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13.土下座

加藤貴子の襲来から2日後、武田邸の居間には祖母春子と鉄郎を前に土下座を決める女性達がいた、李麗華と住之江真澄である。


2日前の事件でこの街の機能は一時的とはいえ麻痺状態となった、電車等の交通機関を始め自動車事故、転倒による負傷で市街地は大混乱になる。重軽傷者620名を出す大事件となったが、死傷者が出なかったのは不幸中の幸いだろう。

政府は集団での昏睡状態の説明に、局地的ダウンバーストによるなんやかんやと歯切れの悪い発表を出し、加藤貴子の名が表に出てくることはなかった。事件の中心地であるショッピングモールには九星学院の生徒会役員や生徒達がなぜか大量に倒れていた、昏睡状態はその日の夜には脱したのだが念のためにと検査・診察を受ける生徒も大勢いるため、今日は臨時休校となっているのだ。





「春さん、すんません!! この李麗華がついておきながらこんな事になってしまって、かくなるうえはこの私が……」


「おばあさま! 申し訳ございません。お宅の大事な鉄郎君をお預かりしておきながら、この体たらく。教育者として不徳のいたすとこであります。今回の責任を取る意味を込めまして……」



「「鉄郎君を私のお嫁に!!!」」



あっ、ハモった。それにしても真澄先生ちゃんと敬語喋れるんだ、大阪弁じゃない真澄先生は新鮮だ。

でも二人ともそんなニヤニヤしながら謝っても婆ちゃん許さないんじゃないかな。

それに嫁って何?お婿さんでしょ。


「麗華、住之江先生。頭を上げな。二人には今回の事で責任を取ってもらおうなんて思っちゃいないよ」


そりゃそうだ、護衛の李姉ちゃんはともかく真澄先生は何も事情を知らないんだから責任の取りようがない、貴子ちゃんの件は政府から固く口止めされているのだ、あの場で貴子ちゃんを見た僕と婆ちゃんと李姉ちゃんには、昨日のうちに黒いスーツのお姉さん達がゾロゾロと家にやって来て他言無用の誓約書を書かされたのだ、ついでにとなぜか握手をしてサインも書かされたが。



「いえ、おばあさま。この住之江真澄、教育者として不惜身命ふしゃくしんみょうを貫く覚悟で言うとります」


「あんた横綱にでもなるのかい」




真剣な眼差しで春子に食い下がる住之江、今回のデートが彼女の本能に本格的に火をつけたらしい。

鉄郎とのデートはめっちゃ楽しかった、ドキドキした、女としてこんな感覚を知ってしまったら、もう今までの男日照りの生活には戻れないのは当たり前といえる、まさに鉄郎中毒状態だ。本人が聞いたらそんなどこかの島の男性アイドルじゃないんだからと笑って否定するだろうが、この男性が少ない時代では十分ありえる現象なのだ。


「住之江先生の熱意は十分伝わったよ、こんな熱心な先生が鉄の担任教師なんて祖母として嬉しい限りだ」


隣で聞いてる麗華としては熱心?欲望の間違いだろと思ったが、春子がこう言う熱い人間に弱いことを思い出した、体育系なのだ。鉄郎に至ってはウンウンと頷いている所を見ると絶対分かってない。


「だがコッチにも色々事情があってね。もう少し返事は待っておくれでないかい」


春子の思いがけない好感触に、住之江は喜色満面になる。この女なぜか鉄郎や春子にウケが良いのだ、なぜかと聞かれるとなぜだろうと誰もこたえられないのだが、とにかく世の中は不思議に溢れている。


「麗華もそれでいいね、あんた達が焦る気持ちも女として分からんでもないが、ここは大人の女性としてもう少し余裕をもって見守ってやっておくれ。鉄のやつもあんた達のことは随分と好いているようだしね」


「「えっ鉄君、それ本当!!」」


春子の言葉で急に詰め寄る二人に鉄郎が吃驚する。食い付き良すぎである。


「わぁ!も、もちろん李お姉ちゃんも真澄先生も僕は大好きですよ。(多分、師匠や先生として)」ニコッ


「「ぐはぁ!」」


「まったく、今の若いもんは本当に落ち着きがないね」


鉄郎の大好きの言葉と笑顔にやられ、ゴロゴロと居間を転がり悶える麗華と住之江、全然余裕のある大人の女性ではない。

結局、春子の言葉で麗華も住之江もここは引かざるをえなくなってしまう、春子の貫禄勝ちである。まぁ母夏子がこの場にいたならば、まったく違う展開になっていた事は想像に難しくない。


そして話しが終わったことを察した鉄郎が住之江に声をかける。


「真澄先生、この後お暇ですか? 付き合って欲しいんですけど」


「へっ、全然暇!! 今この時から一生暇になった!」


「一生は拙いんじゃ、でもお暇でしたらちょっとドライブに連れてって欲しいんですけど。」


「「ハイ! よろんで〜っ!!」」










その頃、母の夏子と言えば東京湾で大型のタンカー船の上で揺られていた。


「くっそーっ!なんで私がこんな海の上にいるのよーっ!!すぐにでも鉄君の所に行きたいのに〜!加藤のボケェェー!!!」


「ちょ、武田所長、声が大きい!周りの人に聞かれちゃいますよ、この件は極秘任務なんですよ」


「だってぇ〜、鉄君が心配なんだもん。あの子、結構繊細だから、今回のことで心に傷を負ってるかも」


(この場合、夏子がその繊細な息子にナニしたかは置いとかれます。)


「大体所長がいけないんですよ、管轄が違うのに勝手に軍隊動かそうとするから、罰として海上調査に回されたんじゃないですか!」


昨晩、東京湾沖に人工衛星が一つ落下した。

耐熱タイルに覆われた人工衛星は大気圏突入の際にもその質量を保って落下した、その衝撃は凄まじく東京湾では小さな津波まで観測されたほどだ。人工衛星には大型の金属タンクが4機取り付けられておりそのタンクには「テストだよ」とでかでか書かれていた、明らかに加藤貴子のデモンストレーション行為にほかならい。調査の結果、所属不明の人工衛星がまだ100機以上も地球の周りにある事が判明している、世界規模の衛星落としを実行出来る可能性に各省庁は上に下にと大騒ぎとなり、貴子の言葉は真実であったことの証明に政府幹部達は顔面蒼白となった。

そして今回、夏子は医者としてではなく科学者として、落下した衛星の調査要員として派遣されたのである。



「ふ〜ん、これが例のタンクなわけね」


大型タンカーに引き上げられたタンクを前に夏子が脇差しでコンコンとノックする。


「で、何が入ってるの?」


「それを調べるのが私達の仕事ですよ」


へ〜っと部下の言葉を興味なさげに聞いていた夏子がおもむろに刀の鯉口を切った。次の瞬間には硬そうな金属製のタンクが逆袈裟で真っ二つに切られていた、見事な太刀筋と言えよう。


「しょ、しょちょー!!何いきなり切っちゃてるんですか!毒ガスだったらどうするんです!!」


「馬鹿ねぇ、テストって大きく書いてあるんだからそんなもの入ってるわけないでしょ。この臭い。ホラ、中身はお酒よこれ」


「へっ、お酒?なんで?」


「わざわざ調べにきた私達にごくろうさんって事でしょ、真空保存してたお酒って美味しいのかしら? 飲む?」


夏子がタンクから掬い取った液体をなんの躊躇もなく口にふくむ。


「こ、これは!! ウォッカだ! それもストリチナヤの結構上物、加藤のやつロシアからこれを打ち上げたのか?」


「なんですかそれ、バーボンだったらアメリカからですか。って言うより何でそんなに迷いなく飲めるんですか」


「おっ、それいいね。バーボンならターキーが良いな、残りのタンクに入ってないかな」


怪しげなタンクに入った怪しげな液体をなんの迷いもなく飲む夏子に呆れる部下、案外この人と加藤貴子って気が合うんじゃないかと思われてしまった、男狂いの変態科学者って共通点も有る事だし。

まぁ、夏子に言わせると「あんな変態ストーカーと一緒にするな! 私のは純粋に親子の愛情よ。でも禁断の愛って有ると思うの!ハァハァ」と言うことらしい、同族嫌悪か?

酒が入って上機嫌になった夏子が甲板の上に立ち、ウォッカを飲みながらに海に向かって叫ぶ。


「鉄く〜ん、待っててね〜、お母さんがすぐに戻っていっぱい慰めてあげる〜〜〜!!」









郊外に建つ大きな総合病院の一室、最上階のVIP専用個室でフランス人形を思わせる金髪碧眼の美少女がベットの上で考え込んでいた、九星学院生徒会長、藤堂リカである。

先日のショッピングモールでの事件で巻き込まれる形となったリカは、この母親の経営する総合病院に運ばれた。突然の昏睡で倒れたものの足首の軽い捻挫をする程度ですんだのは幸いだった。院長の娘と言う事も有り豪華な個室を割り当てられたリカは、暇を持て余し考えにふけっていた。


「鉄君は大丈夫だったのかしら?」


広域の集団昏睡、ニュースで見た政府の発表には首を傾げる者も多かった、藤堂リカもその一人である。しかし今リカの頭の中を占めるのは、学院唯一の男の子鉄郎の事だった。

あの日、住之江と鉄郎のデートを妨害すべく九星学院生徒一丸となって動いた、護衛役のお姉さんも一緒だった為二人きりのデートでは無かったが、その時目にした光景はまだ男性と交際経験のない女子高生にはあまりにも衝撃が大きかった。

鉄郎の普段は見れない私服姿、暗がりの映画館で顔を寄せ合い楽しげに話す姿、ファミレスではこともあろうに「あ〜ん」と食べさせ合いっこまで、腕を組んでイチャイチャとショッピングモールを歩くのを見せつけられた時には、その場にいた女生徒全員が「なぜ鉄郎の横にいるのが自分ではないのか」と血の涙を流した。そしてその時、謎の睡魔に襲われたのだ。


「いけませんわ、思い出したらまた怒りが湧いてきました。あの淫乱教師、こともあろうに教師の立場を利用して私の鉄君とデ、デ、デートなどと!!」


ガオーと仮想住之江に見立てたマクラに向かってポカポカと怒りをぶつける。


「で、でもあれが噂に聞く男女のデートと言うものなんですね。そ、それだけは参考になりましたわ。次は絶対に私が鉄君の隣に、って恥ずかしくてまともに話せる自信がありませんわ〜!!」


ムキーッと頭を掻きむしり、苦悩するリカの部屋にノックの音が響く。取り繕う余裕も無かったリカが乱暴に返事をすると、病室のドアがスーッとスライドして開かれる。


「なんですの!! 今は一人に……、へっ、鉄君。げ、幻覚ですの。」


ごしごしと目をこするとそこに立っていたのは、リカが夢にまで見る鉄郎その人だった。


「あ、ご、ごめんなさい藤堂会長。タイミング悪かったですね、出直します!」


乱れた病衣姿のリカに鉄郎が、さっと目を逸らす。さっきまでベットの上で暴れていた為、前がはだけて白い胸元がチラリと覗いていたのだ。


青く大きな瞳を見開いて呆然としていたリカだったが、今の自分の姿を思い出し、乱れていたピンクのガウンタイプの病衣をサッと直し、ボサボサのブロンドヘアに手櫛を入れる、わずか2秒の早業である。


「だだだだっだ、大丈夫ですわ!!! おおお、お入りになって鉄郎しゃん」


ドアがソォ〜ッと開き顔を赤くした鉄郎の姿が現れる。


「ごめんなさい、突然。会長があの事件に巻き込まれて入院してるって聞いたから。僕、凄く心配になっちゃて」


「〜〜〜〜っつ!?」


そう言ってはにかむ鉄郎の笑顔に、リカの心臓が殺人的に高鳴る。これでリカが死んだら犯人は鉄郎で間違いない。


「鉄郎さん!?」


「おっ、生徒会長、元気そうやないか。鉄君〜だから言うたやん、心配することあらへんて」


目にハートマークを浮かべたリカに、実に不快な関西弁が割り込んでくる、後ろには相変わらずエロいチャイナ服の姉ちゃんまでいた。先日のデートシーンが頭に浮かび不機嫌になる。


「何で、住之江先生達までいるんですの」


「いや、鉄君と仲良ぉドライブして来たから」


「住之江、死すべし!!!!」


リカのブロンドヘアが怒りで逆立つ、怒りによって目覚めたスーパーリカちゃんの誕生である。戦闘力は50倍だ。


ニヤニヤと笑う住之江に後ろから付いて来た麗華が呆れたように言う。


「あんた性格悪いわよ。こんなお嬢ちゃんの邪魔までしてぇ」


「いや〜、この小娘は早めに潰しといた方がええとウチの勘が言うてるもんやから」


「それもそうね。協力するわ」


「二人とも何言ってんの? あ、これお見舞いのお花です」


鉄郎が後ろ手に持っていた大きな花束をリカに手渡す。色とりどりのバラがこれでもかとつまった花束。放たれた花の香りが、病室に充満する。

花束越しに見える鉄郎にリカの心臓は回転数が上がりっ放しになる。まさに王子さまの名に恥じない花と美少年のコラボレーションである。


「鉄郎さん、こんな立派な花束ありがとうございます。我が家の家宝にしますわ」


「なんかそれ前に平山先輩も言ってたよね。立ち寄った花屋さんがいっぱいおまけしてくれたんだ、それに藤堂会長に似合うのはやっぱりバラかなって思って」


「ホルマリンに漬けて永久保存しますわ!!」


「うん、それはやめてほしいな」


興奮し過ぎてうれションしそうな勢いのリカに鉄郎が若干引く。それからリカにとっては夢のような時間がしばらく続く、そこに麗華から声がかかる。


「鉄君、怪我人にあまり無理させちゃ駄目よ。それに遅くなると婆さんも心配するから帰るわよ」


「わかった。まぁ藤堂会長の元気な顔も見れたし安心しました」


「も、もう行ってしまうんですの」


「ごめんね、あんな事件の後だから婆ちゃんも心配性になっちゃて」


「じゃあ、玄関までお見送りしますわ。痛っ!」


捻挫してるのも忘れ、ベッドから立ち上がったリカが倒れ込みそうになる。


「あぶない!」


ポスッと鉄郎の胸で抱きとめられた瞬間、リカの顔が真っ赤に茹で上がる。リカの鉄郎にやって欲しい妄想ファイルNo.6の再現だ。ちなみに妄想ファイルは現在No.160まである。


「もうっ、無理しちゃ駄目ですよ会長。 怪我人はおとなしく寝ててください」


そう言って鉄郎が150cmと小柄なリカをひょいと抱き上げると、そっとベットの上に降ろした。後ろでは麗華と住之江が揃って目を見開く。


「では、藤堂会長。また学校で」


「ふぁ、ふぁい……」


ぽーっとした表情で手を振るリカをおいて、鉄郎達は病室を後にした。エレベーターに乗り込んだあたりで、リカの病室から




「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっつ!!!!!!!」




と病院中に響く歓声がする、そのままリカはバタンと気絶してベットに倒れ込む。恋愛ビギナーのお嬢様にはいささか刺激が強かったようだ。

「てちゅくん、てちゅくん、だっこぉ」とうわ言のように呟く娘に、診察に訪れた院長である母は入院の延長を決めるのだった。






なぜか大勢のナースや患者に盛大に見送られ、鉄郎達は帰路についた。


「鉄君はサービス精神ありすぎやね。ウチもお姫様だっこして欲しいなぁ〜」


「真澄先生の方が僕より背高いんだから逆でしょ」


「えっ、ほんまに、やってええの!!」


「あっ、お姉ちゃんもやる!!」


「うわっ、へんなとこで食いついてきた!」





こうして慌ただしい3日間が過ぎて行く、このまま平穏な日常に戻れるかは誰にもわからない。


お読みいただきありがとうございます。感想ぜひください!!

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