第43話 熊谷忍
「んー。おはようシノレ」
召喚された私はその場ですぐに体を伸ばす。
「おはようナァズ」
シノレも挨拶を返してくる。
…どこだここは?
いや今いる場所はすぐにわかった。
馬車の中だ。
しかし馬車の外を見ると…一面に荒野が広がっている。
で、さっきの疑問に戻る。
ここはどこなんだと?
「驚いているね」
そりゃ当たり前でしょ!
ちゃんと説明しなさい。
「簡単に言えば旅の途中だよ。何もかもが嫌になって旅に出たって事かな」
…はぁ?
驚きのあまり首を傾げてしまった。
その仕草を見てシノレはクスクスと笑い出す。
「笑ってる場合じゃないでしょ!」
「ごめん。でもこれでもいろいろ考えてるんだよ」
「いろいろって…ただ単に面倒事から逃げ出しただけなんじゃないの?」
かもしれないねとシノレはにっこり微笑んだ。
ぐぬぬ…読めん!
シノレの行動が読めない。
「まあそんなに責めてやるなよ。ナァズがいない間、いろいろ大変だったんだからな」
後姿しか見えなかったけど、多分そうだろうなとおもってたらやっぱりそうだった。
御者はコウジだ。
「大変って、何かあったの?」
シノレが城で起こった事件を説明をしてくれた。
「そんな事が起きてたんだ。ってか呼べよ!」
シノレはあははと笑う。
笑い事じゃないよ!
「呼ぶとしっちゃかめっちゃかになりそうだったからね。ナァズがいたら僕が予定していた通りに行かなかったかもしれないし」
なんだよそれ?
私はいらない子って事?
「まあまあまあまあ。ふて腐らないでよ。狙われていたのは僕ではなくナァズだったし。これでも安全に配慮した結果なんだよ」
そう言われると返す言葉がない。
「ところでどこに向かってるの?」
「当てもない旅だよ」
「それは嘘だ。そんな旅にコウジを巻き込むわけがない」
シノレはクスっと笑った。
「どうしてそう思ったんだい?」
私は断言した。
「シノレがパーソナルスペースに誰かを入れるわけがない」
私のセリフを聞いたコウジは吹き出した。
「何?そのパーソナルスペースって?」
んー。
どうやって説明したものか。
「他人に近づかれると不快になるスペースの事さ」
コウジが代理で説明してくれた。
「へぇー、ナァズ達の世界ではそんなことも考えるんだ」
「学問のひとつだ。ってナァズのその意見だと俺へのシノレの信頼度はかなり低いと思ってるのか?」
「そりゃね…ってあれ?コウジがシノレの事を呼び捨てにしてる?」
変な違和感を感じたと思ったよ。
「お前さんがいない間にいろいろあったからな」
…なんだか釈然としない。
まあいいか。
「話を戻すけどどこに向かってるの?」
「ラゼーナという町、いや廃墟に向かってるよ。その街の名前、聞いたことある?」
私は首を横に振った。
知るわけないじゃん。
なぜ廃墟になった町に行くんだろう?
「そこなら他人に迷惑が掛からないでしょ?」
確かにそうかもしれないけど…。
「そこで決戦でもするの?」
シノレは笑いながら向こうの出方次第だよと答えた。
まあいざって時に困らないように心の準備はしておこう。
「ところでさぁナァズ」
コウジが何か言いたそうだ。
また以前のあれか。
こっちから話を振ってあげないといけないか?
「ナァズってさ。もちろんナァズが本当の名前じゃないんだろ?」
お、ちゃんと言いだせたか。
って何が言いたいのかな?
「ホントのって…ナァズはシノレがつけてくれた私の名前だけど?」
「そうなんだけど。いや、そうじゃなくて向こうでの名前の事だよ?」
…向こう?
「だから日本にいた時の名前だよ」
なるほどそういうことか。
「そりゃそうでしょ。日本でナァズって呼ばれてたわけないじゃん。私は日本人なんだからちゃんとした普通の名前があるよ」
「そうだよな。でだ。その名前を教えてくれないか?」
……。
なぜそんな事を聞くんだろう。
まさかナンパか?
いや、この姿の私を口説くことはないって豪語してた。
かなりムカついたけど。
だったら今更何で聞くんだろうか?
「何が目的なの?」
ジト目でコウジを睨む。
「いや別に目的とかそんなんじゃないよ。もしかしたら俺と知り合いかもしれないと思ってさ」
「コウジは日本でもコウジ・タチバナって名前なんだよね?」
「そうだ」
「じゃあ安心していい。私はその名前に心当たりはないから」
まったく無いな。
赤の他人だ。
「もしかしたらダチの知り合いや妹って可能性もあるだろ?」
まあその可能性がまったく無いとは言い切れないけど。
しかしなんていうか…回りくどい?
「要するに私の名前を知りたいだけなんじゃないの」
図星をつかれたのか挙動不審になるコウジ。
「だったら回りくどい事しないで普通に聞けばいいのに」
「まあそうなんだけど…」
「僕も知らないし教えてくれないかな。ナァズの名前」
シノレも聞く気満々のようだ。
「まあいいけど…名前は熊谷忍、高校2年生よ」
私の名前を聞いたとたん、ふたりとも固まった。
…いったいどういう事なの?
「そ、そうか。やっぱり熊谷忍だったか」
コウジが場の空気に耐え切れずしゃべりだした。
…ん?
「やっぱり?」
コウジはハっとなって口を押さえたが…こいつ、何を知ってるんだ?!
「ねえコウジ、燃やされるのとミーちゃんスペシャル、どっちがいい?」
その言葉にコウジはかなり怯えた。
「な、なんだその不吉な2択は!?」
「いやならなぜ私の名前を知っていたのかを話せ!」
「それは僕から説明しよう」
シノレが横から口をはさんできた。
「ナァズを召喚するちょっと前だけど、ナァズの事を話してたんだ」
何!?
私のいない間にいったい何の話をしていたんだ?!
「以前闇に戻らず部屋で寝ていた時があったでしょ」
…確かにあった。
「その時にナァズが熊谷忍的な寝言を言ってたんだよ」
ギャー!
マジですか!?
ハズカシー!
「その時はうまく聞き取れなくてね。その事をコウジに話したら推理してくれたんだ。熊谷忍って言ったんじゃないかってね」
全く覚えてない。
まあ寝てたわけだけど。
でもあの時、夢なんて見たかな?
「その推理が本当かどうかをコウジが聞いてやろうと言ってくれたんだ。でも緊張してなかなか聞き出せなかったみたいだけどね」
シノレは笑いながらそう答えた。
そう言う事だったのか。
コウジらしいといえばらしいけど。
でも嘘をついてまで遠回りで聞く必要があったのかな?
少し釈然としないけど…まあ深く考えるのはよそう。
あれから2時間が経過した。
もちろん目的地にはついていない。
それは別に問題はないんだけど…。
なんだか場の空気が重い。
なぜだ?
答えはわからないけど、原因なら判明している。
私の名前だ。
私の名前を知ってからシノレもコウジもなにやら深く考えるようになった。
何か意味でもあるのかな?
熊谷忍に。
『熊谷忍という名前に関しては…お伝えできません』
…へ?
お伝えできない?
どういう事?
『………』
…だんまりがかえってきた。
何?
私の名前に何かあるの?
『………』
だめだ。
埒が明かない。
シノレに聞いてみよう。
「ねえシノレ」
「何かな?」
「私の名前、熊谷忍なんだけどね」
「うん」
「エルナスさんに聞いてみたら、知らないじゃなくてお伝えできませんって言われて教えてくれないんだけど」
私の言葉を聞いてシノレの顔がみるみる変化していく。
「そ、そうなんだ」
明らかに挙動不審だ。
「ねえ。シノレが知ってる事でいいので教えてくれないかな?」
シノレは顔を反らした。
「そもそもどうして私の名前が禁則事項のような事になってるの?」
「……」
「もしかして寝言の話は嘘なの?」
「……」
「オイ、コノバシャモヤスゾ!」
最後の脅しが効いたのか、シノレは小さくため息をついた。
やっと教えてくれるみたいだ。
「お伝えできません」
ちょ!?
まさかのエルナスさんのものまね?!
何で教えてくれないの?
「じゃあコウジ。教えてよ」
コウジは背中を見るだけで動揺してるのがまるわかりなくらい動揺してる。
「オツタエデキマセン」
コウジ、お前もか!
「もうなんで教えてくれないのよ!私の事なんだから教えてくれてもいいでしょ!」
見苦しくひっくり返りながらジタバタしてしまった。
「お伝えできません。今はね」
セリフの変化に私はピタっと動きを止めた。
「…今は?」
シノレはうなずいた。
「伝えるべき時期が来たら伝えるよ」
「いつ?」
「その時はそう遠くないと思うよ」
「…わかった。じゃあそれまで待つよ」
釈然としないけど、教えてくれないんだし仕方がない。
でも…本当に教えてくれるのだろうか?