「あの人にとっての特別に」
海からの帰り、僕たちは夕暮れに染まる街を歩いていた。
みんながみんな各々で愉しげに今日の事を話し合っている。
そんな中、僕は1人、みんなの輪から少し遅れたところで考え事をしながら無言で歩いていた。
残りの夏休みの間で瑞稀さんと会う予定があるのは、明日にみんなと行く花火大会だけ。
会う予定を作らなければ、この夏休みの間で瑞稀さんと過ごしたのは今日と明日のたった2日間だけになってしまう。
約1ヶ月もあるせっかくの夏休み。
それなのに普段の学校がある月の方が会う回数が多いし、遊ぶ回数も多い。
残り8ヶ月の命。僕には時間は限られている。無駄な時間を過ごしている時間なんてない。
分かってはいる。
分かってはいるけど……それでも焦りを感じていない僕がいた。
きっと僕は――
「ねぇ、陸」
ふいに横から声を掛けられ、僕はそちらを向く。
そこには楓がいた。
もの思いにふけっていたため、いつ彼女が隣に来たのか全然気付かなかった。
「今日はありがとね」
すぐに楓がなんの事でお礼を言っているのかに気付き「いえいえ、どういたしまして」と返す。
泳げるようになったのは最終的に薊のおかげなのだが……礼を言われるたびに一々そう返すのも野暮なものだと思い、言わないことにした。
僕が返事を返してから、しばらく無言が続く。
楓はどうしてか、みんなの所に戻らない。
ちらちらとこちらの様子を窺うような目線を送ってきている。
「どうした? まだ何か言いたそうな感じだけど……」
「いや……陸は今日楽しかったのかなぁ、って思ってね」
楓は俯きがちにそう言った。
自覚はないが、考え事をしていたから難しい顔でもしていたのだろう。それを彼女は暗い表情だと捉えたらしい。
僕は今日の事を思い返す。
人生初であり、きっと人生最後になるであろう海。
砂浜の砂はびっくりするぐらい熱く、海水は思ったよりも冷たくはなく、最後のスイカ割りにいたっては一歩間違えれば死んでいた。
だけど――
「凄く楽しかった」
そう自信を持って僕は答える。
好きな人の水着姿を見れた。
疲れて動けなくなるくらい、へとへとになるまで親友達と泳いだ。
友人の頼みに応えることが出来た。
ああは言ったスイカ割りも……死にそうになったことを除けば面白かった。
なんだかんだありながら、僕は今日という1日に満足していたのだ。
楓は僕の言葉を偽りのないものと判断してくれたのか、和らいだ表情をする。
「また来年もこうして、みんなと一緒に海に来たいね」
楓が言ったその言葉に、心に棘が刺さったかのようなチクリとした痛みを覚えた。
来年の春に死ぬ僕にとって、この夏は最後の夏。
「あぁ。そうだな」
楓の描く未来に僕はいる。しかし、現実の未来には僕がいない。それを知っていながらも、僕はそう返事をした。
また来年もみんなと一緒に海に来れたら――そんなあり得ることのない未来が来ればいいな。と心の底から思ってしまったから。
「ボクね、みんなと海に行くって決まってから今日という日がずっと楽しみでさ。でも、実際に来た海は、そんなボクの楽しみなんて軽く超えてしまうくらい楽しくって」
楓はそう言ってから両手を頭の後ろで組み、空を仰いだ。
その瞳は夕日の灯りが反射し、キラキラと輝いていた。
「だから――」
楓は再び僕の方にへと顔を向ける。
「明日の花火大会も凄く楽しみなんだ」
淡い微笑みを浮かべ、楓はそう言った。
どうしてだろう……。
楓が見せたその表情は、前向きなものであるはずなのに、なぜかどこか心寂しさを感じられた。
「そういえば、花火大会って楓が住んでる街でやるんだよな。僕は一度も行ったことないけど、どんな感じなんだ?」
僕のその質問に楓は困ったような顔をする。
「えっと……家の近くは近くなんだけど……実はボクも一度も行ったことがないんだよね」
「だからさっき花火大会が凄く楽しみだって言ってたのか」
「うん。写真やテレビとかの映像でなら花火を見たことはあるんだけど、実物をこの目で見るのは初めてだから」
楓がそう言い終えた瞬間だった。
『☆j<〒○+い×$-nわ☆♪?=〆÷○*|k\+¥v%+らしk#〆^€&>』
「――っ⁈」
脳内が沢山の声で一気に溢れかえった。
7月に晴矢と教室で話していた時に起こったものと同じ感覚。
しかし、前回と違って頭痛は感じない。
あの時はこれがなんなのか全く分からなかったが、色々と経た今の僕なら分かる。
これは僕が忘れてしまった記憶。
脳内の声が何を言っているのかを聞き取るために集中する。
聞こえる声は2人分のもの。
『――僕はそんな自分の事が嫌いだ……」
一つは僕の声だ。
そして、もう一つは――
『りっくんに自分のことを好きになって欲しいな』
女性の声だ。
今日、海で一瞬だけ聞こえたあの声。
『花火を見るの初めてなんだ。ずっと見てみたいと思ってたから凄く楽しみ』
またあの女性の声が聞こえた。
やっぱり僕はこの声を知っている。
この声は――。
時間が経つにつれて、しぼむ風船のようにだんだんと脳内の声の数が減っていく。
『じゃあ、8時にまたこの時計台で』
『うん。約束ね』
『あぁ。約束だ』
その2人の会話を最後に、脳内の声はピタリと収まった。
「陸?」
楓に名前を呼ばれ、僕はハッと我にかえる。
「どうしたんだい? 急に立ち止まって……」
彼女は上目遣いで心配そうな顔をこちらにへと向けていた。
「なぁ、楓……前にもいつか、花火を見るのが楽しみ、って会話をしなかったっけ?」
僕はすぐに楓に問いかけた。
さっき脳内で飛び交っていたあの声。
あれは間違いなく、目の前にいる楓の声だった。
彼女は僕の問いかけに対しあからさまな反応を見せる。
口を半開きにし、目を大きく見開き、驚きを隠しきれない表情。
しかし、それも一瞬。
彼女は表情を普段のものに戻して、ゆっくりと首を左右に振った。
「ううん。してないよ。だっておかしいじゃん。前にもそんな会話をしていたなら、さっきボクが明日花火を見るのが初めてって言ったのが嘘になってしまうよ」
無理に作ったぎこちない笑顔で楓は言った。
彼女が何かを隠しているのは明らかだった。
しかし、前にも同じような会話をして明日花火を見るのが初めてだ、なんて会話をするのはおかしいという彼女の言い分も確かだ。
楓が明日花火を見るのが初めてだと嘘をついている?
多分……それはないだろう。
そこで嘘をつく意味が分からない。
もし、花火を見るのが初めてだと嘘をついているのだとしたら……過去にいったい何が……。
「…………そっか……そうだよな」
僕は迷いに迷った末、隠そうとしている事を無理に聞き出す必要は無いと判断し、ただ同調をした。
大地から銘雪に助けられた次の日の朝。
私は瑞稀の家の前で、彼女が出てくるのを待っていた。
彼女に謝るため、一緒に登校しようと私から誘ったのだ。
「紅葉ちゃん、おはよう」
玄関のドアが開く音がして、瑞稀のいつも通りの挨拶が聞こえた。
しかし、私の目に映った彼女の姿はいつもとは大きく違っていた。
背中の中間あたりまであった長い髪をばっさりと切り、中学で初めて会った時と同じ髪型をした彼女が私の目の前にいたのだ。
中学生の頃、友達に小学生に見えると言われていたことを気にしていた瑞稀に私が「髪を伸ばせば、少しは大人っぽく見えるかもしれないわ」と言ってから、彼女はずっと髪を伸ばし続けていた。
それをいきなり切ったということは彼女に何かがあったという事……いや、今は髪の話をしている場合ではない。
開口一番に本題を切り出さないと、またずるずると逃げることになることなど目に見えていた。
私は覚悟を決める。
私はずっと大切な友達である瑞稀に嘘をついていた。
銘雪の事をどうも思っていないと言っておきながら……瑞稀が銘雪の事を好きだと分かっていながらも、私は先に銘雪へ告白をしてしまった。
それは大切な友達を裏切ったことに他ならない。
「みず――」
「紅葉ちゃん。ごめんね」
私の言葉を遮り、今にも泣きそうな表情をして彼女は言った。
「……なんで貴女が謝るのよ」
そう言った私の声は震えていた。
次に瑞稀から発せられるであろう言葉がなんとなく分かっていたから。
「昨日りっくんと偶然会って聞いたんだ。紅葉ちゃんがりっくんに告白したこと……」
瑞稀のその言葉に胸が締め付けられる。
言葉を発そうとするも、上手く声が出ない。
もし、自分から話していたにしても、私達の関係はこれまでのようにはいかなかっただろう。
突き放され、拒絶されるかもしれない。
友達のままでいられても、親しい仲には戻れないかもしれない。
それでも私は――今までのように瑞稀と親友でいたかった。
これは単なるわがまま。
自分から先に裏切っておきながら実に虫のいい話だ。
今から瑞稀が何を言おうが、どんな態度をとろうが、私は何も文句を言えない立場なのに。
瑞稀が私に近く。
そして、彼女が次にとった行動は私が全く予期していないものだった。
「み、瑞稀……」
私は動揺して彼女の名前を呼ぶ。
瑞稀が私にいきなり抱きついてきたのだ。
「本当はね。私、知ってたよ。紅葉ちゃんがりっくんのことを好きだってこと。林間学校で紅葉ちゃんの反応を見て気付いちゃった」
耳元でしたのは嗚咽混じりの声だった。
「ごめんね……今まで辛かったよね。苦しかったよね。それなのに私はあの時、気付いていないフリをして……大切な友達ならちゃんと話し合うべきだったのに……その後も何度も話し合う機会はあったはずなのに……」
瑞稀の体は小刻みに小さく震えていた。
「本当にごめんね……」
最後に弱々しい声で瑞稀は言った。
あぁ、そうか……。
私だけが苦しい思いをしていたわけじゃなかったんだ。
瑞稀もまた……いや、きっと彼女の方が苦しく辛い思いをしていた。
何も悪くないのに、瑞稀は自分自身を責め続けていたのだ。
私はすすり泣いている瑞稀を強く抱きしめる。
「私の方こそ貴女に謝らないといけない。私は貴女に嘘をついて、抜け駆けするような真似をした。告白する前も、告白した後も話す機会なら沢山あったはずなのに、一人で勝手な罪悪感に囚われて貴女の事を避け続けた」
私は瑞稀から体を離し、深々と頭を下げる。
「本当にごめんなさい……」
今の私に出来るのは、これぐらいのことしかなかった。
いや……違う。
何をすれば、瑞稀に対しての罪滅ぼしになるのか分からなかったのだ。
瑞稀は他人に対して甘すぎる。
もしも私がとんでもない悪女だったとして、瑞稀が自分自身を責め立ててるのをいいことに私自身がしたことを棚に上げ、謝らずに彼女を叱責したとしても、彼女は私の事を許しただろう。
それぐらいに瑞稀は甘い。
だけど私は、なんのお咎めもなしで瑞稀から許されることを、私自身が望んではいなかった。
殴られようが、お金を払おうが、彼女がそれらを望むなら私はなんでもするつもりだ。
しかし瑞稀は絶対にそれらを望まない。
ただの私の自己満足であって、逆に瑞稀を困らせると分かっていた。
私はそんな嫌な女にはなりたくなかったし、もちろん悪女になる気なんてさらさらなかった。
だから私は自分の想いを述べて頭を下げる事しかできなかった。
「顔を上げて……」
少しの静寂のあとに瑞稀は言った。
私が顔を上げると、瑞稀は優しい穏やかな微笑みを私にへと向けていた。
先ほどまで泣いていたからか、その頰は涙で濡れている。
「好きになっちゃったものはしかたないよ。それに、告白する順番なんて関係ない。紅葉ちゃんは告白する勇気があって、私には告白する勇気がなかっただけ。悪いのはやっぱり私の方だよ」
私はすぐにそれを否定しようとしたが、思いとどまった。
私は瑞稀に対しての罪滅ぼしが何になるかは分からない。だけど、彼女の事を想うなら、何をするべきだったのかは分かっていた。
私が瑞稀のためにするべきだったこと。それは彼女を許すことだった。
しかし、それは何も悪くない、謝ることなんて何一つとしてない彼女の無い罪を認めてしまう行為に等しい。
否定することも、許すこともできない出来ない優柔不断な私は、黙って瑞稀の顔を見つめる。
「もし……紅葉ちゃんがこんな私の事を許してくれるなら。私は紅葉ちゃんとこれからも、今までと変わらない大切な友達でいたいな。これは単なる私の我がままだから、嫌だったら――」
瑞稀は最後まで喋りきることが出来なかった。
今度は私が瑞稀を抱きしめ、彼女の言葉を途中で遮ってしまったのだ。
考えるよりも前に先に体が動いてしまっていた。
「嫌なわけないじゃない!」
私は叫ぶ。
「私だって瑞稀とずっと親友でいたい……だから、嫌だったらとか、そんな悲しいこと言わないでよ……」
目の前の景色がぼやける。
私は泣いていた。
抑えてきた想いが溢れて止まらなかった。
瑞稀が言った、これからも大切な友達でいたいという言葉。それは私が願ってもないことだった。
悪いのは私の方だと分かっていたから、自分からは言い出せなかった言葉。
私達は互いに、今までの関係を望んでいた。
「ありがとう……」
瑞稀は呟くように言って、私を優しく抱きしめた。
礼を言わないといけないのは私の方なのに……。そう思いながら、私は何も言わずに、瑞稀を抱きしめる力を強めた。
私は彼女には敵わない。
瑞稀は勉強は出来るが、頭が良いとは決して言えなかった。
こうして仲直りが出来たのも、きっと計算されたものではなく、彼女の強情な優しさが偶然この結果を招いただけ。
自分が傷ついても誰かの事を想える優しさ。
そんな彼女だからこそ、銘雪は彼女の事が好きになったのだろう。
私が銘雪を好きな事は変わらない。
それでも私はこの時、好きな人と親友に幸せになって欲しいと、心の底から願ったのだった。
「紅葉ちゃん?」
瑞稀と仲直りをしたあの日のことを思い出していると、横から瑞稀に名前を呼ばれた。
「どしたの? なんだか怖い顔をして虫除けスプレーを睨んでいたけど……」
隣を向くと、彼女は首を傾け不思議そうな表情を私に向けて立っていた。
「少し考え事をね……。スプレータイプと塗るタイプのやつ、どっちの方がいいんだろうって」
これっぽっちも思ってなかった適当なことを言って、手に持っていた明日の為の虫除けスプレーをカゴの中に入れる。
海からの帰り、私と瑞稀はみんなと別れた後に2人で買い物に来ていた。
その今になって、なぜ1ヶ月前のあのことを急に思い出したのかは分からない。
「今日、楽しかったわね」
私は静かに、ポツリと呟くように言った。
一人でに勝手にしんみりとしてしまった気持ちを切り替えたかっただけの、なんとなく発した言葉。
その言葉に対して瑞稀は、うん、と首を縦に振る。
「そうだね。久々に泳いだり、ビーチバレーもしたり、みんなで輪になって泥団子を作ったり、今日はすっごく楽しかった。最後にしたスイカ割りも……」
瑞稀はそこで言葉を止めた。
スイカ割りで銘雪に触れられてしまった時の事を思い出してしまったのだろう。彼女は湯気が立ち上りそうな勢いで顔を真っ赤にして固まっていた。
まさにショート寸前という言葉がぴったり当てはまるぐらいに。
「そういえば、銘雪が海に入った時に貴女が彼に向かって水を飛ばしたじゃない? 私、あれには驚いたわ」
恥ずかしかった出来事を勝手に思い出して自滅したのは他の誰でもない瑞稀のせいだが、思い出すきっかけを与えてしまったのは私であるため、軽く罪悪感を感じた私は話題を変えた。
私が口に出したそれは、今日一番、私が驚いた出来事だった。
意外だったのは瑞稀の方から、いかにも仲睦まじげなカップルがやりそうな、そういった浮ついた事をしたから……ではない。
あの時の彼女には、浮かれて、とか、からかいや遊び気分などの感情は一切無かった。
瑞稀は感情表現が豊かで、思った事がすぐに顔に出る女の子だが、喜怒哀楽の内の怒はほとんどと言っていい程に見せない。
しかし、銘雪に水を飛ばした時の表情は瑞稀にしては珍しく、なんというか……少し怒っているかのような、そういう表情をしていたのだ。
「あれは、その……りっくんが楓ちゃんの事を可愛いって言ってるのが聞こえきて、なんだか心が凄くモヤモヤして……」
瑞稀は頬をぷくっと膨らまし、口の先を少し尖らしてムッとした、あの時と同じ表情をする。
「私も可愛いって言われたけど……楓ちゃんに言ってたときの方が一生懸命な感じだった……」
そう言って、瑞稀は表情をそのままに、両手を胸の前でギュッと握り締めた。
きっと銘雪が楓にまた何か余計なことでも言ったのだろう。それで楓を怒らせてしまい、機嫌を取ろうとしていたのだと思うけれど……私はそれについては敢えて何も言わない事にした。
なんにせよ。今の瑞稀の話で、なぜ彼女があんな表情をしていたのか納得がいった。
とどのつまり、瑞稀は嫉妬していたのだ。
「なるほど……それであの時、今まで見たこともないような顔をしてたってわけね」
「えっ? 私、どういう顔してたの?」
どうやら自分のモヤモヤとした感情が顔に出ていたという自覚はないらしく、瑞稀は焦りの色を浮かべながら聞いてきた。
私は自分の顔で先ほど瑞稀がしていた表情をそのままに再現する。
そんな私の顔を見て、瑞稀は自分が感じていたモヤモヤした気持ちが嫉妬であることに気付き、そしてまた、そのような気持ちがありありと顕になっていた顔をしていたことを知ってしまい、彼女の顔は再び朱を帯びた。
「ほ、本当に……?」
「えぇ。ちなみにさっきもあの時の事を思い出していたのか、全く同じ顔してたわよ。嫉妬が滲み出ているのが――」
「わわっ⁈ 紅葉ちゃん! ストップ、ストップ! 言葉にされると凄く恥ずかしいからそれ以上はやめてぇ⁈」
恥ずかしさの限界値を振り切ってしまった瑞稀は顔を覆い隠してその場にしゃがみ込んだ。
彼女の事を思って変えた話題だったが……結果として追い討ちをかけることになってしまった。
「夏休みの間に告白するって決めたのに……この調子だと、まだまだ先の話になりそうね」
私はうずくまっている瑞稀を見て、ついそんな言葉を口にしていた。
瑞稀は1学期の修了式の日、「この夏休みが終わるまでにりっくんに告白する」と私に宣言していたのだ。
だが、遊びに誘おうにも告白をしないといけないという想いが逆に瑞稀の行動に対してブレーキをかけてしまい、彼女は夏休みの中盤である今日まで何も出来ないままでいた。
「……るよ…………」
瑞稀はうずくまったまま何かを口にした。
しかし、その声はあまりも小さくて私の耳には届かなかった。
私が何を言ったのか聞き返そうとすると、瑞稀は急に勢いよく立ち上がり、私と視線を合わせた。
「私……明日告白するよ」
今度はしっかりとした声だった。
彼女の唇は、少しばかり震えていた。
先ほどの恥ずかしさの余韻がまだ残っているのか、それとも今、告白すると言った事に対しての照れであるのか。どちらなのかは分からないけど、その頬は薄ら赤かった。
何か返答をしなければ。そうは思いながらも私の頭には返す言葉が浮かんでこなかった。
私は今、自分がどんな顔をしているのかも見当がつかない。
そんな私を置き去りに、瑞稀は言葉を続ける。
「分かったんだ。やっぱり私は他の誰かにりっくんを取られたくない。私はりっくんにとっての特別な人になりたい」
あぁ。なんで今になって、瑞稀と仲直りをしたあの日の事を思い出したのか、分かった気がした。
きっと、予感があったからだ。
自分の恋をちゃんと諦め切ることの出来るその時が、目前まで迫って来ているのを――
「私は明日の花火大会で……りっくんに告白する」
瑞稀はまるで自分に言い聞かせるかのように、最後に強く、そう言い切ったのだった。
自分の家の前。僕は橘が家の鍵を開けるのをボーっと眺めて待っていた。
久々に体を動かして遊んだからか、疲れが凄い。
橘が家の鍵を開け「ただいまでーす!」と大きな声を上げて跳ねるように先に中に入って行く。
まだまだ元気が有り余っている橘に呆れながらも羨ましいとも思い、僕も彼女に続いて家に入る。
そして、玄関で靴を脱ぎ、廊下に足を踏み入れた――瞬間だった。
とても深い睡魔に襲われ、膝をつく。
いくら疲れているといっても、これは普通ではないことはすぐに分かった。
なんとかして睡魔に抗おうとするも、体が吸い寄せられるように横にへと流れて壁にもたれかかる。
瞼がとてつもなく重い。
抵抗を諦め、ゆっくりと僕は目を瞑る。
「今回は早いですね……」
暗闇の中で橘の声が聞こえた。
「おやすみなさい。明日の祭りが始まるまでにはちゃんと起きてくださいよ。私、楽しみにしてるんですから」
橘のその言葉を最後に、僕の意識は深く深く、引きずりこまれるようにまどろみの中にへと落ちていった。




