幼児体型の理想の女性に求婚しました
私、カイル・テイラーの理想は凸凹の無い所謂、幼児体型。
だからと言って幼女が好きというわけではない。
幼い体格をしていても、中身はしっかりと大人の考えを持った女性が好きなのだ。
それはどうしてかって?
そんなのは決まっている。
ギャップ萌えというやつだ。
小さな体に小さな胸。
寸胴な腰回りにこれまた小さなおしり。
更にお腹が少し出ていれば完璧だ。
ただ、出不精で出ている腹にはそそられないが、幼女特有のあのぽっこりとしたお腹にはむしゃぶりついてしまいたくなるほどそそられる。
あとは顔も重要だ。
体型が好みでもあまりに醜い顔であれば流石に食指は動かない。
可愛いのが勿論理想だが普通であれば良いとは思っている。
だが、私の好みは他とは多少逸脱しているらしい。
友人はそんな話をすれば決まって引きつった笑みを浮かべるし、両親は遠い目をして空の彼方を眺めてしまう。
私にしてみれば彼らの方がどうかしていると思うのだが。
そんなことよりも、こんなに好みがはっきりしているのに私の理想の女性は全然見つからない。
毎夜、夜会で探すも一向に見つからず溜め息を付きながら帰る日々。
私は公爵家の後継。
いつまでもふらふらしているわけにもいかない。
こっそりと両親が良縁を纏めようと水面下で動いているのも知っている。
そろそろタイムリミットが近づいている。
その事に私は焦った。
けれど、どうすることも出来ずに今日この夜会で探すのは最後にしよう。
そう思い遅ればせながら参加した昨夜の夜会。
そこで、ついに見つけた。
私の理想にぴったりの女性を。
彼女は目が合った時に見初められたと思ってるかもしれないが、それは違う。
まだ夜会の会場に入る前、何の気なしに窓辺に目を遣れば物憂げに佇む彼女を見つけたのだ。
私は急いで友人を探した。
彼女の身元を聞くために。
猪の如く突進していく私を見た友人は腰が引けていたがそんなのには構わず聞き出した。
彼女はミナ・ランスター。
伯爵家の一人娘で十七歳だそうだ。
年の頃も丁度良い!それなのにあの容姿だ!
そして恐らくまだ婚約者もいないと聞かされて私がどれだけ歓喜したことか。
だが、彼女は今までも色々な夜会に参加していたらしい。
どうしてもっと早く出会わなかったのか。
友人も首を傾げ、私にもう知っているものだと思っていたと言った。
そんな言葉に返す言葉は、どうして教えてくれなかったのだ!という恨み節。
でも、まぁいい。
漸く見つけたのだから友人への報復は無しにしてやろう。
そして私は夜会の会場に足を踏み入れた。
ざわつく周りに目もくれず真っ直ぐに彼女を見る。
驚いた顔をする彼女はとても可愛らしい顔をしている。
口もぽっかりと開いているのだ。
そんな顔に微笑する。
そのまま彼女の元へ歩き出そうとすれば、化粧のやたらと濃い、これでもかと香水を振り撒いた女達が私の周りに群がってくる。
豊満な胸を強調しウエストを限界まで絞った女達がうねうねと取り巻く。
まるで獲物を見つけた蛇のようだ。
そんな蛇でも蛙でも何時もであれば多少付き合ってやることも吝かではなかったが、今は鬱陶しいだけ。
だから、眼光鋭く睨み付ける。
「去れ」
言えば散り散りに散布する。
ああ、やっと彼女のミナの元へ行けると思った。
逸る気持ちを抑えてゆっくりと壁際にいるミナに近づいていく。
そして、目の前に立った。
ああ、やっぱり理想の女性だ。
お世辞にも大きいとは言えない胸。
エンパイアドレスで隠しているのだろうが、腰もおしりも理想通りの小ささなのが予想できる。
後はお腹だけ。
でも、それもきっと予想通りだ。
こういう時の私の勘は良く当たる。
それに、追々確認すればいい。
兎に角、今は一刻も早くこの想いを告げたい。
丁度、音楽も止まった。
想いを告げるには絶好の場面。
おどおどするミナの小さな手を取り跪いた。
なるべく怖がらせないように柔らかな笑みを向けたつもりだったが、何故かミナは壁にずりずりと下がっていく。
でも、それでも逃がすつもりはなくて一緒になって自分も下がった。
とん、と壁に背を当てたミナは泣きそうな顔をしている。
そんな顔をさせるつもりは無かったのだか、こんな顔も可愛くて顔はどろどろの甘いものになった。
ミナの手を一度ぎゅっと握り、私は遂に告げた。
「結婚してください」
静かなホールにカイルの声が響く。
一世一代の告白にミナはぷるぷると震える。
ああ、やはり可愛い。
幼女のようで幼女ではない私の理想の女性。
だが、返事は貰えない。
急かすつもりは無いが気が焦る。
嫌だと言われる?
はい、と言われる?
ミナはランスター伯爵家の一人娘。
嫁ぐことはできないと、そんな葛藤もあるのかもしれない。
まだ、返事は貰えないが気の早い奴等がパラパラと拍手をする。
そんな音を出したらミナの返事が聞こえなくなるだろうとばかりに音のするほうへ視線をやれば、そんな拍手も止んだ。
そろそろ私も待ちきれない。
問うような眼差しをミナに向けるが返事はない。
では、更に追い討ちを。
「あなたのたいけ……いえ、姿に一目惚れしました。どうか、私の手を取って下さい」
おっと、本音が漏れてしまいそうになった。
けれど、一目惚れは嘘偽りの無い事実。
さあ、何と返事をくれる?
うんうん考える様子も可愛いけれど、そろそろミナの声も聞きたい。
きっとその声も可愛らしいに決まっている。
声を聞いた瞬間、感激のあまり倒れてしまわないように今の内にイメージトレーニングを行っておこう。
台詞はどうしようか………やはりシンプルに「はい」それとも「いいえ」ああ、どちらの答えでも考えるだけで全身の血が沸騰しそうだ。
駄目だ!考えるだけで既にくらりと眩暈を起こしてしまう。
やはり、イメージトレーニングは体に悪い。
ミナの返事を楽しみに待つことにしよう。
どちらの返事にしたって私の者になることは決定している。
この際、公爵家のありとあらゆる力も使ってしまおう。
彼女を手に入れる為ならば何も惜しくはない。
けれど、きっとそうはならない。
ミナの両親も決して反対している様子ではないし、私の両親もやっと身を固めてくれるのかと大喜びでミナを迎えてくれるだろう。
念願の可愛い娘だ、それは大事にしてくれるに違いない。
けれど……そんな想像は大いに気に障る。
ミナを大事にするのは私のみで良い。
母なら兎も角、父に猫可愛がりされるミナを想像してしまったら、少々殺意を覚えた。
まぁ、いい。
父との過度な交流などさせないようにすればいい。
そんな事を考えていれば、ミナの表情が僅かに変わった。
悪戯を思いついた子供のような顔をしたかと思えば、妙齢の女性特有の物憂げな表情へと変わる。
なんて素敵な人なんだ!どの表情も良い!
これ以上惚れさせて私をどうしたいのだ!
そんな彼女が遂に言葉を紡いだ。
「あの……大変ありがたいお話ですが、私は一人娘。ランスターを継ぐ人間です。ですので貴方の元へ嫁ぐことはできないのです」
やっぱり鈴の鳴るような可憐な声にぐっと何かが込み上げてくる。
だが、内容は頂けない。
嫁ぐことができない。
それはつまり私の者とならないということだ。
一人娘だということは分かっている。
ちらりとミナの両親であるランスター伯爵夫妻に視線を送る。
大丈夫だと、大袈裟なまでに、どうぞと手を差し出すような仕草をする。
私がミナを貰い受けても問題ないということだろう。
ならば、私はにっこりとミナに笑いかけた。
「そんなことなら問題ありませんよ………私達の子供に継いで貰えば良いのです。ですから二人以上は産んで頂かないといけませんけどね」
子供が産まれて成人するまでランスター伯爵には元気で居て貰わないといけないが、まぁ大丈夫だろう。
そんなことよりも、子供!
私とミナの子であるならば相当可愛いに決まっている。
今から楽しみだ。
ただし、女に限る。
そんな明るい未来に水を挿すのは若干影のある表情の未来の妻でもあるミナ。
「ですが………私、このような形でございましょう?子供が産める体であるかも分かりませんし………やはり嫁ぐことは………」
なんと!そんなこともあるのか!
だが、そうだとしても私の気持ちは変わらない。
可愛い子供達に囲まれて過ごす未来も幸福ではあるが、一番大事なのはミナだ。
ならば、私が出す答えも決まっている。
「そのことについても問題ありません。まだ産めないと決まったわけでもありませんし、もし、産まれなければ養子をとればいいのです。ご心配には及びませんよ」
続けて、家を大事にするミナの為に私が出来ることを伝える。
「ああ、それに、それほどまでにランスター家がご心配でしたら、私が婿入りしましょう」
ミナは吃驚している。
いやいや、私の気持ちを疑ってもらっては困る。
生家なんかよりもミナと私が一緒に入られることが一番なのだから、この提案は間違っていないだろう。
なのにも関わらず、我が両親は怒りの眼差しで此方を見詰めている。
そして、お決まりの台詞。
「カイル!それはならんぞ!お前はテイラー公爵家の跡取りだ!婿に入るなど、そんなことは絶対許すつもりはない!」
はぁ、我が父ながら呆れる。
息子の人生が掛かっているのに邪魔をするとは。
怒りの感情のまま視線を遣れば、何故か父は顔を蒼白くさせて、座り込んでしまった。
具合でも悪いのだろうか?
まぁ、そんなことはどうでもいい。
今はミナとの会話を楽しまなければならない。
一応、父の無礼も謝らなければいけないだろう。
カイルが父が失礼しましたと頭を下げれば、ミナは特に怒った様子もなく、逆に我が家を気遣った。
「いいえ。公爵様のお気持ちは分かります。我が家なんかより歴史も功績もある家柄ですもの。仕方ありませんわ」
そう言う彼女は女神のようだ。
可愛い上に優しい。それにどこもかしこも小さい。
なんて私は幸せ者なのだ!ミナを花嫁として迎えることに喜びにうちひしがれているとミナの様子が少しおかしい。
何か考え込んでいる様子だ。
どうした!ミナ!
何か憂いがあるなら話してみればいい!
そう思ったカイルがそう言おうとすれば、何故かミナは少しだけ微笑んで目の前にちょこんと座った。
そして、こんな事を言うのだ。
「あの、そろそろお立ちになりませんか?その体勢ではお疲れになるでしょ?」
可愛い!可愛い!超絶可愛い!
座ると更に小さくなって可愛い!
カイルが舞い上がっている内に突如わっと拍手が上がって現実に引き戻される。
続いて音楽家達による祝いのファンファーレが高らかに奏でられた。
この会場の皆が祝福してくれている。
ミナは真ん丸の瞳を白黒させているが、こうなったら無理矢理にでも承諾して貰おう。
呆然とするミナにカイルがにっこりと誰もが見惚れるだろう顔で笑う。
そして――小さなミナをすっぽりと腕で囲んで抱きしめた。
ああ、柔らかい。
びくりとする様子も初々しくて顔がだらしなく崩れていくのが自分でもよく分かる。
それでも何とか顔を引き締めて、小さな体をより小さくさせてぶるぶると震えるミナの耳元にそっと言葉を吹き込んだ。
「皆さんからは貴女が私の胸に飛び込んだという風に見えるのかもしれませんね。まぁ、勘違いには違いありませんが結果は同じですから構いませんね?」
うん。そうだ!
最後の結果はこうなるようになっている。
いや、なっていなかったとしても私がしてみせる!
そんな決意と共にミナを見てみれば、目をうるうるさせて私に視線で訴える。
何を言いたいのかは分からないけれど、この結果がミナの想いとは別物であったことは何となく分かる。
けれど、もう逃がすつもりはない。
カイルは恍惚とした表情で言った。
「あぁ、可愛らしい。泣きそうで泣いていない。そして、何よりそのしっかりとした意思のある瞳。是非とも私の手で泣かせてみせたい」
本音で語ってしまったが、まぁ、これから夫婦になるのだから取り繕っても仕方ない。
ミナには私の溢れる想いを知って貰わなければならない。
そして、受け入れても貰わないといけない。
だが、ぶんぶん頭を振って拒否をするミナの仕草に少し苛立ちを感じた。
ならば、分からせてやらなければいけないだろう。
ミナの耳元に唇がくっつくのではないかというぐらいに唇を寄せて、意図して耳に息を吹き掛ける。
身を竦めるミナにくすりと笑えば、ミナは更に体を竦ませた。
少々やり過ぎたかと背中を撫でればやたらと好戦的な瞳とかち合う。
そんなミナに宣言する。
「私が一生をかけて愛でてあげます」
先ずは服装から。
何を着せても可愛いだろうがレースやリボンが沢山付いたものが良く似合いそうだ。
いや、逆に妖艶な物でもミナの可愛さを引き立ててくれるかもしれない。
そんなミナに似合うドレスを着せて、座らせるのは勿論私の膝の上。
その場所以外に座らせるつもりもない。
そして何でも世話をしよう。
着替えも食事もミナが望むなら何だってしよう。
入浴だって、隅々まで、もこもこの泡で優しく洗って最後には二人でのんびりと湯船に浸かるのだ。
ああ、なんて至福の一時。
おっと、想像が膨らみすぎてしまったようだ。
放っておく形になってしまったミナを見てみれば、ぐったりとしているような虚ろな表情をしている。
少々疲れてしまったようだ。
ならば、早く休ませてやらないといけないだろう。
カイルは眩しいほどの微笑みをミナへと向けた。
「さぁ、行きましょう」
何処の夜会でも休憩できる場所は確保されている。
先ずはそこにミナを運んで少し休ませよう。
腰をしっかり支えて立ち上がらせるが僅かに傾いていくミナをこれ幸いにと抱き上げた。
またしても上がる歓声と口笛までもが聞こえてくる。
祝ってくれるのはありがたいが、今は疲れているミナをそっとしておいてほしい。
そんな気持ちを込めて周りを見渡せば、途端にホールは静けさに包まれる。
そして、腕の中のミナを見てみればすやすやとあどけない顔をして眠っていた。
そんなミナにお休みのキスぐらい送りたいが、初めてのキスが寝ている隙にというのも可哀想だ。
起きたときのおはようのキスにしようと心に決める。
だが、俗に言うお姫さま抱っこをした私に自身の両親とミナの両親が揃ってやってくる。
どうしたのかと不思議そうに眺めれば、一枚の紙切れを見せられた。
まだ何も書いてないソレは婚約証明書。
だから、どうしたと視線で問えば父が疲れたように嘆息した。
「お前が婿入りなどと抜かさぬのなら、もうこの場で婚約を結んでしまおう」
婚約の話はランスター伯爵がミナを嫁に出しても構わないと言うのであれば大賛成だ。
ならばと素直に頷けば、ランスター伯爵が婚約証明書にサインを施す。
なぜ手が震えているのか気になったが大事な娘を手放す書類、そうなったとしても何らおかしなことは無いと思い直した。
そして、カイル自身もサインをしなくてはならないがミナを抱いている状態ではそれも難しい。
だが、ランスター伯爵が徐に手を差し出した。
ミナを寄越せということだろう。
それに戸惑った。
ミナの父。
だが、男だ。
私以外の男に触らせるなんて、と考えるだけで頭に血が上る。
だが、仕方がない。
ここでミナの父を不快にさせて婚約すら出来なくなることだって考えられる。
私は断腸の思いでミナを伯爵に渡した。
そして、伯爵の胸の中にいるミナを極力見ないように努めて婚約証明書にサインをした。
それが終わればミナをまた抱ける。
そう思っていたのに伯爵はそのままミナを連れてこの場を去ろうとする。
なぜだ!私からミナを奪うつもりか!
伯爵が途端に顔色を変える。
声には出していないが、そんな感情が幻となって私の背後にでも現れたのかもしれない。
そんな私に物申したのは母だった。
「カイル。離れるのが寂しいという貴方の気持ちも分かりますがミナさんが我が家に嫁ぐことになればご両親は今までのように毎日顔を合わせることが出来なくなります。婚姻までとは言いません。ですが、もう暫くミナさんとご両親を一緒に入られるようにしておあげなさい」
母の言うことは分かる。
だが、分かっても未練がましい気持ちは抑えることが出来なくて眠るミナの顔を眺めてしまう。
でも、母に逆らうことも得策とは言えないだろう。
我が家の実権は母にあると言っても過言ではない。
だから、渋々頷いた。
けれど、私の元に嫁ぐことに恐らく納得していないだろうミナが予期せぬ行動をとる可能性もある。
ならば、明日の早朝ランスター伯爵家を訪ねよう。
逃げ出してしまおう等と考えるよりも前に。
そして、あわよくば連れ帰ってしまおう。
婚約者が嫁ぐ家に花嫁修行に来るのは往々にしてあることだ。
今日だけ、今日だけは我慢しよう。
夜間に逃げ出すかもしれないなんて思いも捨てきれないが、そうであれば捕まえるまで。
そして、しっかりとお仕置きをしてやろう。
折角、見た目が幼いのだから子供にするようなお仕置きでもいいだろう。
そんな事を考えていれば、今連れ帰れないのもそれほど苦では無くなる。
側に居なくとも楽しませてくれる娘だ。
だから、眠るミナの頬を一撫でして伯爵夫妻によろしくお願いしますとの思いを込めて頭を下げた。