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「きっとその程度の……」

 1学期の期末考査が終わって土曜日と日曜日が過ぎた月曜日の朝。

 僕は起きるのが遅かったので1人で学校に登校していた。


 今日は6月の最終日であり明日から7月に入る。

 僕の残された時間はあと約9カ月。

 それまでに僕は瑞稀さんに想いを伝えなければならない。


 ……ん? あれは――


 今僕は学校の廊下を歩いている。

 そして前を方を日光が歩いていることに気付いた。

 しかし、日光は1人ではない。

 日光の隣には男子生徒がいた。

 2人で並んで歩いているように見えるが……たまたま同じペースで歩いているためそう見えている可能性も……。


 2人は1年A組の教室の前まで来ると一旦立ち止まって互いに向き合い、日光は微笑みながらその男子生徒に手を振ると教室へと入って行った。

 そして、日光と別れた男子生徒は再び前へと歩き始める。

 ちらっと見えた男子生徒の横顔をみるに、僕の知らない男子生徒だったが、日光と同じ中学出身の生徒なのだろうか?

 そんなことを考えながら僕も1年A組の教室へと入る。


「な、なんだこれは……」


 目の前に広がる光景についついそんな声が漏れ出た。

 教室に入った僕が目にしたもの。

 それは、日光を取り巻くきゃぴきゃぴとはしゃいでいる女子達とそこら辺に屍の様に転がっている十数人の男子達。


「あっ、おはようゆっちゃん」


 教室に入ってすぐの所で固まっている僕にはっちゃんは挨拶をしてくる。


「おぉ、おはよう……えっと……これは一体どういう状況なんだ?」


「どういう状況って……ゆっちゃん、さっきの見たか?」


「さっきの?」


「教室の前でにっちゃんが男に手を振ってたやつ」


「あぁ、あれか。あれがどうしたんだ?」


「あの男さ、にっちゃんの彼氏なんだってよ」


 …………は? かれ……し……?


「かれし……ね……少し待ってくれよ。携帯でかれしって単語について調べるから」


「え? ゆっちゃんもしかして彼氏って言葉知らないのか? 冗談だろ?」


「僕の中には恋人って意味の彼氏しかないから……はっちゃんが言っているかれしの方はちょっと……」


「流れやら今の状況からしてお前が口にした恋人って意味であってるだろ……っていうか、その彼氏以外に何があるってんだ……」


 いつの間にか僕とはっちゃんの近くに来ていた晴矢はそう言いながら呆れた顔をする。


「あっ、おはよう晴矢……って、彼氏⁈ 彼氏ってあの彼氏っ⁈」


「うわっ⁈ びっくりした〜……いきなりどうしたんだよゆっちゃん」


「日光さんみたいな美人に別に彼氏がいたっておかしくねぇだろ」


 晴矢の言っていることはもっともだ。

 しかし、僕が驚くのも無理はなかった。

 だって日光が僕に告白をしたのは約1週間前の話だ。

 たったの1週間……そんな短い期間で彼氏ができる訳が……待てよ。


「これって勘違いパターンなんじゃ……」


 冷静になって考えてみる。

 告白されてから約1週間という短い期間で尚且つ先週はテストがあった。

 それなのに彼氏が出来るなんておかしい。

 さっきの男子生徒に手を振る日光を見て早とちりしたみんなが騒いでいるだけなのでは?


「残念ながらそれはないぜ。にっちゃんが男子生徒に手を振るのを見た岸川が『え、なんすか? もしかして彼氏すか? もしかしなくても彼氏なんすかぁ⁈』って言ったのに対し『えぇ、そうよ』って本人が言ったからな」


 はっちゃんはそう言いながら倒れて痙攣している岸川を指差す。


「あいつはもうダメだ……間接的にダメージを受けた俺らでさえこのザマなんだからな……」


「あいつはダイレクトダメージを受けてしまった……」


「遠回しに聞けば良かったのに直接聞くという愚行なんて犯すからだ……」


「まぁ、あんなのを見せられて衝撃のあまりまともな思考が出来なかったのは分からんもないが……」


 倒れていた男子生徒達がよろよろと起き上がり、だんだん僕たちの周りに集まってきた。


「それにしても、いつの間に彼氏なんて……」


「そりゃあ、紅葉ちゃんみたいな可愛い子に彼氏がいないはずないじゃん。ずっと前からいたんじゃないの? 私でさえいるし」


「「「グハッ⁈」」」


 ある男子生徒が呟いた声に近くにいた2人組の女生徒の内の1人が応えた。

 その応えに対し何人かの男子生徒は跪く。


「え……? 彼氏いたの……? 嘘……だろ……?」


「嘘って何よ失礼ね。あんた達が知らないだけで結構周りは付き合ってる子多いんだからね?」


「馬鹿な……俺らの周りに裏切り者なんかいないはずだぞ⁈」


「そうだ! 彼女持ちだったやつも林間学校の件で別れた筈だ!」


「俺らはみんな固い絆で結ばれている独り身だ! 隠れて彼女を作っているやつなんている訳がない!」


「そりゃあ、みんな他のクラスの男子と付き合ってるもんね。あんた達が知らないのも無理はないか」


「「「ぐああっ⁈」」」


 女生徒の追い討ちに対し、まだ辛うじて立っていた男子生徒達も跪く。

 先に跪いていた奴らは岸川同様倒れて痙攣している始末。


「椿だって隣のクラスの子と付き合ってるよね?」


「わーっ⁈ ちょっ、それは……」


 急に女生徒に話を振られた椿という女生徒は顔を赤くしながら慌てふためく。


「え……椿さん彼氏いるんすか……?」


 跪いている男子生徒の内の1人、葛城君が青ざめた顔をしながら真偽を問う。


「う……うん……」


「「「ゲフッ⁈」」」


 照れた様子で頷いた椿さんに殆どの男子生徒が地に伏せてしまった。

 先に倒れていた奴らに至っては、そこだけ重力のかかり方が違うの? と思ってしまうぐらいの勢いで床にめり込んでいる。


「ははっ……照れながら頷く彼氏持ちが可愛いって感じちまった……だから俺はずっと負け組なんだよぉ!」


 倒れている男子生徒の1人がなんだか涙を流しながら叫んでいる。

 今現在、いつもの僕ら3人を除いた男子生徒の中で唯一倒れていないのは椿さんに彼氏がいるかどうかを質問した葛城君だけだ。


「そ、そんな……狙ってたのに……嘘だ……嘘に決まってる……」


 葛城君は青ざめた顔のまま震えている。


「うっ、うわあああああああああああああああああああああああああっ!」


 葛城君は発狂しながら教室の窓に向かって走り出す。

 しかし、倒れている男子生徒の1人が葛城君の片足を掴み、なんとか止めた。


「何しようとしてんだお前⁈」


「離せぇ! 俺は今から窓から飛び降りるんだ! そして俺が死ねことにより椿さんに罪悪感を植え付ける! 俺は彼女の中で永遠と生き続けるんだ!!」


「怖えよ⁈ っていうか大丈夫だ! 見ろよ2人ともどん引いた顔してるから! 多分一生お前の存在は忘れねーからっ!」


「うるせぇ! このまま生きれば恥をかいたまま生きることになるだろうが! 死なせろぉ!」


「一旦冷静になれ葛城! ここは一階だ! 飛び降りたって死なねぇぞ! どちらにせよ恥をかくだけだ!」


「俺は自分の脆弱さを信じる!」


「よせっ! やめろ……葛城いぃっ!」


 葛城君は男子生徒を振りほどき窓から飛び降りてしまった。

 しかし、ここは一階であるため悲鳴も起きる訳がなく、クラス内のみんな葛城君が飛び出したことに関しては無反応を貫く。

 男子生徒の悪ふざけなど僕らにとっては日常茶飯事であり、A組のスルースキルは伊達じゃなかった。


「馬鹿だなあいつ……それにしても、俺からすれば女子達が誰かと付き合ってるってのよりも、翔が一切動じてない方が驚きだがな」


「ん? まぁ、俺はモテもしなければ女生徒から眼中にもされてないって自覚はちゃんとありますしぃ」


「胸を張って言うことじゃねぇな。で、お前はなんでそんな浮かない表情をしてんだ?」


「そうだよゆっちゃん。さっきからなんだかむっとした顔してるけどさ、なんかあったのか?」


 晴矢とはっちゃんの視線が僕にへと向けられる。


「え? そんな顔してたか?」


 僕は2人が言うような顔をしている自覚なんて勿論なかったため聞き返す。

 そして僕の言葉に対し2人とも一緒に頷いた。


「なんだ? 日光さんが他の男と付き合うことで何かお前に対して不都合な事があるのか?」


「いや、別に……ないけど……」


「なら、どうして――っと、もうホームルームの時間か」


 晴矢の言葉を学校のチャイムが遮り、門田先生が教室へと入ってきた。


「今からホームルームを始めるぞ。ほらお前ら、さっさと席に付け」


 門田先生の言葉でみんな自分の席に着いて行く。


「よし。みんな席には……うん、今この教室にいるやつは席に着いているな。空いてる席の欠席か遅刻は後から確認するとして、今からホームルームを始める。まずは――」


 門田先生が今日の連絡事項を話し出す。

 その話をぼんやりと聞きながら僕はさっきのことについて考えていた。

 晴矢とはっちゃんは僕の表情が曇っていると言っていた。

 そんな顔をしている自覚はなかったが……きっと自分の気持ちが顔に出てしまったのだろう。


 日光に彼氏が出来た。

 本人がそういったから間違いはない。

 誰が誰と付き合おうが僕には関係ないこと。

 それに僕は日光を振った身だ。

 それなのに他の男と付き合っているどうのこうの言うのは馬鹿げているということは充分に分かってる。

 分かってはいるんだけど……でも、1週間そこらで他の男と付き合うくらいの……早く切り替えられるくらいの、その程度の気持ちだったのかと思うと……少しだけ辛かったんだ――。

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