「空っぽの優しさ」
朝のHRの時間が終わり、1時間目が始まる前の休み時間。
僕、晴矢、はっちゃん、楓、橘、瑞稀さんの6人が集まっていた。
日光は休み時間になるや否や彼氏に会い行ったのかすぐに教室から出て行き、薊は日誌を取りに職員室へ行った。
「びっくりだよなぁ。にっちゃんに彼氏が出来るなんてさ」
「うん、そうだね……」
はっちゃんの言葉に対し、楓はどこか神妙な面持ちで返す。
「楓ちゃんなんだか元気ないね。大丈夫?」
「ん? あぁ、ちょっと朝から気分が優れなくてね。でも、大丈夫。心配してくれてありがとう」
瑞稀さんの心配に対し楓は苦笑いしながらそう言ったあと席を立った。
「もう席に戻るのか?」
その僕の質問に対し、楓は首を横にへと振る。
「少し御手洗いに行ってくるよ」
楓はそう言うと教室から出て行った。
教室から出て行く瞬間に楓は何やらぼそっと呟いたが、何を言っていたかはしっかりと聞き取れなかった。
「それにしてもあれだな。さっきの彼氏さんの事を俺らが何も知らないってことは日光さんと同じ小学校や中学校の同級生ってことか?」
晴矢は日光と同じ中学校を通っていた瑞稀さんに向かって質問する。
「うん、そうだよ。大地君は私や紅葉ちゃんと同じ中学校なんだ」
「なんだか爽やか系のイケメンって感じだったけどどんなやつなんだ?」
「うーん……大地君とは一回だけ同じクラスになったことがあるけど……常に周りに気を配っていて、困っている人がいたら助けたり人が面倒がってしない仕事を進んでしたり、凄く優しい人だよ」
瑞稀さんがそう言った直後、晴矢は口元を抑えながら何か考え込むような顔をし、はっちゃんも首を傾げながら「ん〜……」と唸った。
「なんだか似てるな……」
「あぁ、確かに似てる……」
晴矢とはっちゃんは呟くように言った。
「そうですか? 私は内面は似ていると思いますが」
「うん。確かに少しだけ似ているね」
僕以外のみんなは何かに気付いたのか口を揃えて同じ事を言う。
いや……違う。
僕も本当は気付いていた。
「似てるって……誰に?」
僕は確認の意図を持ってみんなへと聞く。
「誰にって……そんなの……」
晴矢はそこで言葉を止め、きっと自分が思っている人物がみんなと一致しているかを確認するためであろう、僕以外のみんなの顔を見渡す。
そして僕以外のみんなは頭の中に浮かんでいる人物が一致していると自信があるのか、晴矢の視線に首を縦にへと振った。
晴矢は確認を終えると僕にへと顔を向け、そしてこう言った。
「お前だよ」
昼休み。朝起きるのが遅かったため弁当を作っておらず、僕は購買でパンを購入していた。
僕と似ている……か……。
1時間前の休み時間でのあれが胸にずっと突っかかっていた。
日光が僕に告白をしたのは約1週間前。
つまりは日光はその時はまだ誰とも付き合ってなかったということになる。
そして、あの告白から約1週間の間に彼氏が出来た。
僕と似ている彼氏……なんだかそれって――
「おっ、ととっ」
ぼーっ、と考えごとをしていたせいでお釣りを受け取る際に小銭を落としてしまった。
幸いにもお釣りは10円玉1枚だけであり、大量の金を周りからの視線を受けながら拾う羽目にはならなかったが……10円玉は転がり歩いている生徒の足に当たって止まった。
その生徒は足に当たった10円玉を拾い上げて僕の方へとそれを差し出す。
「すいません、あっ……」
釣り銭を拾ってくれた生徒の顔を見て僕はついつい声を上げてしまった。
釣り銭を拾ってくれた生徒、それは日光の彼氏だったからだ。
「? 何か僕の顔に付いてる?」
日光の彼氏は僕が釣り銭を受け取らず呆然としていたせいか、釣り銭を持っていない手で自分の顔をさすり始める。
「いや、何も付いてないです! ありがとう、それじゃ!」
僕は今日の事であっちの事を知っているが、あっちからしてみれば僕なんてただの赤の他人。
釣り銭を受け取って何もなかったことにして早足でこの場を去ろうとしたが――
「ちょっと待って」
日光の彼氏は僕を呼び止めた。
「君は銘雪 陸……だよな?」
「なんで僕のこと……」
「そりゃあだって、君は林間学校の件とかでちょっとした有名人だからさ。それでそんな有名人と話がしたいなって思ってるんだけど……昼ごはん一緒に食べない?」
日光の彼氏はそう言うとにっこりと笑った。
昼飯はいつもなら晴矢とはっちゃんの3人で食べているのだが、これといって約束しているわけではなく、なんとなくな流れでそうなっているだけなので今日だけなら別に何も言われないだろう。
「うん、いいよ」
僕はそう言いながら携帯電話で[今日は2人で飯を食ってくれ]と晴矢にメッセージを送った。
「それじゃあ、どこで食べよっか、っと……そういえば自己紹介がまだだったな。僕の名前は非雨 大地。呼び方は適当に呼びやすい呼び方で」
日光の彼氏もとい非雨 大地はそう言うと再び笑顔を向けた。
前に六道さんと話をした中庭にあるベンチで僕と大地は2人で黙って昼飯を食べていた。
しかし、ずっとだんまりという訳ではなく、互いの趣味や好きなものといった、これといって特筆することもないようなたわいもない会話を何度か交えた。
話をしてみて感じた大地の印象は、やはり瑞稀さんが言っていたような優しい人というのが当てはまるものだった。
「君に1番聞きたかった事があるんだ」
2人とも飯を食べ終わったタイミングで大地は口を開いた。
「君はどうして誰かのために頑張るんだ?」
その言葉を聞き、僕の心臓は大きく音を鳴らした。
それは日光が僕に告白する直前にした質問と全く同じだったからだ。
隣にいる大地の顔を見る。
彼は微笑んではいたが目は笑っておらず、真剣そのものだった。
なぜ彼氏彼女揃って同じ質問をする?
何か意味があるのか?
まず、大地は日光が僕に告白した事を知っているのか?
ていうかどっちから告白して付き合ってんの?
頭の中は大地のした質問の答えよりも、疑問だらけでいっぱいになってしまい、色々と混乱状態に陥り最終的には全く関係のない事にまで発展していた。
「おーい、大丈夫?」
そんな状態で固まってしまっていた僕を大地は心配そうに見つめる。
「いや、つい最近同じ質問をされたから……何か流行りの何かなのかなって……」
我に返ったものの頭の中は整理しきれておらず、気が付いた時には訳の分からない事を大地に聞いてしまっていた。
それを彼は冗談だと受け取ったのか軽く笑う。
「ただ単に僕個人が聞きたいから聞いているんだ。自分でいうのもなんだけど僕も周りに対して気を配った生き方をしていてね。でも、君のやっている事は度が過ぎている。他人を守るためにナイフを持っている不良に立ち向かったり、足を痛めているのに他人が落とした物を拾うために川に飛び込んだりとね……。そこまでするなんて一体どんな理由があるのかな?と思ってさ」
大地はそう言うと再び僕にへとあの真剣な眼差しを向けた。
あの時と同じ答えを返したからといって流石に告白される流れになる事は絶対にあり得ない。
うん、天地がひっくり返ようともそれはないと言い切れる。
なら、やっぱり僕の答えは――
「誰かのためというより、僕自身のためだからかな」
僕は日光にした返答と同じようなものを大地にへと返した。
誰かのために生きた姉を見て、僕もその生き方に憧れ、誰かのために生きたいと思った。
そして、そう僕が思った通りに僕は生きている。
誰かにやれと言われた訳ではない。
この生き方は僕が決めたこと。
自分のために生きるということがたまたま他人のために生きるということだっただけの話。
「なんだよ……それ……」
僕の答えを聞き、大地はそう静かに呟いた。
「君は空っぽだ」
何故かがっかりした表情を僕にへと向けて大地は言い放つ。
「他人のために動くのは自分のため? そんなことある筈がない。人はなんの目的もなく見返りを求めず誰かのために動ける訳がないんだ」
大地は一度大きな溜め息を吐くと冷たい眼差しを僕にへと向けた。
「もし、それが本当だったとしてもそれはただの自己満足。相手のことを考えているようで何も考えていない。君のその中身のない空っぽの優しさはいつか誰かを傷付けるだろうね。いや、もしかして既に誰か傷付けてしまっているかもしれない」
「そ、そんなことは……」
そんなことはない――そう言いかえそうとしたが言葉に詰まってしまう。
『貴方の優しさが……とても苦しいの……』
あの時に日光が言ったあの言葉が、あの表情が僕の脳裏に浮かんだ。
大地の言った通り、僕は実際に日光のことを傷付けていた……。
僕が大地の言葉に何も言い返せず口ごもっていると、昼休みの終わりを告げる学校のチャイムが鳴った。
「じゃあ、昼休みも終わった事だし僕は戻るよ。今日は一緒にご飯を食べてくれてありがとう。聞きたかったことは期待外れだったけどね」
「お、おいっ!」
僕の呼びかけに大地は何の反応も返さずに中庭から去っていく。
「なんだよ……」
大地が見えなくなり、誰もいない中庭で僕は独り呟いた。
残された僕の中にはなんとも言い表わし難い、靄のような感情が湧き上がっていた。




