「ただ隣にいてくれるだけで」
以前と変わらないたわいもない会話を私と銘雪はただ繰り返す。
これといった特別な内容などありもしない、平凡でありふれた内容。
だけどそれが私の求めていたものだった。
しかし、そんな楽しい時間はあっという間に過ぎて行き、ふと気が付いた時には自分の家が目の前にあった。
「ありがとう」
私はここまで送ってくれた銘雪にへとお礼を言った。
「あぁ。また学校で」
銘雪はそう言いながら私に手を振る。
私もそれに対して彼に手を振り返す。
そして銘雪は私から背を向け、自分の家に向かって歩き始めた。
彼の姿がだんだんと遠くなっていく。
離れていく距離とともに、寂しさが私の胸に重なっていく。
「待って!」
私の呼びかけに銘雪は足を止めた。
「ん? どうした?」
「あ……あの……」
銘雪は私の方を向き、私から出る言葉を待っている。
呼び止めたのは私だ。
それなのに私は未だに頭の中で彼に言う言葉を探している。
別に理由もなく彼を止めた訳ではない。
私が銘雪を止めた理由……それは――
ただ、銘雪とまだ一緒に居たかっただけ。
その理由は口に出すには余りにも恥ずかしく、私は都合のいい言葉を必死に探す。
「何もないんだったらもう帰るけど……」
「嫌! 帰らないで!」
私は咄嗟に自分の口から発せられた言葉に、自分自身で驚いてしまう。
これと言っていい案も出ていない今、どうせ明日も学校で会えるのだからときっぱりと諦めて、さっき呼び止めてしまったのは単なる気の迷いだと言ってしまえば良かったのだ。
それなのに私は声を張り上げてまでして彼を呼び止めてしまった。
もう引き下がることは出来ない。
私はこの状況を上手く切り抜けることが出来る都合のいい言葉を再び急いで探す。
しかし、私の頭の中はパニックで、ただ銘雪と一緒に居たいという想いしか浮かび上がってこなかった。
「もう少しだけでいいから……一緒に……いてくだ……さ……い……」
言ってる途中で恥ずかしさがきしきしと襲い掛かってきて、私は言葉を最後までハッキリとは言い切れず、弱々しく情けない声を出してしまった。
口調も何故か敬語。
顔が燃えているのかと錯覚してしまうぐらい熱い。
絶対に私の顔は耳まで真っ赤に染まっていると確信を持って言える。
そんな私の顔を銘雪に見られたくなくて、私は急いで自分の顔を両手で覆い隠した。
何も見えない中、銘雪が私に近づいてくる足音が聞こえる。
そして私の目の前まで来るとその音は止まった。
私は顔を隠していた手を少しずらして恐る恐る銘雪の顔を確認する。
彼は私と目が合うと少しはにかんだ様な表情を見せ、「いいよ」とそれだけ言い、私に優しく微笑みかけた。
私と銘雪は横に並び、何も話さず前だけを見ていた。
少し前までは楽しく会話をしていたのだが、話すネタがだんだとなくなっていき、とうとう会話が止まってしまった。
とても長い沈黙がただ続く。
しかし、そこに気まずさは微塵もない。
ゆったりと時間が流れていくのを心地いいとさえ感じた。
好きな人が隣にいる。
それだけで私は幸せだった。
ふと何を思ってか私は空を見上げた。
夕日は完全に沈んでいるため空は暗い。
しかし、西の空はまだ夕日の残り日のせいか赤紫色の光を放っていた。
そういえば私が銘雪に告白した時の空もこんな色をしていたと私は不意に思い出す。
……そういえば私はまだ彼にちゃんと告白をしてない。
今思えばあの時は流れ……というより私の一時の感情の過ちによってしてしまったものだ。
大地から銘雪を庇った時もどさくさに紛れて好きだとは言ったが、あれも告白と呼べるものではないだろう。
私は……彼に好きだという想いをしっかりと伝えたい。
「あの――」
「ん?」
銘雪と向き合った瞬間、私の心に強いブレーキが一旦かかった。
今から私がやろうとしている事は、せっかく戻った関係を壊すことと同じなのかもしれない。
そんな恐怖が私を襲ったからだ。
だけど、私は――
「話したい事があるの……」
好きな彼に気持ちを伝えたい。
その想いはもう抑えきれない。
既に私が銘雪の事を好きだというのは彼自身にはよく伝わっている事ぐらい分かっている。
今更改めて好きだと伝える事に大した意味なんてないのかもしれない。
それでも私はちゃんと正面から向き合って、自分の言葉で彼に想いを届けたかった。
銘雪は私の表情を見て何かを感じとったのか真剣な面持ちで私を見つめる。
緊張のせいで心臓が破裂してしまうのかと思うくらいに激しく脈を打つ。
私は心の中で一度静かに大きく深呼吸をし――そして覚悟を決めた。
「私は銘雪の事が好き」
私の声を妨げる音はない。
鮮明で透き通った声だけが私と銘雪の間で響く。
「いじめから私を助けてくれたあの時からずっと好きだった。誰かの為に傷付くことが出来る貴方が。転校して学校が変わって貴方と離れても、この好きだという想いが変わった事はなかった。それどころか高校に入って以前より貴方の側にいることが多くなって、益々この想いは強くなった。私は貴方と付き合いたい」
自分でも驚いてしまうぐらいに次から次にへと言葉が出ていく。
今まで溜めてきた想いが溢れ出して止まらない。
「貴方の事が好き」
私は最後に強く、感情を込めて、彼に私の全てが伝わるように言った。
涙が出そうになるのを一生懸命に我慢する。
告白に対しての返事なんて聞かなくても分かっていた。
銘雪は全てを聞き終えたあと、一度私から顔を逸らして何かを考え込むような素振りを見せる。
そして、考えが纏まったのか、彼もまた真剣な表情をして再び私の方を向いた。
「ありがとう。日光の気持ちは凄く嬉しい。だけど……ごめん。僕には好きな人がいるから……」
銘雪はそう言うと申し訳なさそうな顔をして目線を下にへと下げた。
結果は私が予想していたものと同じ。
やはり私は振られた。
しかし、振られるのがこれで2回目というのもあってか、意外にもそこまでの悲しみは押し寄せて来ず、さっきまで出る寸前だった涙は引っ込んでいた。
1回目は後悔しか残らなかったが、今の私にはそんなものは無く、ただ――とても大きな満足感を感じていた。
彼の事を諦めきれた訳ではないけど、心の何処かで一区切りをつけることが出来た。
「そっか……」
私がそう口にした直後、何を思ったのか銘雪は肩をビクッと震わせた。
そんな彼を見て、私は笑ってしまう。
「振られたからって別に何もしないわよ」
そう言って笑い続ける私を見て、銘雪はまるで鳩が豆鉄砲をくらったかのような顔をしていた。
きっと、前回と同じように気不味い感じになると思っていたのだろう。
「うん……そうね。その好きな人と付き合えると良いわね」
笑うのを止めて私は言った。
その言葉で、やっと銘雪はいつも通りの表情にへと戻る。
「あぁ、ありがとうな」
彼はそう言いながら苦笑に近い微笑みを浮かべた。
きっとあのありがとうには単純な感謝の気持ちだけでは無く、他の感情も混じり合っているのだろう。
「じゃあ、時間も時間だからそろそろ帰るよ」
銘雪はそう言いながら右手を上げた。
私もそれに合わせて右手を上げる。
「今日は本当にありがとう。また明日」
「あぁ、また明日」
銘雪は私から背を向けて、歩き始めた。
彼の姿がだんだんと遠くなっていく。
そして私は彼の姿が見えなくなるまでずっと見送り続けた。
私は軽くため息を吐く。
2回も振られたというのにきっぱりと諦め切れない自分自身に少し呆れていた。
きっと私が彼を嫌いになる事はなく、例え彼と瑞稀が付き合ったとしても、私は彼の事が好きなままだろう。
この想いがこれからも彼を困らせる事があるかもしれない。
この想いが自分自身を苦しめる事もあるかもしれない。
それでも私はこの想いをいつか諦め切れる事が出来るその日まで大切にしたいと、独り心の中で誓ったのだった。
蝉の鳴き声と周りの人の話し声が教室内を占領していた。
そんな中、ムスッとした顔をした晴矢と苦笑しているはっちゃんが僕の目の前に立っている。
なぜ今こんな状況になっているかというと……まぁ、容易に想像はつくだろう。
僕が教室に入ってくるなり2人は僕のところにすっ飛んできて、「なんだその顔の湿布は⁈」「昨日は一体何があった⁈」と問い詰めて来たのだ。
僕はそんな2人の圧に耐え切れず……今回の件を全て話した。
そして現在に至る。
「ほんっとうにお前って奴は……」
「まぁまぁ。全ては丸く収まったみたいだし」
頭を掻きながら不機嫌そうに言葉を発した晴矢に対しはっちゃんは宥めように言った。
「そうは言うけどな……毎月のようにボロボロになってるコイツを見てたら、残りの寿命を待たずして何かの拍子にコロッと死んでしまいそうな気がして……」
「あー、確かにそれはあり得るかもなぁ……」
2人は揃いも揃って不安そうな表情をして僕の方に顔を向ける。
何もそんな大袈裟な、と笑い飛ばしたいところだが、現に違う僕が他人を庇って命を落としており、僕はただ言葉を詰まらせることしか出来ない。
「「まぁ、そうやって誰かの為に頑張れるところがお前の良いところなんだけどな」」
何も言えなくなってしまった僕に気遣ってか、2人は同じタイミングで同じ事を言った。
そんな2人を見て、僕は思わず笑ってしまう。
「2人ともありがとう。でも、僕はもう1人で抱え込まないって決めたから、いざとなったら2人に助けて貰うよ」
「いや、俺は流石に他人の為に自分の命はかけられないんで。いざとなったその時は潔くお前の事を見捨てる」
「俺もはるちゃんに同意」
「なんだよ……全くお前らは薄情だな……」
「「お前が異常なだけだ」」
3人でする久々の冗談を交えた会話。
僕達は顔を見合わせて笑いあった。
「おはよう」
不意に横から挨拶をかけられた。
僕達3人は同時に声がした方を向き……驚いた。
「お、おはよう……」
「一瞬誰だか分からなかったぜ……」
「えっと……どうしたのその髪型……」
僕達に挨拶をしてきたのは瑞稀さんだった。
しかし、そこにいた彼女はいつもとは違った。
背中の中間辺りまであった長かった髪はばっさりと切られ、小学生の頃と同じ様に肩くらいまでの長さになっていたのだ。
「これ? 最近気温も上がって熱くて困っていたから……」
前髪の毛先を弄りながら照れた様子で瑞稀さんは言った。
そして彼女は僕の方にへと視線を移す。
「それに……私も気合いを入れていかないといけないなぁ、と思って」
瑞稀さんは何か決意を固めたかの様な表情を見せながら言い――明るく笑った。
それぞれの想いをかけた、僕の高校生活最初で最後の夏休みが始まろうとしていた。




