「1度きりの人生だからこそ」
ぼろぼろの体を動かして前に進む。
体のダメージは未だに残っている。
こんな状態で勝てるかどうかなんて分からない。
しかしそれでも僕は守らねばならないものの為に歩く足を止めない。
そして僕は再び大地の目の前にへと立った。
「やっと終わったか……」
大地がうんざりとした表情をして言った。
「待っててくれるなんて、結構優しいんだな」
それに対し僕は彼に向けて自分が出来得る限りの皮肉を込めて言い返した。
日光と僕が話している間、大地はいつだって攻撃出来たはずなのにそれをしなかった。
それどころか彼は僕が立ち上がるまで待ってくれていたのだ。
結局のところ、彼は何だかんだ言いながらも悪役になりきれない、ただの中途半端野郎だった。
「勘違いするな。万全の状態で君は僕にぼろぼろにされてる。いくら待ったところでどうせ結果は変わらない。君は負ける。そして紅葉さんを守れない」
大地は激しい剣幕を見せながら言った。
握り込む力が強過ぎるあまりか彼の拳は震えている。
「あぁ、確かにそうかもしれないな。だが、それは普通にやり合ったならばだ」
僕はそう言うや否や、大地にへと殴りかかった。
普通にやり合っても一方的にやられたというのに、今の僕にはダメージがまだ残っている。
そして大地の攻撃の早さに対応出来ないのは先程身をもって充分に理解した。
先手を取られれば敗北は必至。
だから僕は奇襲攻撃を仕掛けた。
不意を突かれた大地は迫りくる僕に対し、驚いた顔をしながらも拳をすぐに構える。
これが通じるのはきっと1度っきり。
2度目はない。
僕は大地の顔に向けて拳を放った。
大地はその拳を最小限の動きで躱す。
「卑怯な手を使っても結局はその程度だ。君は僕には勝てない」
「まだ終わりじゃないっ!」
僕は避けられた拳を戻さず、そのまま大地の左肩近くの襟へと持っていき掴んだ。
そしてそのまま勢いよく引き寄せる。
「なっ――」
予期してなかった動きに大地は体のバランスを崩す。
そしてそのまま――
「があっ⁈」
「ぐっ……」
互いの額がぶつかり合った。
鈍い音が頭の中で響く。
頭が割れてしまったのかと思う程の痛さが僕を襲った。
しかし、それは想定内の痛さだ。
僕は踏ん張り、よろつく体を支えて前を向く。
目の前で大地が片手で頭を抑え、激痛に悶えながらふらついていた。
僕は右の拳をこれでもかと思うくらい、めいいっぱいに力を込める。
そして前へと踏み込む。
「あああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
雄叫びを上げ、自分を奮い立たせながら大地に向けて右の拳を振るう。
その拳が大地の顔面にへと突き刺さる。
僕は右腕を全力で振り切り――そして、大地の体は地面にへと勢いよく叩きつけられた。
拳に感じる確かな手応え。
しかし、それでも――
「銘雪!」
「来るな!」
日光がこちらに近付いて来ているのが分かり、彼女の動きを止めるために僕は左腕を後ろにへと突き出す。
「くっ……あぁっ……いってぇ…………」
大地は頭を抑えながら体をゆっくりと起こし、片膝を地面にへと着いた状態で血走った目をこちらに向ける。
手応えはあった……。
しかし、大地から受けたダメージがあってか、彼を倒しきる事は出来なかった。
「く、そ……」
焦りと不安からそんな言葉をつい口にしてしまう。
大地はまだ立ってはいない。
追い討ちをかけるなら今だ。
分かってはいる。
分かってはいるのだが……体を動かそうとしても体が言うことを利かなかった。
そして結局僕は何も出来ないまま、大地は立ち上がってしまった。
「……どうやら……動く事が出来ないみたいだね」
体をふらつかせながら、大地は薄らな笑みを浮かべる。
「実に惜しかった……もし、万全の状態での君の攻撃だったら負けていたかもしれない。もし、倒れた時に僕の打ちどころが悪かったなら負けていたかもしれない。まぁ、なにはともあれ結局はもしも話だ。僕はこうして立っている」
大地はそう言うと顔を真剣なものにへと戻して拳を構えた。
僕も対応するためになんとか拳を構えるも、それは最早ただただ腕を挙げていると言っても過言ではないくらいに酷いものだった。
「終わりだ……」
大地が僕の方にへと距離を詰める。
右の拳が来る。そう脳が理解しているのに体が動かない。
大地の拳が僕の顔面へと迫る。
ガードすることも避けることも敵わず、その拳は僕の顔面を直撃した。
体が少しよろめく。
殴られた頰に感じる痛み。
そして違和感。
威力が……落ちてる……?
僕は咄嗟に倒れないよう踏ん張って堪えた。
前喩向くと大地はあり得ないものでも見るかのような顔をして立ち尽くしていた。
「あぁっ!」
声を上げ、僕は感覚がなくなりつつある体に鞭を打ち、大地の顔面にへと握っているかどうか分からない拳を放った。
大地はその拳を素直に貰い、僕同様よろつきながらもすぐに体制を立て直し、すぐに反撃の拳を繰り出した。
再びその拳は僕の顔面にへと直撃する。
だが、やはり攻撃の威力が落ちているためその攻撃は然程効かない。
大地は苦々しい表情をして拳を戻す。
彼が拳を戻す際、後ろに少しよろめいたのを僕は見逃さなかった。
拳を戻す反動の力にさえ体がふらついてしまう程に彼は弱っていたのだ。
大地をよく見れば肩で息をしており、膝は小刻みに震え、額には脂汗が滲み出ている。
明らかにダメージが体にへと残っていた。
僕は拳にへと力を込める。
力なんて入っているのかは正直分からない。
それでも僕は今出来る精一杯の力を両の拳にへと込める。
そしてそれらを大地にへと放った。
1発目が綺麗に彼の顔面を捉え、そして続けて2発目3発目と次々に僕の拳が吸い込まれるように当たっていく。
5発目が当たった直後、大地の体がぐらりと傾き、大きく数歩後退した。
倒れはしなかったものの、どうやらダメージのせいで体が動かないらしく、その場で彼は僕を睨みつけた。
僕はそんな彼に対し追い討ちをかけるべく前に進もうとしたが、僕も彼と同じで体が動かず、ただ彼を睨みつけることしか出来ない。
互いの息が上がっている音だけが大きく聞こえる。
2人の限界はすぐそこまでやってきていた。
「なんで……なんでだよ⁈」
突然大地が叫んだ。
「誰かのために生きるのが正しい筈がないんだ……それなのになんで君は……」
嘆くような声で大地はそう言うと左の目から一筋の涙を流した。
どうしていいか分からない、そんな迷った表情を彼はしていた。
そんな彼を見て僕の中に湧き上がった感情は哀れみだけだった。
「この生き方が正しくないかどうかを決めるのはお前じゃない」
僕の言葉に大地は目を見開く。
彼は何かを言おうとしたが僕は御構い無しに言葉を続ける。
「そして僕自身でもない」
今まで生きてきた中で僕は自分の生き方に何度も迷った。
この生き方は正しいのだろうか?
この生き方は間違いなのだろうか?
何が正解で何が間違いなのだろうか?
結局、その答えは見つからなかった。
でも好きな人がある事を教えてくれた。
「きっと、正しい生き方なんて誰にも分からない」
何が正しいかとか、何が間違いかとかではない、もっと大切な事――それは僕自身が生きたいと思う生き方をすることだった。
「だから僕らが出来る事はたった1つ……自分の生き方を信じる事だけだ」
各々が信じる生き方をすれば、いつかは今の僕と大地の様にぶつかり合ってしまうこともあるかもしれない。
だけど、それでいいんだ。
正解なんてものは誰にも分からない。
なら1度きりの人生、自分の信じる生き方を貫いて生きて行こう。
「誰かの為に生きた人を見て、この生き方に憧れた」
姉は誰かの為に生きる事の出来る人だった。
そんな姉の生き方がとても美しくって、かっこ良くって、僕もこう生きられたらと思った。
「大切な人が僕のこの生き方を好きだと言ってくれた」
瑞稀さんはこの生き方を好きだと言ってくれた。
迷っていて苦しかった僕に、この生き方は大丈夫だと後押ししてくれた。
瑞稀さんがいたから僕は自分の生き方を信じる事が出来た。
「そしてこんな生き方をする僕を……好きになってくれた人がいた」
日光はこんな生き方をする僕を好きになってくれた。
誰かの為に生きることの出来る僕を……。
彼女の告白で悩み、苦しむこともあった。
だけどそれのおかげで大切な事に僕は気付く事が出来た。
「僕はそんな自分の生き方を信じたい!」
これが散々迷った挙句、僕が出した答えだった。
「お前はさっき1度きりの人生だから欲望のままに楽しんだ方がいいって言ったな……」
その考えはきっと間違いではないと思う。
だけどそれの為に誰かを傷つけるというのなら僕は全力でそれを止めよう。
それが僕の生き方だ。
「僕は……1度きりの人生だからこそ自分の信念を曲げずに貫きたい! たとえ誰かに馬鹿げていると嘲笑われても、その考えは愚かだと罵られようとも、偽善者だと冷ややかな目で見られたとしても、それでも僕はこの生き方を貫く! 死ぬ時に胸を張って『生きた』と言えるような人生を僕は歩みたいんだ!」
僕は声を張り上げて言った。
大地はその言葉に対して「そうか……」とだけ言うと、どこか納得した様な表情を見せ、拳を構えた。
僕もそれに合わせて拳を構える。
そして右の拳をめいいっぱい握った。
次の1撃が当たっても当たらなかったとしても最後になる事はなんとなく分かっていた。
だから全てを出し切るつもりで力を込める。
そして僕は一歩前にへと強く踏み出した。
「死ぬ時に胸を張って『生きた』と言えるような人生を僕は歩みたいんだ!」
陸のその言葉に、ようやく僕は自分が彼に抱いていたモヤモヤとした感情が何だったのかをやっと理解した。
「そうか……」
陸に対する感情、それは嫉妬だった。
初めて彼と会話した時、何も迷いもないような顔をして他人のために頑張るのは自分のためだと言った彼が……本当は羨ましかった。
僕も他人の為に頑張って生きてきたが、結局それは自分自身が他人から良く見られたいという思いだけのもの。
まさしくそれは自分のためだ。
しかし、それは陸が言った自分のためという言葉とは大きく違う。
彼の言葉からは、周りの目など関係なしに自分が誰かを助けたいと思うから助ける、という想いが確かに感じたのだ。
それなのに僕は彼に対してその優しさは空っぽの優しさだと、いつかその優しさが誰かを傷つけると言ってしまった。
あれらは全て自分に対しての言葉だった筈なのに……。
僕はまるで自分のものではなくなってしまったかのように重くなった拳を上げて構えた。
僕は本当の自分の気持ちに気付いてしまった。
目の前にいる男は僕が望んだ生き方をしている者だ。
僕がなりたかった者。
しかし、僕はああは生きられない。
僕はあの生き方をとうの昔に諦めてしまった。
それにもう引き返す事は出来ない。
僕は取り返しのつかないことをしてしまった。
だからこそ僕は彼に勝ちたいと思った。
陸と僕が動いたのはほぼ同時だった。
互いにふらつきながらも距離はだんだんと縮まる。
そしてお互いの拳が届く範囲まで来ると、僕達はそれもほぼ同時に拳を放った。
陸の拳が僕の顔面にへと迫る。
しかし、僕の拳の方が圧倒的に早い。
僕の拳が先に陸の顔面を――捉えなかった。
片足がガクンと落ち、軌道が逸れて僕の拳は陸の頰を掠めた。
陸の拳が目の前にへと迫る。
あぁ……くそっ……。
心のどこかでほっとしてしまっている自分がいた。
こんな気持ちで勝てるはずなんてないと、自分自身を嘲笑う。
何だかんだ言いながらも結局は正しい方に勝って欲しかったんだ。
ふと視界の端で紅葉さんの姿が映った。
両手を体の前で握りしめ、祈りを込める様なポーズをしながら不安そうな目をして彼女はこちらを見ている。
いや……少し語弊があるか……。
彼女が見ているのはきっと……。
あぁ、僕も――
ほぼ同時に拳は放たれた。
しかし、大地の方が圧倒的に早い。
僕は歯をくいしばる。
どうせ避けることは出来ない。
それならばせめて、貰いながらでも僕の拳を絶対に当ててやる。
そう思った瞬間だった。
大地の体がガクンと揺れ、彼の拳は僕の右頰を掠めた。
そして彼はふっ、と軽く笑い、その目からは涙が――
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
僕は大声を上げ、右の拳を全力で振る。
鈍い音とともに大地の鼻っさきに僕の拳が突き刺さった。
そして彼の体は数メートル飛んで、砂の上を転がった。




