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「呼び捨て」

 スマホのアラームが鳴っている。

 一人暮らしを始めてからは、10分ぐらいは鳴らしぱなしだったが、最近では鳴ってすぐに止めれるようになった。

 しかし、今回はずっと鳴らしぱなしだ。


 僕は寝転んだままスマホの画面を見る。

 スマホは5時4分を表示している。

 いつもよりも約2時間ほど早い。

 それだけで僕の体は全く動こうとはしない。


「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!うるさいですっ!」


 橘が急に起き上がり、大声をあげながら殴った。

 僕の顔を。


「うっ……おおっ……いってぇ…………」


 相変わらず凄い力だ。


「うわぁ⁈ ごめんなさい!」


「朝一から勘弁してくれよ……」


 僕はそう言いながらアラームを止める。

 痛い思いをしたが、おかげで目が覚めた。


 僕はベッドから起き上がり、一階に行く。

 昨日用意したバックが机の上に置かれている。

 僕はバックの中のものを全部取り出す。


 ……よし、忘れ物はないな。


 一通りの確認が終わり、忘れ物が無かったことを確認した。

 僕は荷物を全部鞄の中に戻す。


 そう、今日から林間学校が始まるのだ。

 班が決まってからはや1週間が経った。

 あれから係を決めたり親睦を深めたりと色々あったが、あっという間に林間学校の日がきてしまったのだ。





 

 僕は1人で登校していた。

 橘は着替えて一階に降りてくるなり、早々と家を出て行ってしまったからだ。

 いくら早く行こうが出発の時間は決まっているのに。

 それにしても、目は覚めたものの、いつもよりも2時間早い起床のためか、体がだるい。

 いくら今日から林間学校が始まるといっても、体がテンションについていけないのだ。

 今まさに体が心を追い越してる。

 ……なんか歳をとったことを感じちゃってるおっさんみたいだな。


「おはよう。お前もだいぶ辛そうだな」


 僕の横に並び、挨拶をして来たのは晴矢だった。

 こいつも中々しんどそうな顔をしている。


「おはよう、班長さん」


「おい……いつも通りの呼び方で頼む」


 僕の挨拶に晴矢は、照れとかそういったものはなしで、ガチで面倒だ、といった表情をする。

 そう。晴矢がE班の班長だ。

 普通は委員長がするものだと(委員長以外のみんなが)思っていたが、委員長がそれを拒否したのだ。

 委員長はリーダーシップがあり、班員と仲がいい晴矢の方が自分よりも班長にふさわしいと思ったらしい。

 晴矢は初めはそれはもう凄いくらいに反対していたが、委員長の粘り強い推しに反抗するのさえ面倒になったのか、1日で了承した。

 ちなみに僕は環境係。

 まぁ、班長と1つの係に1人の係長以外は、あってもないのと同じ、名ばかりのものだ。


「おっはー! 元気がねぇぞお前らぁ!」


 2人で黙って歩いていると、後ろから大声とともに背中に衝撃がはしった。

 後ろを振り返るとはっちゃんが凄い笑顔で立っている。


「……翔は体調不良で来れなくなりました、って先生に伝えておいてやるよ」


 晴矢は、はっちゃんを殺気のこもった目で睨む。


「ご、ごめんなさい……」


 流石のはっちゃんもヤバイと思ったのか、冗談とか一切なしのガチな謝罪をする。


「はっちゃん。僕も今はキツイからテンション低めで頼む……」


 はっちゃんは頷き、親指をグッと立てる。

 よほどさっきの晴矢が効いているのだろう。

 僕らは黙って歩き始める。





 はっちゃんと晴矢と合流してから数分経ったが……なんでこんなにも殺伐とした雰囲気なんだろう……。

 林間学校に行くやつのテンションでは絶対にない。

 

「もし、はるちゃんがこのままのテンションで学校に行ったら、何人か死人が出るんじゃねぇの?」


 はっちゃんは晴矢に聞こえないように僕の耳元で囁く。


「出るだろうなぁ……」


 僕も晴矢に聞こえないようにはっちゃんに耳打ちする。


 学校に着けば、テンションが高い男子が沢山いるだろう。

 そんなやつに今の晴矢が関わってしまったら……まぁ、結果は出てる。


「あら? おはよう。朝から3人一緒なのは珍しいわね」


 信号待ちをしている時だった。

 隣の横断歩道から日光が渡ってきた。


「おいぃ⁈ 声がでかいぞ⁈ 死にたいのか⁈」


「翔黙れ」


 晴矢の言葉にはっちゃんは急いで唇を締め固める。


「これどういう状況?」


「まぁ、いつものことかな……」


「あぁ、いつものこと、ね」


 僕の返答に日光は呆れている。


 そうこうしているうちに信号が青に変わった。


「じゃ、またね」


 そう言うと、日光は早々と行ってしまった。


 面倒なことに巻き込まれないために逃げたか……賢いやつだ。


「あ! ずりぃ! にっちゃんのやつ逃げやがった!」


「翔。次口を開いてみろ? どうなるかわかるな?」


 はっちゃんは再び口を閉じ、勢いよく何度も首を縦に振る。

 はっちゃんからは見えてはいないだろうが、晴矢は笑っていた。

 あぁ、楽しんでるなこれは。

 僕は、はっちゃんに晴矢の機嫌が治っていることを教えようとしたが、やっぱり辞めた。

 まだ、僕の体にだるさは残っていて、今はっちゃんには黙ってもらっているのが好都合だからだ。

 ごめんな、はっちゃん。

 僕は心の中ではっちゃんに謝る。

 そして、僕たちは黙って歩き続けた。






 結局、あれから学校に着くまで、黙って歩き続けた。

 学校に着くと、集合時間15分前なのに、殆どの生徒が集合していた。


「陸さーん! こっちです!」


 橘が僕たちを見つけ大声で叫ぶ。

 そして、橘の元に尋常じゃない速さではっちゃんが向かった。


「たっちゃん……殺されるぞ……!」


「えぇ⁈」


 いきなりの殺害予告に橘は驚く。


「いつまで怯えてんだ。このバカが」


 そう言いながら晴矢ははっちゃんの頭を軽く小突いた。

 はっちゃんは、あれ?、といった表情をする。


「どうしましょう⁈ 私死んじゃうみたいです⁈」


 橘は僕の元に駆け寄り、泣きそうな声で言った。


「あぁ、大丈夫大丈夫。あれは冗談だから」


 橘は僕の言葉を聞き、キョトンとした後、すぐにはっちゃんの元に向かう。


 全く、朝から賑やかだな。


「おはよう。朝から大変ですね」


 そんな、呆れている僕に挨拶をしてくれたのは委員長だった。


「ん、おはよう。その通りだよ、全く」


「でも、楽しそう」


 委員長ははっちゃんに何か文句を言っている橘を見て笑いながら言う。

 

 委員長も僕が怖いヤンキーであるというのが誤解だと分かってくれたようだ。

 係決めや他の班活動の時間のおかげがあってか、今では普通に委員長と会話ができるようになっていた。

 





 集合してからみんなとたわいもないお喋りをしていると、すぐに集合時間になった。

 校長先生がみんなの前に立ち、朝の出発の会が始まる。

 特にこれといって面白いことはなく、注意事項と林間学校に行く意味について語り終わると、朝の出発の会が終わった。


「じゃあ、A組からバスに乗り込むぞ。席は班で固まって座れ」


 門田先生の言葉で、みんながバスに乗るために動き出す。

 僕は晴矢と橘に目配せをする。


 水仙さんの隣に席になりたい。


 移動時間は約一時間半と言っていた。

 その間、水仙さんと隣に座れれば、会話をすることが出来、僕らの距離は縮まる……はず。

 逆に隣に座ることが出来なく、席が離れてしまえば、一時間半は会話が出来なくなる可能性がある。

 だから、水仙さんの隣に座りたい

 事情を知っている2人が協力してくれればそれは可能なのだ。

 はっちゃんはとりあえず女の隣に座れれば誰でもいいだろう。

 水仙さんの隣に座ろうとすれば全力で全力で止めるが。

 まぁ、仮にはっちゃんが水仙さん以外の人と座ったとして、残り3ペアができる。

 後の2ペアを橘と晴矢が水仙さん以外の人と座れば、必然的に僕は水仙さんの隣に座れる。

 ……え? お前から誘えだって?

 チキンな僕にそんなこと出来るはずがないだろ。


 橘は意図を汲み取ってくれた(前回は汲み取れてなかったが)みたいで、こくりと頷く。

 しかし、晴矢は首を横に振った。


「翔。一緒に乗るぞ」


「うぇ⁈ な、なんで⁈」


 晴矢は、はっちゃんを誘うが、はっちゃんは嫌そうな顔をする。


「どうせお前のことだ。横に座った女子にむやみにボディタッチしに行くだろう。あー、遠心力がー、とか言いながら不可抗力を装いつつな」


「しねぇよ!」


 はっちゃんは全力で否定するが、僕は正直に言うと、こいつならやりかねないと感じていた。


「なら他に聞いてみろ。お前の横に座りたいと思うやつがいるかどうかな」


 晴矢の言葉にはっちゃんはみんなの方を見る。

 しかし、みんなは何も言わず、ただはっちゃんから顔を逸らすばかり。

 はっちゃんは「嘘……だろ……」と呟きながら、晴矢に引きずられるようにバスに乗車した。


 まぁ、うん。これは仕方ないな。


「橘、一緒に座ろ」


 そうこうしているうちに、日光が橘を誘った。


「いいですよー」


 橘はそれを了承し、2人はバスに乗り込む。


 これであとは2ペア。

 こうなったら、よく遊ぶメンツ勢で座りたいといった感じで水仙さんを誘えば――


「一緒に座らないかい?」


 水仙さんを誘おうと瞬間だった。

 公孫樹が僕を誘った。


「嫌?」


「全然大丈夫だ」


 僕は気が付けば了承していた。

 ここで否定してしまえば、公孫樹を傷つけてしまうからだ。


 僕と公孫樹はバスに乗り込む。


「あの……窓際の席に座ってもいいかな?」


 公孫樹はバスの中を移動しながら僕に聞く。


「いいけど。もしかして、乗り物酔いしやすいのか?」


 確か、乗り物酔いする人は窓際の席に座ったらいいといった情報があったことを思い出す。

 なんの情報だったか忘れてしまったが。


「いや、そうじゃないけど……景色を見たくて」

 

「あぁ、景色を楽しみたいだけね」


 公孫樹は窓際の席に座り、僕は通路側の席に座った。


「うわぁ……やっぱり高いな」


 公孫樹は窓の外を眺めながら嬉しそうに言った。

 もしかして、


「バスに乗るの初めて?」


「う、うん」


 僕の問いかけに公孫樹は恥ずかしそうに頷く。


「小学校や中学校の修学旅行ではバスに乗らなかったのか?」


「ちょっと事情があってね……ボクだけ乗らなかったんだ……」


 公孫樹は窓の外を見て言った。

 何か言いにくいことがあるのだろう。

 僕はこれ以上聞かないことにした。


「全員乗ったな。じゃあ、出発だ」


 先生がそう言ったあと、バスは林間学校に向けて出発した。


「そういえば、ずっと思ってたんだけど、みんなは君付けなのに、どうして僕だけ呼び捨てなんだ?」


 僕は話を変えるために、ずっと疑問に思っていたことを聞いた。

 みんなは晴矢君、紅葉君なのに、僕だけ陸と呼び捨てなのだ。


「どうしてって……陸君は言いにくいし、銘雪君は長いし、りっくんは瑞樹君が使っているからかな……」


「晴矢とか他の男子も陸って呼んでるけど?」


「……君は鈍いとよく言われないかい?」


「え? 確かに運動は得意な方ではないけど鈍いと言われるほどではないぞ」


「うん、分かった。聞いたボクが馬鹿だった」


 公孫樹はため息をつきながら窓の外を眺める。

 僕は何か怒らせることを言ってしまったのだろうか……。


「あ。呼び方と言えばボクからも言いたいことがある。公孫樹ってあまり呼んで欲しくないな」


 公孫樹は窓の外を眺めたまま言った。


「どうして?」


「うーん。ボクは自分の苗字があまり好きでは無いからかな」


 自分の苗字が好きではない、か。

 これもまた、聞いてはいけない何かを感じる。


「描き数が多いから」


 あ、全然大した理由じゃなかった。


「いや、描き数と呼ばれ方は関係ないだろ……」


「冗談だよ。本当は違う理由があるけど、あまり言いたくない」


 やっぱり、さっき僕が感じていたことは当たっていたらしく、僕はこれ以上詳しくは聞かないことにし、話を変えることにした。


「じゃあ、なんて呼べばいい?」


 僕の問いかけに公孫樹は窓から視線を外し、僕の方を向く。


「そうだなぁ……ボクは下の名前を呼び捨てだから、楓でどうだろうか?」


 公孫樹は笑顔で言った。


「いや、無理無理無理無理無理無理」


 しかし、僕は全力で否定する。

 たとえ、これで公孫樹を傷つけることになったとしても、流石に下の名前を呼び捨てはちょっと……。


「えー、なんでさ?」


 公孫樹は頰膨らませながら言った。


「いや、その……恥ずかしいから……」


 僕の言葉を聞き、公孫樹は一瞬止まったあと、急に笑い出した。


「陸って結構女々しいんだね。まぁ、ものは試し。一度下の名前で呼んでみてよ」


「いや、でも……」


「ほら、はーやーく」


 公孫樹は笑いながら僕の体を揺らす。

 くっ、このままじゃ、らちがあかない。


「か……えで……さん………」


「さんは除けて」


 これでも結構頑張ったのに……!


「か……えで……?」


「なんで疑問形?」


 いやー、陸は面白いなー、と公孫樹は笑う。

 これは完全に面白がっているな。

 僕の中で恥ずかしさが、ちょっとした腹立ちに変わった。


「楓」


 僕の急な呼びかけに、公孫樹はピタリと止まる。

 そして、驚いた顔のまま僕の顔を見つめる。

 その顔は赤く染まっている。


「楓」


 僕は続けて言った。

 まさか、本当に僕が言うとは思わなかったのだろうか、公孫樹はさらに顔を真っ赤にしている。

 散々僕をからかった仕返しだ。


「ひ、卑怯だ!」


「なんでだよ⁈」


 公孫樹の急な卑怯者発言に、僕は驚きを隠せない。

 公孫樹は僕から顔を逸らし、窓の外の方に顔を向ける。


「…………はないな」


「ん? 何か言ったか?」


 公孫樹は窓の外を眺めながら何かを呟いたが、僕はうまく聞き取れなかった。


「なんでもない。それよりも、これからはその呼び方で頼むよ」


「その呼び方?」


「……下の名前で」


「え? あれって一回だけじゃなかったのか?」


「何言ってるのさ。あれだけ簡単に言ってたんだからこれからも言えるだろ?」


「いや、でも……」


 あれは、恥ずかしさが腹立ちに変わっただけであり、いわば一時のテンションの高さで言えただけ。

 冷静になった今ではとても……。


 そんなことを考えていると公孫樹は僕の方を向いた。

 その顔には笑顔はなく、真剣な表情をしている。


「お願い」


 公孫樹はそのままの表情で頼み込む。


「……あぁ、分かったよ。下の名前で呼ぶよ」


 流石にそんな表情をされたら、断るのも無理だ。


「じゃあ、もう一回ボクの名前を呼んで」


「…………楓」


 僕の中で凄い葛藤があったが、なんとか言うことが出来た。

 楓はそれを聞き「うん!」と満足気に、笑顔で返事をした。

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