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「卑怯者の謝罪」

 背の低い街路樹の並ぶ歩道を僕は歩いていた。

 みんなとの待ち合わせ場所である駅前の広場にもうすぐで着く。

 腕時計が指し示している今の時間は17時42分。待ち合わせ時間であった17時30分は軽く超えてしまっており、普通に遅刻だ。

 本当は悠長に歩いている場合ではないのだが、しかし僕は急ぐことが出来ない。

 なぜなら、慣れない浴衣で足取りがおぼついていない橘が僕の隣にいるからだ。

 どうしてこんな事態に陥っているかというと……時間は数時間前に遡る。

 楓との記憶を思い出し、橘と一悶着があって彼女を部屋から追い出したあと、風呂に入って外に出る準備を済ました僕を待っていたのは不貞腐れた顔の橘だった。

 どうしてそんな顔をしているのかを橘に聞くと「やっぱりどうしても浴衣が着たいです」と彼女は言い出した。

 そこから30分はお互いが譲らない不毛な言い争い。

 最終的には橘が泣き、それに参ってしまった僕が先に折れてという結果に終わった。

 そして僕たちは浴衣をレンタルするためにかなり早い時間に家を出たのだが、お祭り当日の夕方前というのもあってか品切れの所が多く、6店舗目の店でやっと浴衣をレンタルする事ができ、着付けやらなんやらでこんな時間になってしまったという訳だ。


「ちょっと陸さん、歩くの速くないですか? もっとゆっくり歩いて下さいよ。こっちは慣れない浴衣と下駄で動き辛いのですから」


 橘はそう言いながらも、嬉しさを隠し切れない緩んだ顔をしていた。

 浴衣を着れた事が余程嬉しかったのか、呉服店を出てからというもの橘はずっとこんな調子だ。


「遅刻しているのにこれ以上ゆっくり歩ける訳ないだろ。ていうか、走りたい気持ち抑えて歩いてやってんだから感謝しろよ」


「どうせ遅れているのです。数分の差なんて些細なもんじゃないですか」


「みんなを待たせて申し訳ないと思わないのかお前は。あー、もういい。僕だけでも走っていく」


「えっ、ちょっ、待っ……嘘です嘘です! 心の底から申し訳ないと思ってます! 出来るだけ早く歩くので……だから、置いていかないでー!」


 結局、僕たちが待ち合わせ場所である駅前の広場に着いたのはそれから3分後のことだった。

 案の定僕と橘が最後だったらしく、他のみんなは既に集合していた。


「ごめん、みんな。待たせた」


「いいわよ。時間通りに来ていたのは私と楓だけで、他のみんなもついさっき来たばかりだから」


 日光の言葉に、彼女と楓以外のみんなは気不味そうに視線を泳がせる。


「へぇ、瑞稀さんと薊が時間に遅れるなんて珍しいな。それに晴矢とはっちゃんが遅れるのも」


「私は浴衣の着付けに手間取っちゃって……お母さんに乗せて来てもらったんだけど、少し遅れちゃった」


「私も水仙ちゃんと同じですね。それに、浴衣が思っていたよりも歩きづらくって」

 

 瑞稀さんと薊は互いに顔を見合わせながら苦笑いをした。


「晴矢とはっちゃんは? それこそはっちゃんなんて『女の子の浴衣姿が見れるー!』とか言って2時間ぐらい前から待機してそうなのに」


「ゆっちゃんの中の俺ってどうして毎度毎度そうトチ狂ってるの?」


「これまでの行いのせいだろ。ていうか、リアルのお前とそこまで遜色な……んんっ。まっ、その話は置いといてだな。俺と翔は途中でたまたま合流したんだ。それから……あー……うん。色々とあったんだよ」


「あぁ、そうそう。色々とあった……うん、色々と」


「色々ってなんだよ?」


「色々ってのは……まぁ、色々だ」


 晴矢とはっちゃんは顔を合わせると、ため息混じりの息を吐きながらげんなりとした表情をした。

 その2人の表情からするに、遅れた理由を適当に誤魔化そうとしているわけではなく、本当に何かがあったのだろう。

 何があったのか凄く気になるところだが……まぁ、2人がそれを言いたくないのなら、無理に聞く必要はないか。


「それはそうと、結局はっちゃんだけが甚平なんだな」


 僕は晴矢とはっちゃんの格好を見て言った。

 はっちゃんは藍色の生地に薄い縦の白線が入った甚平。晴矢は紺のジーンズに黒色無地の半袖Tシャツと普段と変わらない服装だった。


「なんとなくこうなることは予想付いていたけどな。翔が夏に部屋着で甚平を着ているのはよく見かけてたし」


「今日みたいな祭りの日でもない限り、甚平を着て外に出ることなんてねぇからさ」


 そう言ってはっちゃんは甚平の袖を掴み、見せびらかすように両手を広げる。


「せっかくの祭りなのになんで2人は普段と同じ格好なんだよ。ゆっちゃんもはるちゃんも、浴衣とか甚平とかそういう和装似合いそうなのに……つまらねぇの」


「つまらねぇの、って言われても……僕は浴衣を買う金もなければレンタルする金もないから」


「俺もだな。それに、普段の服装の方が動きやすいし落ち着く。ところで」


 晴矢は頭を掻きながら僕と目を合わせると、顎を小さく数回ほど上に動かした。

 何かを僕に伝えようとしているのだろうけど……それ以上のことは分からない。

 晴矢は何で分からねぇんだよと言いたげな顔でため息を吐くと、今度ははっちゃんに僕にやった動作を繰り返す。

 はっちゃんは晴矢が伝えたいことをすぐに理解したらしく、彼らは一回頷き合うや否や僕との距離を縮めた。


「俺たちの服装のことなんてどうでもいいだろ。もっと他に触れるべき人たちが目の前にいるだろうが」


「そうだぜゆっちゃん。せっかく女の子たちが気合い入れておめかししてんだ。気の利いた一言、ぶちかましてこいよ」


 後ろに回り込んだはっちゃんに軽く背を押され、僕は女の子たちの前にへと突き出された。

 みんなの視線が一気に僕にへと集中し、変な汗が体中に湧き上がる。

 僕がみんなの浴衣に触れなかったのは、何も思うことがなかったからではない。むしろその逆。

 陳腐な言葉でしか言い表せないけど、浴衣を着ているみんながみんな綺麗で美しく、大人びて見えた。眩しい、という表現は言い過ぎな気がするけども、本当にそう思ってしまうくらいに輝いていた。

 そんなみんなのことを直視できなくって、だから浴衣のことについては触れずにすぐに男どもと会話を始めたというのに……。

 僕は助けを求めて晴矢たちの方を振り返る。

 だけど、2人はニヤけた面を僕に向けるばかりで他に何かをしてくれる様子はない。

 どうしよう……。みんなさっきまで楽しく会話をしてたのに、今はその会話を止めてまで僕の言葉を待っている。

 とにかく何か言わないと。


「驚かせちゃってごめん。はっちゃんの悪ふざけで突き飛ばされただけだから。気にせずに会話を続けてて」


 そう言った瞬間、後ろにいる2人からそこそこな力で背中を殴られた。

 僕は数歩前によろけたもののすぐに体勢を立て直し、後ろを振り返って晴矢たちに顔を近付ける。

 

「あ、の、な……1人だけ特別扱いして褒めたらおかしいだろうが」


「誰が水仙さん1人を褒めろって言ったよ。みんなを褒めれば良いだろ」


「そうそう。昨日みたいに無難な一言でもいいから言ったほうが良いって。浴衣のことについて触れてあげないのが1番駄目だぜ」


「どうせいくら考えたところで大した褒め言葉なんて出ないんだからよ」


「うっ。確かにそうだけどさ……」


 僕は言葉を詰まらせて2人から目を逸らす。

 晴矢とはっちゃんの言い分はもっともだ。でも、みんながみんな違う美しさや可愛いさがあるのに、一つの言葉で一括りにしてしまいたくはなかった。

 語彙力なんてものが無いくせして何を言ってんだかって、自分でも思う。

 考えに考えた末に、可愛いとか綺麗だとかそういったありふれた言葉しか思い浮かばないかもしれない。

 それでも僕はちゃんと一人一人に感想を伝えたかった。


「こら、そこ。いつまでコソコソと話してるの。みんな集まったんだから、もう行くわよ」


 少し離れた場所から日光の声が聞こえた。

 声がした方を見ると、僕ら男3人以外のみんなはもう既にお祭りの会場に向けて歩き始めていた。

 僕たち3人は焦って急いでみんなと合流する。

 何気なく、僕は視線を横に向けた。

 たまたま隣にいた楓と目が合った。

 僕はつい反射的に彼女から目を逸らす。


「もしかして、ボクだけが私服だから?」


 楓は僕に近づき、僕にだけ聞こえるぐらいの声の大きさでそう言った。

 どうやら要らぬ勘違いをさせてしまったらしい。

 あぁ、いや。確かにそれも気にしていることだったけど……。

 僕がつい目を逸らしてしまったのは、楓との記憶を思い出してしまったからだった。

 たったの一日だったけど、僕は楓と一緒に過ごし、彼女に救われ、そして……彼女との約束を破った。

 それだけでも合わせる顔がないというのに、林間学校で楓にネックレスを見せられて「昔、君がくれたもの」と言われた時に、僕は記憶が消えていたと言えど「それは人違いなのではないか?」と彼女に言ってしまった。

 あの時に楓が涙を流していた理由を知った今、どんな顔をして彼女と接すればいいか僕は分からなかった。

 

「なんか……ごめん」


 何に対してか分からない謝罪を僕は口にしていた。

 急に余所余所しい態度になってしまったからか。変な勘違いをさせてしまったからか。あの時に約束を破ってしまったからか。あの時に人違いだと言ってしまったからか。たぶん、それらどれかに対しての謝罪ではなく、それら全部を含めての謝罪だったのかもしれない。

 勿論、これで許して貰おうという気なんてさらさらない。何に対して謝っているのか、その内容を相手に伝えずに許しを請うのは卑怯な行為だ。

 じゃあ、何が目的で僕は謝ったのだろう。それは自分でも分からない。

 ただとにかく、僕は楓に謝りたかった。


「別に陸が気にすることじゃないよ。私服で行くってボクが決めたことだしね」


 楓はそう言って僕に笑顔を向けた。

 それは僕があの日の事を思い出したことと、僕の気持ちを知らないからこその表情だった。

 許しを請うにしても請わないにしても卑怯者であることには変わらないな、と自分自身のことをそう思った。

 でも、今の僕にはこの場であの日の話を持ち出す勇気が無く、僕はもう一度だけ楓に「ごめん」と謝った。

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