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「守られることのなかった約束」

 1発目の花火が夜空に咲くとともに周りから多くの歓声が上がった。

 瞬く間に2発目、3発目の花火が打ち上がり夜空を綺麗に彩る。

 今の時刻は夜の8時。

 ベンチに座っている僕は隣に視線を向ける。

 そこに楓の姿はない。

 結局、楓が戻ってくる前に花火は始まってしまった。

 僕はため息混じりに息を大きく吐いて、ベンチから立ち上がる。

 楓と別れる間際、あの時の彼女の様子は明かにおかしかった。

 どうして僕は無理にでも一緒に行こうって言わなかった? もしそれを断られていたとしても、こっそり後をつけるとか色々と方法はあったはずだろ。

 そんな遅い後悔と自分に対しての怒りを抱えたまま、僕は足を進め始める。

 もちろん楓を探す為に、だ。

 まだ花火が始まってから数分も経っていない。もしかしたら楓がちょっと遅れているだけの可能性も充分にあり得る。これから僕が商店街の方に楓を探しに行くことによって、彼女と入れ違いになるかもしれない。――だけど、妙な胸騒ぎがしていてもたってもいられなかった。

 楓が戻ってくる可能性を考慮して10分だけ。商店街の南口付近を10分だけ探して、見つからなければ時計台前に戻ろう。

 そう決めて、僕は商店街に向かって走った。

 商店街の南口に着くと、昼間や夕方の賑わいがまるで夢だったかのように寂れた風景が目の前には広がっていた。

 服屋やアクセサリー店が集中している南口は今の時間帯的に店を閉めているところが多く、花火のせいで総合公園に人が集中しているのもあってか人は全くいない。

 楓を探すのには好都合の状況なんだろうけど……なんだか心寂しさを感じるな……。

 そんなことを思いながら、閑散としている商店街の中を僕は駆け抜ける。

 楓が行きそうな場所に心当たりは全然無いし、予想すらも立てられない。

 僕はただ闇雲に走り続けることしか出来ない。


「……くれ」


 どこからか、ぼそぼそとした喋り声が聞こえた。

 人が全くいないこの状況での声に、僕は反射的に足を止める。

 急いで周辺を見渡してみるが人は見当たらない。

 気のせいか?

 そう思いながらも僕は耳を澄ませる。


「困ってるんだ。なっ? いいだろ?」


 今度はハッキリと聞こえた男の声。

 それは車が通れなさそうな細い通りから聞こえてきた。

 初めて楓と出会った時の光景が脳裏に蘇り、僕は走って通りへ飛び入る。

 しかし、そこには僕と同じように学ランを着ている男が2人いるだけで楓の姿はなかった。

 心配が杞憂に終わったことによる安堵に胸を撫で下ろしつつも、楓がいなかったことに少し気を落としながら僕は商店街の方に戻ろうと足を進める。


「まいったことにどこかに財布を落としてさ。家が遠いから電車代がないと帰れないんだ。また後日ちゃんと返すからさ。5千円でいいから貸してくれよ」


「そんなの信じられるわけないじゃないか。俺は君のことなんて全く知らないし……。親にでも連絡して迎えに来てもらえばいいだろ」


「親に連絡か……。携帯電話の方も受電切れで……あぁ、もうめんどくせぇ。グダグダとどうでもいいこと言ってねぇでさっさと出せよ!」


 怒鳴り声が通りに響くと同時に大きな物音が鳴った。

 勘弁してくれよ……。

 そう心の中でボヤき、僕は足を止めて後ろを振り返る。

 見るからに気が弱そうな眼鏡をかけた男が壁を背にもたれかかっていて、その前を1人の男が威圧的な態度をとりながら立っている。眼鏡をかけていない男の足元に中身をぶちまけたゴミ箱と蓋が転がっているのを見るに、先程の大きな物音はあれを蹴り倒した音だったのだろう。

 彼らの会話の内容と持っている鞄の違い。それらから考えると、壁にもたれかかっている男とその前にいる男はきっと違う学校の生徒だ。

 言うまでもないだろうが……まぁ、あれだ。これは謂わゆるカツアゲってやつだ。

 実のところを言うと、初めに彼らを見た時から薄々そうだろうなとは感づいていた。

 だけど、気づかなかったフリをして商店街に戻ろうとしたのは、嫌な記憶がフラッシュバックしてしまったからだ。

 僕にとっては最悪の記憶。僕が孤立し、今日学校をサボる原因となった出来事。目の前の状況と和也との一件が重なって見えてしまった。

 首を突っ込めば余計な被害を被ることは間違いない。

 それに僕は楓を探している最中だ。正確な時間は分からないが、楓を探し始めてから10分は絶対に経過している。もしかしたら、もうすでに楓は公園に戻っているかもしれない。

 今の僕にとっての最優先事項は楓との約束。

 まぁ、結局のところ、楓が戻っていようが戻っていまいがそのどちらにせよ、こんなところで時間を食っている余裕は僕にはないのだ。

 幸いにもまだ僕は彼らに気付かれていない。

 このままこっそりと商店街に戻ってしまえば、それで済む話。


「誰か助け――」


 悲痛な叫びは最後まで言い切られることはなかった。

 鈍い音が鳴ると同時に発せられていた声は呻き声にへと変わった。

 眼鏡の男の腹を目の前にいた男が蹴ったからだ。

 眼鏡の男はそのままゆっくりとその場に崩れ落ち、腹を押さえて苦しそうに悶えている。

 商店街に戻ろうとしていた僕の足は地面と一体化してしまったように動かない。

 なぜ? どうして? そんなこと考えるまでもない。

 僕は彼らの方に向かって足を進める。

 商店街に戻ろうとすることはあれほどに拒んでいた足が嘘のように、どんどん前にへと突き進んでいく。

 『誰かの為に生きたい』

 きっとそれは、最初はただの憧れだった。

 色々なことがあって、本当に自分は誰かのことを想って行動することが出来ているのだろうかと、疑問に思ったり自分を責めたりもした。

 だけど今、誰かの為に生きたいと想っている僕が確かにここにいる。

 あぁ、そうだ……僕が今まで誰かの為に行動してこれたのは、憧れだけじゃなかったはずだ。本当に心の底から誰かのために生きたいと思っている僕がいたからだ。

 それに楓は気づかせてくれた。

 自分のことを好きになるべきだと言ってくれた楓のために――自分自身を好きであり続けるために――僕は誰かの為に生きたい。

 

「お金なら僕が払ってやる。だからもうやめろ」


 僕は倒れている眼鏡の男ともう1人の男の間に割って入った。

 目の前の男が着用している学ランのボタンにはどこぞの校章の上に高という文字が入っている。カツアゲをしていた男はどうやら高校生らしい。

 歳上か……あれ?

 男の学ランを見ていた僕はあるものが目に入り、疑問を抱いた。

 彼の胸ポケットに付けられている『青葉』と表記された名札。

 名前がどうとかではなく、名札を付けてあること自体に僕は疑問を抱いた。

 今から悪いことをしようとしているというのに、名前が知られてしまうのはマズいだろう。そういった理由があってか、それとも校則を守らないただただ不真面目な奴らだったのか、そのどちらかは分からないけど、今まで会ってきたカツアゲや虐めをするような奴らの大半は名札を付けてなどいなかった。

 名札を付けている奴を見るのなんて今回が初めてだ。

 ……どっちだ? 本当に家に帰るためのお金に困っているのか、それともただの馬鹿なのか。

 まぁ、そのどちらにせよ、他人から無理矢理お金を取ろうとしていること自体は悪いことに変わりはないんだけど……。


「なんだお前……」


 青葉という男は突然出てきた僕に驚いていたのか、しばらくの間呆気に取られた顔をして僕のことを見ていたが、今の状況を整理し終えると訝しげな顔をしながらそう言った。

 僕は青葉からの言葉に対して何も言わずに、ポケットから財布を取り出してそれを彼に投げ渡す。

 不意を突かれた青葉は慌てた様子で財布をキャッチしようとするも、キャッチするのに失敗して財布は地面にへと落ちてしまった。

 青葉が財布を拾っている隙に、僕は起き上がっていた眼鏡の男にだけ聞こえる声で呟く。

 

「早く逃げて下さい。僕がどうにかしますから」


 眼鏡の男は首を一度だけ縦に振ってから「ごめん……」と言って、商店街の方にへとよろめきながら走り、通りから出て行った。

 さあって、これからどうするか……。

 カッコつけてどうにかするとは言ったものの、僕には何一つ良い考えはない。


「なんだよ……これ……」


 僕の財布の中身を見た青葉は体を震わせながら怒りのこもった眼差しをこちらにへと向ける。

 帰りの電車代は使わないようにするために、鞄の中に入っている生徒手帳に挟んである。

 正確な金額は覚えていないが、確か財布の中は数十円ぐらいしか残っていなかったはずだ。


「すみません。今の手持ちはそれだけしかないので」


「さっきのやつは……クソッ! 追いかければまだ追いつくか……!」


 青葉はさっきの眼鏡の男を追うために商店街の方に向かって走ろうとする、がそれを僕は彼の肩を掴んで止めた。


「もうやめろって。他人から金を――」


 頬に受けた強い衝撃で僕は言葉を最後まで言えなかった。

 青葉が僕のことを殴ったのだ。

 脳が揺れる。足がまるで自分の物ではなくなってしまったかのように立っていることを拒む。

 しかし、それでも僕はなんとか踏ん張り、青葉の肩を掴む手を離さない。


「邪魔するんじゃねぇよ! 俺には金が必要なんだ! シャラが俺のことを待ってるんだ!」


 そう言ってから青葉は僕の顔を何度も何度も殴った。

 顔が左右に激しく振られる。口の中が切れたのか、鉄の味が口内に広がる。

 それでも僕は掴んでいる手を離さない。

 さっき青葉が言っていたシャラというのはなんのことだろう?

 それが何かは僕には全然分からないけど、やはりどうやら訳ありみたいだ。

 でも――


「何か理由があるんだろうけどさ……それでも、誰かからお金を無理矢理取ろうとするのは良くないよ」


「……は? 俺のことを何も知らないくせして……勝手なこと言ってんじゃねぇぞ!」


 青葉の獣のような咆哮とともに彼の蹴りが、拳が、僕にへと襲いかかった。

 拳が顔面に当たる度に視界に火花のようなものがチカチカと光る。足が腹に刺されば息が出来なくなる。

 何回殴られ、何回蹴られたのかは分からない。

 あまりの猛攻に僕はとうとう耐えきれなくなり、青葉から手を離してしまって、そのままの勢いで後ろの壁に激突した。

 青葉はこのまま眼鏡の男のあとを追うのだろう。でも、眼鏡の男が逃げるくらいの時間は稼げたはずだ。もう無理をして青葉を止める必要はない。青葉がここから去ったあと、僕も急いで総合公園に向かおう。

 そう思いながら顔を上げると、青葉の拳が僕の顔面にへと迫ってきていた。

 僕は咄嗟にそれを両腕でガードして防いだものの、勢いは殺せずに再び体が壁に叩きつけられた。

 ガードした腕が痺れる。壁に当たった背中が痛む。

 青葉が僕に向かって何かを言っているが、酷い耳鳴りのせいで彼の声は届かない。

 届かないけれども、もう青葉の頭には眼鏡の男を追いかけるという選択肢はないということだけは充分に伝わった。

 僕は倒れてしまいそうになるのをグッと堪え、両方の拳を握りしめる。

 青葉の気が済むまでサンドバックになっても良かったけど、そうも言ってられない。

 僕は楓と約束をしたんだ。

 もしかしたら、楓はもう時計台のベンチで僕のことを待ちながら、1人で花火を見ているかもしれない。

 だから、なんとかしてでも戻らないと。

 僕は飛んできた青葉の拳を避けて、右の拳を放つ。

 これが当たれば倒せるとか、そんな虫のいいことなんて思っていない。怯んでくれたらそれでいい。その隙に走って逃げる。もし、追ってくるようであればその時はその時だ。

 青葉は僕の突然の反撃に驚いた顔をしながらも、空いている左手で僕の拳を防ごうとする。

 しかし、僕の拳の方が早く、青葉のガードは間に合わない。

 当たる――そう思っていたが、青葉の顔に当たる寸前で僕の拳はピタリと止まってしまった。

 距離が足らなかったわけではない。

 他の誰でもない、僕が自分の拳を止めたのだ。

 でも、止めるつもりなんて一切なかった。振り切るつもりだった。それなのに手が止まった。何故だかは分からない。

 止めたはずである自分自身が一番困惑していた。


「本当に……なんなんだよ。お前……」


 そう言った青葉の声は震えていた。

 青葉の顔を見ると、今にも泣き出してしまいそうな顔を彼はしていた。

 どうしてそんな顔をしているのだろう。

 それの意味するところを僕が理解するよりも前に、青葉の拳が僕の顔面に叩き込まれる。

 限界なんてものはとっくの前から来ていたのかもしれない。

 簡単に足は折れ、腰が落ち、糸の切れた人形のように体が地面にへと横たわる。

 あぁ……くそっ…………。

 あの時、自分が拳を止めた理由が分からないと言いながらも、本当は分かっている僕がいた。

 誰かを傷つけてしまうのが怖かったのだ。

 いつからだっけ……。

 人を傷つけることが怖いと思うのは今に始まった話ではない。

 和也の件を暴力で解決してしまった時も本当は怖かった。

 それよりもずっと前に何かきっかけがあったはずなんだ。

 だけど、それが何なのかは思い出せない。

 だんだんと視界が暗くなっていく。

 どこからか声が聞こえる。

 朦朧とする意識の中で聞こえるはずのない声が。

 

『約束して――むやみに人を傷つけないって』

 

 そんな幼い女の子の声を最後に、僕の意識はぷつりと途絶えた。





 

「だ…………す……か」


 真っ暗な闇の中で誰かの声が聞こえる。

 遠いところで喋っているのか、何を言っているのかは聞き取れない。


「だい…………じ…………か」


 声が近づく。

 男の人の声だ。

 自分が目を閉じていることに気が付き、僕は目を開く。

 どうやら僕は気を失っていたらしい。

 意識が明瞭になっていくに連れて、頭や体がズキズキと痛む。


「大丈夫ですか!」


 ハッキリと聞こえた声の方に顔を向けると、そこにはスーツを着た男性が不安そうな顔をして立っていた。


「だ……大丈夫です……」


 横たわっている自分の体を起こし、僕は急いで立ち上がろうとするも、上手く力が入らずに尻もちをついてしまう。


「動かないで下さい。今、救急車を呼びますので」


「本当に大丈夫ですから……すみません。友人と約束をしているので……」 


「ちょっと、君⁈」


 僕は壁に手をかけながらなんとか立ち上がり、商店街に向けて歩き始めた。

 後ろでスーツを着た男性がまだ何かを言っているが、僕はそれに構わずに足を進ませ続ける。

 身体中のあちこちが軋む。足がふらつく。体全体が万遍なく痛い。

 よろよろと痛々しく歩く姿はどうしても人目を引きつけてしまうらしく、周りの目が僕に集中しているのが分かる。

 僕と目が合って慌てて目を逸らす人。奇妙なものを見るような顔をしてずっと僕のことを見てくる人。僕のことを見ながら一緒に歩いている相手とコソコソと何かを話している人。

 人によって様々だが、僕を見た人は必ず何かしらの反応を見せた。

 しばらく歩いたあと、ふと店じまいがされた薄暗いアクセサリー店に目が行き、周りの人達の視線が僕に集中していたことの納得がいった。


「はは……ひでぇ顔……」


 ガラスに写っていた顔は僕のものであるはずなのに、一瞬自分でさえそこに写っているのが自分だと分からなかった。

 もはや別人。毎朝鏡の前で見合わせる見慣れた顔はそこにはなく、頬も目蓋も唇も腫れ上がり、ところどころが青黒くなった不細工な顔がそこには写っていた。

 こんな顔でも楓は僕だと気づいてくれるだろうか?

 そんな悠長なことを考えながら僕は再び足を進める。

 総合公園の広場に着くと、そこに人は僕以外に誰一人としていなかった。

 時計台の針が指している時刻を見て、乾いた笑いが出た。

 あと数秒待っていれば楓は戻ってきていたかもしれない。

 それなのに僕は自分勝手な行動で楓との約束を破ってしまった。

 でも、もしかすると楓はあのままここに戻ってきてない可能性も……いや、それは僕にとって都合が良いただの妄想だ。

 楓が戻っていようが戻っていまいが、僕は間に合っていない。

 それが事実だ。

 僕が楓を裏切ってしまった。

 それが結果なんだ。

 そう全てを受け入れた瞬間、呆然と立ち尽くす僕を嘲笑うように、午後の十時を知らせる鐘の音が時計台から大きく鳴り響いていた。

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