人類の高みの見物
「ワタシたち、もう、終わりね」
いつの事だろうか…我々人類が高次の存在へと日に日に昇りゆくに従って、反して獣類どもの退化はみるみる内に顕となっていった。トーラス状の強い磁場に座り込み、覗き込む仕草はまさしく高みの見物だ、狭っ苦しい盆地に取り残された、憐れな獣類の生き残りどもは、まるで空など無いかのように、ただ水平な視線を交わし合っていた。
仮に見上げた上空も、強烈な逆光に遮られ、まさか地上を取り囲む、光の巨大な輪に乗った、人類達の卑猥な視線の様々が垂らされていようとは、夢にも思わぬことだろう…それほどにトーラスに抉られた境界は計り知れない光輝だった。
かつて、今では嘘みたいな事象の釣瓶打ちだと捉える以外に感覚は許されないけれど、そう遠くない史実として、人類と、獣類とが対等な次元で暮らした世界があったという。皮肉屋の友人はいつも同じ文言で僕を揶揄った。
「想像力の欠落だ、君に悪いが僕には有りありと見えるね、人類と、獣類とが手を取り合い、群れをなし、時に恋をし愛を育んだ季節の情景が…」
飛躍癖のすぎる友人の論理はさておいて、しかし事実として記録された数々の資料を前に、僕の想像力は降伏せざるを得なかった、考えるも悍ましい、それは純潔世界の陵辱にしか思えなかったから。
「それは幻視のように…」
友人は詩的な夢想へと伸びていく…
僕からすれば友人の常套である着想は、悪趣味な倒錯し極った愛欲主義としか取れなくて、そのロマンチシズムは穢らわしい変態性欲の一種としか思えないのだ。
友人とはそれでも長く連れ添った腐れ縁、感覚の致命的相違には敢えて眼を向けずに、それぞれが阿吽の呼吸で補い合うような、絶妙な凸凹関係だったのかもしれない。
並んで据わった友人と僕、その周縁には、数え切れぬほどの聴衆が下界を覗き込んでいた。
「近頃の獣類は進んでるねえ…あんなに幼い蛹に過ぎないのに、ませた遊びで楽しそうだこと…」
揶揄とも愛嬌ともとれる貴婦人の感想が聞こえている、僕は確かに同意する、人類と逆行を辿り続けた獣類の現代は、下手をすれば歴史の循環に齎された、疾風怒濤の上昇志向を匂わせる現象と見做されなくもなかった。
人間で言えば幼稚園児みたいな未熟な年代の獣類どもの群れ集まりが、まるで真昼のメロドラマを演じては、捻くれた関係上の悲喜交々をあたかも現実のように描いているのだから。
獣類の蛹どもはそれぞれお面を被っていた、それはしっかりと癒着して、しかも生々しい肉感と表情を湛えていたのだ。不思議なお面だ…この、ませきった畜生どものいちいちが、さながら大人の恋のドロドロとした不気味な巨大な塊を、本気や遊びを使い分け溺れているような…そんなドラマのいちいちは、二重の意味で本気の遊びを楽しんでいるかのようで…
そこに不意の変化が齎された、人類を乗せた光の輪の隅々に、どよめきが沸き起こるのを地響きみたいに走らせていた。
死神の登場だ!それはのっぺらぼうのような何もない表情で真っ白だった。獣類の蛹である事はその体躯からは想像に易かったが、しかしそのお面は余りに非生物的であって、一瞥するだけで戦慄を禁じ得ぬ程に。
それでも蛹どもの演技は続いた。
死神を演じる蛹は、メロドラマを斜に眺めて、今にも一息に命を奪わんとしているようだった。
ドラマは進みゆく、驚くべき事に、お面であるはずの表情は時間を追うごとに歳をとっていくのであった。
「まるで生きているかのようだ…しかもタイムマシンにでも乗っているかのように…」
僕は重力だか磁場だかの特異領域の効力によって、圧縮された時間世界のなか、まるで高速な早送りの映像を体現しているように、死滅していく憐れな生命の破滅という超常現象を想起しているのだった…それは…何がゆえ着想されたことだろう?
老衰しきった蛹どもの顔面はますます癒着を倍加させていた、もう既に、剥がれようがないようである、もう戻れない、それはまるで開かなくなった扉である。癒着した、鎖された扉という運命の鍵は壊れてしまったのだ。
残酷な運命が覆い尽くしていた…それは最早死を待つばかりの明日へと続いているのだ。
空が降りていた。散っていく…人類達は楽しんだそれらの見世物に名残惜しさを感じながらも、それぞれの棲家へと帰っていく…
液体の空…我々人類を包むこの時空の母なる空気…トーラスの内部を満たしてしまった青空に沈む下等生物の盆地…これらを再び覗き込めるのは五年以上の時を待たねばならないと我々世界には報じられている。