105.バンコク条約
「ふぉふぉ、では先程の鉄郎氏の条件で多数決を取る事とする、よろしいか」
楊夫人が多数決をとろうとした時だ、イタリアのジュリア・ロッシが軽やかに手を上げ立ち上がる。
「その条件を飲むとして、私達にはなにか特典みたいなものはないのかしら〜。例えば国王鉄郎君とのディナーとか」
「え、僕との食事ですか? まぁ、それくらいなムグゥ」
いきなり貴子ちゃんの小さな手で口を塞がれる、ちょっといきなり何すんの。
「コラッ、イタ公。私の鉄郎君はそんなに安くないぞ!!」
「あら、私、いい男を落とすためならお金を惜しむようなことはしませんわ、おいくらですの」
ジュリアさんがゆるくカールした長い茶髪をかき上げながらウインクしてくる、僕のつたないウインクと違って実に様になっている。
グイグイ来るお姉さんだな、ラテンの人ってみんなこう言うノリなの?
ガタッ
「ジュリアの意見にも一理あるわね、国のトップ同士親交を深める事は決して悪い事ではないわ、それぐらいの譲歩はあってもいいのではないかしら貴子さん」
ロシアのアナスタシアさんがここぞとばかりに参戦してくる、ベリーショートのブロンドに緑の瞳、それと白い肌が特長のロシア美人さんだ。
「お前らこの中ではちょっと若いからってがっつきすぎだろ、妻が横にいるのにナンパしてくんな!! ローマとモスクワに爆撃するぞ!!」
ガルルと2人を威嚇する貴子ちゃん、え、ナンパだったの、国際会議の途中で。お偉いさんの言葉はどこまで本当かわかんないよ。
「ええ加減にせんか2人とも、これ以上あやつを刺激するんじゃない、何するかわからんぞ!!」
楊夫人の一喝で渋々ながらも腰を下ろすジュリアさんとアナスタシアさん、中国のおばあちゃん頑張れと心の中で密かにエールを送る。
「ちょっと皆さん、このまま採決をしますの!! 今だったら拘束してでも……」
カンチャーナなヒステリックに声を張り上げるが、貴子ちゃんが静かな声がそれを遮った。
「おいカンチャーナ、私には人工衛星落としの切り札があることを忘れたのか、それに毎回お前達の方から仕掛けてきてるんだぞこっちは正当防衛だ、そっちがやる気なら受けてたつが、いい加減力の差を認めたらどうなんだ」
「くっ!」
「そして私達を拘束、笑わせるな。この屋敷にいる程度の戦力なら逆に皆殺しだ!」
「ちょ、貴子ちゃん、平和的に、ね、平和的にいこう、ね」
ニヤリと悪どい笑顔を見せる貴子ちゃんを慌ててなだめる、あのインドのおばちゃんもいい加減この娘の性格をわかって欲しい。
貴子ちゃんはいざとなれば、何の躊躇もなくミサイル発射のスイッチ押せる人間だ、頭は良いが子供みたいな残酷さも持ち合わせているから暴走したら始末におえないんだぞ。
後ろで立ってる児島さんのスカートの中からチャキリと金属音がしたのも気になるし。
「ぐぬぬ、私悪くない。向こうがつっかっかてくるんだもん」
あ、拗ねた。子供か。
「とにかく加藤貴子を女王としている以上、僕達には責任をとる義務があると思っています、そのためにも皆さんの協力を是非ともお願いしたいんです」
僕はそう言ってもう一度頭を下げた。
結局、楊夫人の主導で多数決は無事行われ僕達は5年間と言う貴重な時間を手に入れた、なんとなく脅した感じになってしまったが貴子ちゃんにしては平和的に済んだと言えるんじゃないだろうか。(銃弾も飛び出さなかったし、血も流れなかった)
ただ、最後まで反対票を入れていたインドのカンチャーナさんとアメリカのメアリーさんの敵意と恨みのこもった視線は忘れられないものだった。
条約の細かい調整を終えて会議場を後にする、帰りもアサウィンさんに案内されることになったのだが、せっかくタイまで来たのだからと本場のトムヤムクンを食べれる所はないかと聞いた所、喜んで案内してくれた、忙しい身なのに食事にまで付き合ってくれて本当にアサウィンさんは美人だしいい人だ、ついでにスマホの番号も交換してもらった、これでタイに来た時に食事で困ることはなくなったな、次回はパッタイ (タイ風焼きそば)やガパオライスの美味しいお店を案内してもらおう。
ちなみにトムヤムクンとは、トムは煮る、ヤムは混ぜる、クンはエビのことだそうだ、だから入れる材料によってトムヤム〇〇と名前が変わるらしい。
ばあちゃんはナンプラーやライムでの味付けが好みじゃなかったらしく、醤油味の寄せ鍋の方が断然美味いとぶちぶち文句を言っていた。ばあちゃんはきっと日本以外で暮らすのには向いていない舌をしていると思う、醤油と味噌と日本酒がないと駄目なんだよなこの人。後、信州人に欠かせないお漬け物。
反対にお母さんは何でもよく食べる、プリッキーヌ(小粒な唐辛子)を追加投入してハヒハヒ言いながら食べていた。貴子ちゃんはあまり辛いのは得意ではないので児島さんにテンモーパン (スイカシェイク)をもらってガバガバ飲んでいた。そんなにいっぱい飲んだらおしっこ近くなるぞ。
日が暮れてバンコクの街に光が灯る、異国の地の夜景とはどうしてこうも幻想的に見えるんだろうか、オレンジ色に染まる空がまるで映画の1シーンのようだ、こういうのを何と言ったか、思い出せずに考えていると。
「マジックアワーですね、細く言えば夕暮れのオレンジ色のゴールデンアワーとおもに朝方青く染まるブルーアワーがありますが」
隣の児島さんが説明してくれた、そうそうマジックアワーだ。けど児島さん僕なにも言ってないのによくわかったな、読心術?
「出来るメイドの嗜みです」
こ、これは児島さんに隠し事は出来ないな。ちょっと冷や汗がでる。
しばし車窓から夜のバンコクを眺める、とても綺麗で活気に溢れている、また来たいと思わせる何かがこの国にはある。
スワンナプーム国際空港に到着する頃にはすっかり辺りは暗くなっている、いつもはもっと大勢の人が行き交う国際空港だが今日は閑散としている。
満面の笑顔のアサウィンさんに別れを告げ、B−2のタラップを昇る。お留守番の黒夢が操縦席で目を閉じて座っていた。
「こら起きろ黒夢、お家に帰るぞ」
「ネ、寝てイナイジョ、ちゃんと情報は並列デ処理シテル」
夜のフライト、浮かぶ雲の縁をなめるように飛ぶB-2、窓から見える夜空に時折線を引くように星が落ちるのが目に映る。
満天の星だが長野でよく見ていた北斗七星はここからは見えそうもない、つい長野の山々が懐かしくなった。
成田空港の約3倍の敷地を誇り、132mと世界一の高さの管制塔を持つスワンナプーム国際空港。
鉄郎達を乗せたB-2スピリットの姿が夕闇に溶けて見えなくなる、それをもってようやく空港の管制室に緊張がとかれた安堵のため息がもれた。
同時間、Cコンコースからもそれを眺める人影があった、中国の楊夫人だ。
眼下には真っ赤な機体に黄色い星のマークがついた政府専用機COMAC C919が搭乗ゲートにゆっくりと近づいて来ていた。日本政府のボーイング747は1時間も前に空港を出発している。
「ふぉふぉ、今回の会議は実に有意義じゃったわ、武田鉄郎、今の時代あのようないい男がいるとはな、死んだ旦那を思い出したわ」
楊夫人は黒檀で出来た仕込み杖をカツンと一度鳴らすと、ゆっくりと出国ゲートに向かって歩き出す、その先にもう1人窓の外を見つめる人物の姿が目に入った。
鮮やかな水色のスーツそれとお揃いのカラーのつば広ハットを着こなした上品な中年女性、白髪まじりの癖っ毛のブロンドを楊夫人に向かって下げる。
「ふぉふぉ、どうしたエリザベス、貴子がそんなに気になるのかい」
「楊夫人、いまさら貴子を気にしても仕方ありませんよ、私が気になるのはあの男の子です、資料では貴子に標的にされた哀れな子となっていたのですが、先程の会議を見る限り資料が間違っていたようですね、うちのMI6も腕が落ちたものです」
「ふぉ、仕方あるまいあの貴子の奴がひた隠していたようじゃしな、とんだ隠し球があったもんじゃ、男性出生率80%はおそらくあの男が鍵じゃぞ」
「やはり、つまりあの男の子は、何か特別な遺伝子を所持していると」
「裏付けはまだ無いがな、それにしてもあのマッドサイエンティストがあんなに乙女のような態度をとるとは、長生きはするもんじゃ思わず笑ってしまいそうじゃったわ」
「楊夫人、私達は希望を持ってよろしいのでしょうか」
「……少なくとも私は光が見えた気がしたよ、真っ暗な夜の海で灯台を見つけた気分じゃな、貴子はまぎれもない天才じゃが制御が効かない核兵器みたいなもの、だがそれを制御出来る男がいるなら話はガラリと変わる、問題としては研究成果が出るまでインドとアメリカを抑えておく必要はありそうじゃな」
「そうですわね、でも5年後の争奪戦は我がイギリスも遠慮はいたしませんよ」
「ふぉふぉ、私の知り合いには貴子と仲の良いナイン・エンタープライズの李華琳がおるんじゃがな」
「くっ、卑怯ですね。ここは世界の為にも情報を共有するべきでしょう」
「ふぉふぉ、ジョンブルがそんな簡単に弱音を吐くかね、ふぉふぉふぉ」
このバンコク条約の裏でG9のインド、アメリカ、フランスを除く6カ国が密かに同盟を組む、来るべく5年後に向けて男性受け入れの準備を開始した。
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