23.家庭訪問?
1週間も学院に来なかった貴子ちゃんが登校してきた、眼帯をつけて。なにそれキャラ作り、小学生のくせに中二病?(意外と扱いがひどい)久しぶりの再会にも恥ずかしげに目を逸らされた。
「た、貴子ちゃん、どうしたの眼帯なんてつけちゃって?」
「……殴られた」
「へっ」
「鉄郎君のお母さんに殴られた」
「は?」
「鉄郎君の大姑と姑は嫁に厳しすぎるだろ。ちょ〜っと人工衛星1つ落としたら、それこそ地の果てまで追っかけられた!」
なんとなくそうじゃないかなぁ〜って思ってたんだけど、本人の口から聞くと「なにやってんのこの娘!!」って感想しか浮かばない所が、随分と貴子ちゃんに毒されてきているんだろうな。でも、いくら貴子ちゃんでも理由もなくそんなことをするとは思えないんだけど、一体何があったのか聞いてみるか。
「それって1週間前にアメリカで人工衛星が落ちた事件だよね。どうしてそんなことしたの?」
「だって、だって、あのヤンキー共、約束破ってライフル撃ってくるし、なによりも鉄郎君に渡すはずだったバレンタインチョコ粉々にしたんだよ!! 絶対ゆるせない!!」
「うわー、僕のせいかっ!! ペンタゴンの皆さんごめんなさい!」
「鉄郎君が気にすることじゃないよ。撃っていいのは、撃たれる覚悟がある者だけなのだから」
「うまい事言おうとしてるけど、そう言うレベルじゃないよね」
目の前の幼女が『えへん』と無い胸を張るが、罪悪感の欠片もない態度に頭痛くなってきた。ん、そういえばお母さんがどうして貴子ちゃんを追っかけてるんだ、あのひとお医者さん?だよね。
「貴子ちゃん、僕のお母さんに追っかけられたの?」
「うん、武田夏子。鉄郎君のお母さんに間違いないよ。もう、聞いてよ!あの女酷いんだよ。ホラ」
そう言いながらめくった眼帯の下は、確かに真っ青に腫れていて痛々しいものだった。
1週間前、2月14日早朝。
貴子はだれていた、それはもう見事なだれっぷりで研究所の床にパジャマのまま寝そべっていた、道端でこんなもの見かけたら死体か行き倒れと間違われること間違いなしである。
「うあ〜〜、やっぱり今からじゃ間に合わん。あのショコラティエいるのフランスだもんな、なまじ出来が良かっただけに、どれを見ても見劣りする」
昨晩、デルタの襲撃で粉々に砕かれた愛の結晶(自称)?、急遽その代用品を寝そべりながらタブレットで検索していた。しかし満足いくものが中々見つからない、超一流のショコラティエに作らせた200万のチョコと、ネット検索で当日に手に入るお手軽チョコではどうしたって差は歴然だ。
「うん、駄目だ、何かいやらしい物を見て気分を変えよう」
貴子がタブレットに鉄郎の入浴シーン(もちろん盗撮)を画面に表示した時だった。
「貴子様!!」
「うひゃい!!」
「みみみ、見てないよ、鉄郎君の隠し撮り入浴シーンなんて!!」
「いや、そのデータは後でコピーするとして、今はソレどころではありません!」
突然後ろから声をかけたのは、長年にわたって貴子のお世話係兼助手をしている児島 鈴、御歳68歳である。しかしその見た目は決して婆さんではない。最近、幼女と化した主人にモルモットにされ、本来貴子が理想とした17歳の肉体を手に入れていた。その姿を見た貴子は、思わず床に手をついて悔しがった。この女、記憶力と勘が良いためその時の雰囲気で薬を作る悪い癖がある、そのせいで効能にばらつきが出るのだ。
身長167cmのスレンダーなボディによく似合う黒色のスーツを着こなし、長い黒髪を後ろで一つにしばった児島が、持っていた端末の画面を貴子に見せてくる。
「貴子様、その鉄郎くんのお母様があと5分で射程圏に入ります、おそらく昨夜の衛星落としの件かと。いかがいたしますか」
「鉄郎君のお母様が? よくこのラボの場所が分かったね」
「そりゃ、毎日ここから学院に通ってればバレますよ。」
「それもそうか、では鉄郎君の嫁としてお母様にちゃんとご挨拶せねばなるまい。児島、玉露をご用意しろ」
「多分そういう雰囲気じゃないと思いますけど、宇治の物でよろしいですね」
踵を返す児島を貴子が呼び止める。
「児島! お茶請けは、とらやの羊羹を頼む、ケチケチして薄く切るなよ」
ジト目を向けつつ無言で退室する助手を尻目に、貴子はクローゼットを開け放ちズラーッと並ぶ白衣を楽しそうに選び始めた。科学者にとっては正装である。
太平洋上に地図にない島がある、島と言うには小さく、船と言うには大きすぎる物体が洋上に漂っている。貴子が所有する浮島の研究所である。そこに向かう海上自衛隊のヘリSH-60Kの中に夏子はいた。
「くっそー!! マッドサイエンティスト幼女め、次々と問題おこしやがって! 鉄君に手作りチョコ手渡しに行けなかったじゃないか!!」
文句タラタラで座席に蹴りを入れれば、前に座る部下がビクンと身体を硬直させる。
「大体今回はヤンキー共が悪い、相互監視と不可侵条約を勝手に破りやがって、主導権がマッドな科学者に握られてるのがわかんないのかあの国は」
自信作であった手作りチョコを、朝一で鉄郎に届けようとしていた夏子を引き止めたのは、日本のトップである総理大臣の尼崎だった。アメリカからの嘆願もあり、直々にお話合いに行ってこいと命令を受けた夏子だったが、絶対に人選を間違えてる気がする、まあ毒には毒をと考えられなくもないが、何故そんな危険を犯すのか理解に苦しむ。
おそらくだが、貴子に対する尼崎総理の私怨も少し混じってるのだろう。
「でも主任、なんで私達が。アメリカさんが謝りに行けばいいじゃないですかー!」
ヘリのローターがバタバタとうるさい中、部下のラクシュミーが大声で抗議してくる。褐色の肌にミディアムショートのブロンド、インドから来た20歳の娘である。
「しょうがないだろ、今あっちの司令部はそれどころじゃないからな。関係者の方が許してもらえると思ったんだろう」
「謝りに行くわりには、足元のバズーカとか手榴弾が気になるんですけど……」
「いざとなったら拳で語り合う! 貴子のことはババアから聞いて多少は知ってるからね、それなら私みたいな一般人でも何とかなるだろ」
一介の医師にあるまじき戦闘力を誇る夏子。あんたのどこが一般人だ!ツッコミたくなる衝動をぐっとこらえてラクシュミーは口をつぐむ。この女に言っても無駄なことはわかっているのだ。
5分もフライトすれば洋上に浮かぶ巨大なラボにヘリは到着する、甲高いタービンの音を響かせ颯爽と降り立ったのは、白衣姿の武田夏子とその部下であるラクシュミー。待ち受けるのは、これまた白衣姿の加藤貴子にスーツにサングラスの児島鈴。
絵面だけなら美女と美幼女と華やかなのだが、二人の出会いがどんな化学反応をするのか予想できない両名の部下は、背中に冷や汗が流れ、気が気ではなかった。
「ようこそ〜、夏子お母様ぁ〜!!」
ブチッ!
2月14日午前7時。狂気の天才科学者と暴力変態医師による波乱の会合が始まる。
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