って歩いてきた、お母さん達の所に持っていくのかな?風呂上がりの所為か、水滴のついた水さしについつい物欲しそうに目が行ってしまう。


「冷たいですよ、1杯お飲みになられますか」


「いいんですか? ではありがたく1杯だけ」


火照った体に冷たい水が浸み渡ってゆく、思わずゴクゴクと一気に飲んでしまった。


「ふう、ごちそうさまです児島さん。とても美味しかったです」


「いえ、こちらこそご馳走様でした」


「?」


飲み終わったグラスを抱え、居間の方に歩き去る児島さん。あれ?台所は逆の方だよな、どこから来たんだ?








午後10:00 春子の部屋。


「まあ、一杯おやりよ」


春子が一升瓶を傾け差し出されたコップに、なみなみと酒を注いだ。夏子は一瞬いぶかしげに注がれた日本酒を見つめるが、ぐいっと一息に飲み干す。鼻を抜ける吟醸香が酷く爽やかで、思わず嘆息する。


「へえっ、随分いい酒だね。どういう風の吹き回し」


「やり過ぎな感はあったけど、お前なりに鉄のためを思って貴子に手を貸したんだろ、これ位はねぎらうさね」


「ふん、母親だからね、鉄君のためなら何だってするわ」


そう言って空になったコップを春子に突き出すと、再度透明な液体が注がれた。本当に今日は気前がいい、無言のまま差し飲みを続けていると春子から口を開いた。


「新政府関連の反貴子組織は、お前達があらかた潰して廻ったからよしとして、民間の方はどうなんだい?」


「ナイン・エンタープライズね。あそこだけは手が出せなかったのよね、今現在は貴子の方に付いてるみたいだし」



全世界規模の巨大多国籍企業であるナイン・エンタープライズ。

40年前、加藤貴子を秘密裏に匿まい、それから一気に世界中に進出した多国籍企業だ。その会社の製品は多岐にわたり、日用品から軍事兵器まで幅広く扱い、非常に革新的な技術を用いていることから、以前より加藤貴子の遺産を使用しているのではと世間では噂になっていた。

実際、そこの極東支部に貴子が在籍していた事は、最近の調べでわかってきている。



「あの会社は貴子が売った技術のおかげで散々儲けてきたからね、でも政府にもその技術を流すとなると、話しは違ってくるだろ」


「そうね、ちょっと危ないかもね。今まで独占的に匿ってきただけに、他に情報が流れるくらいなら手の平返しもありうるわ」


春子も夏子もかなり早いペースでグラスを空けているのでいつもより舌の滑りが良い。おかげで普段は口にしない愚痴も不思議とこぼれる。


「まったく、孫が生きてる間くらい平和な世界にしてやりたかったよ」


「あっ、私と鉄君の間に赤ちゃんが出来たら、孫になるのかしら? そうね、男の子なら小鉄で、女の子なら鉄子かな」


「お前は本気でやりそうだから怖いよ、勘弁しとくれ」


夏子は一瞬目を泳がせると、ごまかすように残っていた酒を飲み干した。

本当どうしてこんな風に育ってしまったのか、頭を抱える春子だった。








午前00:30 松代郊外、皆神山。


1台の大型トレーラーが到着する。黒塗りのコンテナから武装した集団が次々と降り立った。



「はぁ、どっかの山奥に男の巣とかないすかね、そしたら早起きして取りにいくんですけどね」


「カブトムシじゃねそれ、角無いメスはいらねぇみたいな」


「無駄口を叩くな、集合だ」


黒人、白人様々な人種、年齢が入り交じった集団であったが、いずれも堅気の人間とは思えない雰囲気と装備を纏っていた。リーダーと思われる中年の女性がツカツカと中央に歩み寄った。



「傾注!! これより作戦を開始する!!」






長い夜の始まりである。

お読みいただきありがとうございます。感想絶賛受付中!!

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