99.人類補完計画
ズギャアアアアアアアー!! パンパンパァーン
「あ、HONDAさんだ」
「すごっ、ステップ擦りまくりだよ、火花バチバチ出てる」
「よくあんなレーシングマシンで公道走るよね、マン島TTレースみたい」
「いや〜、あの荒々しいライディングは往年のガードナーを思い出すねぇ」
コロンボからキャンディの道のりを2ストロークV4エンジンの爆竹のような爆音を響かせて走るのは夏子だ。
頻繁にこの道を通るために、最近では街道沿いの人々にもすっかり覚えられてしまい、バイク乗りのHONDAさんとして定着しつつある。
(名前を知らないのでバイクの車種からHONDAさんと名付けたらしい)
ガードレールを掠めながらブンッと大気を切り裂く音がする、コーナー出口でエンジンパワーに耐えきれなくなった極太のスリックタイヤがズルズルと外側に流れ出す、夏子はそんな事おかまいなしにアクセルを開けると路面を滑るようにパワースライドでコーナーを抜けて行く。
道幅の狭い下りの峠道、迫るヘアピンを前にフルブレーキング、減速Gで一瞬視界がかすむ。前輪のサスペンションが限界まで沈みこみタイヤがロックしそうになるが、夏子はブレーキレバーにかかる右手を小刻みに握り直してグリップの回復を図る、膝が擦るぐらいに車体を傾けコーナーを旋回、出口が見えたら即アクセル全開、暴れるマシンを強引に抑え込み風のように去って行く。
プゥアーーーン、パンパンパァーーーーーン
「ひゅー♪ 流石HONDAさんだ、惚れ惚れするようなライディングだわ、きっと名のあるレーサーだろうな」
「けど白衣は運転の邪魔じゃないかな? どこかに引っかかりそうで見てて怖いよね」
「私、HONDAさんってお医者さんて聞いたけど」
「「お医者さん?」」
「ねえ、なんかもう1台来るけど?」
グギャアアアアアアア、ブウンッ!!
いつもなら1台で走っている夏子だが今日はそれを追うように児島がドライブする黒のメルセデス・ベンツ190Eエボリューション2がギャラリーの前を駆け抜ける、こちらもかなりのハイスピードだ。
もう30年近く前の車だが、児島の整備がいいのか未だにかなりの戦闘力を誇る、2.5リッターのコスワースエンジンは吸排気系のチューンのみで320馬力に抑え、純正の馬鹿でかいウイングは取り外されている。
「くっ、流石夏子さん、速い」
「こら、負けるな児島、ブチ抜けーーーっ!!」
「無茶言わないでくださいよ、この車でこの狭い峠道じゃ無理ですよ」
AT全盛の今、クラッチ、ブレーキ、アクセルの3ペダル車、児島はクラッチを蹴るように踏み込むとブレーキに足をかけながら軽くアクセルを煽りギアを2速に放り込む、7000回転のパワーバンドをキープしながらコーナーを立ち上がる。だが、1.5tの車重はこの下り道ではいかんともしがたく夏子との距離は離れる一方だ。
その児島の後ろから飛び出す1台のマシン、若干外側に膨らんだ190Eの内側に強引に車体を滑り込ませた。
「だぁーーーっ!! 婆ちゃん危ないって、ぶつかる、ぶつかるぅ!!」
「大丈夫、RX-7がコーナリングでメルセデスに負けるわけがないだろ」
ヴァアアアアア、ギョワンッ
「ひぃーーっ!!」
「それにして夏子の奴、一人だけレーシングバイクなんて卑怯だね、車で勝負しないか、車で」
「なんで競争になってるのさ!!」
「鉄、女と女の勝負に口だすんじゃないよ、しっかり捕まってな」
ズシャアアア
「なっ、児島!! 春子にも抜かれたぞ、抜き返せ!!」
「フフッ、なかなかやりますね春子さん、だがメルセデスを甘く見てもらってはこまりますね」
RX-7独特のロータリーターボのエンジン音と190EのNAエンジンの甲高い音が山間部に木霊する。
「いっちば〜〜ん!! ラクショー!!」
「くそっ!! ストレートの伸びで負けるとは」
「フフ、190Eエボ2の世界限定500台は伊達じゃありませんよ春子さん」
「ふははは、春子には勝ったぞ、良くやった児島、今度臨時ボーナスな」
「うぷっ、絶対帰りは京香さんに送ってもらお……」
公道最速伝説あるいはバリバ○伝説を打ち立てて真っ先にバベルの塔にゴールする夏子、今日のバトルは後々語り継がれることだろう。
「いや、貴方達なんでヘリで来ないんですの? そっちの方が早いでしょうに」
「京香、あんたには女のロマンがわかってないわ、競争が人間を成長させるのよ」
「そんなロマン知りませんわ」
バベルの塔53階の会議室に集まったのは、医師として京香と夏子、国の代表として鉄郎と貴子、保護者として春子と児島、助手兼警備として真紅、計7名の人間が席についていた。
進行役として京香が壇上に上がると、眼鏡を中指で軽く持ち上げ列席した面々を見渡した。
「では、人類補完計画、現在の進捗状況を説明しますわ!!」
白衣を翻し、右手をまわすように振り上げる。なかなかノリノリのご様子だ。
「鉄ちゃんに快〜く提供していただいた精子ですが、我が身を呈して検証してわかった事。……それは、凄く気持ちが良かったと言う事です!!」
ドガッ! ドスッ!!
言い終わるやいなや、京香の髪を掠めた鉄扇と脇差しが壁に深々と突き刺さる。春子と夏子の両名が絶対零度の視線を向けた。
「真面目にやりな」
「ちょ、お待ちになって!! 真面目に話してますわ、オーガズムと受精率には深い関係がありますの、現代の性交における女性のオーガズム達成率の低さは人口減少の一因とも考えられてますのよ、鉄ちゃんに何度も何度もイカされた私が言うのですから間違いありませんわ!!」
「「「ほ〜う、そこんとこ詳しく!!」」」
思わず身を乗り出す、夏子、貴子、児島の3名、鉄郎は赤面しつつ挙手をした。
「そう言う話題は、出来れば僕のいない所でお願いします」
「コホン、ではその辺のご相談は後で個別に行うとしますわ」
咳払いをした京香が話しを進める。
「先日、別のサンプル、仮にMとしますが、それと比べてもやはり鉄ちゃんの男性出生率は群を抜いて高いことが証明されました、この原因を究明することが人類補完計画の要となるわけですが、まだ貴子さんが鉄ちゃんに投与した薬の解明には時間がかかりそうですわね」
「まあな、大体の成分は思い出せたが配合率が勘だったからな、人体実験が出来ればなぁ」
貴子の人体実験という言葉に皆の頭にマイケルの姿が浮かぶが、流石に自重して頭の中から追いやった。危なかったなマイケル。
「あまり時間的猶予もない事ですし、さしあたって鉄ちゃんの採精した精子をこの国で人工受精待ちの女性に提供する許可を頂きたいのですわ」
皆の視線が鉄郎に集中する、現状ワクチンの開発にはまだ時間がかかるらしい、今この時も世界の人口は減少の一途をたどっている、しかも人間はすぐに大きく成長するわけではない、時間は無限ではないのだ。
「えっ、それって僕の子供ってことですよね」
「直接ではありませんが、そうなりますわ」
鉄郎は考える、日本に居た時も採精として政府に提出することが男性には義務づけられていた、その時はどこか他人事のように考えていたがこうして面と向かって聞かされると否が応でも実感が湧く。
「僕の子供、…………その場合、妊娠した女性にはこの国として生活の保障は出来るんですか?」
「その点は大丈夫、私が保障する。鉄郎君の子供を無下に扱うようなことは決してしないよ」
「貴子ちゃん……ありがとう」
「ま、まあ、王位継承権は嫁である私の子供以外は諦めてもらうがね、鉄郎王国は独立国だからね、法律なんて作り放題だよ」
「うわー、国際社会でそれはちょっと」
「内助の功ってやつだよ」
「全然内助になってないけどね」
春子が頃合いと見て口を挟む。
「まあ、この辺が落とし所かね、現状打てる手がこれしか無い以上仕方あるまい、鉄、あんたの子供が増えるその事実だけは自覚しときな、国の王様として責任は重いよ」
「わかったよ婆ちゃん、京香さん、国王として人工授精への提供を許可します、そして一刻も早くワクチンの開発をお願いします」
「了解致しましたわ、全力を尽くします」
それまで黙って聞いていた真紅がボソリと呟く。
「イッソノコト大奥を作れバ、イインジャナイカ、パパ」
「「「「悪くないわねそれ!!」」」」
鉄郎はその提案を全力で拒否したが、国民の間では武田邸はすでに後宮だと思われている事には、まだ気づいていなかった。
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