21.血のバレンタイン
「鉄郎君、チョコレートはとても危険な食べ物だ! 世界の犯罪者の約60%は摂取している危険物質なんだ。ちなみに世界の犯罪者の90%はパンを食べたことがある」
国際的テロリストの貴子ちゃんがまたおかしな事を言い始めた。そんな事言ったら100%の人間が水を摂取しているだろうに。昼休みの教室で真澄先生といつものようにお弁当を食べていると、横で栄養ゼリーをちゅうちゅうしてた貴子ちゃんが突然そんなことを言い出した。と言うか貴子ちゃん、それ昼ご飯?昨日はカロリーメイトだったよね、育ち盛りにそんなものばかり食べている貴子ちゃんが少し心配になった。たこさんウインナーいる?あ、いる、どうぞ。
「もぐもぐ、チョコレートを送る男がいる女を214人ほど生贄に捧げたら、なんか良い事起きそうな気がするんだがどうだろう」
「なんや、もしかして明日のバレンタインの話かいな、ケーティーちゃんは鉄君にあげへんの?」
真澄先生が焼きそばを食べながら話に加わる、ソースの良い匂いに釣られて見つめているとおすそ分けをもらった。代わりに先生にもたこさんウインナーをあげよう。
「うまっ、このソース焼きそば美味しい」
「ふふん、そやろ、ソースが違ってん。こっちじゃヘルメスソースは売ってへんからな」
「エルメス?」
「ちゃう、ちゃうヘルメス、大阪はソース命の国やから他にも ぎょーさんあるで」
「へー、良いなぁこの味。今度少し分けてもらっていい?」
「うちと結婚したら分けたげる」
「え〜っと、ちょっと待って考えるから」
「「えっ!」」
「コラーッでか乳!! ソースごときで結婚をちらつかせるな!! 鉄郎君もそんなんで悩むな、ソースごとき私が100本でも200本でも買ってやる!!!」
「いや、うちもちょっとビックリしたわ」
「あはは、あれ、なんの話だったけ?」
「バレンタインにケーティーちゃんがチョコあげるんかって話」
真澄先生の言葉に急にもじもじとしだした貴子ちゃんが上目使いで聞いてくる。あら、ちょっと可愛い。
「て、鉄郎君は手作りチョコって好き? そんなのあげたら重い女だと思っちゃう?」
「え、た、貴子ちゃんの手作り……」
「あ〜、ケーティーちゃんは手作りはやめといたほうがええんやないか、この前のカレーの件もあるし」
「うっ、でもチョコの方が構造が単純だし再現率も高いと……」
「再現率ってなんですのん?」
「クロムやモリブデン、銅にカルシウムなんかの材料を圧縮機にかければいいんじゃないの?」
「どこの錬金術師や!!」
バレンタイン、加藤事変の前は女子には結構人気のあるイベントだったが昨今ではあまりメジャーなイベントではなくなっていた。それもそのはず、チョコを渡す男性がいないのだから盛上がるわけがない、そのおかげでバレンタインは親しい女友達にチョコを送る行事として認識されるようになった。今ではハロウィンの方がよっぽど盛大に行われるイベントになっている。だがしかし今年は違う、鉄郎という本来の意味?で渡せる相手が同じ学院内にいるのだから。
「友チョコなんて難民向けの救援物資だよね」
「私、思い切って告白しちゃおうかな」
「ねぇ、湯煎ってどうやるの、直接火にかけちゃいけないんだよね」
「馬鹿ね、手作りなんて貰ってくれるわけないでしょ」
「変なもの入れたら護衛の姉ちゃんにぶち殺されるわよ」
「えっ!?」
校内がおおむねピンク色に染まる中、ここにも一人自分を見失っている者がいた、生徒会長藤堂リカである。
「いよいよ明日ですわ。この至高の手作りチョコで鉄君のハートを鷲掴みですわ。オーホッホッホ、ゲホゲホ」
リカが手にするのは、ガーナから取り寄せた最高級のカカオマスとカカオバター、バンホーテン社特注のココアパウダーをリカ自ら練り上げてしまった手作りチョコレート、相変わらず素材だけは最高級だ。藤堂家お抱えの料理人の制止も聞かずリカ独自の製法とセンスで生み出されたそれは、やっぱりひどかった。テンパリングもせず練り上げたために表面は白い粉がふき食感はぼそぼそ、隠し味として入れたブランデーも生クリームと分離して怪しげなマーブル模様を描いていた。
家紋入りの桐箱に納められたチョコを両手で掲げ、鼻歌まじりにクルクル踊るリカを副会長の平山智加と書記の大村花江が冷ややかに見つめる。
「あのチョコはないな。あんなの貰ったら百年の恋も冷める」
「カレーの時といい、なんで会長は変な所に力いれちゃうんでしょう」
そう言う平山も抜け駆けプランは計画済みだ、明日は新聞配達を利用して朝イチで鉄郎にチョコを渡すつもりだった。学院中が明日のバレンタインを楽しみにしていた、好きな男性に自分で選んだチョコレートを渡して告白する、こんなドキドキイベントに年頃の女生徒達が浮かれないわけがない、今日は眠れぬ夜を過ごす者も大勢いることだろう。
午後10時、すっかり暗くなった夜の校舎にうごめく白い物体、加藤貴子その人である。手作りチョコの製作を断念した彼女は金に物言わせて最高級のチョコを用意した、フランスの国家最優秀職人章をもつショコラティエに自分のレリーフ入りの大きなハート型チョコを作らせた。見た目は妖精のような貴子のレリーフは芸術的でそれは見事なもので、ショコラティエの才能がほとばしる逸品と言える。そのお値段じつに200万円。
「ふふふ、バレンタイン定番の渡し方と言えば、机の引き出しの中に忍ばせておく、古式ゆかしいこの方法が学園ドラマだよ。朝教室に来た鉄郎君が引き出しを開けたら私の愛が溢れ出す、それを隣で恥じらいながら見つめる私。いいじゃないか!いいじゃないか!!ハーハッハー!!!」
鉄郎の机の引き出しを開け自分のチョコを入れようとするが、同じ事を考えている者がいたのかすでに先約が数枚入っていた、貴子はそれを躊躇なくゴミ箱に投げ入れると自分の愛の結晶?を手に取った。
『貴子様』
「うわっ! 児島か、どうした。私は今忙しいんだが」
貴子の耳に仕込まれた端末機に通信が入る。いきなり頭に声が響くのでビックリするのが欠点だ。
『装備レベルBで24名。距離1400m、囲まれてます』
「……そっちで排除出来るか?」
『問題ありません。12秒ください』
「まかせる。ナインの極東マネージャーにも後始末頼んどいて」
『了解しました』
パッシャーーン、ターーンタン!
通信が終わると同時に教室の窓ガラスが砕け飛び、小さな破裂音の後に2発のNATO弾が貴子を襲う。だが1発は貴子の眼前で静止し、胸元に放たれたもう一つの弾丸は持っていたチョコレートを粉砕して空中で止り貴子の心臓には届かなかった。銃弾が激突した衝撃で貴子の身体を包むバリアー代わりの圧縮空気が振動して景色が波打つ。飛び散るチョコレートがスローモーションのように貴子の目に映り、ようやく現状を理解する。途端に湧き上がる強い怒りに思わず声を荒げた。
「児島ぁ!!! どこの国の者だ!!!」
『A国のデルタが照合率75%です。使用された銃はスカー・ヘビーでした』
「あんのクソヤンキー共!! この代償は高くつくぞ」
次弾が撃たれることはすでになかった、鎮まりかえった教室で粉々に飛び散った愛の結晶の残骸を呆然と見下ろしながら、貴子は制服のポケットから静かに端末を取り出した。
2月14日
朝から人工衛星落下のニュースがテレビを賑わしている、アメリカのペンタゴンが直撃をうけたらしい。画面には大きなクレーターの映像が流されアナウンサーが興奮して喋っている。
「人工衛星落下ってまさか……」
一瞬貴子ちゃんの顔が頭に浮かぶが怖くなって考えることをやめる、学校行ったら聞いてみよう。出がけにお母さんからのチョコが黒スーツの人によって届けられたが、どう見ても手作りぽかったので迷わず捨てた。添えられたメッセージカードには「急に行けなくなっちゃてゴメンね、お母さんそのものだと思ってペロペロしてね♥」と記されていた、縮れ毛の生えたチョコなど誰が食べるか!!
李姉ちゃんに送ってもらい学校につけば、すでに長い行列が出来ている。先頭に立つ藤堂会長から桐箱に入ったチョコを渡されるが、なにか禍々しいオーラを感じた。
「これはお母さんのチョコと同じ匂いがする」
「そんな〜、母性を感じるなんて気が早いですわ鉄郎さん」
決してそう言う意味ではないのだが、いやんいやんとテレまくってる藤堂会長に詳しい説明はやめておいた。その後も次々と手渡され、教室に行くまで随分と時間がかかった。
「きゃー! 握手までして貰っちゃった、私今日から左手で生活する」
「これが真のバレンタインなのね、胸が苦しいわ」
「覚悟してたけど、やっぱり振られた〜。なんで! あんなによく目があってたのに〜(思い込み)」
「あんた、そう思ってる奴何十人いると思ってんの、それに始業式の壇上で鉄君が見ていたのはあたしよ(錯覚)」
「えっ、何言っての、あたしの方見てニコッってしてくれたのよ(幻想)」
「私、鉄君なら一生片思いでもいい」
ホワイトデーのお返し、お年玉じゃ足りなそうだなぁどうしよう。などと考えながら教室の扉を開ける、待ってましたとばかりに駆け寄ってきて委員長がチョコを渡してきた、流石に料理部だけあって安心出来る仕上がりのトリュフだった。これならなんの心配もなく食べれそうだ。席について引き出しを開けるとチョコレートの欠片が一つ入っていた、なぜ欠片?
HRが終わり授業が始まっても貴子ちゃんは姿を表さなかった、朝のニュースを思い出して、誰も座っていない隣の席がひどく気になった。やっぱり何かあったのかな?
結局その日は貴子ちゃんが学校に来ることは無かった。
放課後、恒例の部活巡りを終え、頂いたチョコを抱えながら下駄箱に向かって歩いていると、ちょうど職員室から真澄先生が出てきた。今日はまた一段とスカートが短いスラッとした長い脚に目のやり場に苦労する、そういえば真澄先生からはチョコ貰わなかったな、教師と生徒だしそういう所はケジメつけてそうだししょうがないか、でも先生にはてっきり貰えると思ってたからちょっと寂しいな。
「真澄先生」
「お、鉄君、部活巡りごくろうさん。こりゃまた凄い量のチョコやね」
「はは、全校生徒にもらっちゃいました。ホワイトデーのお返しが大変そうです」
「まぁ、今年はそうなると思っとたよ。ほな、うちも鉄君にチョコあげなあかんね」
「えっ、真澄先生から貰えるんですか!」
「ん、なになに、そんな嬉しそうな顔してあざといぞ。うちが鉄君にあげないわけないやろ」
「でも真澄先生みたいな綺麗な人は、僕なんか相手にしてくれないのかなって思っちゃって……」
「つっ! アホやな鉄君は、うち、鉄君が皆んなにぎょーさん貰ってたからちょっと嫉妬しててんよ」
「真澄先生……」
少しかがんで上目使いの綺麗な顔が目の前に迫る、ふわっと甘い香りがした。夕日が射してて助かった、今は顔が真っ赤になっているはずだ、本当にこの人はどこまで本気かわからなくて困る。真澄先生がジャケットのポケットから取り出したのはチロリチョコ(ミルクチョコレート味)が1粒だった。ああ、これ以上は荷物になっちゃうから気を使ったのかな。けど先生はそのまま、包み紙を取り自分の口に運んだ、アレ?
「鉄君」
「んっ!!」
両手が塞がっていた僕の頭を優しく掴まれ、真澄先生の唇が僕の口を塞いだ。先生の舌がチロリチョコを僕の口の中に押し込んできて、ミルクチョコレートの甘さと柔らかな舌の感触が脳に伝わってくる。息をするのも忘れて目を見開いていると先生の唇がそっと離れていく。あっ。
「お、美味しかった? ほ、ほな、気をつけて帰るんやで」
僕が声も出せずコクコク頷くと、真澄先生は足早に職員室に戻っていった。中でなんか凄い音がしたが今の僕はそれどころではなかった、熱に浮かされたように指で唇をなぞればそこにはチョコレートがついていて、脳内で先ほどの光景がリピート再生される。顔が熱くてたまらなかった、ファーストキスがチョコの味って甘すぎでしょ。
「真澄先生、大人だなぁ〜」
一言つぶやいて、フラフラとした足取りで校舎の外に出る、冷たい空気が火照った顔に気持ち良かったがドキドキが止まらなくて少し困った。
翌日、職員室で鼻血を出しながら倒れている住之江真澄24歳が発見されるが、その顔は幸せに満ち満ちていたと言う。
お読みいただきありがとうございます。感想ぜひください!!




