18.てへテロ
おまたせ?
「クッソー! あの小娘絶対に許さん!! あの教師は鉄郎君との結婚式には絶対に呼ばーーん!!」
校舎の屋上までトッタカターと駆け上がって来た貴子が、良く晴れた冬の空に向かってうがーと大声で叫ぶ。
「鉄郎君も私という者ありながら、あんなおっぱいに惑わされて、あんなものただの脂肪のカタマリじゃないか、なぜ皆それがわからない」
貴子は若干焦りを感じていた、どうにもこのところ予定が狂いっぱなしだった。あの日、鉄郎のもとから去った後、なにを思ったのか鉄郎と学生恋愛も良いなと自らの体を高校生にするべく薬の調合をおっぱじめた。やめときゃいいのに薬の上書きだ、いかに天才科学者といえどその結果が予想通りになるわけがない、次の日身長を測ってみれば2cm縮んでいた。
焦った、何十年かぶりに超焦った、最終的には136cmと小学生にしか見えない状態になってしまった、抑制剤の調合がもう少し遅れたらそれこそ幼稚園児になっていただろう。おかげで用意していた制服のサイズが合わず作り直したため、さらに学校に行くのが遅くなってしまった。気付いて見ればすでに学院は冬休み、踏んだり蹴ったりである。そこで貴子は小学生が高校に通う無理を通すために、新世界政府を相手にお願いと言う名の脅迫にかかる。
トゥルルル、カチャ。
「総理、お電話です」
「誰から?」
「それが、加藤と言えば分かると。子供の声で」
「こ、こちらに回してください」
「やあ、尼崎ちゃんお久しぶり。総理だって、随分偉くなったんだねえ、さっそくだけどちょ〜っとお願いがあるんだが聞いてくれるね」
「加藤貴子。本物なの? 随分と幼い声だけど」
「なんだい、若返ったことは報告がいってるだろう、それとも本人と証明して欲しいのかな」
「ツッ、分かったわ。そちらの要求は」
「そう構えんでくれよ、何、そんな難しい事じゃない。尼崎ちゃんの立場なら超簡単なお仕事だよ、学生証を1枚作ってくれたまえ」
「はっ?」
「学生証だよ、耳が遠いのかい? 私と鉄郎君との学園ドラマに必要なんだよ。プリーズ」
「学生って貴女いくつになったのよ!」
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「あの〜、総理」
「あんのクソババアァー!!! なにが甘酸っぱい学園生活だ、ふざけやがって!!!!」
ガシャーーン!!
「ヒッ!」
屋上で冷たい風に吹かれながらじっと自分の手を見つめる貴子、このサイズの身体になって4日たったがどうやらこれ以上は小さくはならないようだ。
「ふむ、一安心だな、これ以上縮んだら恋愛どころではなくなってしまうからな。ところで、そこのドアの向こうの人、隠れてないで出てきたらどうだい」
「流石に気付くか、殺気が漏れてた? 押さえてたつもりなんだけど」
屋上の登り口に姿を見せたのは、黒のチャイナに身を包んだ麗華だった。長く艶やかな髪がサラサラと揺れる、サングラスを投げ捨てて現れた瞳には濃厚な殺意が宿っている。
「ん、あぁ、え〜っと、ホラあれだ、誰だっけ?」
素で忘れている貴子、彼女は自分に興味のない事は記憶することすらしないのだ。それが他人をひどくいらつかせるとは思いもしない。
「ふ〜ん、貴女にとって私はそんな印象薄かったんだ、それじゃあ思い出してもらうとするか」
肩幅より広く足を開き、低く腰を落とす、右の拳をスッと前に突き出す。
「あぁーー!! 思い出した! あの時鉄郎君の横で寝てた役立たずのチャイナだ!! すご〜い思い出せた! 私えらい!」
ピクッ「私にも武術家としてのブライドってもんがあるわけよ、貴女にやられっぱなしじゃ鉄君の護衛を続けられないのよ。大丈夫、殺すのは禁止されてるから、半殺しで勘弁してあげる」
「あんまり強い言葉を使うと、負けフラグ立っちゃうよ。それにこれからは私が鉄郎君を守ってあげるから、君はもういらない子だろ」
ダムッ!!ズグワシャーーーッ!!!!
麗華の身体がユラリと残像をのこして3mの間合いを一瞬で詰める、超接近戦、貴子の驚く顔が視界に入る。強烈な震脚がコンクリートの床を一踏みで砕く、その衝撃で地震のように校舎がグラリと揺れる。その勢いのまま肩での体当たり、八極拳の鉄山靠が小さな貴子を捉える。
「うにゃーーっ!!」
貴子がまるでトラックに跳ねられたようにフェンスまで吹っ飛ばされる。そのまま異世界転生してしまえとばかりの勢いである。それを静かに見つめる麗華が愚痴をこぼす。
「加藤貴子、科学者のイメージが強いが、なるほど、春さんと同じ人外の生き物だったか」
「誰が春子みたいな脳筋と一緒だって。あんな化物と一緒にするな!!」
「歳の割に耳がいいんだね。身体浮かしてダメージ減らしたのはわかったけど、この手応えはなんか発明品でも使ってんの?」
ひしゃげたフェンスから身体を起こすとパンパンと埃をはらう。貴子はその際少しかがんで靴に付いたリボンをカチカチと回転させた。
「ダイラタント流体を応用した空気のバリアーだよ。スラッグ弾だって止められる代物なんだが、それでも10mも吹っ飛ばされるってオネーチャンも十分化物だろ。それにしてもおニューの制服が汚れたじゃないかッ」
喋り終えた貴子が軽く床を蹴ったかと思えば、猫のような軽快な動きで麗華に迫る。クルクルと小さい身体を縦回転させて蹴りを放つ、小ちゃくなった身体は動きが軽くて便利である、ババアの時はこうはいかない。
「貴子キーーーック!!!!」
防御の為に迎え撃った麗華の腕がミチミチと軋む、八極拳とは違うスピードと回転力を使った蹴りは予想を遥かに上回る威力を見せる、貴子の体重がもう少しあれば止められなかった可能性が高い。だが。
「だぁーーーーっつ!!」
麗華が蹴りがめりこんだ腕を強引に薙ぎ払い、貴子を弾き飛ばす。小ちゃくなった身体はこう言う時軽くて不便である。
「その細っそい足でこんな威力をだせるかぁー!今度はどんなズルだ」
「キック力倍増シューズだ!! 科学の力におののけ原始人」
「あんたはコニャンくんか!!!!」
「わっははは。身体は子供、頭脳は天才、してその正体は………ミラクル美少女ケーティー貴子ちゃんなのだ!!」
クルクルリンとスカートをひるがえして横ピースを決める、ちょっとアドレナリンが出てきたらしい。
「うわーっ、ゼッテー殺す!!」
世界的テロリストを前に麗華の殺意がうなぎ上りである、自然と口角が上がり攻撃的な笑みがこぼれる。なお世界的ぺロリストだと鉄郎が舐められて危ない。しかしこれだけ派手に戦えば当然、気付く者もいるわけで。
「李姉ちゃん! 貴子ちゃん!」
「「鉄君(鉄郎君)!」」
教室を飛び出した貴子を探していた鉄郎だったが、屋上からの轟音に気づきその足を向けた。息を切らして扉を開けてみれば、その光景に呆然となる、砕けた床、ひしゃげたフェンス、対峙する二人。そこから導き出される推理に頭痛すら覚え、思わず声を荒げる。
「二人とも何やってるの!!」
「鉄君、ち、違うのお姉ちゃんこのロリババア、じゃない貴子ちゃんにちょ〜っとご挨拶をと思ってね。ホラ、武術家って拳で語り合うなんてよくあるじゃない」
「鉄郎君! 私はこれっぽっちも悪くないよ。このチャイナがいきなり襲ってきたから、正当防衛だよ」
「二人とも正座!!」
「「はい」」
美髪公とまで呼ばれるチャイナドレスを着た美女と見た目だけなら白い妖精とも言える幼女が、学院の屋上で並んで正座している絵は酷くシュールだ。日本人なら怒られる時は正座と相場が決まってるので仕方なかった、だって鉄郎が珍しく怒ってるのだから。
「で、李姉ちゃんがここに居るってことは、貴子ちゃんが学校に来るって知ってたんだね」
「今朝方、夏子さんから連絡あって、毒虫が学校にいるから潰してきなさいよって」
「誰が毒虫よ!! こんないたいけな少女を毒虫扱いするなんて、ハッ、もしかして嫁姑戦争がすでに始まってるの! くぅ〜、いざとなったら毒ガスで……」
「毒虫じゃん。それに夏子さんもいざとなったら薬とか平気で使うし、あんた達案外気があうんじゃない」
「えっ、そ、そう。鉄郎君は嫁と姑は仲いい方がいい?」
「いや、うちのお母さんと気があうような人はちょっと……」
「全力で殺しあうわ!!」
「もう! 女の子が殺しあうとか、喧嘩とか僕、感心しないなぁ、傷とか残ったらどうすんの。メッ!」
今時、傷が残るのを気にするのなんて男子くらいなものだが、祖母春子の教育は価値観が古いので鉄郎は女性には全自動で優しさを見せる、・・のだが。
「こんなに優しくされたら、私、勘違いしてもいいんだよね、鉄郎君!」
雌の顔になって迫って来た貴子にはドン引きの鉄郎だった。
屋上の入口で住之江と1-Aの生徒達がコソコソと鉄郎達を覗き見る。なんだかんだでクラスの皆で探していたのだ。
「なんで、麗華と転校生が正座させられとるん?」
「フェンス壊れてるからそれでじゃない」
「護衛役のネーチャンならやりそうだな、でも天才ちびっ子も一緒だよ」
「さぁ、でも鉄君って怒ってても可愛いよね」
「ああ、それ言えるよね。私も鉄君にメッってしかられてみたい」
「キャーーッ、それ良い!!」
実際は地球規模の問題に発展する可能性すらあるのだが、実情を知らない彼女達にとっては結構どうでもよい話しのタネにしかなっていなかった。なにわともあれ今日から新学期がスタートである。
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