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「黒の液体」

 机の上には7つのカレーと黒くて禍々しい何かが入った皿1つが並んでいる。


「普通に考えるならば、この謎の液体は作った本人が食べるんだが……」


 そう言い終わると晴矢ははっちゃんの方を見た。


「待て! 絶対に嫌だ! 作った本人だからこそ分かる……これは駄目なやつだ!」


 そんな事を自信を持って言われてもな……。


 流石に問答無用ではっちゃんに食べらせるのは可哀想だと僕は晴矢に目で訴える。

 晴矢は僕の目に気付き、ため息をついた。


「俺も鬼じゃねぇ。ここは男3人でジャンケンでいこう」


 晴矢の言葉に僕らは互いの顔を見合わせて頷き合う。

 これを女性に食べさせるわけにはいかない。という男3人の思いは一致していた。

 

 普通のカレー2つと謎の液体を男3人で分ければ良いのでは? と思う人もいるかもしれない。

 だけどそれは出来ない。

 謎の液体を食べないに越したことはないからだ。

 それなら食べない可能性がある方に賭けるのはまさに必然的。

 そんな思いも男3人の中で一致していた。


「よしっ! いくぞっ!」


 僕とはっちゃんは覚悟を決めて頷く。


「最初はグー……」


 絶対に勝たないといけない。


「ジャンケン……」


 謎の液体を食べたくないというのもある。

 だが、それ以上に水仙さんたちと作ったまともなカレーを食べたかった。


「ポンッ!」







「ああっ、美味い……」


 何故だろう。普通のカレーのはずなのに今まで食べてきた食べ物の中で1番美味しく感じる。

 この味をずっと噛み締めていたい。

 この味をずっと忘れないでいたい。


「凄く……美味い……」


「こ、こいつっ……普通のカレーを一口食べただけで泣いてやがる……」


 晴矢が凄く引いた目で僕を見ているが、今はそんな事よりも口にあるカレーをただ味わっていたかった。


「ほら一口やったんだ。もういいだろ」


 晴矢はそう言うと僕の目の前にあった普通のカレーが入った皿と黒い禍々しい液体が入った皿とを交換した。

 僕の夢は終わり現実へと引き戻される。


 僕はジャンケンに負けてしまった。

 あの謎の液体を食べても流石に死ぬ事は無いと思うが、腹を壊したり味覚がイカレる可能性は充分にあるため、あの液体を食べる前に晴矢の普通のカレーを一口だけ貰ったのだ。


 僕は謎の液体が入ったスプーンを口へと近づける。

 そして、その黒くて禍々しいのを口の中へ……口のな……口の…………。


「はぁ…………はっ…………ふっ……あ…………あぁ? ふっ……ふぅ…………」


「いや、早く食えよ」


 口の前まで謎の液体を運んでは皿に戻すという行為を繰り返す僕を晴矢はうんざりしたような顔で言った。


「待ってくれ。まだ心の準備が……」


 何度も口の中に運ぼうとはするもののどうしても怖すぎて口の中にまで持っていけない。

 目の前にある謎の液体を見れば見るほど恐怖が増していく。

 

 出来てから十分以上経っているというのに未だに煮えくりかえり、見た目は超ドロッとしている癖にスプーンですくうとさらっさらって何だよ⁉︎

 まぁ、そんな事よりも1番怖いのは……。


 僕は謎の液体を再び口の前まで運ぶ。


 ……ここまで持って来て、何一つ匂いを感じないって……。


「……そういえばこれって誰か味見したのか?」


 ふと疑問に思いこの謎の液体を作った四人の方を見る。

 男2人は僕が見るや否やすぐに顔を逸らした。


 こいつら……!


「そんな得体の知れないものを口に入れるわけないじゃない」


 日光は鼻で笑い答えた。 


「私は味見しようとしたら晴矢さんに止められちゃいました」


 何故か橘は少し不満気に言った。

 

「よしっ、じゃあ今ここで味見しよう」


 橘の前に僕は謎の液体を持っていく。


「あ、私が味見しようとしたのはまだカレーとしての体をなしていた状態のものであって、その得体の知れない汁は見た目だけで結構です」


 しかし、橘はそれを拒否し僕の前へと謎の液体を押し戻す。


「別に変なものは入ってないんだ。さっさっと食べろって。みんなもうそろそろで食い終わるぞ」


 クソッ…他人事だからって簡単に言いやがって……。


 だけど、このままモタモタしていても目の前の謎の液体が無くなるわけではないため、僕は観念し謎の液体を食べる意を固める。


「不味い、何でこんな物を俺は口に運ばないといけないんだ……」


「うわああぁっ⁈ 岸川が泡を吹いて倒れやがった⁉︎」


「アハハハハハハ。もう何も感じなくなってきたぞ!」


 周りから聞こえる阿鼻叫喚。

 聞こえる声から察するにやはりどこもかしこも男が犠牲になってるんだな。


 あれ? 手が震えて謎の液体が上手く掬えない。


「おいおい、さっきのキリッとした顔は一体どうした?」


「お前は鬼か。周りの反応を見てみろよ」


「大丈夫だ。周りのカレーと俺らのカレーは違う。自分の目の前の皿を見てみろ。それがカレーに見えるか?」


「いや、もっとダメだろ」


「分かった分かった一口食べてダメだったら先生に話をつけてなんとか処分するから」


 そう言いながら晴矢はスプーンで謎の液体を掬い僕の口の前へと持っていく。

 

「一口だけなんだな? 本当に一口だけなんだな?」


「ほら早く口を開けろ。それとも女子にあーんさせて欲しいか?」


「それは恥ずかしいからいい」

 

 僕は今度こそ覚悟を決め口を開く。

 自分で入れるわけではないから、もうここまできてしまえば戻ることは出来ない。


 僕は謎の液体がゆっくりと口へと迫っていくのをただただ見守ることしか出来ない。


 それにしても全く、一体何を入れたらこんな……あれ?


「うおわぁ⁈」


 ある事に気付き、僕は身を逸らし謎の液体が入ったスプーンを躱す。


「おいおい、また……」


 晴矢が文句を言い切る前に、僕は晴矢からスプーンを取り上げ、皿の中にある液体をかき混ぜる。


 やっぱりそうだ。あれがない。

 

 僕ははっちゃんの方を向く。


「……なぁ、鶏肉をどこにやった?」


 確か材料には鶏肉があった筈だ。

 擦り下ろされた蕪と大根は液体状になっているとして、肉が無いのはおかしいだろう。


「お前みたいな勘のいいガキは嫌いだよ」


「いや、何にも察してないしただ疑問に思っただけだから」


 確かにキメラっちゃあキメラみたいなもんだけど。


「鶏肉……鶏肉ねぇ……」


 はっちゃんはそうぼやきながら何故か空を遠い目をしながら眺め始めた。


「え、何? 怖い……」


「鶏肉は……その……なんだ…………けた」


「ああっ? 何だって?」


 はっちゃんの声は小さくてよく聞き取れなかった。

 聞き取れなかったのだが……もし自分の耳が正しければ……いや、きっと間違いだろう。


「その……溶けたんだ……」


 ……………………。


「そういえば米が見当たらないんだけど、もしかして米を入れ忘れてる?」


 僕は精一杯の今出来うる最高の笑顔でみんなの分のご飯をよそいだ委員長へ尋ねる。


「いえ、ちゃんとよそいだ筈です。インパクトありすぎて忘れるわけありませんし……」


 委員長はおずおずと申し訳なさそうに答えた。

 しかし、掬えど掬えど米などは掬えない。

 それどころかこの液体の中に固形物が入っていない。


「じゃあ、疑問は解決したみたいだし、さっさと食べるか」


「嘘だろお前嘘だろ。今の流れを見てて平然とまだ僕の口へその化学兵器を流しこもうとするとか、正気の沙汰じゃねぇ!」


 そんな僕らを見かねてか今まで黙っていた水仙さんが口を開く。


「無理して食べなくていいんじゃないかな? お腹壊しちゃったらせっかくの林間学校が楽しめなくなるし……」


 その水仙さんの言葉に女性陣たちはみんなそうだねと同調する。


「そうか……そうだよな……こんな謎の液体食えるわけがないよな。俺なりに頑張って作ったんだけどな……」


 はっちゃんは悲しそうな顔をしながら僕の目の前にある化学兵器を見つめる。


 そう言われるとなんだか心が痛い。


「……勿体無いから俺一人でいけるところまて逝ってみるよ」


「わ、私も一口貰おうかな……」


「「「「それは駄目」」」」


 皆んなでスプーンを手に取り化学兵器を掬おうとしている水仙さんを制止する。


「……分かったよ。ちゃんと僕が食べる」


 僕ははっちゃんから化学兵器を取り上げ、再び自分の目の前へと置いた。

 このままだと、誰かに危害が及ぶ可能性がある。


 今思えば、熊が出た時は自分を犠牲にしてでも晴矢とはっちゃんを守ろうとしたんだ。

 そう考えたら謎の液体の一つや二つ……。


 謎の液体を掬う。

 皆んなの視線が僕へと集中する。

 水仙さん、橘、委員長は不安そうな顔を、日光と楓はまるでホラー映画を見るような怖いものを楽しんでいるような目を、はっちゃんは期待の目を、晴矢は早く終らねぇかなぁといった顔をしている。


 今日何度目になるであろう覚悟を決めても未だに僕の手は震えていた。


 あぁ、神様……僕にありったけの勇気を……。


「南無三っ!」


 僕は勢いよく謎の液体を口に含んだ。


 ………………………………。


「だ、大丈夫か?」


「す、凄く美味しいんだけど……」


 僕は2度3度と口の中に謎の液体を突っ込む。


「うん、美味い」


 カレーでは無いし、今まで食べてきたものと何が近いかと聞かれても何一つとして思い浮かばないくらい新しい味だが、とても美味かった。


「ほらお前らも食ってみろよ」


 僕は晴矢とはっちゃんに謎の液体が入った皿を差し出す。


「……お前本当は不味いのに、俺らと共倒れするために演技してるだろ」


「いや、本当に美味しいんだって」


「ゆっちゃんが相当な味覚音痴説が出てきたなこりゃあ」


「おい、さっきまで悲しそうな顔をしていたやつが何言ってんだよ」


「まぁ、俺はパスだ。本当に美味しいなら俺らだけじゃなく女性陣にも普通は勧めるはずだからな」


「ええっと……それは、美味しいのは美味しいけど見た目上体に悪い可能性もなきにしもあらず……」


 女性陣の方を向き、一応食べたいかどうかを聞いてみる。

 しかし、皆んな首を横に振るばかりで誰も食べようとしなかった。


「本当に美味しいんだけどな……」


 その後、僕は一人寂しく謎の液体を平らげた。

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