小指の赤い糸
何年ぶりのホワイトクリスマスイヴだろう
早いもので、今年も、いよいよあと1週間を
残すのみになった。山石真理はそう考えなが
ら、リビングのカーテンを開けた。シンシン
と雪が降り、しばらくその静けさに心を奪わ
れていた。夜もすっかり更けて街ではいつも
の年のように恋人たちがお互いの愛を確かめ
あっているのだろう。そう考えると真理の目
には涙があふれ出した。
真理は恋人の松本信一を昨年の春の大震災
で無くしていたのだ。未だに信一の亡骸は、
発見されていなかった。今でも、ひょっこり
と元気な姿で戻ってくるような気がしてなら
ないのだ。時より弟の松本信二が心配そうに
真理の様子を見に来ていた。いつしか、信二
は真理のことを好きになっていた。クリスマ
スを2人で過ごそうと連絡するのだが、真理
はかたくなに断りつづけていたのだ。
もしも、サンタクロースがいるのなら、今
年のクリスマスプレゼントは、再び、信一と
会わせて貰いたいと願っていた。何気なく、
スマートフォンの仮想店舗を見ていた。目に
止まったソフトに、「サンタに願い事」とい
うものがあったので、真理はダウンロードし
て、(信一に会わせてください)と打ち込んだ。
反応はすぐに帰って来た。25日のクリス
マスの日に、信一から連絡があるから楽しみ
に待っていてくださいとの事だった。絶対に
無理なのにいい加減な連絡だなと考えながら
も、そうなれば、どんなに心が晴れるだろう
と考えていた。
クリスマスの夜、1人でケーキを食べてい
た真理のスマートフォンにかかってくるはず
の無い着信音が鳴り響いた。まだ、消去しき
れていなかった、信一専用のものだったのだ。
驚きながらも、スマホの着信ボタンを押し
た。懐かしい声が聞こえた。信一の声だった
「もしもし、真理かい?本当に真理かい?」
信一の声は疑いの心が全面にでていた。
「ええ、私は真理よ、信一は今どこにいるの
?」真理は信じられなかったがすがる思いで
尋ねかえした。
「真理、よく聞くんだ、俺はもうこの世界に
はいない。死んでしまったんだ」
「なんなの、そんなの無いわ」真理は声を震
わせながら答えた。
「サンタの力で、実体はないけれど一時的に
声として真理のスマホに魂だけ再現された状
態なんだ。実体はないから君を抱きしめられ
ないのがつらいよ。」
「そんなのないわ、私どうすればいいの」
涙を流しながら真理は叫んだ。
「よく聞くんだ真理、サンタの贈り物がある
からそれを使うんだ。」
リビングの机の上にプレゼントがあった中身
は、サングラスの様なものだった。
「それを、かけてごらん」信一が言った
言われるままに、真理はサングラスの様なも
のを掛けた。すると、見えるはずのない、信
一の姿が薄らとみえた。まるで映画の3D の
様だった。
クリスマスの街は、華やかで多くの人が笑
顔で真理の前を通り過ぎている。真理は、信
一と一緒にベンチに座り、行き交う人々を眺
めていた。
「そのサングラスの右にあるボタンを押して
見て」信一は真理にそう促した。
真理は言われるままにそのボタンを押してみ
た。
「まあ、綺麗、これは一体何なの?」真理は
初めて見る光景に驚いた。
「人の小指には赤い糸があって、縁のある人
と繋がっているっって話を聞いたことがある
だろ?あの赤い光がそうなんだ」
信一は続けた。
「見て分かる様に、人の小指には赤い糸が1
本じゃないだろ?何十本、いや、人によって
は何百、何千と繋がっているんだよ」
「まあ、あそこの子供なんか小指全体が真っ
赤だわ」
「俺の小指を見てごらん。何もないだろ」
「ええ、どうして?私の小指には何本あるの
かしら?数えられないわ」
「その、赤い糸は、君の縁のある人の数だけ
繋がっているんだ。その糸の先にはそれぞれ
の人に繋がっているんだ。」
「あそこのカップルを見てごらん」
近くのカップルはプロポーズをしているよう
だった。クリスマスには良くある光景だ。男
性が女性に指輪を渡しているのだ。女性は涙
を浮かべてうなずいていた。
どうやら、プロポーズを受け入れたようだ。
「あの二人は結婚するようだな。丁度いい、
これから起こる事をよく、見ておくんだ。」
そのカップルの小指の赤い糸はその2人の糸
以外を残して全て切れてしまったのだ。赤い
糸が中心になって、他の糸は、白く光ってい
た。
「まあ、綺麗!一体どうなっているの」
「そうなんだ。何百も何千もある赤い糸の中
で、絆が結ばれた瞬間に一本の赤い糸だけが
残るんだ。」
「後の切れた糸はどうなるの?」
「残りの糸はお互いにお互いの方向から切れ
た糸を紡いで行くんだ。そして、太い絆の赤
い糸になるんだ。決して切れることのないか
けがえのない、赤い糸になるんだ」
「君には、俺の分まで、幸せになって欲しい
んだもう俺の事は忘れて幸せになるんだ。最
後のお別れに来たんだ。後ろを見てごらん。」
そこには、弟の信二が立っていた。赤い糸
が真理の小指と信二の小指を繋ぎ光っている。
真一はうなずきながら、サングラスの様なもの
と一緒に徐々に薄くなり、微笑みを浮かべなが
ら、見えなくなった。
信二は近づいてきて、真理にゆっくりうなず
いた。真理は泣きながら信二の腕の中に飛び込
んだ。2人の小指の赤い糸は、2人を繋ぐ赤い
糸以外が切れ、白く光っていた。もう、真理に
は見るすべはないが、そうなってといると実感
していた……。
おわり