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中編

「あ、結花ちゃん……」

 恥ずかしいところを見られたと、仁はバツの悪い顔をする。

 結花はそれを気にするでもなく、ずんずんと事務所の中に入って来る。

 そして、デスクの前に立つと、結花はデスクの上に手を伸ばして火のついた煙草を取り、灰皿にぐりぐりと押し付けて煙草の火を消した。

「吸ったこともない煙草に」

 今度はデスクを回り込んで仁のそばに来ると、結花は仁が手に持っていたマグカップの中を覗きこむ。

「飲めもしないブラックコーヒー」

 そのまま顔を上げて、結花は仁の顔をじっと見つめた。

「うっすらと残る目の下のくま」

 仁の顔を見つめたまま、結花は眉を寄せる。

「今度は何にはまったんですか?」

「え、えっと……」

 結花の図星過ぎる指摘に、仁は目が泳いだ。

「漫画ですか? ドラマですか? 小説ですか? ……小説ですね」

 結花が“小説”と言った瞬間に、仁の身体がピクリと動いてしまった。

「うう……。『ハードボイルド探偵二十四時』全十五巻を一晩かけて読破しました……」

 仁の告白を受けた結花は、呆れたようにため息を吐いた。

「よりによってハードボイルドですか……」

「で、でもハードボイルドってカッコいいんだよ! どんな難事件でも強靭な精神で華麗に解決しちゃうんだ!」

 小説の主人公を思い出し、仁は興奮に頬を染める。

「憧れるな、とは言いません。でも人には向き不向きってものがあるんですよ?」

 結花は仁の持つマグカップをそっと取ると、コーヒーメーカーがある荷物台に向かった。

 マグカップと結花が持っていたスーパーの袋をその荷物台に置き、結花は袋の中のものを取り出して、それをコーヒーに入れ始める。

「砂糖は三個。牛乳はたっぷり」

 棚の引き出しからスプーンを出し、結花はコーヒーを混ぜる。

 そして、混ぜ終わったマグカップを持って、結花は仁の所へ戻ってきた。

「はい。所長好みのコーヒーです」

 仁は結花からマグカップを渡された。

 マグカップの中のコーヒーは、黒から柔らかな色合いの薄茶色へと変わっていた。

「無理することはないんですよ? 所長には所長の良いところがあるんですから。所長にあったお仕事をしていきましょう」

 手に持ったマグカップから、じんわりと温かさが伝わってくる。

「……うん」

 仁は素直に頷いていた。

「じゃあさっそくお願いします」

「え?」

「所長のまぬけな姿を見られると困るので、依頼者にドアの外で待ってもらっているんです」

 そう言うと、結花は仁にあっさりと背中を向けて、ドアの方に行ってしまった。

「お待たせ致しました」

 結花がドアを開けると、小学生ぐらいの女の子が入ってきた。

 女の子は今にも泣きそうな顔をしていた。

「花ちゃんが……。花ちゃんがいなくなっちゃったの……」

「まさか誘拐!」

「違います」

 仁の言葉へ結花が即座に突っ込む。

「花ちゃんの写真がこちらです」

 すでに女の子から預かっていたのか、仁は花ちゃんが写っている写真を、結花から受け取る。

 そこに写っていたのは、黒い毛並みの子猫だった。

「窓を開けたら花ちゃんが逃げちゃって……。もうすぐ雨になりそうなのに、探しても全然見付からなくて……。猫を見付けるのが得意な人がいるって、友達が言ってたのを思い出してここに来ました。お願いします。花ちゃんを見付けてください!」

 女の子の大きな瞳には、涙が溜まっていた。

「さあ、所長にあったお仕事ですよ。雨が降る前に、花ちゃんを見付けてあげましょう!」

 結花がこぶしを作って気合いをかけた。

「探すけど……。なんか釈然としない」

 仁は最後の方を小声でブツブツ言いながら、マグカップをデスクに置き、デスクの横にあった拡声器を掴んで、事務所の窓を開く。

 そして、拡声器を外に向け、仁は一声鳴いた。

「ニャーーーン」

 すると、ビルの表に次々と猫が集まりだした。

 ビルの前の道路をたくさんの猫が埋めていく。

 結花に促されて窓のそばに来ていた女の子は、その状況を見て目を丸くしていた。

 涙も引っ込んだようだ。

「所長は猫と意志疎通が出来るんですよ」

「凄ーい……」

 窓の外の光景に釘付けになった女の子は、感動の声をもらした。

 仁は拡声器を床に置いて、窓の外の猫に叫ぶ。

「迷子猫を見付けてほしいんだ! 特徴は黒の子猫。飼い猫で名前は花ちゃん」

 そこでいったん言葉を切り後ろを向いた仁は、デスクの一番下の引き出しから鰹節お徳用パックを取り出す。

 それを、窓の外の猫たちに見せた。

「報酬は鰹節五袋だよ!」

 猫たちにどよめきが起こる。

 早く見付けるために、仁はいつもの報酬より袋の数を多くした。

「雨が降りだす前に、花ちゃんを見付けてあげて!」

 仁の言葉を合図に、集まっていた猫たちは一斉に方々へ散っていった。

 事務所の中にいた猫たちも、事務所のドアからバッと飛び出していった。

「さあ、僕たちも花ちゃんを探しに出ようか」

 上着を羽織った仁は、結花と女の子を引き連れて外に出た。


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