「決意」
金髪は終わりを確信していた。
女たちの方に歩いて行くと女たちの表情が驚きの表情になり、そして泣きそうな表情に変わった。
しかし、それは俺が近づいてくる恐怖ではないことはすぐに分かった。
俺は後ろを振り返る。
そこには、さっき蹴り倒した男がふらつきながら立ち上がっていた。
金髪は内心で舌打ちをする。
抵抗もしないくせにいったい何のために立ち上がる。
金髪のイライラは頂点に達していて、限界を超えてしまった。
もう、殺してしまおう。
金髪は未だにふらついてる男に走り寄る。
そして、拳を振り上げその男の顔面に向かって振り下ろす。
しかし、男はふらつき金髪の拳は空を切った。
金髪が走り寄ってくる。
なぜだろうか。
さっきまでの痛みが全然なくなり、ぼんやりとしていた思考が嘘のようにはっきりしている。
僕は金髪の拳を避ける。
そして、自分の右手に力を込める。
僕はもう迷わない……大切な人達を守るために……僕は誰かを傷付ける……!
僕は握りしめた拳を金髪の顔面に向けて飛ばす。
反撃されると思っていなかったのだろう。
僕の拳は簡単に金髪の鼻先を捉えた。
僕はそこから更に力を込め、拳を振り切る。
金髪の体が宙に浮く。
そして、そのまま金髪の体は地面に叩きつけられた。
金髪は倒れたままピクリとも動かない。
「て、テメェ!」
今まで見ていただけの赤髪がすごい剣幕をしながら走り寄ってくる。
晴矢の時みたいに逃げてくれれば良かったのに……。
いくら反撃することを決めても、やはり人を傷つけるのは嫌だった。
しかし、攻撃を仕掛けてくるのなら仕方がない。
僕は赤髪の蹴りを腕でガードする。
「遅い……!」
僕の拳が赤髪の鳩尾に突き刺さる。
赤髪は悶絶し、その場に倒れた。
僕は最後に残った青髪の方を見る。
「なぁ……もう、やっても意味がないことぐらい分かるだろ? 僕は余計に人を傷つけるようなことはしたくない……」
青髪の表情が歪む。
「調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
青髪はポケットから何かを取り出す。
それは、よく店にあるサイズの果物ナイフだった。
「今なら許してやるよ……刺されたくなかったら早く降参するんだな」
青髪は勝利を確信しているのか笑っている。
しかし、僕は青髪の方に向かって歩き出す。
「な⁈ お、お前……! これはオモチャじゃないんだぞ!」
僕は青髪の言葉を無視し、歩を止めない。
青髪が持っているナイフが偽物ではない事ぐらい分かっている。
だけど、青髪はナイフを突きつける相手を間違えた。
もし、そのナイフで水仙さんたちを人質に取るようだったら僕は動きを止めていたかもしれない。
しかし、僕にそんなものを突きつけたところで意味はない。
何せ、僕はついちょっと前まで生きてる意味なんかないんじゃないかと考えていた人間だ。
例え僕がどれだけ傷つこうが命が亡くなろうが、そんなことは僕には関係ない。
だって、本当だったら僕は車に跳ねられて今は亡き人間だからだ。
「そ、そうか……。俺がビビって刺せねぇと思ってるんだな……舐めんなぁ!!」
青髪は怒号とともに飛び出す。
「死ねえええぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
僕は走り寄ってくる青髪に向かって拳を突き出す。
「いっ、けええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
僕の拳が青髪の顔面を捉える。
そして金髪の時と同様、僕は拳を勢いよく振り切った。
「アガァッ⁈」
青髪は変な呻き声を出しながら吹っ飛んだ。
そして、地面に2、3度転がる。
倒れた青髪は気絶しているのか、動く様子を見せない。
終わった……。
僕は勝利を確信し、水仙さんたちの方を見る。
しかし、何故か水仙さんたちは青ざめた表情で僕を見ている。
「い、嫌……いやっ!」
橘が青ざめた表情で目に涙を溜めながら叫ぶ。
「なん……で……噓……でしょ……?」
水仙さんは涙を流しながら呟いてる。
日光はただ目から涙をこぼしている。
僕は視線を自分の体に向ける。
……あぁ、そういうことか。
僕は納得する。
だって、僕の左胸にナイフが深々と刺さっていたから……。
あぁ、せっかく寿命を1年も延ばしてもらったのに、3日目でおじゃんにしてしまうとは、勿体無いことをしたな……。
僕は溜め息を吐く。
まぁ、最後は水仙さんたちを守れたし僕が死ぬことで水仙さんたちが泣いてくれるなら、それはそれで満足かな。
そんなことを考えていると心なしか、体の痛みも復活してきたような気がする。
頭もぼんやりとしてきた。
僕はよろけ、背中が壁に激突する。
すると僕の胸からナイフが落ち、カラン、といい音をたてた。
ナイフをよく見ると、血が一滴も付いていない。
僕はナイフが刺さっていた左の胸ポケットを確認する。
そこには昨日橘がくれた御守りが入っており、取り出すと巾着袋が破れ、中から大量の鎖が飛び出ていた。
「なんだそりゃ…………」
僕は漫画みたいな奇跡に笑ってしまう。
一通り笑った後、これは橘も「ほら、効果があったでしょ?」とふんぞり返っているのではないかと思い、橘の方を向く。
「あれ…………?」
しかし、そこには僕が予想もしてなかった、涙を溢れさせている橘がいた。
「「「ば、ば…………」」」
そんな驚いた顔をしている僕を見て、顔中を涙でいっぱいにしている3人が口を開く。
「「「バカーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」」」
「バカなのですか! 陸さん一歩間違えたら死んでいたんですよ⁈ なのに何笑ってるんですか!」
「そうだよ! なんでナイフ持ってる人に突っ込んで行くの⁈ そこは逃げないと!」
「貴方は本当にバカ? 人を助ける自分に酔いすぎて、未来のこと何も考えられないの?」
一斉に嵐のような怒声が僕を集中砲火する。
なんで僕は生きているのに、こんなに怒られてんの?
「ほら! でも結局は生きてるし! みんなも無事で結果オーライってことで!」
僕は3人を落ち着かせるために自分たちの無事を言い聞かせる。
「結果オーライじゃないよ……」
水仙さんは僕の胸に飛び込んでくる。
「私、りっくんが死んだら嫌だよ……でも、りっくんが、私のために死ぬなんてもっと嫌……りっくんが死んだらとても、悲しいよ……」
水仙さんは、僕の胸の中で震えながら泣いていた。
僕はその言葉が心に刺さる。
「うん……。ごめん……。もう、危ないことはしない……」
僕は震えている水仙さんを優しく抱きしめる。
水仙さんは僕の顔を見上げる。
「……どうして泣いているの?」
「え……?」
僕は自分の目を擦る。
確かに濡れている。
「あれ? なんでだろうな……」
僕は知らなかった。
誰かに生きてほしいって思われることがこんなにも温かいことだったなんて。
今まで誰かに、死んで欲しくない、生きていてほしいと思われたことがなかったから。
いや、家族や親友はそう思ってくれてるかもしれない。
しかし、言葉に出されて言われたのはこれが初めてだった。
しかも好きな人に。
その言葉は、僕の存在を認めてくれていることを証明してくれて、水仙さんにとって僕は生きていて欲しいという思いが込められていた。
好きな人から必要とされることがこんなにも幸せなことだなんて、僕は知らなかった。
僕は涙が止められない。
好きな人に生きて欲しいと思われる。
それは、僕にとって今を生きるには充分すぎる理由だった。
今まで人を助けて報われないことが何回もあった。
しかし、1回だけ報われた。
その1回が何回をも超えた。
その1回が僕を救ってくれたんだ。
「何度報われなかったとしても、たった一回の感謝で全てが救われることがあった。だから私は何度損をしようとも、何度だって人を助けられる」
橘は微笑みながら言った。
僕はその言葉に目を大きく見開く。
それは、姉が死ぬ前によく僕に言ってくれた言葉だった。
死んだ姉の姿が橘と重なって見えた。
「ね? たったの一回が何回を越えることもあるのですよ」
橘のその言葉に、僕の目から再び涙が溢れ落ちた。
僕らは4人で歩いていた。
ふと、横にいる水仙さんに目を向ける。
すると、お互いに目が合ったが恥ずかしくなりすぐに逸らしてしまった。
僕は空を見上げる。
そして、今もどこかで見ている神に心の中で話しかける。
あぁ、神様。
僕はやっぱり願いを叶えるよ。
僕は1年後には死んでしまう。
でも、僕が死んだ後に水仙さんが思い出せる僕との思い出が悪いものばかりになるのは嫌だ。
水仙さんがいつ僕との思い出を思い出しても、幸せになれるよう、たくさんの思い出をこの1年で作ろう。
そして、僕は願いを叶える。
決意を固めた僕の気持ちは、まるで見上げた快晴の空のようにすっきりと透き通っていた。