17.転校生
「ケーティー貴子、10歳です。皆さんよろしくお願いします」
そう言って頭を下げた貴子ちゃんだが、僕の方を見た瞬間に口元がニタァと三日月のように開かれる白い肌に真っ赤な口内が覗く、その可愛い外見に似合わない笑顔に背筋がゾクッとする。
「子供だ」
「ちっちゃ! あの真っ白な髪って地毛なの?」
「なんで小学生が高校に転校してくるの!!」
「10歳って何!?」
「貴子って、凄い名前つける親だな。普通つけないよねあんなテロリストと同じ名前」
興奮する生徒達を前に、真澄先生が黒板横のハリセンを教壇に叩き付ける。
パァーン!!!
「やかましいわ! え〜と、この子はロシアに住んでたんやけど、家の都合でおかーちゃんの居る日本に引っ越してきたんよ。これで合っとる?」
「それで問題ない」
頷く貴子ちゃん。
「で、飛び級でこの学院に入学してきたと。ちなみに編入試験はオール満点の天才っ子やで!」
「「「「おぉーーー!!!」」」
真澄先生の説明で再び教室が沸く、まぁ天才科学者だから高校の試験くらい余裕だろう、それにしても、貴子ちゃん随分と若返ったな!この前会った時より幼くなってないか?若返ったと言うにはちょっと戻り過ぎだが、前回ショッピングモールで会った時より確実に小ちゃくなっている、美少女というより幼女と言ったほうがしっくりくる、まだアポトキなんちゃらって薬の影響で幼児退行しているのか、最後は赤ちゃんになるんじゃないか?
「さて、ケーティーちゃんの席やけど新学期で今から席替えやねん。ちょっと待っててや」
「ん、席ならそこの鉄郎君の隣でいいぞ。今の私は後ろだと小ちゃくて黒板が見えないしな」
「鉄郎君?? まぁそれもそうやな、せやけど鉄君の隣は競争激しいからちょ〜っと難しいんや。おい、多摩川、くじの用意出来てるか?」
「は、はい、準備出来てます」
委員長が慌ててゴトリと机の上に穴の空いた箱を置いた、今回は三角くじか?前回はなぜか腕相撲トーナメントだったからな、アミダに100m走、潜水時間競争なんてものまで有った(あの時は死人が出るかと思った)1周まわって普通の決め方になったな、これなら貴子ちゃんでも平気だろう。あれ、だけどショッピングモールで李姉ちゃんの拳止めてたよな、見た目じゃ判断できないか。
「よーし、女子ども〜! とっとと決めちゃってやー。ほれ、ケーティーちゃんもまじってこいや」
「真澄先生、この席替えって僕も参加しちゃ駄目なんですか?」
「う〜ん、鉄君が後ろの席になんかになったら皆んな後ろ向いてもうて授業にならんからな、それに教師からも教壇のまん前に鉄君いるとめっちゃ気合いはいるって話やしね」
「真澄先生も僕がこの席だと気合い入ります?」
「も、もちろんや! 思わずぎゅ〜って抱きしめたくなる」
なにげない質問に凄く食い気味に返事が返ってきた、そりゃ真澄先生みたいな美人さんに抱きしめられたら嬉しいが皆が見てる前でやられたら超恥ずかしいなソレ、隣で聞き耳を立てていた委員長がすかさずツッコミを入れる。
「住之江先生それは教師の行動として問題です!」
「教育者の前に女やからしょうがない!!」
バイ〜ンと大きな胸を張り正々堂々とした態度の住之江にクラスの女子が一歩後ずさり、言葉が出ない。そのうちこの教師、警察のお世話になりそうな気配すらある。
クラスの女子達が教室の後ろに集まりくじ引きが始まるようだ、僕と真澄先生は前の方でそれを見守ることになる。教室の前と後ろの温度差が凄い、席替えの時は皆鬼気迫るものがあるんだよな。
「皆、わかってるわね、プラチナチケットは鉄君の左右と後ろの3席、1番から5番よ」
クラス委員長である多摩川の言葉に緊張が走る、ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。栄光の1番から5番、その他の席に用はないのだ、しかも淑女協定解禁のおまけ付き、年末年始を挟んで久々の席替えに彼女達の心に欲望の火がメラメラと燃えあがる。だが一人冷静を保つ人物がいる、ケーティー貴子こと加藤貴子だ、実年齢は70を超えてるのだこれくらいで騒ぐことはない。
「ほう、それでは私は1番のくじをひけば鉄郎君の隣と言うことでいいんだな」
「お、ケーティーちゃん自信ありまくりだねぇ、けどこればっかりは頭脳より運がものを言うよ」
「そうそう、転校早々悪いけどこればっかりは譲れないの。でも順番位なら決めていいよ何番目に引く?」
「ん、私が一番最初に引いてしまっていいのか?」
「おぉー、チャレンジャーだね。でも最初に引いたからって1番が当たるわけじゃないよ」
「ふん、わかってるよ馬鹿にするな、小学生じゃあるまいし」
(((いや、あんたどうみても小学生だよ!!)))
小さな手がくじの入った箱の中に差し込まれ、ガサゴソと手探りを繰り返している貴子に注目が集まる、そしてふいにその動きがピタリと止まる。貴子がニヤリと笑った、笑うと言うにはあまりにも攻撃的な笑み、明確な威嚇行為だった。その謎の笑みにいぶかしげに皆が首を傾げる、さすがに今さっきくじ引きの事を聞かされたこの子にイカサマを仕込む暇などない、なのになぜ笑っている、そんな心境だった。
そっと引き抜かれた手には三角に折られた紙1枚、無造作に開き腕を掲げる。そこに書かれた番号は。
「「「ウソォーー!! 1番!!」」」
「マジで一発で引き当てた!こども転校生凄!!」
「だから言ったろ、私が最初に引いていいのかって。なぁ」
そう言って多摩川に向かって視線を合わせてきた。この時の彼女の驚きは計り知れない、貴子が引いた1番の紙は、彼女がくじ箱の天板裏に貼り付けておいたのだから、イカサマまでして手に入れようとした席をあっさり掻っさらわれた、しかもあの目は多摩川の仕業だとわかっているかのようだ、入室からの短い間に全てを看破された多摩川は貴子に言いようの無い恐怖を抱いた、三つ編みの髪がカタカタと震え、目を見開いたせいで眼鏡がズレる。早速、鉄郎の隣に行こうとする貴子に多摩川が小声で問いかける。
「あなた、どうして……」
「ん、誰かが仕掛けてるとは思ったし、くじ引きなら方法は限られるからね」
「最初から疑ってたと言う事」
「当然じゃないか、それに鉄郎君に群がる害虫駆除は正妻の務めだしね。まぁ、今回はごちそうさまと言っておこう」
ポンと肩を叩き歩き去る貴子を見て多摩川は呟く。
「彼女は一体何者なの、とても10歳児の雰囲気じゃない。まるで……」
このクラスで逸早く貴子の異常性に気づく多摩川、その心中は複雑だった。クリスマスからの鉄郎との良い雰囲気を途絶えたくなくて今回はズルをしたが、この結果に多摩川は少し安堵していた、やはり罪悪感はあったのだ、このまま自分で引いていたら今後鉄郎の目を見て話せなくなったかもしれない、それを思えばこの結果でよかったのだと自分に言い聞かせた。
その後もくじ引きは一喜一憂で進み鉄郎を除く29席が無事に決定した。今回己が欲に負けた多摩川は20番という窓側の後ろから2番目の席となりかなり落ち込んだ、頑張れ委員長、次の決め方が体力勝負だったら君の勝率はかなり高い。ただ、彼女達は忘れている淑女協定が緩和された今、授業中は拘束される席順なんかよりも自由に動ける休み時間の方がよっぽど重要であることを。
一方教室の前では住之江が抜け目なく鉄郎と楽しい時間を過ごしていた。こう言う所はさすがである。
「おや、席決まったみたいですよ、真澄先生」
「そうみたいやね、そんなことより、鉄君。先生と新婚さんごっこせえへん」
聞いちゃいない。
「鉄君、手繋いでええ?」
「恥ずかしいからやです」
「照れてる鉄君可愛ええなぁ。じゃあ、腕組んでええ?」
「うわ〜、話しが通じない!」
「コラ!何をしているデカ乳小娘。私の鉄郎君に変なちょっかい出すならその無駄にデカイ乳削ぐぞ」
「ヒエッ、ケ、ケーティーちゃん!」
圧倒的な殺気、武道のこころえなどない素人でも感じられる程のそれを漂わせた貴子が住之江の後ろに立っていた。鉄郎の母夏子と同等の殺気と言動にデジャビューを感じたが10歳児相手にビビるわけにはいかない。
「な、なんや先生に向かって小娘って、そ、そんなに若く見える? それに私の鉄郎君ってどう言う意味やねん」
「言葉通りの意味だ小娘、鉄郎君とは今はまだ友達だが婚約者のようなものだぞ」
「言葉通りって、いややわーそないに若く見えちゃう。ウチちょっと自信出てきたわ」
「そっちじゃない!! 婚約者の方よ!!」
「ああ、今は友達で将来は婚約者って、頭でっかち特有の妄想かいな。天才メルヘン少女か?」
「くっ、この私に向かってよくそんな口を。だから乳のでかい女は嫌いなんだ」
「これが大人の魅力ってもんや、ねぇ〜鉄君」
非常に大人気ない住之江が両手でおっぱいを持ち上げながら鉄郎に話しを振る、顔を赤くしながら照れたように目を逸らす鉄郎。その鉄郎を見てガビ〜ンとショックを受ける貴子。
「お、おぼえてろよぉ〜デカ乳小娘、鉄郎君のおっぱい好きぃ〜〜!!!!」
目に涙をためながら教室のドアを蹴破って走り去る貴子。教室に嫌な沈黙が生まれる。
「い、今のは真澄先生が悪いんじゃないかな」
「えっ、ウチが悪いん、とどめ刺したのは鉄君じゃ」
結局、相変わらず妙な所で打たれ弱さを発揮する貴子に罪の意識を持った鉄郎が、探しに行く事にした。新学期早々のこの騒ぎに、波乱の予感しかしない鉄郎だった。
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