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「誰かの幸せを自分の事の様に喜べる人」

 懐かしい夢を見ていた。

 中学2年生のある日の事。

 ボクはとある男と一緒に迷子になってしまった女の子の母親を探していた。

 

「ママ……」


 女の子はボクがあげた大きな丸い兎のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて心細そうに呟いた。

 かれこれ彼女の母親を30分は探している。

 小さな女の子からしてみればその30分はきっと、とてつもなく長い時間の様に感じているかもしれない。


「大丈夫。絶対に兄ちゃんが見つけてみせるから」


 男は優しい口調で女の子に言い聞かせながら彼女の頭を撫でる。

 彼はあたたかな微笑みを向けてはいたが、その瞳には強い熱意が籠っていた。


「……ヤンキー君は本当に優しいね」


 ボクは男……もといヤンキー君に向けて言った。

 なぜボクが彼をそう呼んでいるかというと、彼に名前を尋ねたら彼自身が自分の事を不良少年と名乗って本当の名前を教えてくれなかったからボクが勝手にそう呼ぶことにしたからだ。

 ちなみにヤンキー君とは今日会ったばかり。

 語るに省くが色々な込み入った事情が重なって今はこうして迷子の母親を探している。


「別に……ただ、その…………あれだ。この子の母親を見つけたら御礼にお金とか貰えるかもしれないだろ? だからだよ」


「お兄ちゃんママからお金取るの……?」


「え、あっ、嘘嘘嘘嘘嘘! 冗談だよ冗談!」


「そんなになって焦って訂正するぐらいなら初めったから正直な気持ちを言えばいいのに」


「うっ……」


 ヤンキー君は言葉を詰まらせ目を逸らす。

 彼はいつもそう。

 ボクを助けた時もお爺さんの荷物を持ってあげた時も妊婦さんに席を譲った時も、なぜか彼は分かりやすい下手な嘘を吐いて悪者ぶろうとするのだ。

 彼とは半日ほどの付き合いしかないが、それでも彼が本当に誰かの事を想って行動している事は良く分かる。

 本当に面倒でいやいや人助けをしているのなら、事あるごとに自分から首を突っ込むマネなんてしないはず。

 それに彼は誰かの為に行動した後、いつも決まって――


「あっ! ママッ!」


 女の子が突然声を上げて走り出した。

 その先にはおろおろとあたりを見回している1人の女性が。

 女性は自分の元に駆け寄って来ている女の子に気付くと、彼女もまた女の子の元に走り寄り、そして女の子を強く抱きしめた。


「どこに行ってたのっ⁈ 待ってなさいってちゃんと言ったのに……全く心配かけてこの子は……!」


「ごめんなさい……」


「本当に……でも、あなたが無事で良かった……」


「うん。お兄ちゃんとお姉ちゃんがね、ママを探すのを手伝ってくれたの」


 女の子はボク達の方を指差した。

 母親はボク達に気付き、女の子を連れてボク達の元にへと歩いてくる。


「すみません迷惑をお掛けして……」


 ボクらの目の前まで来ると母親はそう言って何度も頭を下げた。


「いえ。見つけることができて良かったです」


「ママ見て! これお姉ちゃんがくれたの!」 


 女の子はボクがあげたぬいぐるみを笑顔で掲げる。


「本当にすみません……せめてこのぬいぐるみの代金だけでも……」


「いやいやいや! 全然大丈夫です! 適当にやったクレーンゲームでたまたま一発で取れた物ですし!」


 ボクは財布からお金を抜き取ろうとしている母親を急いで止める。

 グズっていた女の子をあやそうと丁度手元にあったぬいぐるみをあげただけなのに、お金を貰うのはなんだか忍びなかった。

 母親はお金を抜き取る手を止めて、そういう事でしたらそのご厚意に甘えさせてもらいます、と言いながらも納得はしてない顔で渋々と財布をバックに戻した。


「楓……本当にいいのか?」


 ヤンキー君はボクにだけ聞こえるぐらいの声の大きさでそっと耳打ちした。

 彼の言う「いいのか?」はお金の事ではなく、ぬいぐるみを本当にあげてもいいのかという意味だ。

 さっきボクは母親に嘘を吐いた。

 あのぬいぐるみは適当にやったクレーンゲームで一発で取れたものではない。

 ボクが物欲しそうにあのぬいぐるみを眺めていると、それに気付いたヤンキー君が3000円も賭けて取ってくれたものだった。

 ぬいぐるみが取れた瞬間にボクが年甲斐もなく大はしゃぎをしていたからヤンキー君は今こうしてボクに聞いているのだろう。


「うん、いいんだ。あの子も随分あれが気に入っているみたいだしね」


 ボクもヤンキー君にだけ聞こえるぐらいの声の大きさで返した。

 ヤンキー君は「そうか……」とだけ言うとボクから少し離れる。


「すみませんが私たちはこれで。本当にありがとうございました」


「お兄ちゃん、お姉ちゃん、ありがとう! ばいばーい!」


 母親は頭を一度下げ、女の子は笑顔でボク達に手を振った。

 ボク達もそれに対して手を振り返す。

 そして、手を繋いだ母娘はボク達から離れていき、その2人の姿は遠くへ。


「良かった……」


 隣にいたヤンキー君が唐突にそう呟いた。

 ボクがちらっと横を見ると、彼は安堵や喜びの混じったような微笑みを浮かべて母娘の後ろ姿を見送っていた。

 そう……誰かの為に行動した後、幸せそうな彼らをみながら彼は決まって嬉しそうな顔を見せるのだ。


 あぁ……まただ……。


『誰かの幸せを自分の事の様に喜べる人』


 ボクはそんな彼を見て、言葉に言い表せないようなあたたかな感情が胸に湧き上がった。

 自分の胸にそっと手を添える。

 心臓の鼓動は早く、いつもよりも大きく音を鳴らしていた。

 

 この感情が一体何なのか。

 この時のボクはまだ知る由もない。

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