25.いい湯だな。
鉄郎の住む松代は、長野市郊外の温泉街として名を馳せており、古くは武田信玄の隠し湯ともなった場所である、その良質な泉質は黄土色のにごり湯で、地元では黄金の湯とも呼ばれ親しまれている。
そして鉄郎の家の風呂にはその源泉から引き込んだ湯が使用されている、所謂家庭内温泉だ。
早朝から麗華に八極拳の指導を受けている鉄郎にとって、朝風呂はとても楽しみな事の一つだ。脱衣所で汗で張り付いた道着を脱ぎ捨て、ガラガラと扉を開ければ浴室に充満した湯気で視界が白くなった、鉄分やカルシウムが多いためか、結晶化して鍾乳洞のように波うっている床をヒタヒタと歩き、シャワーで軽く汗を流す。
チャポン
「はぅ〜、気持ちいい〜」
掛け流しの広い浴槽に身を投げ出し、鍛えられた上腕二頭筋に熱い湯をまとわせれば、さっきまでの疲労がスゥーっとお湯に溶けて行くようだ。まさに至福の時である。
その時、脱衣所に人影が映る、麗華が着替えを持ってきてくれたのかと思っていると、カラリと扉が開かれた。
「鉄君、……お母さん来ちゃった」
「なっ!!」
湯気をまとっただけの、肌色比率95%の母親がそこに立っていた、ビックリして思わず凝視してしまう。
長身でスレンダーなのだが腰のくびれが艶かしく、綺麗なラインを描く真っ白な長い脚がとても眩しい、とてもじゃないが40過ぎの身体には見えない、胸のボリュームこそないが、むしろ李姉ちゃんよりエロ……わぁーーーっ! 李姉ちゃんの裸、思い出しちゃったよ。
両拳をあごに付けておねだりポーズをしているせいで、小ぶりな胸は隠れているが、下は丸見えだ! お願いだから少しは隠せよ! 自分の母親にドキドキするの凄い気まずいわ!!
「お、お母さん、な、何考えてるの、早く出てってよ!!」
「えっ、でも〜お母さんもう裸だし、こんな格好で出たら風邪ひいちゃう」
「すぐに服着ればいいでしょ!」
「……鉄君。私達は親子なのよ、母親と息子が一緒にお風呂に入ることはとても自然なことなの。わかって!!」
白々しい言い訳めいた台詞まわしだが、その真剣さは伝わってきた……のだが。
「僕を見る目が、すでに母親の目じゃないんだけど」
「はぁ、はぁ。大丈夫、私は大丈夫、大丈夫な日だから」
「何が大丈夫なの!!」
荒い呼吸でゆっくりじわじわと近づいてくるお母さん、獲物を襲う虎のようなプレッシャーを感じる。
やばい、出口は向こう側で退路が塞がれている。そのうえ手をワキワキし始めたから、おっぱい見えちゃってるよ、ピンクの先っちょ見えちゃってるよ、恥じらいってもんがないのかこの人!浴槽の隅まで追いやられて対峙していると、トンと足首だけでジャンプして一気に距離を詰められる。
「おわぁ!!」
ジャポッ
ほとんど飛沫を上げずに綺麗に浴槽に飛び込んでくる。あっ、こいつ掛け湯もせず入ってきやがった、マナー違反だろ。
「ん〜〜〜っ、鉄君会いたかったよーっ!」
「うぎゃーーーっ、抱きつくな! 脚を絡めるなーーっ!!」
「ツンデレ鉄君かっわいいー」
温泉が濁り湯だから身体自体は見えないが、こうも抱きつかれたら意味がない、強引に振り切って上がろうとするも、びくともしない、くそっ!なんちゅう力だ、こっちだってそれなりに鍛えてるってのに自信なくすわ。
いつになく積極的な?(いやいつもです)、お母さんだが急に雰囲気を変える、温泉に入ってるのに寒気がするのは何故でしょう。
「あ、そうそう、お母さん凄〜く嫌な噂を聞いたんだけど」
「な、なんの噂?」
「鉄君、麗華と寝た?」
ぶぅーーーーーーーっ!!!!
「な、なな、なぜそれを。いや、でもそれはこの前、李姉ちゃんが酔って勝手に布団に入ってきただけで、や、やましいことはなにもないよ」
「ふ〜ん、麗華の奴は海の藻屑になること決定ね」
ボソッと危険な発言をしてますこの人、李姉ちゃん逃げて!!
「わかった、鉄君を信じるわ。でもね、鉄君もそろそろお年頃なんだから、色々経験しといた方がいいとお母さん思うの。
…………する?」
「本当なに言ってんの。死んでくれる」
「あっ、鉄君にそんな冷たい目で見られるとゾクゾクっと、駄目! 私達親子なのよ! そんなのいけないわ、でも仕方ないよね」
「親子の縁切りたくなってきたよ」
「他人になったら、お母さん絶対に止まれない自信あるわよ」
「もう、どうしたらいいかわかんない!!」
「やあね、微笑ましい親子のスキンシップじゃない。今ならおっぱい揉んでいいのよ」
「そんな親子おらんわ!!」
ツッコミ(変な意味ではない)すぎて疲れた。これって性的虐待になるんじゃないかな、実の母だが本気で警察に通報したほうがいいかもしれん。うん、通報しよう、その方が世界平和のためにきっと良い。
だがそう簡単に、大魔王からは逃げられない。
その後無理矢理身体を隅々まで洗われたり、背中を流したりと羞恥プレイをやらされ、さらにグッタリして風呂を上がる。恥ずかしくて死にそうだし、色々な意味で逆上せるかと思った。特にあの肌の張りは本当にやばい、あやうく反応してしまうとこだった、そんなことになったら二度とお母さんとして見れなくなる、人間失格だ。
「あ、ヤバい! 今日の下着、ベージュ色でババ臭い奴だ!! 黒のスケスケレースの方が好きだったよね鉄君」
「もう、どうでもいいわそんなの!!!!」
休日なのに朝から本当に疲れた、もう逆らう気にもなれない。浴衣に着替えた母さんにガッチリと腕を絡められ、ヨタヨタと廊下を歩き、居間の扉を開けると。
「………なに、このカオスな顔ぶれ?」
そこにいたのは、婆ちゃんに李姉ちゃんに真澄先生、それとあの外人さんは確かお母さんの部下って言ってたラクなんとかさん。後、なんで貴子ちゃんがいるんだ!ん、こっちのスーツ姿の人は知らないな。当たり前だけどこの部屋女子率高いなぁ。
「おはよう鉄。まぁ、お座り。あと、そこの馬鹿娘、後で説教するから私の部屋においで」
「あ”あぁ、ババアと話す事なんかないんですけどぉ〜」
「いいから、おいで」
「うぐっ」
婆ちゃんの目が笑ってない笑顔にたじろぐお母さん、ちょっと僕を盾にしないでよ。わっ、ブラつけてないでしょ、当たってる、先っちょ当たってる!
トンと飲んでいた湯のみを置いた婆ちゃんが、部屋の中を見渡しながらこう言い出した。
「今日集まってもらったのは他でもない、今後の方針を決めときたくてね。真澄先生も悪いね、朝っぱらから」
「いえ、春子お婆さまに呼ばれたら、この真澄いつでもどこでも駆けつけます!!」
「あんた、昨日酔っぱらって私の部屋に泊まっただけでしょう」
ああ、それで真澄先生が家にいるんだ、李姉ちゃんと仲いいんだな、でも飲み過ぎは注意してね。先生に酔って布団に入ってこられたら本当に洒落にならない、僕の理性が絶対に持ちそうもない。
「鉄郎君、おはよう! 湯上がりの火照った浴衣姿、凄くエロいよ。最高だよ。写真撮っていい」
「貴子ちゃん、君はいつも通りマイペースだね。で、そちらのスーツの綺麗なお姉さんは?」
「はじめまして鉄郎様、児島鈴と申します。貴子様の助手をしております」
「それは。……大変ご苦労様です。頑張ってくださいね」
「ご理解いただき恐縮です」
貴子ちゃんにこんな若い助手さんがいたんだ、けど雰囲気がどことなく李姉ちゃんに似てる人だな、凛とした感じがとても強そう、絶対格闘技とかやってるな。
「鉄君お久しぶり、お姉さんのこと覚えてるかな」
「あ、はい。お久しぶりです、えっとラク、ラクシューさん?」
「う〜ん惜しい、ラクシュミーです。今日は政府の代理として来ました、よろしくね」
政府の代理?なんだ、一体なんの話しが始まるんだ。ちょっとドキドキしてきた。
「真澄先生もこの際だから聞いとくれ。教師の中にも、事情を知ってる人間がいた方がいいと思うしね」
婆ちゃんが話し出すと皆が黙って注目する、真澄先生は一人首を傾げているが。
それって貴子ちゃんの正体を、真澄先生に話すって事でいいのかな?
「簡単に言っちまうと、そこの白髪小学生は、50年前に人類を滅亡させかけた、加藤貴子本人だよ」
婆ちゃんがさらっと貴子ちゃんの正体を明かす。貴子ちゃんはえらそうに胸を張るが、威張れる事じゃないからね。
真澄先生はポカ〜ンと口を開ける、無理もない政府の発表ではとっくに死んでる事になってるし、幼女化した今の姿からは想像もつかないだろう。視線が婆ちゃんと貴子ちゃんをキョロキョロと行き来する。
「加藤貴子って、あの加藤事変の。えっ、えっ、せやけど幼女のケーティーちゃんが加藤貴子って、うええぇーーーーーーーーーーっ!!!!」
そうそう、こういう反応が普通だよね。良かった、真澄先生が常識ある人で、僕の周り変に驚く人いなかったからな。
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