「天然露天風呂」
目が覚めたら夕方だった。
僕は熱中症で倒れたという体であの後教室に移されたらしい。
「「すまなかった!」」
僕の邪魔をした2人は目が覚めた僕に向かってすぐに土下座する。
「だけどああするしかなかったんだ!」
「別にお前が女子とイチャイチャするのは構わねぇよ。でもな……」
「「せめて俺らがいないところでやってくれよ!」」
2人は涙を流しながら吼えた。
その2人に続いて他の男子生徒達も口々に言いたいことを言っていく。
「見せつけられるのが1番心に来るんだよ!」
「そうだそうだ!」
「snsでキスしてる写真とかプリクラ載せてるカップルってなんなの⁈ 俺らにどういう反応求めてるの⁈」
「彼氏彼女との通話時間をsnsに投稿する奴もそうだ! お前らがどれだけ通話したかとかどうでもいいんだよバァーカッ!」
「付き合って一ヶ月記念やら二ヶ月記念……初めてのデート記念日に初めてキスした記念日……お前ら毎日が記念日かよっ⁈」
「一ヶ月二ヶ月そこら付き合って運命だの本気で愛してるのだの……そんでもって四、五ヶ月後にアイコン真っ黒になって、また一ヶ月後には新しいのと付き合って、運命だの本気で愛してるだのの繰り返し……お前らの運命やら愛だのってその程度の言葉なのかよ……!」
「まぁ、別れました報告はメシウマだけどな!」
「「「「「それなっ!!!」」」」」
言いたい事を言い切ったのか、皆んな息を切らして黙り込む。
途中から殆ど僕のことと関係は無かったが……。
「あー、大丈夫大丈夫、別にお前らを恨んではいないから」
これは正直な気持ちだった。
あのまま楓に泳ぎを教えるといっても、同級生のみんなが見えるところでやらないといけなかったし、それはそれで高校生として恥ずかしいのでは? と冷静になった今では思えるからだ。
それにここで少しでも彼らに反論すれば僕自身どうなるか分かったもんじゃない……。
「おっ。起きたのか」
そう言いながら晴矢が教室に入って来る。
「なんだかよく分からないが、とりあえず皆んなグラウンドに集合だってよ」
晴矢はそう言いながらグラウンドの方を指差す。
グラウンドを見ると既にちらほらと人が集まっていた。
時計を見るとまだ五時半だ。
肝試しは六時からのはずなので集まるにしては少し早い。
僕たちは疑問を抱えながらも教室をあとにする。
僕らがグラウンドに降りた頃には殆どの生徒が集まっていた。
壇上には生物教師の若葉先生が立っている。
「えー……突然ですが肝試しは無くなりました」
若葉先生は皆んなが集まった事を確認した後にそう言った。
いきなりのスケジュールの変更にグラウンド内ではざわめきが起こる。
今度こそ女子たちに良い所を見せようと思っていたA組の男子達にとっては、肝試しが無くなったショックは計り知れないものだった。
「どうして肝試しは無くなったんですか?」
1人の男子生徒が質問する。
「肝試しがあまりにも怖すぎ、人間としての汚い部分を曝け出す結果となり教育に悪いと判断したためです」
「それじゃあ、今日はもう何もないって事ですか?」
「いえ、この近くに学校側が所有している天然の露天風呂があるので、そちらの方で昨日と今日の疲れを癒してもらいます」
天然の露天風呂。
その言葉に対し、男女ともに歓声が上がった。
肝試しは昨日やったし、正直言って飽きてた人も多かったのだろう。
「あ、温泉は一つだけしかないので女子限定です。男子は学校の風呂を使って下さい」
「ちょっと待てよ!」
「ふざけるなっ!」
「男女差別だ!」
「俺らに人権はないのか!」
一気に巻き起こる男子生徒のブーイングの嵐。
「どうして男子が入るのはいけないんですか? 温泉が一つしかないとしても、男女別々に入ればそれでいいのでは?」
いつもはあまり騒いだり気持ちを表情に出したりしない晴矢も温泉には入りたかったのか、先生へと抗議する。
他の男子生徒達も晴矢に続いて口を揃えてそうだそうだと言う。
若葉先生は一度大きな溜息を吐くと、キリッとした真剣な表情をし口を開いた。
「男子達が入った後の風呂に女子たちが入るのは危険だからです」
僕らの頭にハテナマークが浮かぶ。
「だって君たち後々入ってくる女子のこと考えて変な妄想したり何か良からぬ事とかしでかすでしょう?」
「ななななななにににをばっ、馬鹿なことをっ?」
「心配いりません! 自分が浸かった湯に女子が入るって思うだけで大満足です!」
「ちょっと唾液が入り込むかもしれないけどそれは事故なんで!」
あぁ、これは確かに危険だ。
先生の言葉に反論する男子達の言葉には危険な匂いしかしない。
女子達も引いた目で男子達を見ている。
「じゃあ女子の後なら問題ないのでは?」
晴矢はどうしても温泉に入りたいのか、彼にしては珍しく再び抗議する。
「女子の後って……だって君たち女子の後に入ったら入ったで、また変な妄想したり温泉を飲み干したりしそうじゃないですか……」
「そそそそそそそそそそんな事す、するわけないじゃないですか!」
「飲み干すわけないだろっ! 一口拝借するだけだ!」
「心配いりません! 女子のエキスが入った湯に浸かれるってだけで大満足です!」
うん。やっぱり危険だ。
晴矢もここまでくれば反論の余地はないと理解したのかただただ頭を抱えていた。
女子達が男子達を見る目は引くというより、汚物を見るような目へと変化している。
「という訳なので、バスが来るので1番最初に入るA組女子はこのままグラウンドに残って下さい。いくら近くとはいへど、せっかくお風呂に入ったのに歩きたくはないでしょう。男子は各自の教室に戻って林間学校の風呂に入る準備をして下さい。それでは解散」
若葉先生はそう言い終わると壇上を降りる。
A組女子はそのまま残り、男子達は重い空気を引きずりながら教室へと戻っていった。
「この世は残酷だ……」
「なんでだよ……なんであんな牢獄みたいな場所にまた入らないといけないんだよ……」
「昨日はまだ壁の向こうに女子がいるという微かな希望があった……でも今日はそんな希望すらもない……」
漏れ出る皆んなの愚痴や溜息。
A組男子達が待機している教室には重い空気が漂っていた。
「ククククククククククククククッ」
そんな重たい空気の中、一人の奇妙な笑い声が教室内に響き渡る。
「リーダー何笑ってるんですか?」
「あまりのショックでとうとう気でも触れたのか?」
岸川と晴矢の言葉にはっちゃんは笑うのを止める。
「俺は行くぞ……」
まさかこいつ……!
「覗きに行くのか? でもボス、俺らは温泉の場所は分からないしバスについていける足も……」
「大丈夫だ。俺は温泉の場所を知っている」
はっちゃんの言葉に皆んなは騒めく。
「昨日のカレーの材料集めの時に見つけてしまったんだ。ここから走れば10分の所にある。柵とか仕切りのない開放感溢れる完全な天然の露天風呂だ。あそこには夢がある! あれを見つけることが出来たのは神が俺に覗けと言っているからだ!」
はっちゃんは勢いよく立ち上がり声高らかに宣言する。
「今だ! 今こそ立ち上がる時なんだ! これまで良い思い出など一つもなく、虐げられてばかりだった悲しい男どもよ! 今日こそ夢を掴もうじゃないか!」
「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっっ!!!!」」」」
「待て待て待て待て待て待て!」
盛り上がりに盛り上がっているA組男子達に僕は叫ぶ。
いい感じの空気だったのに、それに水を差されたことにより、僕は皆んなに睨まれてしまう。
「ゆっちゃんどうした?」
「辞めとけって! 犯罪だぞ! 折角昨日の件を川遊び禁止で許して貰えたのに、また罪を重ねるのか?」
昨日はどうせ先生たちに止められることなど分かりきっていたため僕ははっちゃん達を止めなかった。
しかし、今回は違う。
今回は昨日のように入口が限られた場所にある訳ではなさそうだし、多分覗く所までは行けるはず。
しかし、開放感のある場所ならバレる可能性はかなり高い。
未遂で終わるのと実行したのとでは罪の重さなど比べ物にならないだろう。
「安心しろゆっちゃん。俺は停学になろうが警察に逮捕されようがそれでもいいと思ってる。それだけの価値があそこにはある」
「これはババァだらけの可能性がある銭湯を覗きに行くのとは全然違う」
「今日は現役の高校生……しかも美少女だらけのA組という大当たりが確定してるんだ!」
「「「「なら、どんなリスクを犯してでも行くしかない!」」」」
僕はA組男子達のあまりの覚悟とあまりのバカっぷりに何も言えなくなってしまう。
そうこうしているうちにグラウンド内に止まっていたA組女子を乗せたバスが出発した。
「まずい! もう出発しやがった! 行くぞお前ら!」
はっちゃんは焦りながら、見つからないようにするためグラウンドがある方とは逆の窓から外へと出る。
それに続きA組男子達も皆んな外へ飛び出していく。
結局、教室に残ったのは僕と晴矢だけだった。
「やっぱりお前は行かないんだな」
残った晴矢に僕は言う。
「俺はただ純粋に温泉に入りたいだけであって覗く事には興味は無いからな。ま、あいつらが覗きに行ってくれたおかげで、今日ものんびりと風呂に疲れるならそれでいいや。それにしても……」
晴矢はそこで一旦言葉を止め、呆れた顔で僕を見た後、大きな溜息を吐いた。
「お前って本当に呑気だよなぁ……」
「どういうことだよ?」
晴矢の言葉の意図が分からず僕は聞き返す。
「お前好きな人の裸を他人に見られても平気なのかよ」
晴矢がその言葉を言い終えるよりも前に僕は窓から外へと飛び出していた。
はっちゃん達が出てすぐだったからか、草木が生い茂る道無き道を迷いそうになりながらも、すぐに彼らに追いつくことが出来た。
「何だかんだ言いながら、やっぱりゆっちゃんも行きたかったんだな〜」
はっちゃんは僕に気付き、やらしい笑みを浮かべムッツリだな〜と言いながら手招きをする。
僕はそれを無視しはっちゃんの横を通り過ぎ、先頭へ出る。
「おい! 何ボスの前を行こうとしている!」
「待て……」
はっちゃんの前へと出た事へご立腹である男子生徒をはっちゃんは静かに制止させる。
「まさかゆっちゃん……そんなわけねぇよな……」
はっちゃんの声には緊張感が帯びられている。
「そのまさかだよ」
先頭にいる僕ははっちゃんの方へと振り返り、彼らと対峙する。
「僕は……お前らを止める……!」




