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瓜二つの黒



「コクウ……じゃないわね」


 黒い髪に黒い瞳。その顔立ちはコクウと瓜二つだったが、吸血鬼の独特の瞳と雰囲気がなかったから彼が別人だと気付くのにそう時間はかからなかった。

体格も似ているが服装は違う。彼はコクウが羽織らない黒のジャンバーを羽織っていた。身長もほんの少し低い。声はそれほど似てなかった。

前に話に聞いていたコクウの玄孫だろう。


「…お前、アイツの知り合い?」


 コクウの顔で、冷めた目を向けられると変な感じだ。

あたしが裏現実者だと気付いて警戒し、彼はあたしを睨み付けた。


「てゆうか…あ?お前、山本椿じゃねーか」


あたしの顔を凝視して彼は気付く。うわ。なんでこう表現実者に気付かれるのよ。


「なんだ、やっぱりよぞらの推測通りだったのか。やるじゃん、よぞら」


あたしに向ける顔とは比べ物にならないくらいの笑顔を舞中さんに向けて大袈裟なくらい誉める。嬉しかったのか舞中さんは照れた表情をするが、あたしの視線に気付いて背筋をシャキッとした。


「九城黒葉です。黒葉、笹野椿さん」


簡潔に舞中さんがあたしと彼を紹介する。


「帰って。」


九条黒葉に向かって笑顔で言い放った。


「嫌だ。今日来るって言ったじゃん」

「来ないでって言ったもん」

「可愛い」


微笑みを向ける九条黒葉と呆れ顔をする舞中さんを交互に見る。

九条黒葉は舞中さんに気があるようだ。舞中さんの方には気がないみたい。

九条黒葉は本当に似てる。微笑みかけるその横顔が、コクウとそっくりだ。

 顔もそうだが、その微笑みが一緒。

 あたしに向けてくる眼差しも。

コクウの玄孫が彼女を想っている。本当に可笑しな話だ。

あたしの知り合いは全員、舞中さんと接点があるわけ?


「あ。お前か!紅色の黒猫!」

「…黒葉、知ってるの?」


不意に九条黒葉があたしを振り返った。どうやら二人の世界には入らなかったらしい。

あたしの通り名に反応した様子からしたら、舞中さんは知ってたみたいだ。白い短剣のデザインを書いたのは彼女。きっと白瑠さんから聞いたのだろう。


「裏じゃあ有名さ。日本の歴史に残る大量殺戮をした殺人鬼じゃん」


九条黒葉はコクウから聞いたのか。

おどけて言ってみせる。

彼は裏現実を伏せて、あたしの噂についてを舞中さんに話した。

舞中さんは楽しい話みたいに目を輝かせて聞いている。

九条黒葉があれやこれやと話している間に、時間は過ぎていった。

 夜はコクウに会いに行かなきゃいけないから、二人を残して舞中さんの家を後にする。

今夜はラトアさんとハウン君が舞中さんについてくれるはずだ。

気が重かったが、心臓のことを知った白瑠さんと藍さんに会うのはもっと気が重い。命に関わると白瑠さん、怖いから…。

悪寒を感じつつも黒の集団がいる屋敷に向かった。


「……」


 扉を開くと埃臭い部屋にお目当ての吸血鬼以外全員そこに座っていていてあたしに間抜けな顔を向ける。

向かい合わせた四人がけソファーで殺し屋と狩人、蠍爆弾にレネメンにアイスピックに火都。

離れたテーブルにナヤにカロライにディフォ。皆手元にお酒を持っているから、楽しく晩酌をしていたみたいだ。


「よう!椿じゃん!」


ソファーの背凭れに腰掛けていた遊太が一番に笑いかけた。


「なにかのお祝い?」

「ただ飲んでるだけ」


かははと笑いながら手に持っていた缶ビールを飲み干す。


「お嬢さんもどうぞ。いや、久しぶりだねー」

「遠慮するわ。…コクウに用なんだけど…」


アイスピックが差し出すお酒を押し返してあたしは問いながら、ディフォに目を向けた。


「呼んできてよ、椿。寝てるからさ」


だけど答えたのは遊太。

呼んできて。

同じ屋敷にいるのに呼んでやらなかったのは、多分コクウに無視されたからだろう。

コクウは時折不機嫌になると一日中、誰とも口を聞かなくなる。例外はあたしだけ。


「どの部屋?」


呼んでくるつもりはない。コクウと出掛けるつもりだから。

あたしは一人呼びに行こうと部屋を訊いたら、ディフォが瞬時にあたしの前に現れた。

「こっち」と先に部屋を出る。

案内してくれるようだ。

 悪魔が憑いていると明かしてから初めて二人きりになる。結構ディフォとは仲良くなった仲だと思うが、あれ以来あまり話していない。


「……ディフォ。あたしのこと嫌い?」

「……女は恋愛対象外」


 いや、そうじゃなくて。

ディフォが同性愛吸血鬼だってことは知ってる。あたしが恋愛対象外だということも。


「聞いたよ。生かされてるんだろ?アンタを嫌ってなんかない」

「…そう」


あたしは俯いて微笑む。

安心した。

コクウ達からヴァッサーゴがあたしに憑いている理由を知って、宿敵の悪魔が憑いていても嫌ってない。


「ところで、今は誰がセフレなの?あの微笑兄貴?それともあの眼鏡」

「…………………………。」


真顔で訊いてくるディフォにあたしは遠い目をした。うん。変わらないな、コイツ。


「将来的にはどっちが愛人になるの?白?それとも黒?」

「…夫と愛人が常に殺しあうことになるわね、それ」


あの変態達の変態トークよりは随分ましだ。まし。うん。まし。


「ぶっちゃけ白と黒、どっちが気持ちいいの?」

「コクウの部屋、どこかしら?」


 ディフォの通常運転を回避してあたしはコクウの寝室に入った。

ニューヨークのアジトのコクウの部屋と同じような寝室。どっかり中央に置かれたキングサイズのベッドに、コクウは黒猫のマフユと一緒に寝息を立てていた。


「コクウ」


 あたしは呼び掛けながら歩み寄る。コクウは反応しなかったがマフユが起きてあたしに近付く。

「コクウ」とコクウの額を指先で小突けば、漸く目を開いた。


「んぅ、椿…?…椿ぃ」


 あたしを視認したコクウは、にっこりと眠気たっぷりな笑みを浮かべて両手を伸ばす。捕まる前にあたしは一歩下がって避けた。

ベッドに引きずり込まれたら何されるかわかりゃしない。


「………」


 コクウはあたしの左手に目を向けた。

少し焦ったが、あたしはあえて反応しないようにじっとする。

洗っても消えない血のニオイにコクウが気付くことは予想していた。


「コクウ。例のシンガーソングライター見つけにいく?気分が乗らないなら、帰るけど」


 言うとコクウはパッと笑みを浮かべて飛び起きる。そしてあたしの左手を掴んで、屋敷を飛び出した。


「彼女が歌っている駅を見付けたんだ。まぁナヤがだけど」


 夕方で薄暗くなった空の下。あたしの手を引く吸血鬼は微笑みながら話した。


「ネットに配信してるだけの、シンガーソングライターよね?」


 ネット配信してるだけなのにシンガーソングライターと呼んでいいのか。

趣味のレベルにしては、人気がある。処女作のラブソングは女子高生の中でも話題となり、デビューの話もあるらしいが本人は断っているそうだ。


「ナヤは本人を見付けてないの?」

「本人を見付けるのは、俺と椿」


それはサラリと無視。

「名前は何?」と訊いてみた。


「あいな」

「あいな?」

「愛の名前で愛名」

「…ふぅん」


謎の歌姫、愛名。

歌声は透き通ってて感情豊かに歌っていた。あまり真剣には聴いたことはなかったが、コクウが好むならあたしも好きになるだろう。


「何人殺したの?」


なんの前触れもなく、コクウは訊いた。


「…四人。ちょっとしたお客さんを返り討ちにしただけ」

「それに白瑠は含まれてるの?」


気丈になろうと心掛けたが、コクウが白瑠さんの名前を口にしたから足が止まってしまう。

白瑠さんの血まで、嗅ぎ付けたのか?

繋ぐ手に、汗が滲んだ。

 振り返ったコクウは微笑みを向ける。優しげな笑みは、あたしを気遣うようだった。

そっと腰に腕を回してコクウはあたしを抱き寄せて歩く。


「次は殺しちゃうぜ。だからもう…」

「次はない」


あたしは強く言った。顔を上げられなかったが、はっきりと伝える。

次なんてない。次、彼を傷付けることなんてない。


「…やめなよ、椿。白瑠を傷付けてわかったはずだ。君が傷付く前に」

「堪えてみせる」


今度こそ顔を上げて、コクウに伝えた。

真っ直ぐに見つめて、何を言われても揺らがないと教える。


「治せるって、手遅れじゃないって、証明する」

「……強情なんだから」


声を上げるように言うと、コクウは溜め息をついて前を向いた。

それから黙ってしまったのであたしは、不安げにコクウの横顔を睨んだ。

なんか企んでない?黙ると何かしら考えてるから。

そこであたしの携帯電話が鳴った。表示される名前は、那拓蓮真。


「なに?」

〔なにじゃねーよ!どうゆうことだ!?なんでお前が彼女といたんだよ!〕

「そっちこそ、女の子といたじゃない」

〔は!?それがなんだよ!表の友達だよ!両方!表の人間と、なんでいたんだよ!?〕


用件は昼間の話。

遅かれ早かれ来るとは思ってたけど。

「遊太の弟?」とコクウは首を傾げた。あたしは答えないことで肯定する。


「あ、じゃあ一緒に来てた子が例の君を探してくれてた女の子?」

〔え?あぁ…まぁ…それがなんだよ…〕


蓮呀が蓮真君の仲良しの女友達。

そういえば声が似てるような…。

彼女だったのか。


「彼女と付き合いどれくらい?」

〔?…たしか…去年だったかな、去年の春〕


ということは一年近くになるのか。あたしより長い付き合い。

一度もそんな存在を匂わせなかったのに…。


「…妬けるわ」

〔は?……はぁ!?〕

「べーだ!」


見えていないが舌を出してあたしは携帯電話を閉じた。

 がしり。

その直後にコクウに頭を掴まれた。薄っぺらい笑みを浮かべてるが、明らかに怒っている雰囲気を放っている。


「なんで椿が妬くの?…ねぇ、プロポーズとかしてさ…なに?あの小僧は椿の何なの?」

「友達だけど。」


 プロポーズは蒸し返さないでほしい。冗談だってば、それ。

問い詰められるのがムカつくから振り払っておいたが、コクウは更にあたしを抱き寄せた。歩きにくいったらありゃしない。


「俺も妬かせようかなぁ……他の男のニオイをプンプンさせて」


 あたしの頭に鼻を埋めて吸い込むコクウ。白瑠さんのニオイでもしているのか。

きっとこの二人は相容れない関係なんだろう。あたしが二人の仲を最悪にしている元凶だけどね…。


「……………………」

「…ところでコクウ」


またもや黙りこんだので、思考を邪魔してやる。


「番犬の捜索はどうなったわけ?」

「また完全に手詰まり。日本人だから日本に来たんだけど、足跡がないからナヤもスランプ状態。一旦、戻って五年前からいる日本人をしらみ潰しに探した方が早そう」


日本人だから日本に来た。

それを理由に日本に滞在しているようにしか聴こえない。コクウはあたしを追い掛けて、日本に来たみたいだ。


「ふぅん。頑張れば」

「…冷たいなぁ。仲間なのに」


裏切っているけれどね。


「椿もアメリカに戻ろう」


コクウは言った。

あたしが顔をしかめてもお構いなしに告げる。


「例の実験をしようぜ」


例の実験。殺戮対象を人間からアンデットに変えて、殺戮衝動の暴走を防ぐ。

悪魔の秘宝で死体を操れるから、埋葬の墓場が多いアメリカに行こう。前も断った。

 オレは支えてくれた恋人を殺した

 アンタだって、その支えてくれる家族が大事だろ。ならやめるんだ。家族を殺してしまう前に

レネメンの言葉が過る。

同時に白瑠さんが崩れ落ちた光景が、浮かんできてあたしは暗い空を見上げた。


「…」


口を開きかけて、あたしは閉じる。

あたしは行かない。アメリカに行け。

そう言おうとしたが、アメリカにコクウ達のお目当ての番犬がいる。最悪、鉢合わせをしてしまう。

 さて、何て言おう。

暫くは日本にいると思ったから、アメリカでゼウスとして仕事に行かせた。


「考えとく」

「…うん」


 そう答えるとコクウは即答しなかったことを喜んで微笑んだ。罪悪感が募る。どうしよう…。




 迷っているうちに、目的地に着いた。奇しくもそこは、舞中さんの住む市の駅。

ショッピングモールと繋がる駅の通路。人々が行き交う。


「ここに来るの?」

「ああ、あそこだ。いつもあそこで引いてるらしい」


コクウが指差す先には、柱。

今は誰もいない。


「最近新曲を歌っているんだって。なんだと思う?」

「…なに?」

「吸血鬼の歌」


 楽しげにコクウは笑う。

吸血鬼の歌。自虐的に愉快になっているようだ。

吸血鬼映画も進んで楽しんで観る吸血鬼。その歌も楽しんで聴くらしい。


「ふぅん。純愛ソングから吸血鬼まで…引き出すが多いのね」

「来たら純愛ソングから弾いてもらおうか?」


 顔を覗き込んで、コクウは微笑む。愛しそうな眼差しで見つめるコクウは、まだ恋人気分のようだ。

釘をさそうと口を開いた。


「椿さん?」


そこで呼ばれて、あたしは声の主を捜すと、彼女。舞中よぞら。


「と……?」


あたしがいることに驚いていたが、それよりもあたしの隣にいるコクウを見てポカーンとしていた。

舞中さんがよく知る九城黒葉と瓜二つなのだから。

でもあたしと同じで違和感に気付いたようで、九城黒葉の名前を口にしない。戸惑っている。


「ああ、彼はコクウ。コクウ、舞中さんよ。言い忘れてた、貴方の親戚の九城黒葉に会ったわ」

「黒葉に?へぇ、じゃあ君が黒葉の恋人?」

「いいえ!」


 本当に忘れてた。コクウの玄孫と会ったことを言えば笑い声を漏らす。

恋人と訊かれてキッパリと舞中さんは首を振った。


「あれ?違うのぉ?」


身を乗り出してコクウは目を細めて舞中さんを見る。ビクリと小さく震えて舞中さんはキョトンとした。

多分、舞中さんの家に出入りしていたから九城黒葉に舞中さんの匂いがついていたのだろう。だからコクウは九城黒葉の恋人が舞中さんだと思っているようだ。

 半分正解。

九城黒葉は、舞中さんが好きだ。

「違いますよ」と苦笑する。


「親戚に言うのもなんですが…彼は………ストーカーなんです」


 舞中さんは笑う。

とても可愛らしい笑顔だった。


「何故かあたしは変人に一目惚れされやすい体質みたいで、一目惚れしたとかでいきなり急接近してきたんですよ。親戚ならわかるように彼って、危険なんですよね。勝手に我が物顔で家に入るし、俺のモノ呼ばわりするし、べたべたくっつくし、やたらスキンシップが激しいんですよ。いい顔して悪逆非道なことをする人で、いや、本当に無理です。あの人。どうにかしてくれませんか?」


 清々しいほど目映い笑顔で吐く。まるで今まで溜まっていた不満を親戚のコクウにぶちまけるかのように、笑顔だが刺々しく突き刺すように放った。

 …あれ?こんな子だっけ?

あたしはポカーンとしてしまう。

コクウも似たようなもので、薄い笑みを浮かべたまま目をぱちくりさせていた。


「献身的で優しい人だとは思いますが…本当に黒い人で、その献身的な優しさも計画のうちって人なんです。お世辞でもいい人とは言えません。ていうかあの人をどう育てたんです?」

「……うん、俺は育ての親じゃない」


コクウは受け止めることを拒否して身を引いて、あたしに問うような目を向けてくる。あたしはノーコメントと首を微かに振った。


「ところで……その…」


視線を落とした舞中さんが見る先は、コクウが握るあたしの手。


「そう、恋人」

「違うわ」


言いかけた疑問にコクウが答えるのであたしは否定した。


「彼もストーカー」

「おいおい、せめて元カレって言えよ」


首にコクウの腕を回されたからくぐって避ける。

舞中さんはさっきのコクウみたいに、笑みを浮かべたままぱちくりと瞬きしていた。白瑠さんに恋心を気付かせた本人だけあって気まずそうだ。


「あー、舞中さんは?何処かに出掛けるの?」


さりげなく他所を見る。ラトアさんの気配がするから、近くにいるはずだ。見張りでついてくれている。


「えっ?あたしはぁ……」


声を裏返して、舞中さんはぎこちなく笑みを作り、手に持っていたギターケースを後ろに避けた。


「……もしかして、貴女が…」


まさか。

そんな、まさか。


「愛名?」


コクウが続きを言った。

舞中さんは目を見開いて、口をポカーンと開けっぱにする。

途端に顔を真っ赤にした。


「えっと…えっと…えっ?」


フードでその真っ赤になった顔を隠して、舞中さんは大慌て。肯定だ。

それにしても可愛らしい反応。


「くひゃあ、可愛い。黒葉が一目惚れするわけだ。ファンです、一曲俺達のために弾いてくれないかい?ラブソングを」


笑い声を漏らしてコクウは握手しようと手を差し出した。余計なことまで付け足すので肘を打ち込んでやる。


「じゃあその、口止め料として…一曲…ラブソングでいいんですよね」


あたしの肘うちは見えなかったらしいく、慌てている舞中さんは承諾した。

謎のシンガーソングライターの招待は舞中さん。

 偶然とは思えない。

会うべきして会った。必然的な運命。

理由がある。なにか大きな理由。

彼女があたしの周りと繋がっていた理由。

 絶対に事件が起きる。

悪い予想ほど、よく当たる。

裏現実に来てからというもの、死にかける事件ばかり。寿命はとっくのとうに終わっていたからこそ、死にかけて周りの人を死なせていく。

とんでもないことが、起こりそう。

 今度は誰が死ぬ?

あたし?舞中さん?それとも、舞中さんが関わる全ての人?


「どうしたの?椿」


 コクウが囁くように呼ばれて、あたしは思考から引き戻された。首を振り、あたしはギターケースを開ける舞中さんを見る。

アコースティックギターの音の調節していた。舞中さんは深く帽子をかぶり、顔を見えないようにしている。

 黒葉には知られていないから隠したいようだ。だからこれは口止め料。元々ネットに載せている動画にも顔を隠していていた。

人前で歌うのに、顔は伏せている。

可笑しなものだ。


「タイトルは"そばにいて"」


 そばにいて。彼女の処女作。人気のラブソング。

コクウが頷けば、微笑んでから手元に目を落とした。

弦を指先で弾くと音が響き、人々の視線を集める。優しい音色。

彼女の眼差しも優しげだった。


 呼吸を感じる距離で君が呼ぶ

 それで気付いた 君が好き

 恥ずかしくて云えないから

 隣に座って笑いかける

  ねぇ 幸せをかき集めなくていい

 君がそばにいる それが私の幸せ

 だから そばにいて


想いを告げるような歌声。

それは間違いなく、誰かに捧げた愛の歌だった。




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