102.バンコク来訪
鉄郎王国を含めた首脳会議は、貴子が鎖国を貫き、参加各国が自国での開催を嫌がったのでタイのバンコクで行われる、インドと防衛協力関係にあったタイにとっては貧乏くじもいいところだ、ちなみにバンコクの正式名称はとてつもなく長い、打つのが面倒なので検索で調べてほしい。
すでに何度も煮え湯を飲まされているアメリカなどは特に難色を示した、あの加藤貴子を交えての会議など何が起こるかわかったものではないと、横須賀からミニッツ級航空母艦ロナルド・レーガンまで引っ張り出して戦争気分で会議に臨んでいる。
スワンナプーム国際空港、バンコクから約30km東に位置する世界でも有数の規模を誇る国際空港だ。
本日は会議でお偉いさんが大勢来るために一般の旅客機は使用出来ず貸切状態だ、そのためいつもの喧騒は見られない。かわりと言っては何だが警備の人数が非常に多い。
到着時間になっても姿を表さない貴子達の所為で緊張が続く空港各所。先頃世界政府からの独立を果たした王国だけに、その動向はタイでも注目を集めていた。
上空3500フィート。
「ステルスを解除スル」
黒夢がB-2の迷彩を解除する、それまで空と一体化していた腹面が機体本来の黒色に戻される。
滑走路横の格納庫前でカラシニコフを抱えながら澄んだ青空を見上げた兵士が、咥えていたタバコをポトリと落とした。
独特なシルエット、軍に在籍する者ならば即座に機種を判別出来た、正気に戻ると無線に向かって大きく叫んだ。
「管制! 上空に機影が! 爆撃機だ!!」
ビィー、ビィー、ビィーッ!!
レーダーの大型モニターを見上げていた管制官が大音量のアラートにビクリと身体を震わせる、モニターに突然現れた謎の機体、一瞬にして管制室の中が騒然となる。
「なっ、嘘、どこから現れたの!! さっきまでレーダーになんの反応なかったのに……」
「ダイレクトラインで防衛長官を呼び出せ!! ミグの発進は……間に合わないか」
「機種と所属は!! 確認急いで!!」
「了解、機種はBー2スピリット?、識別は……」
「パターン青!! ケーティー貴子です! あちらからの通信入ります」
『ザッ、鉄郎王国所属コードネーム“マンタ”、西滑走路に着陸スル、誘導は無用、オーバー』
黒夢の感情のない声がスピーカーから流れる。
「なんちゅう物騒な物で来るのよ。あれじゃあどこでも爆撃出来るって事じゃない……」
誰にも気付かれずに近づける事実、自国の国防体制が何の意味もなさないことに管制官の背中に冷や汗が流れた。
ランディンギアをニョキリと出して西側滑走路に着陸するB-2、姿勢制御の難しい機体で惚れ惚れするようなスムーズな着陸 (タッチダウン)を見せた。キュイイイとタービンを鳴らし、ゆっくりとターミナルに向かって移動してくる。空港内にいた兵士達が一斉に動きだし、B-2をぐるりと取り囲んで固唾を呑む。
ヴィィイイイ、カシュッ!
B-2の腹部ハッチが開き白いタラップが降ろされる、コツコツと靴音を鳴らして姿を表したのは黒髪のメイド児島鈴、兵士達が息を飲んで見守る中、児島はスカートを両手で摘まみ上げ優雅に一礼して顔をあげた。
「主、鉄郎王国国王武田鉄郎様、並びに女王ケーティー貴子様のご登場です、頭が高い、跪きなさい」
その凛とした声にザワリと動揺が広がるが、登場の仕方はどうあれ一国の元首の来訪となれば礼を欠くことは出来ない、取囲んでいた者達が次々とその場に跪く。迫力ある声に「国王が爆撃機で来るなよ」とは誰も突っ込めなかった。
機内で降りようとして待機していた鉄郎だが、児島の一声でめっちゃ出づらくなっていた。
「ちょ、児島さん、頭が高いって何? 水戸黄門か、こんな雰囲気で出て行かなきゃいけないの僕」
「ほらほら、行くよ鉄郎君、胸を張って」
躊躇していた鉄郎に腕を絡めた貴子が一歩踏み出す、つられて鉄郎も降りざるをえなくなった。
ホゥ……
姿を表した2人に感嘆の声があがる、まぁ、貴子も黙っていればそこそこの見栄えなのだが、隣の鉄郎が人々の視線を独占する。
今日の鉄郎はスーツ姿だ、細身ではあるがしっかりと筋肉の付いた身体にはとても似合っている、短い黒髪をオールバックにまとめ、児島に軽く化粧まで施されていた、その所為で少し大人びた雰囲気に仕上がっている、これには周りの女性陣の視線が熱くなるのも必然と言えよう。
「あれが鉄郎様、なんと凛々しい」
「あぁ、私の理想の王子様が」
「あの方が国王、……亡命したくなってきた」
ざわめきが広がる中、取囲む兵士達を掻き分けてスーツ姿の一人の女性が前に出て来て一礼する。
「鉄郎王国の鉄郎様とケーティー様ですね、初めまして知事のアサウィン32歳独身です、会場までご案内いたします」
「はは、盛大なお出迎え感謝いたします、武田鉄郎です。本日はよろしくお願いしますね」
ニコリと握手を求めた鉄郎にアサウィン知事は年甲斐もなく頬を赤く染めた。
「鉄郎君サービスし過ぎだぞ」
そして年甲斐もなく貴子が隣で頬を膨らませた。
近未来的な曲線を基調としたトンネル状のコンコースを抜けて、空港とバンコク中心部を結ぶ高速鉄道エアポート・レール・リンクの駅に案内される、赤い帯が描かれた専用車両に鉄郎達一行は乗り込んだ。
パヤタイ駅までは約20分と景色を楽しむ間もなく到着した、この駅は高架駅となっているので4階がホームになっている、そのホーム上からはタイで2番目に高いバイヨークタワー (304m)が見えるが、普段バベルの塔を見ている鉄郎には随分と小さく感じられた。
「それにしても暑いなぁ、スリランカより蒸すね」
ホームに降り立った鉄郎が感想を述べる、涼しい列車から降りた後だけに気温差が激しい。
「今は雨季にあたるから湿度が高いかもね」
続いて街の様子に目を向ける鉄郎。
「高いビルが多いね、まるで東京に来たみたいだ、タイってもっとお寺が多くてのどかな場所だと思ってたよ」
「はは、日本だって東京みたいに高層ビルが立ち並ぶ場所もあれば、山に囲まれた長野みたいな所もある、どこの国も一緒だよ」
「あ、下の道路でトゥクトゥク走ってる。そうだ、タイって言えばムエタイ見れるかな」
「鉄、観光に来たんじゃないよ、少し落ち着きな」
「うっ、は〜い」
見るもの全てが珍しい鉄郎が観光気分で浮かれていると春子に嗜められる、夏子と児島がそれを微笑ましく見守っていた。
「どうぞ、こちらの車にお乗りください」
アサウィンに案内されて駅1階の駐車場に行くと、異様に車体の長いメルセデスのリムジンが停車していた。
ここからは車での移動となる、片側3車線の大きなパターヤイ通りを、黒塗りのリムジンがパトカーや装甲車に先導され走って行く、道行く人々が何事かと視線を向けるがスモークの貼られた車内は伺う事が出来な無かった。
タイの女王が住むと言うチットラダー宮殿を通り過ぎ、車は緑の芝生に映える大理石作りの大きな建物の前で止まる、アナンタ・サマーコム宮殿、かつては国会議事堂にも使われていた建物だけにシルエットは日本の国会議事堂にどことなく似ている、だがその豪華さではこちらが上をいくだろう。
赤絨毯が敷かれた中央ドームに通されると、高い吹き抜けの天井にはフレスコ画が大きく描かれており目を引く、イタリアを思わせるルネッサンス様式は、いつか写真で見たローマの教会のような荘厳な雰囲気を醸し出していた。
「うわあ、凄く美しい建物ですね、アサウィンさん」
「はい、我が国でも自慢できる宮殿の一つですよ、今は迎賓館として使うことが多いですね」
自国の建物を美少年に褒められアサウィンも喜色を浮かべる。
「ふん、こんな辛気臭い場所にしやがって、どっかの高級ホテルで良かったのに、そうすれば鉄郎君と一晩スイートで……」
貴子ちゃんの一言でアサウィンさんが顔をしかめる、まったくどうしてこの子はいらん波風を立てようとするのか、思わずジト目を貴子ちゃんにぶつける。
「わーはっは、あえて波風たてる方針だからな私は」
「「「「…………」」」」
長い廊下を歩くと大きな扉の前でアサウィンさんが立ち止まる、どうやらこの先が会議場のようだ。
「では、私の案内はここまででございます、鉄郎様をご案内出来て光栄でした」
そう言ってアサウィンさんが脇に控えると部屋の扉がゆっくりと開いていった。
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