26.現状確認
「簡単に言っちまうと、そこの白髪小学生は、50年前に人類を滅亡させかけた、加藤貴子本人だよ」
春子お婆さまの言った言葉が理解出来ない、だって加藤貴子ってあの世界最恐のテロリストやん、随分前に死んだんとちゃうの、それがなんで幼女やねん。いや、確かに頭はええよ、せやけどそれ以上にアホやんあの娘。
「鉄君、ほんまなん? ケーティーちゃんが……」
「真澄先生、今まで黙っててごめんなさい。政府の人に、世界中が混乱しちゃうから言っちゃ駄目って言われていて」
鉄君が真剣な顔で謝ってくる。あ、その表情もかっこええなぁ。って違ーう!今はそないなこと考える場合とちゃうやろ。
「せやかて、幼女やんか」
「なんか薬で若返ったみたいで、ねえ、貴子ちゃん」
「ハハハハ、この超がつく天才である私にかかれば、若返りなど造作もないことよ。ワハハハ!!」
立ち上がって高笑いをするケーティーちゃん、いや貴子さんと呼ぶべきか。だが、聞き逃せないことが一つあった。思わずガシッと肩を掴む。
「ケー、いや、貴子さん!!!!」
「な、なんだデカ乳教師。目が怖いぞ」
「若返りってほんまに出来るんか!!た、例えば鉄君と同じくらいの歳に」
「「あっ」」
夏子さんと麗華も気付いたらしい、若返りが出来れば鉄君との甘酸っぱい学園生活が実現できることに。(発想が貴子と同じです)
「「どうなのよ!!加藤!!!」」
真澄先生とお母さん、それに李姉ちゃんまでも必死の形相で貴子ちゃんに詰め寄る。なんだろう、話しが脱線している気がする、先生も姉ちゃんも凄い美人さんだし、若返りを気にするような歳でもないのに、お母さんは気になるのかな?でも十分すぎるほど綺麗だったよな。
「鉄君、そこでお母さんだけ見るのやめて! 身体には自信があるけど、そうじゃないの! 乙女心は複雑なの」
肩を掴まれグワングワンと揺さぶられている貴子ちゃんを横目に、その隣にいた児島さんがスッと立ち上がる。
「僭越ながら私から申し上げます。貴子様の作られた若返り薬は調整が難しく、任意の年齢にするのはリスクが大きいかと存じます」
「えっ、そうなん?」
「はい、成功例がこの私で、失敗例が貴子様となっております」
「「「「は?」」」」
僕を含めて4人がハモった。え、じゃあ児島さんは本当は幾つなの?皆の視線が児島さんに集まる。
「今年で68になります」ポッ
恥じらいながら自分の歳を告げた児島さん、うそ〜ん!婆ちゃんとそんなに変わんないじゃん、スーツ着てるけどどう見たって高校生くらいだよ。
バンッ!!!
「ええい、話しが進まないじゃないか。皆、席に戻りな」
婆ちゃんの一喝で席に戻るが、お母さん達は未だに児島さんを未練がましく見ている。うん、確かに衝撃的だったもんね、医療業界がぶったまげる事実だわ。同じ事してるのに、なぜか貴子ちゃんの時よりショックが大きかった。
「で、加藤に馬鹿娘。あんた達この前は随分派手にやらかしてくれたね、尼崎から泣きつかれたよ」
「「な、なんの事かなぁ〜」」
お母さんと貴子ちゃんが高速で目を泳がせる、貴子ちゃんなんか吹けない口笛の真似までしている。後悔とか反省という言葉に縁遠い女、それが貴子クオリティ。多分あれだよね、この前自分で言っていた、世界中の組織を潰して回ったって言う物騒な事件だよね。
「うまく証拠は残していないみたいだけど、個人であんな事出来るのはあんた達くらいだろうが。バレバレだよ」
「あ、あれは正当防衛だよ、向こうから先に撃ってきたんだもん!!」
「そ、そうよ。私だって鉄君の学校でこれ以上物騒な事が起きないようにと思って」
「それにしたってやり過ぎだよ、まったく。アメリカもヨーロッパもガタガタじゃないか、おかげで総理である尼崎が、各国からの苦情の電話で寝れやしないってさ」
ありゃ〜、それは総理さんも災難だわ、それでラクシュミーさんが政府の代理ってことで家にきたんだ、そのわりには静かだけど。
「大体、こんなよくわからん奴を無理にどうこうしようとするから、世界の危機だーって騒ぐバカが出でくるのよ。この前のアメリカがいい例じゃない。ほっときゃいいのよ、こんなの。今はただの色ボケなんだから」
「ちょっと夏子お母様! こんなの扱いはないんじゃないかな」
お母さんと貴子ちゃんが反論するが、婆ちゃんがそれを手で制する。
「そこが問題なんだよ。制御の効かない色ボケが爆弾抱えてるんだ、皆、安心する材料が欲しいんだよ」
結構酷い言い様だな、ここでラクシュミーさんが挙手して会話に入る。
「新世界政府としても、そこを重視しているそうです。今後、貴子さんが人類に害をなさないという確約を取ってこいと言われてます」
「むむ、衛星落としの起動スイッチは私を守る鎧でもある、そこは譲れないよ」
そうなのだ、衛星落としは貴子ちゃんにとって自分の身を守る究極のカードだ、それがなければ世界中から恨まれているこの娘は、1日だって生きていられない。う〜ん、そうなると落とし所が見あたらない。
「そうだ!! 鉄郎君と私が結婚して、研究所ごと愛の逃避行ってのはどうだろう、ステルスモード全開なら今の君達には絶対追ってこれないよ。鉄郎君の人生は私が貰ってあげる、そして二度と家から出さないように、誰にも破れない電子ロックをつけましょう、大丈夫、愛さえあれば鉄郎君もわかってくれるわ、ふふふ、うふふ……ふふふふふふふふふ」
うわっ、貴子ちゃん変なスイッチ入った。
「貴子ちゃ〜ん、私がそんな馬鹿なこと許すと思う〜」
お母さんがユラ〜ッと立ち上がって貴子ちゃんの頭を鷲掴みにすると、一気に力を入れる。
「アダダダダダダ、ウギャーーー! 痛い、痛い、痛い! 割れる、割れる」
その時、児島さんがお母さんの腕を掴み返して止める。
「夏子様、頭はご遠慮下さい。その頭脳は神にも等しい人類の宝です。手足だったら4本でも5本でも、お好きなようになさってかまいませんから」
「それもそうね、じゃあ足を5本位もらおうかな」
「5本も生えとらんわ!! それに私の価値は頭だけか!!」
「「他に何か?」」
児島さんて表情が乏しいから、冗談か本気かわからないんだよな。あっ、貴子ちゃんが逃げた、ふしゃーと髪を逆立てて警戒してる、猫か。その貴子ちゃんにラクシュミーさんが優しげに微笑みかけると語りだした。
「貴子さんは鉄君との生活が保障されていれば人類に対して、決して敵対行為を取らないと言うことでいいんですよね」
「最初からそう言っているだろインド娘」
「まぁ、まぁ、今回のアメリカの件は、貴女に手を出す危険性を十分以上証明してくれましたし、ダメージを受けた組織もしばらくは大人しくしてくれることでしょう。そこで、今ならなんと日本とインド政府の力で、安全で快適な学院生活をバックアップすることをお約束しますよ。ほら、他16カ国を含む不可侵条約の誓約書もご用意しました」
「お前たちの立場で、私と交渉しようと言うのか? 図々しいぞ」
「いやですよう交渉なんて、唯のお願いです。機密特許の2つ3つお土産に貰えれば、私の顔が潰れずにすむかなって」
「はっ、いい度胸だインド娘。だが軍事系は渡せないぞ、それでもよければ今より20年分は進んだ科学技術を出してやる」
「ありがとうございます。これで特別ボーナスもらえますぅ!」
部下でもあるラクシュミーの交渉に、夏子は内心舌打ちする。今やIT大国のインドから派遣された人物であるが、ここまで権限を持たされているとは思っていなかった、そう考えると結構前から計画されていたのかと気づき、余計に腹立たしい気持ちになる、尼崎のババアめ今度会ったらとっちめてやる。
奴らは知っているのだ、貴子の頭脳が何千、何億もの富をもたらし、激減した男性の穴を埋めるだけの技術を持っていることを。現実的な考えではあるが、貴子に伴侶や恋人を奪われた、第1世代にとってはやるせないだろうな。
母、春子を見ると静かに茶をすすってる、納得してるのか、それとも。
「鉄君。結局どないなことになってんの?」
それほど詳しい事情を知らない真澄先生が尋ねてくる、あれ、いつの間に隣に。
「え〜っと、最終的には喧嘩しないで皆で仲良く幸せになろうってことかな?」
「なんや簡単なことやんか。」
「貴子ちゃんの良心まかせですけどね」
「それは、ごっつー難しいな」
「真澄先生」
「は、ハイッ!」
婆ちゃんに突然呼ばれた先生がビクッとして返事をする、そんなにかしこまらなくていいのに。
「先生、この場での事は他言無用でお願いします。この事が公になると暴動、いや、戦争が起きかねない。あと、厚かましい願いだが、学校では鉄とついでに貴子を頼みます」
丁寧な物言いで真澄先生に頭を下げる婆ちゃん、慌てて頭を下げ「ハハァ〜ッ!」と返す真澄先生。
今回は現状が書面で約束されるだけで、根本的には何も変わってない。一人の人間が世界を滅ぼす力を持つ、それは力を持たない者にとっては恐怖でしかない、下手すれば暴走した誰かによって、また貴子ちゃんを狙って学院で銃撃が起こるかもしれないのだ。
その時、僕には何が出来るんだろう。
「大丈夫、鉄君にはお母さんがついてるわ」
後ろからギュッとお母さんに抱きしめられる、心配させるような顔してたかな。いつもとは違って優しさを感じさせる暖かさに包まれ、少し気が楽になった。
さて、一応話はついたみたいだし今日はこれで解散かな。
「嫌! まだ帰らない! 貴子はまだおうちに帰りたくないの!! 鉄郎君家に泊まるのーー!!」
子供か!!この娘は。児島さんも困って・・無いか。無表情でわからん。
あれ?誰も帰ろうとしないんだけど、何、本当にお泊まりなの。
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