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「委員長」

「銘雪君、どうしたんですか?」


 委員長はすっごい笑顔で僕に話しかける。


「今さらそんな口調で言われてもな……」


 委員長のさっきの砕けた喋り方を僕ははっきりと聞いてしまっている。

 多分、あれが委員長の素の喋り方なのだろう。

 ということは、いつもの固い喋り方は作り物ということになる。


 委員長は複雑な表情をしながら少しの間何かを考え、そして観念するかのようにため息を吐いた。


「あぁ~、今まで上手いこと隠せよったんやけどなぁ。びっくりして素が出てしもうたわ……」


 委員長は笑いながら僕の隣へ来て、壁にもたれる。


「委員長は清流市の人ではないのか?」


「うん。ウチの家族は転勤族やけん色んなところを転々としよって、中2の時に清流市に落ち着いた感じ」


「なるほど。ところで……どうしていつもは隠してるんだ?」


 委員長は僕の言葉で苦虫を噛み潰したような表情を見せた。


「あ……言いたくないなら別にいいんだ」


 そんな委員長の表情を見てしまい、申し訳なくてついつい謝ってしまう。


「ううん。大丈夫。その……恥ずかしい……けん……?」


「どうして疑問形?」


「恥ずかしいのはあるんやけど、それは3割くらいしか理由として占めてないけん」


「残りの7割は?」


「…………ウチはこんまい時から色んなところを転々としよったけん、色んなところの方言が混ざっとんよ」


 委員長は窓の方を向き、外を眺めながらぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。


「そのせいでどこに行っても喋り方おかしいなぁ、言われて……」


 委員長の話を僕は黙って聞いていた。

 何も思わないわけではなかったが、大変だったねとかそういった上部だけの言葉では済ましたくたかった。


「小6の時にな、汚い日本語話さないでくれるって言われて……ウチそれで人前で話すん怖なってしもて……」


 辛かったなぁ、と委員長は言った。

 委員長の顔を見ると、僕の事を気にしてか、まるで冗談を言っているかのように軽い笑みを浮かべていた。

 本当の心などその笑みには一切表していないだろう。


「汚くなんかない」


 咄嗟に言葉が出ていた。


「委員長の喋り方は汚くない。方言は昔から今の時代まで受け継がれてきたその土地の大切な言葉だ」


 まるで、標準語だけが正しく綺麗な日本語だと思うそんな考え方は僕は好きではなかった。

 僕は気にしないよ、だけでも良かったかもしれない。いや、それだけで済ませるつもりだった。

 だけど、何故かそれだけで終わらしてはいけないという思いが僕に言葉を続けさせる。


「それに方言ってこう……上手くは言えないけど、暖かい感じがするよな! 安心するというか……なんというか……」


 いきなり僕が方言について語り出したせいか委員長はあっけにとられた表情をしていた。

 そろそろ止めないと引かれそう(もう既に引かれている可能性がある)なので次の言葉で締めることにする。


「だからさ、隠さなくてもいいと思う」


 委員長は僕の言葉を聞き、口を片手で抑えながら、ふふっ笑った。


「何かおかしなことを言ったか?」


 十分恥ずかしいことを言ったことを承知で僕は聞く。


「ごめんごめん。ウチの憧れの人と全く同じこと言いよるもんやからつい」


「憧れの人?」


「小学6年生の夏の1ヶ月間だけどウチ清流市に住んどってね。その時にスイミングスクールで出会った同い年の男の子」


 スイミングスクール……そういえば委員長は水泳部だったっけ。


「泳ぐのが凄く早い子だったのか?」


 僕の質問に委員長は笑う。


「ううん」


「む、じゃあ泳ぎ方が綺麗だった?」


 その質問に対しても委員長は笑う。


「カナヅチ」


「へっ?」


 思ってもなかった言葉につい変な声が出てしまった。


「全然泳げんの。息継ぎが苦手でとか体力がなくて25メートル泳げないとかそんなんじゃなくてホンマに泳げんの」


「なんでそんな人が憧れなんだ?」


「凄い努力家だったから……。みんなに馬鹿にされても、嗤われても、泳ぐことを諦めんかった」


「その人は最後まで泳げなかったのか?」


「ううん。どこかでコツを掴んだんかいきなり泳げるようになったんよ」


 僕はその言葉を聞き安堵していた。

 その男の子が僕と全く同じ境遇だったからだ。


 僕も全く泳げなくて小学6年生の時にスイミングスクールに通っていた。

 溺れるようにもがく僕をみんなは馬鹿にしてきたが、僕はそれでも努力して努力して…………どうしてだろうか。泳げるようになったのはなったが、どうして泳げるようになったかが一向に思い出せない。


 そんな物思いにふける僕を置いて委員長は言葉を続ける。


「まぁ、それだけが憧れの理由じゃなくて、1番でかいんはウチに泳ぎ方を教えてくれたことかな」


 僕は自分がどうして泳げるようになったかとかどうでもいいことよりも、水泳部の委員長が小学6年生まで泳げなかった驚きで頭がいっぱいになる。


「え? 委員長泳げなかったのか?」


「全然泳げんわけじゃなかったんやけどウチは息継ぎが苦手で、25メートルもよう泳げんかったんよ。それでその男の子がいきなり来て、息継ぎのにアドバイスをしてくれた」


「泳げるようになっていきなりアドバイスとか……委員長の憧れの人にこういうのもなんだが……結構図々しいな」


「実際そうなんやけど、でもその人のアドバイス通りしたら初めて25メートル泳ぎきれたんよ。ついつい嬉しくって方言が出てしまってな」


「その時に僕と同じことを言ったのか」


「うん。嬉しかったな……」


 憧れの人物の話をする時の委員長の表情を見ていて僕は気付いた事がある。


「委員長はその人の事が好きなんだな」


 僕の一言に委員長は顔をボンっと一気に赤くする。

 それがもう答えだった。


「いや……好きとかそういうんじゃ……あの人は憧れであってその……」


 必死に言い訳をする委員長。

 あまりこういったことに触れるのはよくないかなと思い僕は悪い悪いと笑って謝る。

 委員長はそれを聞き一度咳払いをすると、顔は赤らめたままだが真剣な表情に戻った。


「それにウチはあの人に顔合わせできんよ……」


「どうして?」


「あの人にその方言を誇りを持って話せばいいって言われたんやけど……おかしいよね……大事な人からもらった言葉よりもどうでもいい人からもらった言葉の方が強く残ってて……」


 委員長は言い終わると悲しそうな表情をした。

 確かに委員長は素の状態を隠している。

 それは憧れの人物を裏切る行為になるかもしれない。


「委員長も分かってるだろ? A組のみんなは傷付くような事は言わない。委員長の喋り方だって受け入れてくれるって事ぐらい、だからさ」


「ごめんな銘雪君」


 委員長は僕が言い終わるよりも前に謝った。


「ウチにはまだ少し勇気が足りんみたい。じゃけんまだ少し時間が欲しいなぁ」


 委員長は寂しげに笑う。

 それに対して僕は何も言わない。

 これは彼女自身の問題だ。

 否定はしたかった。でも彼女の過去を知ってしまってはそう簡単に出来るものではなかった。


「……ウチなほんまは委員長って呼ばれるんあんまり好きじゃないんよ」


 互いが無言の状態がきつかったのか、委員長が口を開く。


「中2の時に清流市に来て、その時に喋り方にあった格好にしようと伊達眼鏡を掛けて髪も結んで。性格も合わせるために大人しくして、そんなウチが委員長ぽいからって委員長を任されて、中3に続いて高1でも推薦されて」


 そういえば委員長が僕たちのクラスの委員長をする事になったのは委員長と同じ中学校の人の推薦があったからだ。


「ガサツで、我儘で、怠け者……それがほんまのウチ。普段のウチは委員長であって薊 彩芽じゃない。じゃけん、ほんまの薊 彩芽を知っとる銘雪君には別の呼び方をして欲しいなぁ」


 委員長は窓から目線を外し僕の方を見る。


「分かった。じゃあ……薊でいいか?」


 僕がそう言うと薊は頷く。


「じゃあ明日も……てもう今日か。今日も早いけんウチは教室に戻るな」


 薊は手を振った後僕から背を向けて歩き出す。

 しかし、数歩歩いた後、振り返り僕の方へと早足で戻ってくる。


「みんなには今日のことは内緒やけんね」


 そう言いながら彼女は人差し指を僕の口の前に持ってきて笑った。

 僕は突然のその仕草と笑顔に、不覚にも胸がドキッとしてしまった。

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