15.大晦日
長野県には「お年取り」と言う風習がある、なので31日の大晦日には結構豪華な食卓となる。(他県もあるのかな?)お節だって新年を待たずに解禁だ。鉄郎の住んでいる北信の地域はサケを食べる家が多いのだが、春子が少し南信の松本市出身のため武田家の年取り魚はブリとなっている、長野県は海のない県なので年末年始のご馳走といえば海鮮をメインにすると大変喜ばれる、祝いの席では肉よりも魚なのだ。最近の武田家では鉄郎の大好物の蟹が欠かせなくなっている。
「婆ちゃん、このお刺身全部切っちゃっていいのー」
鉄郎が台所で愛用の刺身包丁を手に春子に尋ねる。
「ああ、全部切っちゃっておくれ。それでも足んなくなりそうだよ、まったく」
春子がガメ煮の味見をしながらそれに答える、いつもは静かな台所も今年の大晦日は勝手が違った。
「はぁぁ~、鉄君のエプロン姿ええね、可愛いねぇ、これはいいお嫁さんになれるわぁ~」
「もう、真澄先生は、それを言うならお婿さんでしょ。それよりそこの棚から大皿取ってください」
「は~い! うん、うん、なんやこうして台所で二人で料理しとると新婚さんみたいやね鉄君」
「今年は実家の大阪には帰らへんから一人で寂しく年越しやねん。よよよ……」とわざとらしく言っていた住之江を「じゃあ、家で一緒にお年取りしませんか」と鉄郎が誘ったのだが、おそらく住之江の作戦勝ちだろう、その証拠に顔が凄くニヤけている。それにまったく気付かないチョロい鉄郎である。意気揚々と武田家の年越しに参加を果たした住之江だが、一人暮らしのくせに意外と料理面では役に立たなかった、本人いわく「ちゃうねん、粉もんとホルモン焼きは得意やねん!」と主張したが今日の献立にお好み焼きは無い、仕方なく手伝いだけでもと台所に居るのだが、本人はそれだけで満面の笑顔である。
しかし当然、住之江にとって良いことばかりではない、首筋にピタッと冷たいものが当てられ、そのにやけ顔が一瞬にして凍り付く。
「せ~んせぇ~、鉄君がど〜うしてもって言うから家に入る事を許したけど、あんまり調子にのるとその無駄にデカイ乳削ぐわよぉ~」
居間で酒を飲んでいたはずの夏子が、いつのまにか背後に立って日本刀を抜いていた。まるで気配を感じさせないアサシンの所業である。
「ヒエッ、な、夏子おかあさま!」
「お・か・あ・さ・まなんて貴女に呼ばれる筋合いはないんですけど~~〜」
ゴリゴリと夏子に額を押し付けられる住之江、比較的度胸はある方だがハイライトが消えた殺人者のような瞳で迫られると恐怖を覚える。大体、鉄郎と春子に壊滅的な料理の腕前のせいで役立たずの烙印を押され、居間に追いやられていたのではなかったのかこの人。
おとなしく酒でも飲んでて欲しいところである。
「お母さん! 真澄先生は僕のお客さんなんだから失礼なことしないで!」
「て、てちゅくんが反抗期! だって、だってお母さんだってさみしかったんだもん。せっかく帰って来たのに鉄君相手してくれないんだもん。放置プレイは嫌いなんだもん」
「42にもなって、もんはやめなさい、もんは」
「あっ、お母さん裸エプロンしてあげようか! それだったらここに居てもいいでしょ。ちょっと待ってねパンツ脱ぐから。 へぶぅ!!」
春子の電光石火のボディブローが夏子を正確に捉える、効果は抜群だ。身体がくの字に曲がったまま床にゴトリと崩れ落ちる。
「鉄の先生が居るのに家の恥を晒すんじゃないよ、この馬鹿娘が!!麗華!!これかたずけときな」
「呼びましたー。うわぁー、またですか。しょうがないな~」
ひょいと台所に顔を出した麗華が、なれた手つきで夏子の足を持って居間に引きずっていく。パンツが見えようとおかまいなしだ。麗華も中華料理は上手いのだが和食はちょっと苦手な為、今日は家の掃除に徹しているのだ。
「本当、強烈なおかあさまやね」
「「お恥ずかしい」」
キンコ~ン
「あれ、誰か来たのかな?」
玄関でチャイムが鳴ってしばらくすると麗華が台所までやってくる。
「鉄君、お客さん。学校のえ〜っとなんて言ったけ、フランス人形みたいな」
「「藤堂会長?」」
「ここが鉄君のハウスね、ふ~ん純和風で鉄君には合ってるわね」
緊張の面持ちで鉄郎を待つリカは、真っ赤なロングコートにムートンブーツ姿で、その顔立ちもあって赤ずきんちゃんを思わせる。冬休みに入り鉄郎ロスになっていたリカ、それを見かねた母に口実作ってあげるからアタックしてきなさいと大量の蟹を持たされたのである。おかあさまグッジョブですわ。
「あっ、やっぱり藤堂会長だ。こんにちわ。どうしたんですかこんな大晦日に」
「ほんまや、生徒会長やん」
玄関に現れた鉄郎に120%の笑顔を向けるが、その後ろに余計な者が付いてるのを見て怒りマークが額に浮かぶ。
「なんで住之江先生がここにいますの! なんで年増先生がここにいますの!」(大事な事は2度言おう)
「おいコラ! 喧嘩うっとんか! はん、鉄君に一緒に年越ししましょうってめっちゃ誘われたからいるんや、ええやろ。うらやましいか」
「……なんで私は誘われていませんの?」
「しらんがな」
住之江は生徒会長に冷たい。
「それにしても藤堂会長、なんのご用で」
「そうです!鉄郎君。私がこの前の事件で入院した時お見舞いに来てもらったのに、まだお返ししていないと言ったら母に叱られまして、今日は大晦日ですし、お返しに食材をお持ちしましたの」
「そんな気を使ってもらわなくても。花束しか持っていかなかったのにかえって悪いです」
「男の方にプレゼントしていただいたのに、そんなわけにはいきませんわ。それにあの花束は私の一生の宝物です、プリザーブドフラワーにして大事に部屋に飾ってますのよ!」
鉄郎に詰め寄り力説するリカだったが、その間に運転手らしきスーツ姿の女性がツカツカとクーラーボックスを抱えてやってきて蓋を開ける。
「鉄郎君がお好きだと言っていたので、新潟の知り合いに送ってもらいましたの」
「……こ、これって。蟹さん」
「おぉー、こらぎょーさんあるなぁ~」
鉄郎と住之江がのぞき込むとそこには真っ赤なズワイガニが大量に敷き詰められていた、鉄郎の目がキラキラと光り蟹に釘付けである。
「藤堂会長!! ありがとーっ!!」
感極まった鉄郎がリカに抱きつく、これだけでもわざわざ来た甲斐があったリカだった。顔を真っ赤にさせ呼吸をするのも忘れて口をパクパクさせる。
うきゃーーーー!!!鉄君のハグですわーーー!!!らめぇ~もう心臓止まりそうですわ!あぁ鉄君の綺麗なお顔がこんなに近くにぃ!!破壊力抜群ですわ!!
「そうだ!! 藤堂会長。こんなに有るんだから一緒に食べてかない!さあ、上がって、上がって」
テンション瀑アゲの鉄郎がリカの手を取って誘う、あうあうと声にならないリカだったが運転手の女性がニコやかにサムズアップする。
「リカお嬢様、お帰りの際はご連絡ください、お迎えにあがります」
そう言って運転手の女性はさっさと帰ってしまった、残されたリカはまだあうあうと言葉にならない。こうして武田家のお年取りにリカも参加することになるのだが、住之江は鉄君て食べ物で簡単に釣れんじゃね!と少し心配になった。実際かなり有効な手だと思われる。
「いや~、今年の大晦日は賑やかだね」
「そうだね、蟹は美味しいよね。だって赤いもの」
「うん鉄君は、蟹以外興味ないんやね。おっ、このブリの照り焼きうまーっ!」
「鉄郎君の手料理が食べられるなんて感激ですわ!」
「それ、春さんの作ったやつだよ。鉄君お酒もう1本開けていい、お姉ちゃん甲羅酒が飲みたいな~」
「・・・・・」
それぞれが楽しげに夕食を頂く、去年は春子と鉄郎と麗華の3人だったが今年は夏子も帰ってきたし、住之江やリカもいる。やはり食事は大勢でワイワイ食べるのが美味い、鉄郎はそんな暖かい気持ちで蟹を頬張った、夏子は無言で蟹と日本酒を繰り返す無限ループにはまっている、この親子すでに5ハイは平らげている。夏子もリカが家に入って来た時はヤクザ顔負けのメンチを切って来たが、クーラーボックスの中身を見た瞬間に手の平をかえした、ある意味似た者親子である。
やがて除夜の鐘が聞こえてくる時刻となった、武田家の居間には空になった一升瓶がズラリと並べられ、かなりの量があった料理もあらかた食べ尽くされていた。春子は夕食後早々に就寝してしまったし、後の夏子、麗華、住之江はいつもとは違うハイペースが祟ったのか完全に酔いつぶれていた、残された未成年組二人の前には年越しそばが湯気をたてている。
今年の最後にこんな嬉しい出来事がおこるなんて思ってもみなかった。二人だけの雰囲気に酔ったのか、鉄郎の肩にそっとしなだれかかるリカ。恍惚とした表情を浮かべ呟く。
「鉄郎君、私こんなに楽しい年越しは生まれて初めてですわ」
「そうだね、僕もこんな(蟹いっぱい食べた)の生まれて初めてだ」
鉄郎としても今年のお年取りは凄く楽しかった、皆で食べて騒いで賑やかな食卓、なにより蟹三昧だったことは大きい、リカには本当に心から感謝していた。
「私、鉄郎君に出会えて幸せですわ」
「僕も(今日は)藤堂会長に来てもらえて幸せです」
多分かみ合っていないであろう会話だが、幸せそうに見つめ合う二人。そこにゴ~~ン、ゴ~~ンと鐘の音が遠くから響いてくる。
「「あっ」」
「「あけましておめでとうございます」」
「これからも末永くよろしくお願いしますわ」
「もちろん、喜んで!」
降り積もった雪が音を吸い取っているのか長野の冬は静かだ、そんな夜に鉄郎とリカの笑い声だけが小さくこだましていた。
大晦日ネタなので今日投稿します。では良いお年を!