「登山」
「あ〜、なんで俺がこんな目に〜」
そう言いながらはっちゃんは落ちているペットボトルをゴミ袋に入れる。
「自業自得だろうが」
僕らの班の先頭を歩いている晴矢は振り向きもせずそう言った。
これといって特筆すべき事のない普通の登山の説明が終わってはや1時間。
僕たちは山の中を歩いている。
「お、空き缶だ」
山道の脇に落ちている空き缶を拾い上げはっちゃんにへと差し出す。
「あー、ゆっちゃん。空き缶は後ろにいる岸川が担当だからわかりやすい所に置いといてくれ」
はっちゃんにそう言われ、僕は空き缶を分かりやすい位置にへと置く。
元々、僕たちの予定にゴミを集めながら登山という予定はなかった。
しかし、昨日の露天風呂の件があり、僕と晴矢を除くA組男子たちにはペナルティとしてそれが課せられた。
初めは一つの班の男子一人がゴミを拾い、残りの男子が同じ班の女子の荷物を半分持つといったものだったが、僕らの班の男女比があっていない事、女子達が男子達に荷物を渡すのを強烈に拒んだ事により、ゴミ拾いだけとなった。
「おーい、ここから少しだけ下るらしいけど、足元が少しぬかるんで滑りやすいから気を付けろだとさ」
晴矢はそう言いながらもずんずん進んで行く。
足元を見ると確かに少しぬかるんでいる。
気を付けないと確かに滑っ……あっぶねぇ! 気を付けてたのに普通に滑りそうになった!
晴矢にあんな事を言われた直後に盛大に転ぶとか、とんだ恥をかくところだった。
と、そんな事よりも……
「そこ滑るから――」
「きゃ⁈」
僕が言い終わるよりも前に、後ろを歩いていた水仙さんが短い悲鳴をあげながら滑った。
僕の方に向かってくる水仙さんの体を僕自身も滑りそうになりながらなんとか支える。
「危ないって言おうとしたんだけど……遅かったな……」
「う、ううん……支えてくれてありがとう」
水仙さんは笑顔で少し恥ずかし気に言った。
「あのー……イチャイチャしているところ悪いんだけど、道が狭くて後ろが詰まるから、続きはもう少し先でやってくれない?」
日光にそう言われ、今一度僕たちの現状を確認。
みんなが見ているなか、僕と水仙さんは抱き合っていると思われるぐらいの距離にあり、今までで一番近い距離だと実感するとともに顔が熱くなり、水仙さんもまたそれに気付き顔を赤らめ――
「きゃあああぁぁっ⁈」
僕を勢いよく突き飛ばした。
下がぬかるみ滑ったため盛大に転んだものの、幸いにも人がいる方にはいかなかった。
「わわっ、ごめんなさいっ!」
水仙さんはうろったえながら僕に手を差し出す。
「いいよいいよ。全然大じょう――いっ⁈」
水仙さんの手をとり立ち上がろうとした時、左足に痛みが走った。
「えっ……もしかしてどっか怪我を……」
水仙さんは顔を青ざめながら聞いてくる。
「いやいやいやいや。本当に全然大丈夫だから。ほらっ」
僕はそう言いながら水仙さんを安心させるため、その場で数回足踏みをした。
左足が地面につく度にひりっとした痛みが走るが、全然歩ける程度のものだ。
「本当に? む、無理しないでね。少しでも痛くなったらすぐに言ってね」
涙目で心配してくれている水仙さんに再び僕はありがとう、全然大丈夫と応え、これ以上心配させないためにも再び歩き始める。
歩く度にちょっとした痛みが伴ったが、怪我自体はそんなに対した事はないだろうと、この時はまだそう思っていた……。
再び歩き始めて30分くらいが経過した。
山道は再び登りになったが、未だに足元はぬかるんでいる。
それに、みんな疲れてきたのか登るペースが落ちてきたように感じる。
僕自身、足の痛みがさっきよりも酷くなっており、まだ歩くのに支障をきたすレベルではないが、みんなの登るペースが落ちた事は好都合だった。
このペースなら足の痛みで多少遅れをとったとしても誤魔化しがきくだろ。
「銘雪君、ほんまに大丈夫?」
薊が僕の隣に来て、僕にだけ聞こえる声で囁いた。
きっと水仙さんの事を気遣っているのだ。
「えっと……大丈夫だけど。急にどうして?」
歩き方がおかしかったのか、それともキツそうな表情をしていたのだろうか、誰にも心配されないために、薊が心配してきた理由を改善するために聞いてみる。
「いや……なんか尋常じゃないないくらい汗が出よるし、時折しんどそうな顔をしよったけん……」
「あ、あぁ、それでか。大丈夫、元々僕は汗かきだし、キツそうな顔をしているのは山を登っているからだよ」
自分ながらに雑な言い訳だなぁとは思う。
薊も腑に落ちない様子ではあったが、そう、無理はあかんよ、と念押しをしてくれた。
汗の事に関してはどうしようもないが、表情はなんとか作らないとな。
そんな事を考えていると、ふと薊の肩に目がいった。
五センチくらいの毛虫が薊の首に向かって這っている。
「あ……」
僕は不意にそんな声を漏らしてしまった。
薊は僕の視線に気付き、視線を自分の肩へと移し、そして固まった。
「きゃあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
薊が悲鳴を上げながら激しく動いたため、毛虫は肩から落ちていった。
しかし、薊はそれに気付かず未だパニックのまま。
「薊落ち着いて! 落ちた! 落ちたから!」
「取って! 早く取ってっ!」
薊に僕の声は届いてはいない。
暴れ続ける薊は足を滑らし、後ろへと体が流されていく。
くっ……間に合え――
僕は咄嗟に薊へと手を伸ばす。
倒れそうになる薊の手を間一髪のところで掴み、そのまま引き寄せ抱きしめる。
「大丈夫。もう大丈夫だから。落ち着いて。もういないから」
そのままの状態で薊に言い聞かせるように優しく声をかける。
薊も落ち着いてきたのか、荒々しかった息遣いはだんだんゆっくりとなっていった。
そして……
「ひっ……」
「ひ?」
「ひゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
薊は顔を真っ赤にしながら僕を勢いよく突き飛ばした。
あぁ、デジャヴ……
そう感じながら、僕の体は吸い込まれるように地面へと叩きつけられた。




