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24.世界平和

「ようこそ〜、夏子お母様ぁ〜!!」


テッテッテッと両手を広げて駆け寄る貴子、可憐な幼女に擬態した中身76歳のロリババアである。そう思うと無垢な笑顔もうさん臭く思えるから不思議だ。


ブチッ!


「だ〜れ〜が〜おかあさまだぁーーーーーーーっ!!!!」


内側からえぐり込むように放たれた神速の右ストレート。貴子ご自慢のバリアを軽々貫いて、カウンターでめり込む。容赦なく拳を振り切るその姿は、美しさすら感じる。


「ぶげらっ!!」


ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴローッ!ドベチャ


軽く数十メートルはすっ飛ばされた貴子が壁に激突する。フラフラと立ち上がるが、その顔面には拳の跡がくっきりと付いていた。



「ひどい!! なんでこんなことするの、お母様!」


「まだ言うか」


夏子の眼光がさらに鋭さを増して、腰の脇差に手が伸びる。


「チッ、話しが通じない、これだからしゅうとめは嫌われるんだ」


貴子も舌打ちをかまして、ポケットの端末でメインコンピュータに指令を送る。島の迎撃システム・イージスが素早く立ち上がり、夏子に向けて対人ミサイルを発射する。切れやすい老人はたちが悪い。


「イスラエルに提供した対人用の改良版だ、嫁の怒りを知れしゅうとめ!」


ビシィとポーズを決めた貴子の命ずるままに、誘導型ミサイルが白煙をあげながら夏子目がけて加速する。


「遅い」


居合い一閃、上段抜き打ちの刃が、向かってくる銀色の弾頭を豆腐のように両断する。二つに別れた弾頭が夏子の背後で炸裂する。


「斬鉄剣か!!!」


流石に避ける位はするかと思っていたが、まさかぶった切られるとは、貴子の開いた口が塞がらない。


「さ〜て、次は私のターンよね。大丈夫、痛いとすら感じさせないから」


悪・即・斬とばかりに低い姿勢で構えを取る夏子、広いスタンスを取ったせいで、タイトスカートから黒ストッキングに包まれた長い脚が晒され、ハイヒールがギリッと音をたてる。抑えることをやめた殺気がユラユラと周りの空気を歪めた。


「しょ、所長ーっ!!」


ただならぬ雰囲気にラクシュミーが焦って叫ぶ、貴子を殺してしまっても、衛星落としは開始されてしまうはずなのだ。そのせいで世界中の組織が二の足を踏んでいるのだから。





何このデタラメな生き物。背筋が凍るような恐怖を感じていた、いままで生きてきて色々な目に会ってきた貴子だけに、これはまずいと本能的に死を予感した。


「魔王かよ。……鉄郎君さようなら、愛していたよ。……でも、でも、処女のまんま死ねるかぁー!!!!」


貴子の魂の叫びがこだまする。



シーーーーン



貴子の処女宣言に場の空気が固まる、ラクシュミーは顔を真っ赤にして驚き、夏子は気の毒なものを見る目をした。先ほどまでの殺伐とした空気が一転して弛緩する、貴子もやっちゃた惑を隠せない。



「へっ、貴女処女なの。だって実年齢って確か……」


スッ


「夏子様、その辺でご容赦を。貴子様は大変奥手でナイーブな方でらっしゃるので」


いつのまにか隣に立った児島が、夏子の刀を手の平で押さえながら首を横に振る。一瞬は驚くも、すぐにニヤニヤとした笑みで児島を見つめる夏子、興味の対象が移ったようだ。バトルジャンキーの鋭敏な嗅覚が児島の高い戦闘力を嗅ぎあてる。


児島としては、これ以上追い込むと、貴子が逆ギレして何するかわからないので止めに入ったのだが、夏子に目をつけられてしまう結果となった。





「皆様、立ち話もなんですので中にお入りください。お茶をご用意致します」


「え〜っ!お酒ないの、お・さ・け」


「所長ーっ! あ、こ、紅茶とかあります?」



児島に案内されてラボの中に入って行く夏子とラクシュミー、ポツンと一人残された貴子はこの展開に着いて行けなかった。波音だけがザバザバと耳にうるさい。



「ぐすっ、鉄君……。貴子負けない」









ラボにある応接室に通されると、よく磨かれたロックグラスと、湯気をたてたミルクティーが静かに机に置かれる。その横には妙に厚く切られた羊羹が並んでいる。

夏子のグラスに魔王と書かれた一升瓶から、トクトクと透明な液体を注ぐと児島が一歩後ろにさがる。焼酎好きにはたまらない逸品であるが、そのチョイスは夏子のイメージにぴったりだった。


「ふぁ〜良い香り、ディンブラだ〜。所長、これ凄くいい茶葉ですよ!!」


本国を離れ、久しく飲んでいなかった本格的なミルクティーに興奮するラクシュミー、インド人もびっくりである、夏子もなみなみと注がれた焼酎を美味そうに一気に飲み干すと「くはぁ〜」と満足気に息をはく。ようやく話をする体制になった夏子が口火を切る。



「で、なんでアレはアメリカさんに人工衛星落としたのよ」


夏子が部屋の隅で壁に向かって体育座りしている貴子を指差して、児島に尋ねる。ソファーにふんぞり返ったその態度はもはや誰が主人かわからない、児島が部屋の隅を一瞥すると、まだ回復には時間がかかりそうだと判断し、簡単な説明を始める。



「……実は、鉄郎様にお渡しするチョコレートを、暗殺部隊の方々に粉々にされまして。大層お怒りになれた貴子様がそのままスイッチを押されました」


「「は?チョコ?」」


二人ともアメリカの暗殺部隊が失敗したことは聞かされていたが、一番の原因がチョコとは聞いていなかった。


「あら〜、そりゃしょうがないわね。恋する乙女として、私もそれは許せない! バレンタインを邪魔するなんて、女の風上にもおけないわ」


「恐縮です」


貴子の行き過ぎたと思われる行動をあっさり肯定され、深々と頭を下げる児島。つくづく出来た助手である。

隣のラクシュミーなどは「えっ、そうなの、それでいいの?恋する乙女って誰?」とキョロキョロと視線を行き来させている。




「しゃぁーーーーーーーっ!!!!貴子復活っ!!!」


部屋の隅でイジイジとしていた貴子がいきなり立ち上がって叫ぶ、いつのまにか手にはタブレットを持っていた。


「「わぁ!ビックリした」」


「何をなさってたんですか、貴子様?」


「精神的にすごく疲労したので、鉄郎君のお着替えシーンを見て回復してました。」



「おどりゃあ、なんしょんなァーッ!!」


すぐさま反応した夏子が、叫びながらタブレットをひったくる。児島とラクシュミーもすかさず後ろから覗き込む。


「あう〜、返して〜、わたしんの〜」


足元でピョンピョン跳ねるニセ幼女なんぞガン無視だ。



「「「こ、これは!!」」」


LIVEと表示された画面の中には、惜しげもなく上半身をさらした、まさにパンツ1枚状態の鉄郎が写し出されていた。乳首なんか丸見えである。



ゴキュ



3人が同時に唾を飲む、良い歳こいた女性達が食い入るように見つめる中、制服に着替え終え部屋を出て行く鉄郎、どうやら学校に行く直前だったらしい。


「貴子様、録画は!!脱いで行くシーンは!」


「えっ、マルチアングルでスパコンに全部保存してるけど」


「流石です貴子様!」


児島は服を着るシーンより脱ぐシーンをご所望のようだ、一方タブレットをワナワナと握りしめる夏子が小さな声で呟く。


「何、この絶妙なアングル、この解像度、私の鉄君がこんなにくっきりはっきりと。私の仕掛けたカメラとは全然違う、天才か……」



ガバッといきなり貴子の肩を掴む夏子、ちょっと危ない目をなさっている。


「貴子ちゃ〜ん。私達、殴り合った仲だし、もうお友達よね〜。そ・れ・と、鉄君と結婚するのに大事な物は、なんだかわかる?」


「……………水と弾薬?」


「私の許可だ、バカタレ。」


肩をしっかり掴まれた貴子に逃げ道はない、耳元で悪魔の囁きが聞こえてくる。


「貴子ちゃんが鉄君の撮影データ回してくれるなら、結婚の件は前向きに考えてもいいわよ。ホラ、私鉄君のお母さんじゃない、息子の健康状態は常に知っておきたいの」


「お、お母様。私も鉄郎君の健康状態を把握するためなら、喜んでデータをご提供致しますわ」


お互いにニヤニヤと悪い笑みをしながら握手を交わす、ここで重要なのは、夏子は前向きに考えるだけで確約したわけではない事と、貴子にとっては魔王と敵対しない事だった。



「そうね、ついでと言っちゃなんだけど、まだ貴女にちょっかい出しそうな組織を潰すの手伝ってあげる。これ以上、鉄君の通う学校でドンパチされても困るしね」


「流石です、お母様。さすおかです!」




こうして、世界最強の変態医師と世界最恐のテロリストの手が組まれることとなった、実行部隊に夏子と児島、遠距離攻撃に貴子、最悪のトリオである、一介の生物学者であるラクシュミーはラボでお留守番させられた。


その後、3日間で世界中の主な組織が壊滅的な打撃を受けるのは、悲劇としか言いようがない。









で現在に戻る。



「とまぁ、後処理もあって学院に来るのに、1週間もかかってしまったのだよ」


ワハハと笑いながら語る貴子ちゃんに言葉が出ない。本当なにしてんだこの人達。変態は皆んな魂がつながってるのか。


「私ご自慢の地球に優しいミサイルも刀一本でぶった切るし、絶対おかしいよね鉄郎君のお母様」


「いや、まぁ、おかしいのは認めるけど、貴子ちゃんも大概だと思うよ。あと僕の部屋のカメラは、完全に撤去するからね」


「……アッ」

お読みいただきありがとうございます。感想ぜひください!!

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