第41話 4神教の企み(三人称視点)
城に到着するとすぐに出迎えが来た。
「よくぞ参った。ささこちらへ」
しかしその出迎えはコウジの姿を確認するなり鼻で笑い、コウジの前を遮った。
「失礼ながらこれより先は従者は入れませんので、お引き取りください」
さすがにその態度にムっときたようだけど、とりあえずシノレの指示を待った。
「バドラーさん、彼は従者じゃない。僕の用心棒だよ」
バドラーは再度コウジを一瞥して肩をすくめた。
「このようなみずぼらしい恰好の者が護衛ですか。シノレ様も酔狂が過ぎますな」
今のコウジは鎧を装備していない。
一応剣は腰にぶら下げているもの普段着である。
とても登城する恰好ではない。
コウジはもとから登城する予定はなかったので、恰好を責められるのは酷な話である。
「何より城内ではこの者よりとても腕の立つ衛兵がいますので、その心配はございません」
コウジはキレる寸前だったけど何とか堪えた。
「この城内で彼より腕の立つ者など存在しないと思うよ」
シノレは楽しそうに笑う。
その言葉にさすがにバドラーはムッときたようだ。
「そのような戯言をおっしゃっているから貴方は軽く見られるのですよ」
なぜかシノレではなくてコウジが切れた。
「まさかこの国の貴族がシノレの事を軽く見ているとは驚きだ。シノレの作った刻印具をあますことなく享受しているくせによ」
貴族を、いやこの国を馬鹿にした用心棒風情このままにしておくわけにはいかない。
バドラーは厳しい目つきに変わる。
「貴様、たかが用心棒のくせにいい気になるな」
バドラーは今でこそ侍従長という役職についてはいるものの、昔は近衛騎士団の団長を務めたほどの男だ。
「腕は立つように見えるが、自らの腕にうぬぼれている若造は少々痛い目を見たほうがいいだろう」
ふたりの目線がバチバチとぶつかり合う。
「おー、いいねえ。歴戦の猛者と勇者の一騎打ち!闘技場で戦えば見物料を沢山とれそうだよ」
茶化すように両人を煽る。
「見世物になる気はないよ」
コウジは軽く肩をすくめた。
「ゆ、勇者だと!まさか貴様が帝国に召喚された勇者のコウジ・タチバナなのか?!」
「自己紹介が遅れたがその通りだ」
バドラーはさすがに冷や汗をかいた。
うらめしそうにシノレをギっと睨む。
そして何事もなかったかのように、こちらですと二人を案内した。
通されたのは貴賓室だった。
「こちらでしばらくお待ちください」
そうつげるとバドラーは一礼して去っていく。
「ったく。あの爺さんの事をわざと煽っただろう?」
コウジは呆れた顔でシノレを見る。
「おかげで面白いものが見れたよ」
シノレはクスクスと笑っている。
「俺は全然面白くなかったぞ」
まあまあとシノレが宥める。
「そんな事よりもあの爺さんは絶対にシノレの事を蔑んでるぞ?」
「大丈夫、僕もあの人の事は嫌いだから。僕の事を軽く見てる人の急先鋒だからね」
コウジはため息をひとつついた。
「だからって俺を当て馬にするなよな」
恨むような眼でシノレを睨む。
しかしシノレはにこやかな顔でその視線をはじき返した。
「そんな事よりもなぜこんな部屋に通されたんだろうね?」
「俺たちの会話を盗み聞ぎするためだろうさ」
コウジの即答にシノレはさすがに驚いた。
「へぇー!それもゲーム脳かな?」
「当たりだ」
ニヤっと笑いながら答える。
「なぜ盗み聞きをするのかを教えてくれないかな?」
いいぜとコウジはうなずく。
「いろんなパターンがある。まずは主君の悪口を言っていないかどうかだ」
「ふむふむ」
「次に二人以上いる前提だけど、貴族がよからぬことを企んでいないかどうかを確認するんだ」
「なるほどなるほど」
「後はここで聞いた話を先に披露する場合もある」
「ん?」
「ここで何々の刻印具がやっと完成したんだって話をしたとしよう。そして謁見の時に盗み聞ぎをした奴がそれを先に言って俺たちを驚かせるんだ」
「あー、なるほどね」
納得がいったかのように手を打つ。
「もしその時にひとりしかいなければ、侍従あたりがやってきてさりげなく話を振ったりするんだ」
「あはは、すごいねゲーム脳の知識は」
「まあな。でもこの世界では役に立つんだけど、元の世界だとほとんど役に立たない知識なんだぜ」
嬉しそうな悲しそうな顔で肩をすくめる。
「お待たせしました。国王陛下がお待ちです」
バドラーが入室して軽く頭を下げる。
「あれ、早かったね」
「俺たちから聞くべき事がなかったからだろ」
なるほどとシノレは納得する。
そしてバドラーが先導で謁見の間へと案内された。
「導師シノレ、出頭の令により参上しました」
シノレは国王の前で膝をつき首を垂れる。
コウジもシノレの右後ろで同じ行動をする。
謁見の間には国王と重臣達とクロエにバートン、それにバーキル・ラクナス・セリナス教会の司祭、さらになぜかコウジの監視官までいた。
「なんでエリシュがこんなところにいるんだ…」
頭を下げながらコウジが聞こえるかどうかの小さな声でつぶやいた。
「シノレ殿、使い魔はどこにいる?」
宰相ヤングが早速口を開いた。
シノレは頭を上げてその質問にいつもの口調で答える。
「まだ召喚してないけど?」
その言葉に苛立ちを覚えたのかヤングは声を荒げた。
「だったらさっさと召喚しなさい!」
しかしシノレはどこ吹く風である。
「なぜ?」
「なぜではない!シノレ殿と件の使い魔に出頭を命じたのだぞ!」
「そもそもなぜ出頭させられたのか、その理由をまだ聞いてないんだけど?」
「それはこれから話すところだ。それよりもなぜ部外者を連れてきたのか!そもそもそこな者は誰かね!」
沈黙を守っていた監視官エリシュが1歩前に出た。
「彼は帝国が召喚した勇者、コウジ・タチバナです」
勇者と聞いて周りが騒めきだした。
あれが勇者か。
まさか勇者が来るとは。
なぜ勇者を連れてきたんだ?
「静まれ!」
国王の一言で場がシーンと静まり返る。
「勇者コウジ・タチバナよ。初めて会うな。俺はこの国の王グランツェル・フェリスだ」
コウジはもう一度膝をついて首を垂らした。
「俺は…私は勇者コウジ・タチバナです。この度は謁見出来た事を真にうれしく思っております」
通り一遍の挨拶を済ませてシノレの脇へと下がる。
(まさかこんな適当な服で謁見するとは…やはりちゃんと着替えてくればよかった)
コウジはかなり後悔している。
「さて話を戻そうか。シノレよ。使い魔を召喚せよ」
国王命令である。
「なぜですか?理由がわかりません」
「貴様!国王命令だぞ!」
筆頭公爵であるベルマーが怒鳴る。
「そもそもなぜこんな危険な場所に国王をがいるの?」
ベルマーは眉を顰める。
「危険だと?!」
「そうだよ。ここはすでに魔力の領域内だよ?」
その言葉に国王の眉が跳ね上がった。
「まさか!そんなはずがなかろう。ここには城の結界が何重にも張り巡らされているのだぞ!」
ヤングが叫んだ。
「まあ別に信じなくてもいいけどね」
シノレの言葉にクロエとバートンが国王の近くにまで寄る。
そしてコウジも顔に焦りを見せ始めた。
(まさかこんなところでドンパチを始めるのか?くそったれ。フル装備してくればよかった)
「そうやって不安を煽って…一体何のつもりだ!」
ベルマーが吠える。
「別に煽ってないけど?本当の事を言ってるだけだよ」
「それが煽ってるというのだ!」
シノレは溜息をついてやれやれと肩をすくめた。
「まあいいや。それでここに呼んだ理由を教えてほしいんだけど?さっさと終わらせて帰りたいし」
見かねたクロエが助け舟を出す。
「ここに呼んだ理由は4教がナァズの異端審問をこの場で行うためよ」
シノレは顎に手を添えて考え出す。
「たしか王宮はこの問題を静観するって言ってなかったっけ?」
「事情が変わったのだ。帝国からの強い要望でな」
ベルマーは忌々し気にそう言い放った。
「そうです。わが帝国も貴方の使い魔は危険だと判断しました。本来であれば即刻契約を解除していただきたいところですが、貴方の言い分も聞かないといけないのでこの場を作っていただいたのです」
エリシュはまた1歩前に出て理解を求めてきた。
しかしシノレの興味は4教のほうにあった。
「ところで4教と言う割にはエルナス教の司祭はいないみたいだけど?」
「無論エルナス教からも賛同を得ている。シノレ導師が気にする必要はありません」
バーキル教の司祭ランツがそう答える。
以前シノレに言葉を封じられた司祭だ。
「しかし異端審問をやるんでしょ?そんな大事な場面なのに欠席しちゃうんだね」
シノレはクスクスと笑う。
「賛同を得ていると言ったであろう」
忌々しそうにシノレの顔を睨む。
「さっさと使い魔を召喚していただきたい」
「では僕のほうからもひとつ。その懐に隠している祭具を出してくれませんか?」