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14.12月25日

メリークリスマス。

2学期も終わりに近づき、先日は今季初の積雪を記録し北国の冬が本格的に始まった。本来の高校生ならば冬休みが待ち遠しい時期のはずである。だが今年の九星学院の生徒達は少し考えが違った。


「うぁ〜、もうすぐ冬休みだ〜、ちっくしょー毎日学校に来たいよー」

「そもそも週休2日制がありえないよね。土曜日は半日でもいいから授業やればいいのに」

「そうそう、これから社会の荒波に出るにあたって、1日たりとも無駄にはすごせないよ」

(本音/鉄君と会える時間はいくらあっても足りないんだよ〜。)


休み時間の教室で、女生徒達の会話が鉄郎の耳に届いた。鉄郎などはのんきにもうじき冬休みだな、何しようかなぁなどと考えていただけに、この学院の生徒達の勉強意識の高さに素直に感心していた。特定の部活に入れない身としては別段休みの日に学校に来ることもなく、冬休みは若干持て余し気味になりそうなのだ。

自分の席で文庫本片手に休みの予定を考えていた鉄郎だったが、今年に入り妙に暖房設備が充実したおかげで校内は非常に暖かい、教室ではブレザーを着ることなく過ごせるほどだ、おかげで昼飯が終わった4時限目は睡魔との戦いだ。お腹いっぱいの上にこの暖かさでいつのまにか鉄郎のまぶたが閉じていた、コクリコクリと何の夢を見ているのか非常に幸せそうである。そんな無防備な姿を見せられた周りの者は、授業が始まったにも関わらず、ヒソヒソと集まりだし鑑賞会が行われる、歴史担当の中年女教師までも鉄郎が起きるまで邪魔しないようにと黒板に自習の二文字を書いて教室を出ていった。

それでいいのか教育者。


「ひゃ〜鉄君の寝顔かわいいにゃ〜」

「ねえ、シャッターの音消すのってどうやるんだっけ」

「これって、私達に心を許してる証拠だよね」

「癒されるし、尊い!!」


教室で眠りこけた男子生徒を取り囲んで集団で視姦すると言う、奇妙な絵面が出来上がった。

しかし一人の生徒が机上の筆箱を落とすことで至福の時間は唐突に終わりを迎える。


「あっ」カシャーン!


ガタガタガタガタガタタタツッ、イテッ


蜘蛛の子を散らすように一斉に席に戻るクラスメート、人間とはこうも早く動けるのかと思わせる素早さだった、一人転けた者もいたが。



「ハッ、寝てませんじょ!」



物音に反応した鉄郎がガバッと起き上がる。(寝てたじゃねえか)

寝起きの鉄郎が目をしょぼしょぼさせながら起きるのを見たクラス全員が胸をきゅ〜んとさせる。寝る子とパンダには叶わない。(シャンシャン激可愛い)


「あ、あれ自習?」


「ふふふ、鉄郎君どうしたんですか?」


いつのまにか寝てしまっていて、起きてみれば目の前の黒板には自習の二文字、寝起きで動きが鈍い頭では今の状況が把握できずにいた。そこに隣の席のクラスメイトに声をかけられ、恥ずかしさがこみ上げてくる。


「はは、暖かくてつい寝ちゃったみたい。委員長さん、いつのまに自習になったの?」


「委員長なんて名前の人は知りませんよ。忍です。多摩川 忍」


「ああ、クラスメイトを役職で呼ぶのは失礼だったね。ごめんね、忍さん」


「……良い」


「何が?」


ザワ、ザワ、ザワ。


「ウソ、委員長が動いた」



ん、何か周りがザワついてる、だけどこの間まで委員長さんと呼んでも受け答えしてくれてんだけど、本当は嫌だったのか?悪い事したな、今度から気をつけよう。にしても委員長さん、ポォーっとしちゃってるけど眠いのかな。






多摩川 忍はこの1-Aのクラス委員長である、三つ編みにした髪にフレームレスのメガネがいかにも委員長である。その真面目な性格でクラスを仕切り、生徒会主導の「鉄郎君を愛でる会」の会議にも常に出席している。

いままでは会議の決定に従って、行きすぎた行動を起こす者を注意する立場であった、一つ、鉄君に個人で接触する事を禁ずる、一つ、鉄君は学院の共有財産である事。

淑女協定とも言える規則で互いに牽制しあい、遠慮がちに鉄郎と接していた女生徒達、しかし先日の住之江デート事件 (彼女らにとっては加藤貴子集団昏睡事件より重要なのでこう呼ばれる)が全校生徒に意識改革をもたらす。女の幸せのゴールが見えてしまった、漠然としていた理想が形となって示され、彼女達の中で何かが弾けたのだ。

大体、太古の昔から淑女協定なんてものが最後まで守られたためしはない、これからは弱肉強食、早い者勝ちの世界に移行してゆくのだろう。


結果として、住之江真澄とのデートは今まで何も知らなかった女生徒達の心に欲望の火を灯し、戦闘開始のゴングを鳴らしてしまった。






はっ、いけない!トリップしかけた。うん、鉄郎君に名前で呼ばれるって良いわぁ、それだけで一歩前進したって感じ、そうよなんで今まで遠慮してたの私、こんなんだから住之江先生なんかに色々と先越されるんじゃない。しっかりするのよ私。



「ごめんなさい、私も暖かいからボーとしちゃって。 授業なら鉄郎君がとても気持ちよさそうに寝ちゃってたから、先生が自習にしちゃったんですよ」


「えぇ〜っ、なにそれ。 忍さんも起こしてくれればいいのに!」


「ふふ、鉄郎君が良ければ毎日でも起こしてさしあげますよ」


「さすがに毎日、居眠りはしないよぉ。 でも今度寝ちゃってたら忍さんが起こしてね」


「もちろんです! 鉄郎君に頼まれた以上このクラス委員長、多摩川忍が責任を持って全身全霊で起こしてあげます!!」


「いや、そんなに気合い入れなくても」


立ち上がって、拳を握り締めながら力説してくる委員長にちょっと引く。まぁ、授業の邪魔しちゃたんだからしようがないか、でも珍しいな委員長さんがこんなに話しかけてくるの、ようやく僕もクラスメイトとして認めてもらえたのかな?

そんな事を考えていると教室のドアがガラガラと開き、真澄先生が入ってくる。そうか5時限目は数学だっけ、それにしても真澄先生、今日もスカート短いなぁ寒くないのかな。



「鉄く〜ん。聞いたで、4時間目居眠りしとったんやて〜。ウチの授業でそんなんしたら付きっきりで個人授業やからね〜」


そう言って座ってる僕の頭をなでてくる真澄先生。うひー恥ずかしい、もしかして職員室で話題になってるんじゃ。その時、隣の委員長さんが声をあげる。


「大丈夫ですよ、住之江先生。これからはクラス委員長の私が責任をもって鉄郎君を起こしてさしあげますから。先生の手をわずらわす事はもうありません」


「はぁぁ? なんやねん多摩川、言うやないか、ガッチガチの淑女協定はどないしたんや」


「規則を守らない、お・と・なの方にこれ以上好きにはさせませんから!」


「ほ〜ん、上等やないか。今頃になって参戦たぁ、周回遅れにならんように気つけるんやな」


ふふふ、おほほと和かに笑い合っている真澄先生と委員長。なぜか教室中にピリピリと緊張感が漂う、暖かかった教室の温度も急に下がった気がする、雪でも降ってきたかな?


「真澄先生、授業は?」


「鉄君ちょっとまっとてな。先生やっとかなあかんことができてしもうた」


「?」






住之江は、恋愛というものはここまで人を変えてしまうのかと感動している自分に気づく。

あの真面目でおとなしい委員長までも戦闘態勢に入った、そうだ、恋をするのに最も必要なのは、美貌でも、才能でもなく前に進む強い意志なのだから。

いいだろう、こんな小娘どもになんか負けてなるものか、こっちは大阪の男性特区で色々な男を見てきた上で鉄君を好きになったんだ、一択で選ぶ機会が無かった憧れだけの小娘どもに思いで負けるわけにはいかない。


あれ、でもこの娘たちって最初から鉄君と言う大当たり引いたってことやん、それはそれで悔しいものがあんなぁ。チッ

よし、もうちょっと先にとっとこと思ったけど出し惜しみしてもしゃーないな。




「鉄君、今日の放課後ヒマ? 先生とご飯食べに行けへん。国道沿いにピッツァの店が新しく出来てんけどウチ一人じゃさびしゅーて」


ザワッ「なっ、この年増教師、授業中に堂々とナンパしてきただと!」

「なるほど、男の子を誘うにはああすればいいのか」

「鉄君マックじゃだめかな? 今月のお小遣いもうないよ〜」


「なんやったら、麗華と春子おばあさまも誘ってもええよ。ウチと鉄君はもう、おばあさま公認の仲なんやから」


「「「「「「な、なんですと!!!!!」」」」」


「あの年増教師、いつのまにそんな所まで食い込んでるのよ」

「チッ、ちょっとスタイルいいからって調子づきやがって、クリスマス前の24のくせに」

「じゃあ、私はお母さんの方を攻め……ってダメ。あれは私達を害虫として見てる〜っ!」

「くう〜っ、年増に出し抜かれたぁ」


「今、年増って言った奴でてこいやぁ、しばいたる!」


ふふんとドヤ顏でクラス中の生徒達を牽制する住之江、嘘は言ってないところがタチが悪い。そして住之江には勝算も有った、この前飲み友達になった李麗華から得た情報で最近、鉄郎がピッツァを食べたがっていると聞いていたのだ。


「ピッツァ…………」


住之江の誘いに俯いて考えこんでいた鉄郎が、ガバチョと起き上がり住之江の手を強く握りしめる。


「ひゃう! ど、どないしたん鉄君。こんな積極的に、でもダメよ、ここは教室なのよ他の生徒が見てる」


「ピッツァってあのイタリアのお好み焼きみたいのですよね! 僕一度も食べた事無いんです!」


「あ、スルーされた。うん。 お好み焼きとはちょっとちゃうけどな。あれはあれでめっちゃ美味いで」


「ちょっと家に電話していいですか!?」



キラキラした目でいきなりのハイテンションの鉄郎に教室中が戸惑う、住之江もまさかここまで食いつくとは思ってなかったのでちょっと驚く。


田舎ではたま〜にある事だが、鉄郎は生まれてこのかたピッツァというものを食べた事が無かった、この街に2件有る有名チェーン店は宅配圏外であったし、春子が洋食をほとんど食べない為、武田家ではピッツァが食卓にあがることは一度も無かった。純日本人の春子にとってハンバーガーなどはご飯ではなく、ピザはよっぽど特別なことがなければ食べようとも思わないのである。どこかのバンドも歌っているがチーズより味噌、ミョウガの美味さが分かる日本人なのである。しかし中華料理は麗華がいるため、頻繁に食卓にのぼる、ラーメンは好きなようだ。



ピッ「あ、婆ちゃん。真澄先生がピッツァ食べに行こうって言うんだけど、今日の夕飯に皆んなで行かない?」


『はぁ!? いきなり何言ってんだいこの子は。私があんな西洋お好み焼きなんか食べるわけないだろ。それより今日は蟹が有るから早く帰っておいで!』ガチャン


「へっ、蟹。 夕飯は蟹なの………」


春子との電話を切り、鉄郎がゆっくりと振り向く。

ふっ、蟹が相手ではしかたがあるまい、しかし蟹の奴は自分がこんなに美味いとわかっているんだろうか?わかってたら自分の足食ってそうなもんだが。


「ごめんなさい、真澄先生。今日は早く帰ってこいって言われてしまいました」ペコリ


「ええよ、ええよ。別に今日やなくてもええしね。また今度行こうや。 なんならクリスマスの夜にでも……」


「アアァーーーーーーーーーーッ!!!!」


「わぁ! なんや多摩川、いきなり大っきい声だしてからに」


「鉄郎君!! 焼きたて! 焼きたてのピッツァ食べたくない!!」


委員長がいきなり叫んだと思ったら、真剣な顔で迫ってきた。何事?


「ふふふ、この多摩川忍は料理部の部員なのですよ。そしてこの学院にはなんと! 石釜があるのですよぉぉぉラララァ〜!!」


クルクルと回りながらポースを決めて叫ぶ、意外とノリがいいんだな委員長、何か良い事でもあったのかな。でも石釜がなんで学院にあるんだ。


「それって、ピッツァが焼けるんですか?」


「オフコース!! もちろんだよ、ただ何年も使ってないみたいだから、ちょっと綺麗にするのに時間がかかるの、材料の準備もあるから2日待ってくれる。」


「コラ!多摩川、人の話題で割り込みとはずっこいぞ」




バァァーーーーーーン!!!!




「「なっ、生徒会長!」」


「話しは聞きましてよ! そのピザパーティーこの藤堂リカと生徒会で仕切りますわ!!」


勢いよくドアを開け放った藤堂リカが仁王立ちしている。授業はどうした生徒会長。


「な、なんで会長がここに。これは私と鉄郎君と二人で……。ハッ」


委員長が後ろを振り向くと、クラスメイト全員が目を逸らす、女の友情は脆い、完全にチクられた。


「くっ、抜け駆けはさせないと言うわけね。失敗したわ、二人きりで話すべきだったわ」


「今年のクリスマスは全校生徒で鉄郎君を囲んでピザパーティーを開催します! 多摩川さん準備の方よろしくですわ」


「「「「オオォーーー!!!! 流石会長ぉーメリークリスマス!!!!」」」


盛り上がるクラスメイト、住之江がリカに笑いかける。


「生徒会長、先生も参加してええよね」


「生徒のみ! の参加ですわ! 住之江先生はお好み焼きでも食べててくださいまし」


「そんなぁ、殺生な。ウチが最初に話し振ったんやんか〜」


ガクッと膝をつく住之江、鉄郎を誘う切り札を見事に奪われてしまう、しかもクリスマスの予定まで入れられてしまった。当の鉄郎はそんな住之江の気持ちも知らず、ニコニコしている食べ物には意外と弱い。






藤堂会長が来た時は何事かと思ったが、人生初のピッツァが食べらるようだ、しかもその場で焼きたて、これは嬉しい。

しかしこれだけは会長に言っておかねばなるまい。


「藤堂会長。ピザではなくピッツァです」


「へっ、そこ!」


ピザとピッツァは違う、先日見ていたTVの受け売りだが鉄郎なりのこだわりだった。ピッツァはイタリア料理で、ピザはそれをアメリカで改良したアメリカ料理らしい。中国人から見た日本式ラーメンみたいなもんだろう。


そんなこんなで今年のクリスマス、九星学院では盛大にクリスマスパーティーが開かれた。リカが本場イタリアの職人さんを招いてマルゲリータピッツァを焼いてくれた為、鉄郎も大満足であった。女生徒達も鉄郎との食事会とあってすこぶる評判が良く、その後も定期的にこのような食事会を開催することが決定した。委員長やリカもいつになく積極的に鉄郎に話しかけることが出来、親睦の意味では及第点と言えるだろう。12月25日と言う日は彼女達にとって一生の思い出となる1日となった。








一方、武田邸。


熱くなったホットプレートの凹みに、カツオと昆布出汁を効かせた生地が流し込まれジュっと音を立てる。蛸に青ネギ、キャベツに天かすが次々と投入され、竹串を慣れた手つきで操りクルクル回して行く。外面がカリカリに焼かれて香ばしい臭いを放ち、甘辛いソースの香りが鼻をくすぐる。


「ねえ、麗華。なんで私は鉄君のおらんお家でクリスマスにたこ焼き焼いてるの?」


「さぁ、なんで? 美味しいんだからいいんじゃない。ハフハフうまーっ!」


「流石大阪出身だね、見事な手つきじゃないか。あんたいい嫁になれるよ」


「ハイッ!! 春子おばあさま!! 真澄、いいお嫁さんになります!」



女3人のクリスマス会?も開催される、もう誰得かわかんねぇな。



今年の7月終わりからなろうさんで小説を書いてきましたが、早いものでもう年末です。拙作を沢山の人達に読んでもらえて非常に楽しい5ヶ月でした。年内の投稿はここまでとなりますが、まだ続きますので年明けも付き合ってもらえれば幸いです。

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