城砦
あの二人組には最後まで気付かれることはなく、他のバカ共にも見つかることなく移動は順調に進んで無事目的地に到着できた。
昨日の昼に目にした自分たちの城、銀月同盟の拠点はいまやすっかりと様変わりしている。
『派手にやられたなぁ』
『これは中も相当荒れていると見たほうがいいか』
オレの呟き思念にルナさんは冷静なコメントを返してくる。けれど見上げる拠点の有様はルナさんの言葉も頷かせるものだ。
元の外観はライオン○マンションとかで見られる少しお洒落な感じの建物だったのだが、今はあちこちに大穴が開いて一目で荒れ果てているのが分かる。所々焦げていたり、融けていたりするところを見ると魔法とかの攻撃を受けたのかもしれない。
ここまでの攻撃を受けちゃリーダーが逃げろと言ってもおかしくないか。
『大丈夫かい? また気分が悪くなったりとかしないか?』
『ありがとうございます。大丈夫っす、こうなっているかもって予想だけはしてましたから』
表情の変化は少ないが、気遣ってくれているのは分かるルナさんの言葉はありがたい。実際、覚悟らしきものはしていた。だからさっきみたいな無様な姿をさらさずに済んでいる。
確かにタカを殺したあいつと戦うにしても装備を整えなくては話にならない。そのためにここに戻って来たんだ。ルナさんの言うように一度落ち着いてからの話だ。
第一、オレは臆病者チキンだ。あのとき戦うよりも逃げることを選んでしまったし、さっきなんかは逃げることさえ出来なかった。これじゃあ落ち着いてからも戦うことなんて出来そうにない。
いま見える拠点の有様もこんな沈んだ気分に拍車をかけてくれる。この様子ではオレの装備一式が無事な望みは薄いなぁ。
『ともかく、中に入っちゃいましょう。外で夜を明かすよりはマシっす』
『そうだね。君の部屋は?』
『四階の三号室』
『ん、了解。まだ中に敵が潜んでいるかもしれない、警戒しよう』
ルナさんが西部劇で見るような銃を構えながら拠点に入って行き、オレもそれに続いていき、後ろから黒ヒョウがついて来る。
市街地に入ってからずっとこんな隊列のままだけど、見た目は年下に見える女子に危険な先頭を任せるのは複雑な気分だ。例え頼もしさで比べようもなく勝っていても、何とも言えないモヤモヤが腹の辺りに溜まる気がする。
昼に市街地に入る時、自衛用の武器として斧と拳銃を渡された。その時に聞かれたのが「銃を扱った経験は?」という質問だ。あんな台詞、映画の中でしか聞いたことがない。
ごく一般的な日本の中流家庭に生まれた身としては当然答えはノーである。ルナさんも「だろうね」と言って手取り足取り銃の扱いを教えてくれたが、そうすると彼女は相当に銃の扱いに長けた人なんだろうか。ナゾのある人だ。
屋内に入っていくオレの手には斧、腰に拳銃を差して気分はホラー映画に出てくる殺人鬼の気分。
銃よりも斧を持っている方がしっくりくるのは、きっとこの『マサヨシ』というキャラが接近戦用にパラメーターが振られているせいだと思う。
ゲームの『エバーエーアデ』では装備に設定されているステータス条件を満たせば、どんなキャラでもそれを装備できるようになっていた。けれどやはり熟練度は設定されているし、それを装備してレベルアップしていくとその系統に適したパラメーターになっていくようになっている。
昨日今日で武器をもったキャラと、その武器をずっと使いこなしてきたキャラでは同じ武器でも与えるダメージが違っていたのだ。
ゲームのことがここに反映されているなら、今まで銃を使ってこなかった『マサヨシ』が斧の方を頼みにする心理は当然の流れなんだと思う。
斧ならメインに使っていたし、握っていても拳銃なんかより頼もしさを感じる。銃みたいにチマチマした感じはしないし、扱いも単純で威圧感もある。うん、オレは斧でいいや。装備整えたらルナさんに銃を返そう。
つらつらとそんな事を考えながら、室内を進んでいく。
月明かりや生き残った街灯の明かり、あとは今も燃え盛る建物の明かりが開放型の廊下から差し込んでくる。それでも外よりも暗いことは確かで歩くには少し不自由を感じる。かといって、ここで明かりを灯すのはマズイのはオレでも分かる。廊下から差し込む光だけを頼りに進んでいくしかない。
廊下を進み、階段を四階分上がっていき、また廊下をすすむ。オレの、いや『マサヨシ』の部屋までは慎重に進んでも数分で着いてしまえる距離だ。この短い距離と時間でも拠点の受けた被害の大きさが目に飛び込んできた。
壁は幾つも小さな穴やヘコミ、焦げた跡や融けた部分もある。中にはなんの冗談か巨大なスプーンで抉ったような場所もあった。
床にはがれきが散乱して、小さな金属の筒が幾つも落ちている。拾ってみるとそれは使い終わった銃の弾、空薬莢だ。どうもここで銃撃戦があったみたいだ。今はホコリ臭いけど、ここも昨日は硝煙の臭いで一杯だったのかもしれない。
不思議だ。こんな風に考える余裕があるなんて思ってもみなかった。緊張があり過ぎてオレの中で何かが一周して平静な感じになってしまったのだろうか?
奇妙な可笑しさがこみあげてきて、小さく「くくくっ」とやっていると、後ろの黒ヒョウから声(思念か?)がかかってきた。
『おい、貴様。あまりの事態にとうとうオカシクなってしまったのか? 予め言っておくが変な気は起こしてくれるなよ。そして何より主を巻き込んでくれるな』
『失礼な。大丈夫だって。ただ、さっきと違って今は妙に考える余裕があるなぁって、その辺りが変に可笑しくなってさ』
『ふむん。その余裕、日が出てからも続けばいいのだがな』
『は? どういうことさ?』
『少し考えれば分かるだろう? ここは昨日戦場だった。多くの人命が失われた場所だ。今は暗いし、場所も離れているがかなり濃い血の臭いがする』
『……サイトーさん達かも』
『それがここの拠点のメンバーを指すのだったらおそらくはな。街を脱出するのだから弔っている時間はないだろう』
緩みかけた精神に冷たい水をぶっかけてくれた黒ヒョウ。妙に優雅に揺れる尻尾が憎らしく見える。
オレの鼻じゃここから血の臭いなんて分からない。精々が瓦礫の出すホコリっぽい臭いぐらいだ。けれどここに数多くの遺体があると黒ヒョウは言う。
昨日のサイト―さんが出した最後の念会話のことを思い出す。あの時点で相当な被害があったと思うし、思い返せばサイト―さん自身も苦しそうな調子があったから深手を負っていたかもしれない。
きっと明日の朝にはみんなの遺体とご対面なのだろう。またも気が沈む。
『覚悟だけはしておく』
『そうしてくれ』
黒ヒョウにそんな事を言われても足は進んでいく。オレの目や鼻には廃墟の一つに過ぎないここも奴には戦場跡に感じられる。それが少し悔しい事と思いながら。
◆
ここまでの道のりと比べたら、あっという間の時間でオレの部屋の前に辿り着いた。
四階の被害は建物の中でもそれほどではなく、オレの部屋も外から見た限りは無事っぽい。変なところで運があるものだと自分の運勢について考えてしまいそうだ。
「……っ」
ルナさんと黒ヒョウの視線に促されて、腰のバッグから部屋の鍵を出して鍵穴に差し込む。鍵を回すとあっさり解錠、周囲の廃墟ぶりからすると信じられないほどの無傷っぷりだ。
ノブを回して金属製の扉を開けば、昨日見た『マサヨシ』の部屋がほぼそのままの状態でそこにあった。
『なんとも、運がいい』
『そうだね。いくら攻撃側にムラがあったといっても、ここまで無事というのはちょっと珍しいかな』
『被害らしい被害は窓ガラスが割れている程度か。貴様、何か憑いているとかか?』
『そんなの無いし! ほら、入ろうっ』
アホな事を言ってくれる黒ヒョウとルナさんを押し込むように部屋に入れる。
街の周囲は荒野だ。凍える夜は屋内の暖かさでしのいでいくしかない。窓のカーテンは明るさを諦めて閉めることにして、床に散乱したガラスはひとつひとつ拾って部屋の隅に纏めておく。他になにか被害を受けたものはないか点検していき、ゲームでの装備がキチンとあるか確認してみた。
CG処理された画像のみの存在が今は目の前に圧倒的質感で存在を主張している。
鈍い金属の光沢が凄みを匂わす戦斧バトルアックスに重量感もタップリな長柄の槍斧バルディッシュが装備を入れておくロッカーに収まっていた。昨日ここを出るときにも見たが、もう一度見ても存在感がありすぎる代物だ。
ゲームでの『マサヨシ』は主にこの二種類の武装を使い分けて振り回していた。今度はオレがその真似をするわけだ。そうしなければここでは身を守れない。
「マサヨシ君、装備は見つかった?」
「ええ、見つかった。あ、借りた武器返しますね」
「別に貰ったままでもいいんだけど、荷物になるか。分かった」
ルナさんから渡された斧と拳銃を返す。結局使わなかったけど、今回はそれがベストなことだ。ゲームと違って、これからは戦うことは避けなくちゃいけないらしいしな。
ロッカーから防具も出す。全身を覆う帷子と金属板で構成されたそれは、魔法を吸収して銃弾すら弾く現実にはあり得ない防御力をもつとされる鎧だ。ゲームでは重装甲装備の一種、『城塞甲冑・ギガント』と割とストレートな名前がこの鎧にはあった。
「はぁ、ギガントとは。随分と凄いの使っていたんだね」
「デカブツにはお似合いな代物だな。良い盾役になりそうだ」
「おいこら、そこの黒いの。なんか言ったか」
「いや別段」
失礼なことをのたまう黒いのは無視するとして、部屋の中を物珍しげに見るルナさんに目が向かう。
部屋に入った時から会話は肉声になっている。やっぱり慣れない念での会話より慣れた方法が一番らしく、頭の重みが取れる感じがした。脳の辺りにでも負担がかかっていたのかね?
ともかく、ルナさんという女の子を部屋に入れるのはオレの人生初な訳でして、少し緊張してきた。
メンバーはルナさんの住み処にいる時と変わらないけど、あっちは彼女に失礼だけど廃工場だ。歴とした住居という空間にこうしていると違った緊張感が生まれる。やばい、また会話がなくなるかもしれない。
ああ、そうだ。その前にコレ着なくちゃいけないか。
「えっと、これどうやって装備するんだ? ゲームだとボタン一つなのに」
今までの人生で全身甲冑を着るというある意味素晴らしい経験はオレにはない。中世を舞台にした騎士が出てくる映画を何本か見た事はあるけど、いずれも着たり脱いだりするのは大変そうで従者などの手伝いがなければダメという話もあった。このギガントもあちこちにベルトやホックらしい部分が見えるけど、一人で脱ぎ着するのは難しそうだ。
オレの言葉からルナさんもその事を察してくれたみたいで、「装備するなら手伝おう」と言ってくれる。嬉しいけれど女の子に着替えを手伝ってもらうのは昔に母親が着替えを手伝って以来の事で、恥ずかし過ぎるのではないだろ~か。
そんなこっちの理由を察してくれたか分からないが、黒ヒョウが助け舟を出してくれた。
「ギガントほどの鎧ともなれば自らの意思を持っているものだ。所有者が身に纏いたいと鎧に念じれば応えてくれる」
「念ずるって、こうかな――って、うぁぁぁあああ!」
黒ヒョウの言葉通りに鎧を手に持ったまま「着たいな~」というのを念会話の感覚でやってみたら、鎧が爆発するように広がってオレに覆いかぶさってきた。
まるっきり大口を開けたワニかカバさもなきゃサメだ。バクンっと目の前が真っ暗になり、食われたような感じに口から悲鳴が出る。直後、体全体が少し重く感じられた。
「おおぉ、これは凄いな。こっちの鎧ってみんなこんな風に自動で着脱ができるものなのか?」
「いいや、こういう真似が出来るのは名のある鎧ぐらいなものだ。器物に宿る意思が持主の求めに応じるという理屈でな。おい、いつまで目を閉じている。眠いのかね」
「えぅ?」
黒ヒョウの声に目を閉じていたと分かり、目に力を入れてまぶたを開ければさっきと変わらない室内。違いは手に持った鎧がなく、全身が若干重く感じられることと、視界に入っている自分の腕が装甲に鎧われていることだ。
視線を下げてみると鈍い輝きをもった金属の装甲に覆われた自分の体がある。あ、なんか既視感。昨日もこんな感じだったな。
「ちょっと、鏡見てきます。ルナさんはテキトーにくつろいでて下さい」
「了解した。今日はここで夜を明かすことになるな」
「ベッドが汗臭くて横になる気にならんな。主、ここは床に布団でも敷いて休むとしようか」
「臭いうんぬんはともかく、私たちは外様な訳だから床なのは賛成。マサヨシ君、布団借りるよ」
「ああ」
ルナさんの声につい生返事をしてしまいながら、バスルームの鏡の前に向かう。歩く度、金属板が小さく鳴ってこすれる。映画で見た騎士や鎧武者よりもガチャガチャと音がしない辺りが妙にリアルだ。
鏡に映ったのはディスプレイで見た『マサヨシ』そのものの姿だった。アニメが実写になると酷くガッカリとさせられることがあるけれど、これにはそんな事はなかった。むしろ深い充足感が胸から湧いて出てくる。
全身甲冑の厳つい巨体が見る者を圧倒する。ゲーム画面越しでは感じられなかった圧迫感を覚える。自分の体だと認識するようになってこれだ、見る者に与えるプレッシャーは相当なものになりそうだ。兜の面体も獣を意識した感じだし、見た感じは金属のクマだ。
オレってやっぱり現金なものだなぁ。さっきまであんなに落ち込んでいたのに、こうして新しいオモチャで一気に気分がよくなる。シリアスが長続きしないとも言う。
自分の現金さに苦笑しつつバスルームから出ると、ルナさんが床に布団を敷いてくつろいでいた。
具体的には組んだ腕を枕に仰向けになって膝を立てている。そんな事をすればスカートの中身が――ああ、黒とは下着まで大人っぽいや。
「うん? どうかした?」
「いえいえいえいえっ、何でもないですよ? あ、そうだ。ここまで護衛してくれたルナさんには何かお礼しないと」
非常に無垢な感じで向けられた視線に耐えらません。そして何とかごまかそうと考え、すぐに出てきた提案に飛びついた。
兜の面体を上げて視界を広く取ると、近くにあったアイテム保管用の棚に手を突っ込む。
とっさに考えたにしては良い案に思える。何しろリアルで命の恩人だ。この人がいなければオレは間違いなく死んでいたし、そうじゃなくてもロクでもない目に遭っていただろう。
この機会に何か形として残るお礼をしておきたいな。ルナさんは高レベルの人っぽいし、ちょっと貴重な物程度じゃお礼にならないかも。
何かお礼になりそうなもの、とテンパりながら棚を引っかき回すオレの行動をルナさんの手が止めた。
「いいよ、今はお礼なんて考えている時じゃないから」
「ルナさん?」
手甲に包まれたオレの手をルナさんの白く細い手が掴んで止める。見た目に反してパワフルで、掴まれた手が動かない。
「そういうのは街を脱出して、お互い無事だった時に落ち着いた先でしよう。これから君に助けられる事だってあるだろうし、その時は私が君にお礼する事になる」
「あー、そっすね。気が早すぎた。ルナさんにお礼されるようガンバリます」
「うん」
パッと手が離れ、また床に敷いた布団に座るルナさん。うん、今度は見えないからヨシ。
その横で猫状態になって丸まっていた黒いのが睨んでいるけど、気にしたら負けだ。
ルナさんが掴んだ部分をさする。軽く金属のこすれる音と感触が伝わる。ゲームでの設定がここでも反映されているなら魔法や銃弾すら通じない装甲を纏っていることになる。この重量感ある感触が何とも頼もしく感じられる。そうだ、オレはもう守られるだけではない。そんな風に確信させるだけのものがここにあった。
まずはルナさんにお礼をされるだけの事をしよう。今後のオレの秘かな目標はこうして出来上がった。