俺は巨乳女神像の乳房を削る〜女神達の仁義なき戦い〜
とある場所に1人の石工がいた。名をタイラン。16歳で弟子入りし、今年で7年目となる職人である。
彼は歳相応の技術を持った若い職人。まだまだ経験が足りないが、伸び代がある。
これから順調に成長していけば独り立ちし店を構える。この時代の石工としては妥当な道を歩んでいく……そんな未来が待っているーーーーーーはずだった。
■ ■ ■ ■
とある町外れにの工場。夜も更けたのにも関わらず、作業場に石を叩く音が響く。
「ふー、そろそろ切り上げるか……」
タイランはそう1人ごち、汗を拭う。石工になって7年目。まだまだ若造な彼にとって修行は欠かせない。
少しでも早く一人前になりたい。そんな思いからタイランは仕事が終わった後も1人、ノミを振るうのだ。
「…………」
マメだらけの手を見つめる。まだまだ一人前への道は長い。だが、確実に積み重ねている。前に進んでいる。きっといつかは親方の様に立派な石工に。
「……俺もいつかは女神像を」
タイランは親方が完成させた女神像を見て呟く。聖フラーチェーーーーこの国で信仰されている偉大な女神である。
フラーチェの女神像を作るのは石工にとって名誉な事だ。生半可な職人に許される事では無い。だからこそ、作り上げた暁には一流の職人だという証明にもなる。
同時にタイランは信仰深く、女神に対し憧れにも似た感情を抱いていた。
「フラーチェ様……私をお導き下さい。…………よし、明日も頑張ろう」
タイランはそう呟いた。その目には決意の光が宿る。きっとこの青年はいい職人になる。
誰もがその目を見ればそう思うだろう。青年には輝かしい未来が待っているーーーーーー不意にノックの音が響いた。
「……誰だ?」
既に夜も深い。こんな時間に訪ねてくる者は普通はいない。タイランは自然と体を強張らせる。野盗やならず者の可能性もある。
施錠はしてある。さて、どうしようか……タイランは考えを巡らせる。すると。
「なっ……」
カチャリ、と音が鳴り錠が外れる。錠を無理やりこじ開けるような音も無く、そして鍵を差し込む音も無い。
明らかに異常な自体にタイランは混乱する。だが、それをよそに扉がゆっくりと開かれた。
そこにいたのはーーーー若い女だ。
「えっ」
齢20辺りだろうか。灰色のローブに包まれた若い女。だが薄暗くとも、その顔立ちは華やかだと分かる。くっきりとした目鼻立ち。そして何より流れるような銀色の髪に目がいく。
加えてその雰囲気。人である様に見えるが人でない。言葉では言い表せない何を強くタイランは感じる。
「あ、あの……」
異常な自体にタイランは困惑する。何か言わなければならない事は分かっているが、言葉が出てこない。
「こんばんわ」
透き通るような声。女は優しく微笑む。
「こ、こんばんわ…………えっ」
ここでタイランはある事に気がつく。女とは初めて会ったのには間違いない。だが、その顔はとても見覚えがある。いつも毎日見続けている顔。
「……ふ、フラーチェ様?」
「ええ」
すると突如女の体が眩い眩い光に包まれる。そして現れたのは……純白の羽衣にしなやかな肢体を包んだ……まさに女神像そのままの姿であった。
「う……あ……」
憧れの女神が目の前に顕現したのだ。夢なのか現実なのか。タイランは口を開き固まる。
「タイラン、貴方に1つお願いがあります」
「は、はい」
「貴方に女神像を……」
「め、女神像!?」
タイランは驚愕する。昔、読んだ伝説を思い出した。数百年に一度、女神様が顕現し新たな造形の女神像の作成を依頼しに来ると。
ま、まさか俺が?! そして女神は言い放った。
「とある女神像の乳房を削ってほしいのです!」
「…………は?」
タイランの口から間抜けな声が漏れた。
■ ■ ■ ■
「つまるところ、ある女神像の乳房を削って小さくしてほしいのです」
「は、はぁ」
女神ーーーーフラーチェは茶を啜りながら言う。テーブルに座りただのお茶を啜らせるなどとても恐れ多いが……女神様がそうしてくれと言うのだから断われる筈もない。
テーブルを挟み茶を啜る女神様の話を聞く。夢でも見てるんじゃないだろうかとタイランは頬を抓るがそんな事もないようだ。
「そ、その……とある女神像というのは?」
「ヴァラアプです」
「ええ!?」
聖ヴァラアプ。隣国で崇拝されている豊作の女神である。確かに女神像の中でも豊満な胸が目立つ。男としてはつい目がいくくらいには。
「し、しかし何故その様な事を……」
タイランにはこの行為の意味が理解できない。そもそも女神像に手を加える事は重罪だ。ましては、他国の女神像になんてのは持っての他なのだ。
「……これは神々の戦いの為なのです」
フラーチェは神妙な顔で呟く。
「か、神々の戦い……」
あまりの緊張に体が強張らる。神々の戦い。人間であるタイランにとってまるで想像もつかない。
そして、フラーチェは高らかに言い放った。
「明後日……どの女神像が1番美しいかコンテストがあるのです!」
「…………」
透き通るような、とても聞きやすい声であった。この世のどんな歌手よりも美しい声。しかし、タイランはフラーチェの言葉を咀嚼出来ない。
「え、えーと…………え?」
「これはですねっ、女神の威信をかけた崇高な戦いなのですよ!」
興奮気味にフラーチェは言う。タイランは頭を巡らせ整理する。よく分からないが、女神様達の間で大事な催し物があるのだろう。
だが、タイランに1つの疑問が浮かんだ。
「あ、あの。フラーチェ様」
「何ですか?」
「ど、どうしてヴァラアプ様の女神像の……ち、乳房を削る必要があるのでしょうか?」
「え……そ、それはその……」
フラーチェは顔を何故か目を逸らし言い淀む。そして口をモゴモゴさせながら。
「あの様な……乳房は…………反則です」
「…………」
タイランは理解してしまった。要するにヴァラアプの女神像を削ってコンテストの結果を悪くしようとしているのだろう。
確かにあの豊かな乳房は高得点になりそうだ。何故か変な所でタイランは納得する。
だからかーーつい、目が移ってしまった。フラーチェの胸元に。控えめに言ってもかなり胸のサイズはーー控えめである。今まで気にもしたことなかったが小さい。確かにタイランは胸の中でそう思ってしまった。
その視線にフラーチェは気づいてしまった。
「あ、貴方! 今、私の胸を侮辱しましたね!」
「どわぁっ!」
フラーチェの髪が逆立ち、周囲の者が吹き飛ぶ。身体が光り輝き、とてつもないプレシャーがタイランに向けられる。
「小さい! 事は! 悪く! ない!」
「ひいいぃいいいっ! そ、その通りです!」
「わ、分かれば良いんです……」
ふぅ、と息を吐きフラーチェは元に戻る。走馬灯が見えた……タイランは生きていることに感謝した。
「ご、ごめんなさい。少し取り乱してしまいました……。それで……依頼を受けてくれますか?」
「そ、それは……」
「これは譲れない戦いなのです。どうかお願いします」
女神様からのお願いなど普通は断われる筈も無い。だが、今回は事が事である。
「その……俺がやらなくても、フラーチェ様が……女神様の力とかでサイズを変えた方が早いのでは?」
「他国の女神像には手が出せないのです。それにコンテストに出される女神像は1番警戒が強い場所にあるのです」
「け、警戒が強い場所?」
女神像というのはその国のあらゆる場所にある。だが、警戒が1番強い場所と聞くとある場所がタイランの脳裏に思い浮かんだ。
「ヴァラアプ神殿。本拠地です」
「なっ……そ、そそれは無理ですよ!」
そこは聖ヴァラアプを信仰する者が集まる本拠地である。当然警戒も強く、女神像に危害を加える輩などいたら八つ裂きにされるだろう。
「大丈夫です! 私も女神の力でサポートしますから!」
「ううっ……」
タイランは頭を抱えるが、結局自国で祀られてる女神直々の頼みを断われる筈が無いのだ。いかにその内容がアレでも。
「……分かりました。やりましょう……」
「……ほ、ほんとですか?! あ、ありがとう! 事が済んだら貴方には褒美を与えますから!」
フラーチェは満面の笑みを浮かべて言う。誰もが見惚れる笑顔だが、タイランにとっては色々とそれどころでは無い。
そもそも、根本的な疑問があった。
「あの、フラーチェ様。お聞きしていいでしょうか」
「何ですか?」
「何でそのヴァラアプ様なんですか? 他にも女神様は色々いるんじゃ……」
「あ、あの乳牛にだけは負けたくないのです! いつもいつも私を馬鹿に……」
「…………」
信仰心にヒビが入るのをタイランは確かに感じた。
■ ■ ■ ■
(ふっふっふっ。うまく忍び込めました)
「……」
夜も深くなり辺りは暗闇に包まれている。だが神殿ーーヴァラアプ神殿は松明が焚かれ煌々と輝いている。
タイランは木陰で頭を抱える。ああ、何故自分はこんな事をしているのだろう、と。
(不安にならなくても大丈夫です。私の力で姿を隠せますから)
脳内にフラーチェの言葉が響く。直接は付いていけない為、離れて援護をするらしい。
だが、幾ら姿を消せるとは言え不安で仕方が無い。何かの間違えで捕まったら八つ裂き確定なのだから。
(さあ、行きましょう)
「……はい」
(ヴァラアプめ。エロジジイ共の得点を稼ぐのも今日で終わりです)
祈る神を無くしたタイランは誰に祈りを捧げれば良いのだろうか。きっとそれは誰にも分からない。
「…………っ」
(大丈夫ですよ。見られませんから)
タイランは衛兵とすれ違う度に心臓が爆発しそうになる。とても気が気でない。
やがて、神殿の奥に辿り着く。
(あれです)
そこにはヴァラアプの女神像が鎮座されていた。松明の光に照らされてオレンジ色に染まっている。
しかし見張りが数人程いる。
(こ、これじゃあ作業なんて無理では)
(大丈夫です。姿も音も破片も私の力で消しますから平気ですよ!)
(というかヴァラアプ様に見張られてるのでは……?)
(それも平気ですよ。あいつは今頃……ふっふっふっ……)
タイランの頭に不敵な声が響く。ああ、神々の争いなんと醜きことかな。しかしタイランは従う他ない。
(さあ、お願いします)
(はい……)
作業道具を取り出し、女神像の前に対峙する。波打った豊かな髪。そして大きな胸。フラーチェの女神像と比べると露出度が高い。
(どの程度削れば良いんですな?)
(あまり不自然にならない程度に。胸が普通なら私が負ける訳なーーーー)
フラーチェは長々と続けるがタイランは聞き流し作業に取り掛かる。
(…………)
第一刀を入れようとするが、手が震える。不純な理由とは言え、女神像に手を加えるのだ。
タイランの年齢でそんな経験をする事は本来ありえない事。
(落ち着け……落ち着くんだ俺……)
(大体巨乳を審査ポイントに入れようなどという極めて不純なーーーー)
ふと、タイランは親方言葉を思い出した。ーーいいか、タイラン。不安になったら自分の積み重ねてきた事を信じろ。
そうだ、今まで夜遅くまでやって練習してきたじゃないか。俺になら出来る。タイランは自分を奮い立たたせた。
(ーーーーという訳ですよ。分かりましたか?)
(ああ、やってやるさ)
タイランは力を込めて第一刀を入れる。そして二刀目。その動きに迷いはない。
(へぇ……中々)
(…………)
タイランは無心に刃を入れ続ける。ただ小さくするのではない。バランスを考えてより最適な形状に近づける。
永遠かの様に続く作業。繰り返し、繰り返し、調整を続けーーーー。
空が明るくなり始めた頃、それは終わりを迎えた。
(……終わった)
そこには見事にサイズが縮小された、だが形は以前よりも美しい乳房がそこにはあった。
(ふむふむ。ふふ……こんだけ小さくなれば……ひひひ。よくやりましたタイラン)
(親方、やりましたよ……)
大きな満足感だけがタイランを満たしていた。
■ ■ ■ ■
「……はぁ」
夜更けの作業場でタイランは静かにため息を吐く。
今日は女神像コンテストの発表日だ。別に結果には興味をはない。あの女神が何位になろうが負けようがタイランの知ったことではない。
タイランの信仰する女神はいないのだから。
……まあ興味がないのは嘘になるが、とタイランは思う。他人の作品に手を加えてしまった負い目と、仮にも自分の手を加えた作品がどうなるか、というのには興味があるからだ。
「まあ、俺の知るところでは無いが」
タイランはそう嘯き作業を再開しようとーーーー突如轟音と共にドアが弾け飛んだ。
「な、な、な、な何だ?!」
「ど、どういう事なのですか!!」
「フラーチェ様?!」
そこには居たのはフラーチェ。体をワナワナと震わせ神を逆立てている。
「ヴァラアプが優勝しちゃいました!!」
「ええっ?!」
タイランは驚愕する。自分の手を加えてた、あの女神像が優勝した?
「ど、どうするのですか!」
「そ、そんな事言われましても。俺はフラーチェ様の言う通りにしただけですよ!」
怒りをぶつけられるのは御門違いだとタイランは思う。タイランは指示通りにやっただけなのだから。
「そ、そうだけど……でもっでもっ」
「見苦しいわよフラーチェ」
突如、艶かしい声が辺りに響く。
「こ、この声はまさか?!」
次の瞬間、フラーチェとタイランの間に一陣の風が渦巻きそしてーーーー。
「え?!」
突如目の前に1人の女が現れた。その姿にタイランは息を飲む。緑色の波打った豊かな髪。そして豊満な身体。
妖艶まさにそうとしか言い表せない。フラーチェとはまた違ったタイプの美女であった。
「ヴ、ヴァラアプ! 何をしに来たのですか!?」
タイランは困惑する。こ、この人が隣国の豊穣の女神ヴァラアプ様。まさかお目にかかるとは夢にもタイランは思っていなかった。
「別に貴方には用は無いわぁ。それよりーー」
ヴァラアプはくるりと身を翻しタイランに向き直る。
「ひっ。す、すいません。俺、勝手にヴァラアプ様の女神像を勝手に……」
やらされたとはいえ勝手に手を加えたのだ。どんな神罰が下されるのか。タイランは恐怖に身を震わせる。しかし、予想に反し。
「んーん。別にいいのよ。貴方はあのまな板に命令されただけなんだし」
「うるさいこの乳牛!」
「それよりーー私、貴方のおかげで優勝しちゃったわ」
そうだ、それはどういう事なのだろうか? タイランは思わず口を開く。
「あの、それはどういう事なんですか?」
「貴方はね、胸の黄金比を作り出したのよ」
「お、黄金比?」
「知らずにやったのね……凄いわ」
あの時タイランはただ無心にやっていた。物を考える余裕がなかったのもあるが。
「貴方には凄い才能があるのよ…………うふふ決めた!」
ヴァラアプはタイランの手をぎゅっと握り。
「貴方を私専用の石工にするわ!」
「……ええっ?!」
突然の宣言にタイランは困惑する。女神の石工?! 俺が?!
「ち、ちょっと待ちなさい?! 何を勝手に決めてるのですか!」
フラーチェは酷く抗議する。するとーーーー。
「その通りだね」
「ここは公平に決めるべきですわ」
「その通りよ」
天から様々な声が響き渡り辺りが光に包まれ、タイランは思わず目を閉じる。
「う、うわ……なんだ。何が起こってっ」
光が静まり再び目を開けるとそこにはーーーー。
「…………え」
「あーあ、皆集まっちゃたわねぇ」
目の前には様々な国の女神達がそこに立っていた。本でしか見た事の無いような遠国の女神までもが。
「ちょっと、私が最初に見つけたのですよ」
「さぁ、どうしようかしらねぇ」
フラーチェが叫び、ヴァラアプは意地悪な笑顔でタイランに笑いかける。
「…………」
どう収拾をつければタイランには分からない。だが、少なくとも普通の生活には戻れないだろう、という事だけが分かった。
ーーーー後にタイランは後世に語り継がれる伝説の名工となった。だが、それはまた別のお話。