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楽しむ笑み



彼女は泥の中を咲き誇る花。

裏表なんてないみたいに笑う。






「お嬢!」

「引き継ぎます、休んでいいですよ」


 一人で舞中さんの家に向かって藍さんのバンを見付けて伝えておいた。


「よかった!丸一日死んだように眠ってたから心配したんだよ!」

「もう大丈夫ですから殴らせてください」

「文脈可笑しいよ!?」


騙して学校に潜入させたことは忘れていない。チャラになったと思うな。

あたしは藍さんの頭に拳骨を落とした。


「……」


バンの隅にいたラトアさんが無言のままあたしの心臓はどうかと問う。大丈夫、という意味を込めて頷いて見せた。

藍さんにもきっと幸樹さんから話してくれるだろう。


「あのアパートが彼女の家ですか?」

「うん、今はあの一室で一人暮らしなんだ」


意味深に呟く藍さんを横目で見つつ、アパートを確認する。

定時制高校に通う少女が一人で住むには家賃が高そう。建ったばかりの新品さが滲み出てる。


「……彼女に一着三万円でコスプレさせたんですって?」

「え?お嬢……嫉妬してくれてるの!?」


軽蔑の目を向けたら、目を輝かせてきたので思わず顔面を殴ってしまった。


「…強烈な猫パンチ……。ほら、つーお嬢と初めて会った時、着てもらったゴスロリあるじゃん。あれを着てもらったんだ、つーお嬢とサイズぴったりでもうツボ!!」


また拳を向けないように堪えつつ、彼女との間接的な共通点の多さに不可解に思う。


「お嬢がクールビューティーな子猫ちゃんなら、よぞらちゃんはキュートな子犬なんだ!」

「ラトアさん、状況は?」

「華麗にスルー!?」

「彼女に変わった動きはない。昨日は学校に行き、昼間は家から出ていない。彼女に近付くような裏現実者もいなかった」


そうですか、と相槌を打つ。

彼女を狙うような裏現実者はいない。


「引き継ぎます。お二人は休んでください」

「え?一人でよぞらちゃんにつくの?」

「はい、武装もしました。一昨日殺っちゃったので、自制も効きます。問題ないですよ」


羽織る赤いコートの中に殺し道具がある。今回は自己防衛のための道具。

殺戮中毒が殺戮を摂取をしたので、禁断症状で意識を飛ばして殺戮をすることはまずない。

殺さない努力は出来る。

 言えば藍さんは納得したようにうんうんと頷いたが、やっぱり心配そうに眉間にシワを寄せた。


「幸樹さんから話があるはずです。…行ってください」

「え?…うん…」


幸樹さんから話、と聞いて怪訝な顔をしたが、気になったらしく素直に頷く。

ラトアさんが目を見開いた。悟ってくれたらしく、藍さんを急かす。

気を付けてね。そう言ってから藍さんはバンで去っていった。

 それを見てからアパートに向き直る。


「クククッ。よかったな、これで家族に秘密がなくなった」

「久しぶり、V。ありがとう」


踏み込むと頭の中から、ヴァッサーゴの声が聴こえてきた。あたしはすぐに礼を言う。


「あたしの心臓動かすのは大変みたいね…ありがとう、生かしてくれて」

「………ケッ」


照れたらしく、またヴァッサーゴは沈黙をしてしまう。

 心臓の調子はどうなの?

あたしは口に出さずに訊いた。


「オレが出てる時に興奮するな、心臓止まるぞ」


ふぅん。ヴァッサーゴが顔を出している時は、心臓は危険になるというわけか。

 気を付けるわ。

 ところで、舞中よぞらなんだけれど…彼女は…その…。

あたしは何を質問するかわからず心の中で言葉に詰まった。


「楽しい仕事になりそうだな、クククッ」


どうやら未来と過去が見えるヴァッサーゴは、なにか見たらしい。喉の奥で笑うだけで教えてはくれなかった。

 あたしは追及せずに舞中よぞらさんの部屋に向かう。呼び鈴を鳴らした。

すぐにドアが開かれる。


「椿さん…!」


舞中よぞらさんはあたしを見るなり、驚いたように目を見開いたが嬉々とした笑顔をした。


「いいかしら?話がしたいのだけど」

「えぇ、勿論。……でも、その…今から銀行に行きたいんですけど」

「ああ…さしつかいないなら、同行してもいいかしら?」

「…はい」


今から出掛けるつもりだったらしい。肩からリュックを下げてる。

どちらにせよ、あたしは彼女についていきゃなきゃいけない。

少し目を逸らしたが、舞中さんは薄っぺらい笑みで頷いた。

それに引っ掛かったが、あたしは鍵を閉めた舞中さんの後をついていく。


「私、気絶させられちゃったんですけど。何かあったんですか?」


 それとなく一昨日について舞中さんは訊いてきた。藍さんが適当に説明していたとは聞いたが、気絶されたなら気になるだろう。


「見たら眠れなくなるもの」


それだけ言えばまずいことが起きたと伝わるはずだ。

あたしが殺人鬼だって知っているのだから。


「…ねぇ、どうして…。警察にあたしのことチクらなかったの?」


歩きながら話す内容ではないが訊いてみた。


「そんなことしたら殺されちゃうじゃないですか。白瑠さんとは友達になれたし、こうして椿さんと話せたし」


彼女は楽しい会話をするかのように、にこやかに笑う。

だからそれが可笑しいんだって。

あたしと白瑠さんが殺人鬼だとわかってて仲良くしているのが可笑しい。


「貴女って変わってる」


率直に言った。舞中さんは褒められたみたいに楽しげな笑みを溢す。


「変わってることが好きなんです。非日常が楽しいから」


それを聞いて、あたしは納得した。

彼女も幸せを願いつつも危険に首を突っ込むタイプで、殺人鬼と関わるスリルが楽しいんだ。


「…貴女っていつもそうやって危ないものに首を突っ込みまくるの?」


それが理由で命を狙われていると踏んで早坂狐月はあたしに守るように依頼したのかもしれません。


「貴女ほどではないですよ」


早坂狐月が差し出した写真と同じ、無邪気な笑みを溢す。

本当に変わっている。


「…銀行に強盗しにいくの?」

「ただバイト代が振り込まれたかを確認するだけですよー」


 冗談を言ったつもりではなかったが、舞中さんは笑った。

彼女が来た銀行は、以前あたし達が強盗した銀行だったのだ。なんつー偶然。


「バイトって、またコスプレ?」

「?、藍くんから聞いてないんですか?」


首を傾げてみせたが舞中さんは「あとで話しますね」と中に入いっていった。

あたしも続いて舞中さんに歩み寄りながら周りに目をやる。危険対象はいなさそうだ。

赤いコートが目立って身体検査されないといいが。

手帳で残高を確認する舞中さんを見張りつつ、裏現実者がいないか気を張る。


「強盗だ!!全員伏せろ!」


 そこに轟いた声に、嘘だろと振り返った。

マスクを被った二人組の男が黒いリボルバーを見せ付けて怒鳴っている。

おいおい。

一体自分が強盗した銀行で強盗に鉢合わせする確率ってどんくらい?

あたしはさっとポカーンとしている舞中さんのそばによる。


「前もここ、強盗にあったのに」

「そうね…」


とりあえずやり過ごして警察が来る前にあたしはさっさと逃げなくちゃ。表で騒ぎになるのはごめんだ。

だが彼女を一人にするのは危険だ。

 アイディア頂戴、ヴァッサーゴ。


「クハッ!!クハハハハ!こりゃ面白い!」


ヴァッサーゴは答えず、哄笑した。なに?またなにか見た?

 その時だ。

強盗の銃が吹き飛んだ。

それは唐突に目の前に現れた人物に蹴り上げられたから。

間入れず強烈な回し蹴りが一人に決められた。その一人が倒れるその頭上を通り過ぎて、もう一人に上段蹴りを決める。

あっという間に強盗二人を捩じ伏せた。


「全員伏せろ?何様だ、てめぇらに付き合ってらんねぇーんだよ。手間かけさせんな、自分の足でブタ箱に入れ」


腕を組んで見下す"彼女"はニヒルな笑みを浮かべて吐き捨てる。

ヴァッサーゴが笑ったのは、"彼女"だった。

 体型がわからないだぼだぼの黒いパーカーで黒い帽子を深く被っているが、あの夜会った少女だ。長い髪は帽子の中に隠しているようで短髪に見える。おまけに赤いバンダナを首に巻いてる様子は、赤い首輪をつけた黒猫を連想させた。

 彼女が強盗を撃退したことに、床に伏せていた客達は拍手を送る。それに気を良くしたのか、彼女は笑って手を振り返した。


「いい加減にしろよ!お前って奴は!」


その彼女の手を掴んで、手を振ることを止めさせたのはあたしがよく知る人物─────那拓蓮真。


「蓮呀さんになたく君!」


あたしの隣にいた舞中さんが二人を呼んだことで、二人があたし達に気付いた。


「おや!奇遇だねぇ、よぞらちゃんに──────べっぴんさんじゃん」


気まぐれそうな笑みをニッと浮かべて首を傾げる。

この前会った時と同じ。

違和感に気付いて、その真っ黒い瞳をあたしに注ぎ込む。


「よぞらに椿!?」


ギョッとする蓮真君があたしと舞中さんの名を口にした。

あたしと舞中さんは顔を合わせる。舞中さんはどうやらこの二人とも知り合いのようだ。

なんだ、これ。カオス。


「椿…?…このべっぴんさんが…」


べったりくっついている蓮真君の顔を見てから、あたしに目を向けた。その顔から笑みが消えている。

黒曜石のような瞳が、冷たく見えた。


「あの、椿さん…行きましょう」

「え、あぁ…」

「ではまた」


さっとその間に割って入るように舞中さんが入ってあたしの腕を引く。

どうゆうことなんだ?と蓮真君が訊きたげな顔をしていたが、舞中さんがあたしと逃げるように銀行から飛び出した。


「警察が来たらまずいです」

「…えぇ」

「あと、蓮呀さん。彼はレッドトレインの犯人を追っていたんで、気付いちゃうかもしれません」


 早々と銀行から離れながら舞中さんは教えてくれた。

レンガ?それはアダ名だろうか。今、彼と言った?聞き間違いかな。

レッドトレインに注目したからあたしが山本椿だって気付くかもしれないからさっさと連れ出してくれたらしい。


「まさかあの二人と知り合いだなんて…知りませんでした」

「……バイトで知り合ったの?」

「いえ。友達なんです。なたく君は…えっと…あたしの友達がなたく君の高校の卒業生で、その縁で知り合いになったんです」


歯切れ悪く答えた舞中さんは、少し悲しそうに顔を歪ませた。それを隠すように微笑んだ。


「蓮呀さんもその友達を通して知り合いました」


その友達。

もしかしたら──早坂狐月?

恋人ではないのか…?


「…舞中さん。貴女、恋人はいないの?」

「私がですか?いませんよ」


ぶんぶんっ、と舞中さんは首を振る。あれ?…じゃあ早坂狐月の片想い?

 この仕事、疑問だらけで面白くない。

早坂狐月とこの子の関係性。この子が狙われる理由。この子とあたしの周りの人間との関係。

 あたしの人生は常に波乱に満ちなきゃいけないのか?


「…なたく君とは、どう言った関係ですか?」


 遠慮がちに舞中さんは首を傾げて訊いてきた。


「友達よ」

「…友達」


納得できなさそうに俯くのを見てもう少し説明することにする。


「二回目のレッドトレインの犯人を探してる時に、漫画喫茶で仲良くなったの」

「…あぁ。そうなんですか」


今度は納得してくれたように頷いた。どうやら蓮真君は表の顔で舞中さんと接していたようだ。だから彼女にとって蓮真君は普通の子。


「その…レンガって子は、道端で会っただけ。つい最近。顔知ってるだけ」

「神出鬼没なんですよ」


クスリと舞中さんは笑う。


「蓮の花の蓮に口に牙と書いて、蓮呀。カラーギャングなんです、カラーは赤。喧嘩売ってやって、勝ったら敗者の金品を巻き上げる賊。それが蓮呀賊。本名は知りませんが、蓮呀さんがボスなんです」


カラーギャング?

あたしは眉間にシワを寄せる。

その反応を見て、舞中さんは笑った。


「カラーギャングなんてみたの初めてみた…まだ存在してたの?」

「はい。形を変えて、まだ存在してます。みたでしょ?蓮呀さん、自警団も兼ねててきっと強盗を待ち構えてたんだと思います。レッドトレインの犯人も見付け出そうとしてました」

「…正義感が強いカラーギャング?」

「あたしもそう思ってましたが…蓮呀さんはやりたいことをやるタイプなんです。憧れちゃいます…考えたら即行動して、今じゃあ東京の最強ギャングです」


 やりたいことをやるタイプ。

自由で身軽そうだった。気紛れなイメージが強い彼女は、何者にも縛られずしたいことを率直にやり遂げそう。

強盗に喰らわせた蹴りからすると相当喧嘩が強い。彼女はカラーギャングのボスをやって、やりたいことやっている。

 やっぱり。彼女とあたしが似てるなんて、勘違いだろう。

彼女とは全てが違う気がする。


「似てる」


ヴァッサーゴが言った。

 あっそ。

あたしは冷たく返す。

舞中さんは昔のあたしに似ているが、あの黒猫のような少女は雰囲気が似ているとヴァッサーゴは言う。

だけど、笑みを浮かべた彼女はあたしとは似てないと思う。あたしはあんな風には笑わない。

冷たいチェシャ猫の笑みではなく、心底楽しげな笑みを浮かべたあの笑み。

違いすぎると思った。








 舞中さんは簡単に部屋の中に入れてくれた。やっぱり女の子が一人住むには広いと感じる部屋。

窓際には銀色の机にパソコンが置かれている。その反対側にテレビ。黒革のソファに紅色のカーペットが敷かれたリビング。

 早坂狐月と会ったマンションの一室と雰囲気が似ていた。

カーペットを踏んだところで、ソファーの奥にはギターケースが置かれていることに気付く。趣味かな。


「えっと、座ってください」



舞中さんは緊張したように笑いかけた。

あたしがソファーに座ると舞中さんは椅子に腰かけて、居心地悪そうに視線を泳がす。


「その……あたしは…」


なにか言いかけたが、その時チャイムが鳴り響いた。

あたしも舞中さんも、玄関に目を向ける。

舞中さんは動かなかった。


「出ないの?」

「…いいんです」


笑みできっぱり言う舞中さん。

 ピンポーン。

またチャイムが鳴らされた。

それでも舞中さんは出ようとしない。居留守を使うつもりみたいだ。

 ピンポン、ピンポーン。

しつこくチャイムが鳴らされる。まるで藍さんみたい。

玄関の方を見てから、舞中さんに戻すと完全に無視をしていた。

 すると、ガチャっ。

ドアが開く音が聴こえてきた。舞中さんはガクリと項垂れる。廊下を歩む音と舞中さんの溜め息が聴こえた。


「不法侵入」

「よぞらが不法侵入した」

「あたしの家」

「俺の心」


 うんざりしたように舞中さんが単語を紡ぐように吐き捨てると相手は笑いを含みながら返しす。男の声。

やっとその相手があたしの視界にはいった。

目を疑う。

そこにいたのは漆黒の髪をした─────コクウ。

彼もあたしに気付いて目を向ける。


「誰?」


あたしは誰かと。

そう興味なさげに、舞中さんに訊いた。






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