「レクリエーション」
「ふぁ……」
「昨日は眠れなかったのか?」
前に立っていた晴矢が振り返り、大きな欠伸をしている僕に聞いてくる。
晴矢の顔色は大分いい。1番最初に寝ていたので大分熟睡出来たのだろう。
それと違って僕は……。
「変な時間に目が覚めてしまったから……」
薊の事は何も言わないものの、変な時間に起きてしまったのは本当なので嘘ではない。
晴矢はただ、そうかと言うと前の方へと振り返った。
林間学校2日目。
朝ご飯を食べ、僕らはグラウンドに集まっていた。
今からレクリエーションが始まる。
「今日は理事長がいないため、俺が今日のレクリエーションの説明をする」
壇上に上がりそう言ったのは数学の大山先生だ。
「ちっ……ごり山め……」
「俺たちの夢を壊しやがって……」
「いつか隙を見てやり返す……」
昨日の事があってか、A組の男子は壇上の大山先生を見るなり否や口々に文句を言う。
まぁ、自業自得なので大山先生には何の否もないのだが。
「レクリエーションは男女分かれてのドッジボールだ。クラス対抗のリーグ戦方式だが、これは皆んなとの親睦を深めるためのものだから景品などは出んので楽しんでやるように。以上!」
ザックリとした説明を終わらせ大山先生は壇上を降りる。
「ハゲもあれくらい早く話を終わらしてくれればな」
絶対にありえない事だと分かっているためか、僕の言葉に晴矢はただ渇いた笑いを返した。
門田先生からの軽いルール説明も終わり、女子達と別れた後、A組男子は円状に集まっていた。
皆んなが皆んなやる気のある表情をしている。
1位になっても商品が出るわけでもなければ成績が上がる訳でもない。
それでも僕たちの目的は一致していた。
「女子達に良い所を見せるぞっ!」
「「「「おおっ!!」」」」
はっちゃんの言葉に僕たちは気合いを入れた。
女子と男子は一つずつのコートで試合が行われるようになっており、試合をしていない3クラスは自由に男女どちらの試合を観戦しても良いようになっている。
僕らは1試合目から試合が入っていて、女子達は試合が入っていないため、殆どのA組女子達が男子の応援に来ていた。
「カレー作りではただの汚物処理を任されただけ……」
「肝試しでは良い所を見せれなかったしな……」
「風呂場は地獄……」
昨日の事をまるで遠い昔の事の出来事を語るかのような顔で次々と口に出していく男子達。中には涙を流している男もいる。
「さてと、じゃあまずは3人の外野を」
はっちゃんがそう発言した瞬間。
「俺だ! 俺!」
「僕がやる!」
「野球部の俺に決まってるだろ!」
「いや、サッカー部のキーパーである俺だね!」
「ハンドボール投げ46メートルの俺が行くっ!」
皆んな我先にと手を上げていく。
今回のドッジボールのルールでは外野の人間は1試合の最初から最後までをする事になっている。
内野で当たったらそこで終わりで外野に移動する事はない。
つまり外野は確実に最後まで試合に参加でき、途中で抜けることはないため活躍する機会が多いノーリスクハイリターンなポジション。
皆んなが行きたがるのは当然だった。
「俺も外野がいいな」
僕とはっちゃん以外の殆どの男子が手を上げた中、最後の最後に晴矢が手を上げながら発言した。
「「「「どうぞどうぞ!」」」」
さっきまでのがっつきぷりが嘘だったかのように皆んな晴矢へと外野を譲る。
もう、僕の方よりもこいつの方がヤンキーだろ……。
晴矢は外野が決まりよしっ、と軽くガッツポーズをする。
活躍するとかそういったことは頭にはなく、きっと動き回ることになるであろう内野は嫌だったに違いない。
「サボりたいなら早めに当たればいいだろ」
「一応先生の目もあるからな。印象が悪くなるのは避けたいから、真面目に取り組んでいるように見え、尚且つサボる事ができるのは外野しかないんだよ」
やはり晴矢はどんな時でもいつも通りだった。
試合をするために僕らA組男子はコート内に集まっていた。
1回戦目の相手はB組だ。
あちらも女子達に良い所を見せようと思っているのか凄い殺気を放っている。
それにしても何でだろうか……。
「あいつら僕の事を凄く睨んでないか?」
殺気が込められた視線。
それは敵である僕らに向けられているの当たり前と言ったらあたり前なのだが……何故かその視線が僕に集中している気がするのだ。
それに対しA組の男子達は皆んな気のせいだろと僕に言う。
「そうか……」
今も尚、血走った目で僕を明らかに睨みつけているB組の坊主頭がいるが、皆んなが気のせいだと言うなら多分偶然僕を見ているだけなのだろうと自分に納得させる。
しかし、もう一つ気になる事が……。
「なんだかA組の女子達の視線も僕に集まっている気がするんだけど……」
「自惚れるなよ」
「お前ナルシストか?」
「誰かぁ! 人一人分が包めるでっかい包帯を持って来い! 痛い人がいる!」
「痛いぃ! 痛いよぉ!」
さっきは気のせいの一言で終わらしてきたやつらが次々と暴言を吐いてくる。
女子のこととなれば容赦なさすぎるだろ。
「ゆっちゃん安心しな。それは多分気のせいじゃないぜい」
はっちゃんは色々とダメージを受けた僕の肩に手を置きながら言ってきた。
「昨日肝試しをした三年生が色々と言いふらしてたからな。女子を助けようと勇敢に立ち向かってきた男子生徒が1人いたって。あれ、ゆっちゃんだろ?」
「あぁ、多分そうだけど……」
「あの話題は結構広がっているからな。多分にっちゃんがA組の女子生徒にそれはゆっちゃんだと言ったんだろう」
「それだとまた前みたいにナイフを持った人間に恐れをなさないイカレヤンキーだと思われるんじゃないか?」
「実際に襲われてみて分かったんじゃないのか? 情け無く土下座したり自分を置いて逃げたりする男よりも勇敢に立ち向かっていく男の方がかっこいいってさ」
そういうものなのだろうか……。
実際のところ、はっちゃんが言ってる推測が正しいかは今は分からない。
でも、もし本当なら少しでも僕に対する考え方が変わってくれてるのなら、かなり嬉しい。
「そういえば、はっちゃんはあの時どうしたんだ?」
僕らの後ろは楓とはっちゃんのペアだった。
僕はふと疑問に思って聞いてみた。
「俺が逃げる間もなく、いっちゃんが瞬殺した」
「お、おぉ……」
あの柔道の先輩をも倒す楓に驚きと恐れを抱くとともに僕の心は少し痛んだ。
僕は勇敢なだけであって実際のところ日光を守れていない。
最後に至っては、諦めていた。
もしあれが本当に襲われていたなら、あの後日光が見逃されるかも分からないのに僕はただの口約束をしただけ。
心の中のどこかで自分が死んだ後の事なんか関係ないと思っていたのかもしれない。
「おーい、ゆっちゃん?」
はっちゃんが心配そうな顔で僕の顔を覗き込んでくる。
「何か俺では理解できない難しいことでも考えてるんだろうけど、今はそんな事忘れて楽しもうぜ」
はっちゃんは笑いながら僕の背中を叩く。
「……そうだな」
過ぎた事は忘れよう、と綺麗さっぱりに切り捨てることは出来ない。
しかし、今はそんな事を深く考えている場合ではないのだ。
せっかくの林間学校。今は水仙さんも見ている。
少しでもアピールして告白の成功率を上げなければ。
B組との試合が始まった。
最初に相手ボールから始まって四度コート内でボールの行き来があったがなんでだろうか……。
何故か僕だけが集中的に狙われている気がする。
いや、でもまだ四度だけしかボールが来てないし、人が多い所に僕がいたからたまたま狙われているように感じているだけか……?
「っと危ねっ⁈」
再び僕のところにボールが飛んできた。
避けたボールは相手チームの外野の手に渡りそして……。
「うおっ⁈」
再び僕の元へと飛んできた。
僕が行くとこ行くとこにボールが来る。
みんな僕から逃げるように離れていく。
僕は確信した。
これは狙われている。
「おいぃ!! なんで僕だけを狙うんだよ⁈」
さっきから取れそうもない凄い豪速球を僕にだけ投げ込んでくるB組の坊主頭に僕は叫ぶ。
「うるせぇ! お前らのクラスは美人ばっかりなんだよ! こっちはブスばっかりだぞ!」
坊主頭の言葉に応援に来ていたA組の女子達は少し照れた表情を、B組の女子達は鬼の形相で坊主頭を睨みつける。
あぁ、こいつ馬鹿だな……いや、今はそんな事よりも。
「僕だけを狙うのはおかしいだろ⁈」
A組の男子に恨みがあるなら僕だけ狙わなくてもいいはずだ。
「ただでさえ美人が多いA組ってだけで許せねぇのに、お前はその中でもトップクラスたちと同じ班じゃねぇか!」
「同じ班の男なら他にもいるだろうが!」
僕は外野にいる晴矢とはっちゃんを指差す。
「あいつは外野だから手を出せねぇ。というかそれ以前にあいつに手を出したらやばい気がする」
どうして晴矢は違うクラスからも恐れられてんだよ。
「お前の後ろにいる男は……うん……明らかに女子から相手にされてなさそうというか良い目に全くあってなさそうな感じがダダ漏れであって……その……なんだか可哀想だろうがっ!」
坊主頭の言葉にショックを受けるはっちゃん。
「それに俺ぁ知ってんだぞ……てめぇはバスの中で美人とイチャイチャして」
「カレー作りでも美人とイチャイチャして」
「肝試しでも美人とイチャイチャして」
「夜中にも美人とイチャイチャしてたそうじゃねぇか…………」
今にも血の涙を流しそうな表情で、口々にB組の男子達は呟いていく。
「「「「羨ましいんだよこん畜生があっ!!」」」」
B組のあまりの迫力に僕はついつい押されてしまう。
皆んながいたカレー作りはともかく、肝試しといい夜と委員長との会話といい、どれだけの情報網だよ。
ん? 待てよ……B組とはバスは違う筈だった。それなのにどうしてバスの中でのことをこいつらは知ってるんだ?
まさか内通者が……。
僕は後ろにいるA組男子の方を向く。
みんな僕と目を合わそうとしない。
こ、こいつら……全員僕を売ってやがるっ!
「お前らな……」
僕は呆れた表情で皆んなを見る。
「うるせぇ! 俺たちはまだ何もいい思いをしてないんだぞ!」
「元から手に届かないものなら簡単に諦めは付くんだよ! それがどうだ⁈ 手が届きそうな所にあるから夢を見てしまう……! 言わば生殺し状態だ!」
「お前だけ美人達とイチャイチャして卑怯だっ!」
どうやら今現在、僕の周りには敵しかいないようだ。
まぁ、今はボールを持っているB組の坊主頭に集中しないと……。
僕は前を向く。
しかし、前を向いた瞬間に後ろから羽交い締めにされた。
僕を羽交い締めにして来た人物を見る。
それは同じクラスの岸川だった。
「何しやがる! 離せ!」
「嫌なこった! お前だけは絶対に許さない!」
振りほどこうとするも、かなりの力で羽交い締めにされてるため中々振りほどけない。
こいつには他の誰よりも強い恨みを感じられる。
……もしかして僕と同じ班の誰かに想いを寄せているのか?
「なんで俺が食べた謎の液体は倒れるほど不味かったのにお前の方は無事なんだよ! 見た目ほぼ一緒だっただろうが! おかしいだろ⁈」
ええぇ……そっち……?
あまりの予想外の答えに、ついつい僕は気が緩んでしまう。
「今だぁ! 俺ごとやれっ!」
「いや、俺ごとやれって格好良さげに言うが当たるのは前にいる僕だけだからな⁈」
そんなやりとりをしている僕らに、B組の坊主頭は躊躇なくボールを投げ込んでくる。
ボールの軌道は僕を捉えている。
これは当たる。そう思った時だった。
「任せろっ!」
はっちゃんが僕とボールの間へと入ってくる。
そして、吸い込まれるように――はっちゃんの顔面へと当たった。
「なんで顔面で受けにいったんだよ⁈」
「最近はカッコイイ系よりも面白い系の方がモテるらしいぜ」
はっちゃんは顔を抑えながら親指をグッと立てる。
「今のお前はかっこいいとか面白い以前に、超が付くほどダサいけど?」
「……ふっ、俺はただ自分を犠牲にしてもゆっちゃんを守りたかっただけさ」
こいつさっきのをさらっと無かったことにしようとしてやがる……。
「り、リーダー、なんでそんなやつを庇うんですか?」
僕を羽交い締めにしている岸川がはっちゃんに聞く。
そしてそれに続いてA組の男子達がはっちゃんに言いたい事を言っていく。
「俺らだけ昨日の件で午後の川遊び参加できないんですよ?」
それは自業自得だ。
「こいつが班内の女子を独占してるせいで翔さんはいい思いをしてないんですよ?」
それは違うと思う。
「肝試しで俺らだけあんな醜態を晒して、こいつだけが女子達の好感度アップしてるんっすよ?」
あ、はっちゃんの推測は本当だったんだ。
言いたいことを言っていくA組の男子達にはっちゃんは待て待てと皆んなを黙らせる。
「よく聞けお前ら……」
はっちゃんの言葉に皆んな息を呑む。
「悪いのはどう考えても俺らなんだ」
うん。まごう事無き正論だな。
「でも……」
「でもじゃねぇ。見てみろ女子達が皆んな俺らのことを見てる。今がアピールするチャンスなのに仲間割れなんかしてどうする? ゆっちゃんが邪魔ならゆっちゃん以上に活躍すればいいだろ。お前らもう少し自分たちの意地を見せようぜ。……まぁ、俺はもう活躍する機会を失っちまったけどな」
はっちゃんは僕たちから背を向ける。
「じゃあなお前ら。俺は先に逝くぜ」
はっちゃんはコートの外へと歩いていく。
「リーダァ!」
「軍曹……!」
「隊長!」
「ボス……」
いや、だから呼び方統一してやれよ……。
皆んな涙を流しながらコート外へ出て行くはっちゃんを見送る。
「顔面はセーフなのでコートに戻って下さい」
「あ、はい」
主審に言われはっちゃんすぐにコート内へと戻る。
「ただいま……」
恥ずかしいのかはっちゃんは赤面している。
はっちゃんは最後の最後までダサかった。
「茶番はもういいからさっさとしてくれ」
B組の坊主頭が僕たちのコート内に落ちているボールを指差しながら言った。
そのボールをはっちゃんは拾う。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっっ! 俺がモテないのは全部お前らのせいだぁ!」
はっちゃんはボールを投げながら叫ぶ。
完全なる八つ当たり。
さっきまで皆んなをまとめるために良いことを言ったのに全てが台無しになる。
はっちゃんの球は決して遅くはなかった。
しかしB組の坊主頭は軽々とボールをキャッチする。
そして、そのボールを僕の方へと投げた。
僕はそのボールを落としそうになりながらもなんとかキャッチする。
「何ぃ?」
今まで避けるだけだったのに急にキャッチしたからか、B組の坊主頭は驚きの表情を見せた。
いくらA組の皆んなで協力しようと決めても僕が狙われている事には変わりない。
僕に来ると分かっている、ならどっしりと構えていればいい。
取れないと思っていた豪速球だが、距離をとってしっかりと構えていればギリギリだが取れた。
僕は覚悟を決める。
「さあ、反撃開始だ!」




