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表現実の少女



例えるならば、光差すのは表現実。

闇に包まれるのは裏現実。

彼女はひだまりの中で。

あたしは闇の中。







────────差し出された写真に映る少女は、何かを笑っているようでその笑みは至極可愛らしかった。


舞中よぞら(まいなかよぞら)さん」


 目の前の青年が落ち着きある声で写真の少女の名前を口にする。この前の藍さんの電話相手だ。

 名前は早坂狐月(はやさかこつき)

長い前髪で眼があまり見えないが、ぼんやりした眼差しであたしを見ている。

あたしはそんな彼を見つめ返す。


「……Iさんから聞いてると思いますが、あたしは殺し屋を辞めたんです」

「殺しの依頼じゃない」


殺しの依頼じゃない?

あたしは少し不可解に思った。

いや、彼に会ってから不可解に思っていた。


「…こんにちわ、紅色の黒猫」


 藍さんがどうしてもと頼み込むから、依頼者に直接会いに来た。場所はマンションの一室。

呼び鈴を鳴らして出てきた彼は、あたしを見るなり目を丸めた。

その反応も引っ掛かったが、あたしの通り名を口にするわりには彼から裏現実のにおいが全くしないことが不可解に思えた。

 まるで裏現実者ではないような感じがする。

そして殺し屋の通り名で呼ぶくせに、殺しの依頼ではないという。

これは妙だ。不可解すぎる。


「あたしが元殺し屋とご存知で依頼の話を持ちかけたわけじゃないないんですか?」

「殺し屋と知って、Iから辞めたと聞いて、どうしても頼みたかった。貴女に」


話が見えてこない。

無表情の彼を見つめて、解説を待つがなかなか彼は口を開こうとしない。

こっちが戸惑ってしまう。

今までのクライアントとはタイプが違う。

無口で感情がまるでない。隠しているとかじゃなく、ただ淡々としている。


「…君を勧められたんだ、ある人に」


沈黙していれば彼がようやく口を開いた。


「だからIにコンタクトをとってもらおうとしたら、君は殺し屋を辞めたと聞いて……尚更チャンスだと思った」


 だから話が見えないって。

あたしは苛立ちつつも、"ある人"とやらを推測してみた。…思い当たらない。


「僕は彼女を守ってほしい。依頼はそれだ」


やっと彼は依頼内容を明かした。


「…守ってほしいならば、狩人の方が信頼できるのでは?狩人は守るのが仕事なんですよ」


彼は彼女を守ってほしいのか。

妹という感じに歳が離れていそうだが、顔立ちからして兄妹(きょうだい)ではなさそう。

恋人だろうか。

そんなプライベートな質問はやわだからしない。

だがそれならば、守るが専門の狩人に頼むべきだ。元殺し屋のあたしに頼むべき仕事ではない。


「狩人は彼女を守ってくれない」


守ってくれない?

狩人、全員がか?

疑問ばかり浮いてくる依頼人だな。


「だから紅色の黒猫、君に頼んでいるんだ」


だからそれも意味わからない。

狩人がだめで、だからって何故あたしなのか。

あたしが口を開こうとすれば先に彼が言葉を発した。


「君が殺しをやめている殺戮中毒者だとはIから聞いている」

「…ならばわかるでしょう。あたしは彼女を守るどころか殺してしまうかもしれません」

「そしたら君を殺す」


淡々と彼はそう返す。

あたしは軽く睨み付けた。

なら頼むなって。


「信じている。君は彼女を殺さない」


そう言って、写真に目を向けた瞳に初めて彼の感情が見えた。

間違いなく、彼は彼女を愛している。

そう確信する瞳だった。

見たことがある。

そう、あの人の瞳と一緒だった。

亡き恋人・成宮由亜(なるみやゆあ)さんを幸樹さんが見つめる瞳と同じ。

それを羨ましく思った。

誰かを見つめれることが、誰かを愛しているということが。

羨ましかった。

だけど、幸樹さんが由亜さんをあの瞳で見つめる日はもうこない。


「……命を狙われているのですか?」

「…ああ、これから狙われるだろう」


一度、早坂狐月は目を伏せたがあたしに真っ直ぐ目を向けた。


「どんな敵が来ても、彼女を無傷で守ってもらいたい。要求された額だけ支払おう。君にはそれほどの力量があるはずだろ?」


無傷とは、こりゃまたとんでもなく無茶な要求だ。

あたしの腕前を買ってのご指名でもあるわけか。愛している人の盾にこのあたしを選んだのは、考えあってのことってことだ。

裏現実者らしくはないとは思ったが、頭はキレるタイプのようだ。

まぁ藍さんやコクウとは違うが。

あたしはもう一度、彼との間にあるコーヒーテーブルの上に置かれた写真を見た。何処かで見たような気がする少女。

その無邪気そうな笑顔を見ると、由亜さんを思い出す。

この二人を、由亜さんと幸樹さんと重なりあわせた。

そうしたら、断れなくなってしまった。


「………わかりました」


あたしは写真を手にして、腰掛けたソファーから腰を上げる。


「この依頼、引き受けましょう」

「…ありがとう」


あたしが首を縦に振っても、早坂狐月は無表情のままだった。

思考も読みにくい。喜んでいるのかどうかわかりゃしない。

引き受けるとわかりきっていたから表情を変えないのか?

…まぁいいか。


「では、彼女の詳細はIさんに」

「もう彼は知っている。よぞらと彼は知り合いだ」

「…………そう」


少女である舞中よぞらさんとあの少女趣味の変態(天才)ハッカーと知り合い。…被害者と加害者の仲ではないよな。

それは黙っておくことにして、玄関へと向かった。


「では、報酬は」

「前払いで払う」

「…そうですか」


ずいぶんと信用しているようだ。


「よろしく頼む。舞中よぞらさんを…必ず守ってくれ。─────────山本椿さん」


ブーツを履いて、外に出ればもう一度言われた。ぱたり、とドアは閉められる。


「………今は笹野椿よ…」


とあたしはドア越しの彼に向けて小さく呟いた。

なんでコイツ、あたしの本名知ってるんだ?藍さんが教えたのか?









「え?僕教えてないよ」


 速攻で家に帰り、リビングにいた藍さんに問い詰めれば藍さんはそう答えた。


「狐月くんが知ってるのは、椿お嬢の二つ名だけかと思ってた。万が一本名を訊かれたら、笹野椿ちゃんだって答えたさ」


膝の上に乗せたノートパソコンのキーをカチャカチャと押していく。


「狐月くんはある人から勧められたって言ってたし、その人から訊いたんじゃない?彼は裏現実者じゃないけど、裏現実では君がレッドトレインの生存者だって情報が流れてるんだから」

「!、彼…裏現実者ではないんですか?」

「あれ?わからなかった?彼は正真正銘、表現実者だよ」


藍さんの隣に座ってあたしは首を傾げる。藍さんはにこやかに頷いた。


「表現実にもクライアントがいたんですか…てかそんな彼と会うように言うんですか」

「彼に会えば椿お嬢なら、ぜったい引き受けると思ったんだ」


あたしは藍さんの策略にハマったのか。

爽やかな笑顔とは裏腹に、何かを企んで気付けばはめられている。曲者め。

毎回のことだ。

藍さんは由亜さん達とダブらせるとまで予想していただろうか。


「標的が少女だからどうしても引き受けたかったのでしょうが…あたしが守りきれると思いますか?」

「だぁいじょおぶっ!椿ちゃんの殺し屋辞めてからの初仕事だもん!俺達がサポートするよぉ」


ソファーの背凭れから身を乗り出す白瑠さんが言う。


「白瑠さんと、藍さんと、幸樹さんがですか?」

「吸血鬼にも力を借りようと思う。だからね、任せて!椿お嬢の殺戮衝動を押さえつつ、か弱い少女を守ろうではないか!」

「あたし抜きの方が絶対任務遂行確率が高いでしょう」

「いや、君じゃなきゃいけない理由があるんだ」


あたしと標的の少女を守るという感じで、あたしが余分じゃないか。

絶対あたしが部屋にこもって、藍さん達が彼女を守っていた方が効率もいい。

だが藍さんは珍しく、キリッとした目付きで言い放った。


「椿お嬢には高校に潜入してもらわなくちゃいけないんだ!お嬢しかない!」

「アンタはそうゆう人だった!!」


バッと出したのは制服。

そうだった。彼は少女に関しても真面目な顔をする人だった。

結局はコスプレかよ!コスプレなんじゃんっ!!!


「落ち着いてください、椿さん。その標的は学校に通う表現実者ですので、椿さんも学校に通ってそばについた方がいいんです」

「狩人なら歳を誤魔化して生徒になるか、或いは教師になって標的のそばにいるさ」


ダイニングテーブルにいる幸樹さんが言えば、現役狩人の篠塚さんもアドバイスを言った。…篠塚さんは守るより狩るが専門だよね。


「学校なんて、血の海にしてしまいますよ」


まさかの学校に通うだなんて。

ストレス溜まりすぎて殺ってしまう。殺してしまうって。殺戮だって。


「それは悪魔くんとハウンが抑えよう」

「ハウン?彼も通わせるんですか?」

「うん、似合ってたじゃん。制服」


小さな吸血鬼を思い出す。

制服を渡されて、漸く思い出した。制服は以前にも着たのと似てる。前にも学校に潜入もしたんだ。その際、何故かハウンくんもいて、女子中学生の制服を着た。前は中学で今回は高校。


「く…また制服を着ることになるとは」

「んぅ?また?いつ着たの、椿」


悔しがってつい口を滑らせた。

それは話さない方がいい。

藍さんに今すぐ着るように言われたので「じゃあ着てきます」とあたしは部屋で着替えた。


「ぐっふー!!!ハァハァハァハァハァ…超ツボ!ハァハァハァハァハァ…ハァハァハァハァハァっ」

「息荒すぎ!近付くな!」


 着たら前回より酷い反応が来た。

息を荒げてよだれを垂れす少女趣味のド変態。イケメンなのに残念すぎる。残念すぎるよこの人。


「はい、椿さん。笑ってください」

「何故カメラ!?」


幸樹さんがカメラを構えていたから咄嗟に顔を隠す。


「妹が入学するのだから、兄としては記念に撮っておきたい」

「ただの潜入じゃんっ!」


お兄ちゃんスイッチ入ってる。


「……咲の制服姿…あまり見てやれなかったんですよ…。だから椿の制服姿を写真におさめておきたいのですが…だめですか…?」


憂いのある微笑で静かに問われて、あたしは断ることができなくなった。

ひ、卑怯だ。同情を煽るために亡き妹を出すなんて。卑怯だ。

くっ…。

由亜さんのこととダブらせていたから余計、断れやしない。

仕方なく写真を撮ることを許した。

 紺色のミニのプリーツスカート。ブラウスの上に学校指定の白いセーター。白のニーソにローファー。

絶対にこの姿を黒の集団には見られたくない。絶対にだ!

くそう、頼むから絶対に出会さないように祈る。

ふと、やけに静かな白瑠さんが気になり目を向けた。

じっと見つめてくる白瑠さん。

あたしの制服をまるで間違い探しをするかのように隅々まで見ている。


「どうかしたんですか?白瑠さん」

「んぅ?いや、ただ…脱がすのはもったいないから押し倒したままがいいなぁと思って」

「そんな目で見るなっ!!」


変態な目で見ていた。コイツも。

くそう、なんでこんな変態ばっかの家族なんだ。


「いや…僕は下から脱がせたいな。その白いニーソの中に指をいれてするりと脱がせたい…ぐふふふ」

「あーいぃねぇ」

「私なら先ずはリボンをとってボタンを外しますね。それくらいの露出でプレイするのがちょうどいいと思いません?」

「あぁ思う思う!」

「ぐふふっ!」

「っ!!!」


変態トークが始まりやがった!

お兄ちゃんまで変態トーク入っちゃった!

三人からの変態の眼差しに耐えきれず、篠塚さんの後ろに隠れる。


「しぃのちゃんはどうするタイプぅ?」


白瑠さんがいらないことを訊く。

無関心そうに頬杖をついていた篠塚さんが盾にするあたしに目をやった。


「手首を縛る。」


と一言。


「アンタはどんだけ手錠が好きなんだ!!」

「なにも手錠とは言ってねぇよ、制服にちなんでネクタイはどうだ」

「一番信じてた人に裏切られたぁあっ!!!」


一番のノーマルな篠塚さんからの発言だけに大ダメージ。ううっ…あたしのノーマル篠塚さんまで…。


「男は皆こんなもんだぞ」

「あなた方の場合、露骨すぎますから!」

「艶やかな黒髪に長い睫毛から覗くつぶらな黒い瞳!それとは対象の白のセーターは天使の羽根のように掌まで隠れる袖!セーターから出ているチェックのスカートの下の絶対領域がまたたまんない!ふっくらした太ももを包む白のニーソ!これは小悪魔な天使の罠だ!!」

「変人、黙りなさい!」


あっさり言う篠塚さん。昨日秀介に言った発言は取り消そうかな…。

ゼェハァゼェハと今にも喘息で倒れてしまいそうな藍さんが本当に嫌。


「ぶっちゃけ椿はどんなプレイがタイプぅ?」

「どのプレイも願い下げだ!」

「黒とはどんなプレイをしたんですか?」


ぶっちゃけられるわけないだろ。

白瑠さんに怒鳴り返せば、いきなり幸樹さんから不意打ちを食らわせられた。今訊くのかそれ。思わず言葉を失った。

白瑠さんと藍さんが静かになり、あたしを見ている。


「……と、とにかくですねっ。明日潜入ですよね」

「おや、言えないようなプレイをしたんですか?」

「コスプレは?コスチュームプレイは!?」

「この質問はなしですっ!!!」


 なんなんだ、この家は!

黒の集団の方がまだ楽だった!なんだ!?変態度の違いか!?

いや、違う。強いといえば関係だ。上下関係だ!

この家では兄やら年上やらクラッチャーやらで、上下関係が生じてる!あたしは真下!だからこそこんな猥褻発言を受けるんだ!

黒の集団なら、平等な方だった。たまに変態だったが、まだディフォの方がましだ。

くそうっ上下社会め、許すまじ。


「それにしてもお嬢、本当に痩せたよね。あのもちもちの太ももがキュッと引き締まって」

「え、ああ…そう」


藍さんがあたしのことを凝視する。…ものすごく嫌な視線。


「うん、Sサイズがブカブカに見えるくらいだ。気にしてた二の腕だってスリムになってるし」

「待て、あたしいつ二の腕を気にしてると貴方に言った?てかいつ二の腕見た?」

「バストもアップしたよね、もろDだよ!おめでとう!」

「なんで知ってんの!?篠塚さん見ないで!」


コイツ、透視できんのか!?

怖くて手で隠すも見られてる気がしてならない。

篠塚さんがじっとあたしの胸元を見たから必死に言う。


「なんで知ってる!?寝てるときか!添い寝してるときか!」

「無防備に好きな子が隣で寝てるのになにもしない男はいない」

「いい顔して言うなっ!!」


殺戮衝動警戒中じゃなければ藍さんにナイフを投げてた。くそう!

「じょーだんだよ、ぐふふ。お嬢着痩せするからわかっちゃうんだ」と藍さんは笑ってみせた。


「で、話逸れたけどどんなプレイ?」

「終わったはずの話を戻さないでくださいっ白瑠さん!!」


白瑠さんが真顔で話を戻す。完全に終わったと思ってたのに!


「ぶっちゃけそれは知りたくないなー」

「えぇ?知りたくないけどぉ知りたいじゃん」

「んーわかるような………あ、でもなんのコスチュームでプレイしたのかは知りたいな!それだけ!」

「俺は椿がどんな風に犯されたかを事細かに知りたいな!」

「断るっ!!!」


全力で断る。


「いいじゃないですか、別れたんですし。過去の話として」

「お兄ちゃん達に話すことじゃないですよね、これ」


幸樹さんがにこやかに言っても無駄だ。駄目なもんは駄目っ!


「なら勝手に想像してますね。…ドレスって言ってましたよね、彼」

「つーお嬢、あんなにドレス嫌がってたのに…。どんなの着たんだろ?」

「さぁ?切り刻んだ露出高めのドレスなんじゃん?」

「なるほど、それを引き裂いて行為に及んだんですね」

「お嬢、表では否定してるけど裏では相当エロイよね」

「自分からおねだりしてたそうですよ」

「やらしー。そんなお嬢のおねだりって…ぐふふっ」

「テーブルの上とかホント、えろいよねぇ。あとはどこでヤったんだろう?」

「ところ構わずかもしれませんね」

「あんなところやこんなところ?」

「うっひゃあ」

「想像するのもなしぃいいいいっ!!!!」


この変態どもめっ!

ディフォだってそこまで想像しない!(多分)

ものすごくここから逃げ出したくなった。


「私達にどうしろと言うんです?」

「どうもしないでください」


ため息をついて肩を落とす幸樹さん。ため息をつきたいのはあたしの方だ。


「せめて何を着たかだけでも!」

「しつこすぎます…。何も着てません」

「え?真っ裸?」

「コスプレしてませんっ!!」


もう疲れた。

あたしはテーブルに項垂れる。


「そんな体勢でテーブルの上でヤったの?」

「………」


先生…白瑠さんがいじめてきます。


「どうしてそんなにいじめるんですか」

「好きな子をいじめちゃうタイプじゃないですか?」


白瑠さんに訊いたのに幸樹さんが笑って答えた。

いや、この人は容赦なくベタベタするタイプじゃなかった?

そういえば今日はハグ攻撃を受けてない。ずっと白瑠さんはソファーに座っている。

昨日は抱き付いたしキスまでしてきた。

今日は何故そんなに大人しいんだろう?…あ、代わりにその質問攻撃をしてくるのか。

あたしはテーブルから離れて白瑠さんの前で屈み覗き込む。


「なぁに?つぅちゃんからお誘い?」


にまぁとにやける白瑠さんの額になんとなく手を当ててみた。


「あつっ!!」


びっくりするほど熱い。

本人はきょとんとして首を傾げた。


「熱ありますよ!白瑠さん!」

「そう?うひゃあ、おでここつーんやってぇ」

「お嬢、僕にも!」


変態は無視してあたしは幸樹さんを振り返る。


「そういえば…今日は朝御飯が冷めた頃に起きましたよね、白瑠」

「んぅ、眠くて」

「熱あるって!体温計は!?」

「白瑠は症状に気付きませんからね、そこの引き出しです」

「なんで幸樹さん悠長なの!?白瑠さんが熱だよ!大事だ!空から槍が降るかも!」

「え?つぅちゃん、それ俺を風邪引かない馬鹿って言いたいの?」

「違いますよ、白瑠。空から槍が降るぐらい風邪を引くなんてあり得ないって意味ですよ」

「あぁ!俺が健康だからかぁ!」


つまりは遠回しに馬鹿だから風邪引かないと言ったつもりなんだけど。言わなくていいか。

篠塚さんが蔑んだ目を向けてたからそれを遮って引き出しから出した体温計を白瑠さんに渡す。

受けとる前に白瑠さんはシャツを脱いだ。


「脱ぐ必要ないですからっ!」

「あひゃっ」


ついにツッコミと一緒に頭を叩いてしまった。

上半身裸の白瑠さんはにへらと笑い、そのまま体温計を脇に挟んだ。


「服着て!悪化しますよ!吸血鬼と違うんですから!」

「…吸血鬼と比べられても」


ぷくーと白瑠さんは頬を膨らませた。

しまった。つい対になる存在のコクウと比べてしまった。

それにしても白瑠さんも風邪引くのか。本当に驚きだ。間近で爆風を食らっても高い場所から降っても、無傷で生還する頭蓋破壊屋のこの人が。

心底信じられない。本当に槍が降るかも……。

本当に白瑠さんは、人間だと実感する。


「人間とは違うんだからさぁ比べないでよ。俺人間だよ?」

「えぇ…はい…わかってますよ」


化け物じみた人がいうと嘘っぽく聴こえてしまう。いや、わかっていますとも。

それでも白瑠さんは人間ですとも。


「奴等は氷付けにされたって熱湯に沈められたって平気だけど、俺は人間だからね?」

「わかってますって」

「俺とアイツは違うんだ」

「……」


アイツとは、コクウのことだろう。

そんなことわかっている。

対の存在でそっくりでも、別物で違うことぐらいわかっている。

それを何故言っているのだろうか。


「俺は人間であっちは化け物」

「化け物で悪かったな。」


 そう答えたのは化け物の類いに入るラトアさんだった。


「あぁ、すみません。白瑠さん、熱がありまして…」


唐突に現れたラトアさんから目を逸らして彼の後ろにいた少女に目を向ける。

少女じゃなかった。

あたしと同じ制服に身を包んだハウン君。

相変わらずの無表情だが、美少年が美少女に見える。


「ハウン君っ!!可愛いっ!!」


抱き付いたらハウン君は倒れた。

男の娘を押し倒してしまう。


「え!?まさか女装で乗り込むの?…いや、ありだ!うん!一緒に学校にいこう!!」


ハウン君の上に座ったままあたしは両手を握って言う。この格好のハウン君と一緒なら中学校にだって潜入してやる!……いや、中学校は流石に無理かな。


「…藍乃介、貴様何を吹き込んだ」

「え?僕なにも吹き込んでないけど」

「貴様の病気が移ってるじゃないか」

「ちょっ!ロリコンと一緒にしないでください!あたしはハウン君が可愛くて興奮してるだけなんですから!」


ラトアさんと藍さんに言っておく。むぎゅうとハウン君が胸に顔を埋めて抱きついてくるので抱き締め返した。

そこで視線に気付いて顔を向けると、廊下に秀介。

目を丸めて立ち尽くしていた秀介が。


「つばきゃん!可愛いっ!!」


あたしがハウン君に見せた反応と同じくタックルのように抱き付いてきて押し倒してきた。

サンドイッチ状態。


「うおっ!すげっ!まじ可愛い!!椿のクラスメートになりたいっ!!」


興奮して無邪気に笑いかける秀介。

キュンとした。

物凄くノーマルなリアクションだ。変態なんて欠片もない。純真な反応だ。


「椿となら高校に行きたいな」

「…っ」


背中から抱き締めて至近距離で言う秀介に、頬が熱くなった。


「ん?あれ……照れた?」

「照れたというか…癒された」


激しく癒された。

さっきの今まで辱しめを受けていたのだ。そこでノーマルなイケメンの嬉しいお言葉。

狩人の鬼が天使に見える。


「制服着た小学生を襲ってるつばちゃんを、しゅーくんが襲ってるぅ」

「うん、禁断要素盛り沢山」


そんな些細な癒しの時間もすぐにぶち壊された。

そう見えなくもない。

というか、ハウン君が下敷きになっていたんだったんだ。


「なに?コスプレ?」

「コスプレじゃなくて変装」


立ち上がり、ハウン君に手を貸しながら秀介の質問に答える。


「仕事なの」

「なんの?」

「ボディーガード」

「ボディーガード?」


ぽっかーんとする秀介の額に篠塚さんの平手が打ち込まれた。


「さっさと行くぞ、餓鬼」

「あっ、待てよ!」


すたすたと篠塚さんは廊下を歩いて玄関に向かう。秀介と一緒に追い掛けた。

出発の時間だ。


「秀介。…気を付けてね」

「おう」


軽い荷物を持つ篠塚さんと秀介が靴を履くのを見つめながらあたしは静かに言う。

秀介は明るい笑顔で頷いた。


「彼女、かなりの横暴だけど心底凄い人だから……。暗殺者や刺客の数も半端ないから常に気を張るべきよ」


あの次期女大統領と囁かれている彼女の護衛を経験したあたしからのアドバイス。もっとまとめて言いたかったが、篠塚さんが呆れて止める。


「誰にアドバイスなんかしてるんだ。自分の心配だけしてろ」

「……実力はありますが、どちらかと言えば守りより攻めが」

「うるせ。」


歴史上最強と謳われた狩人、裏現実の番犬。

それでもその番犬は狩ることが専門だった。一方的に攻撃することは楽だが、守る対象を背にして攻撃を待つのは難しい。

だが篠塚さんは口出すなと言う。

まぁ守りはパートナーである秀介がカバーしてくれるはずだから無駄な心配だろうな。彼女の護衛のSPは他にもついているだろうし。番犬の記憶がなくとも、白瑠さんの肩を撃ち抜いた実力の持ち主だしね。


「じゃあな」


そう言って篠塚さんはあたしの頭に手を置いて軽く撫でた。大きく温もりがある掌が頭に乗せられてあたしはポカーンとしてしまう。

ハッとして篠塚さんは手を退けて自分の掌を睨んだ。

どうやら無意識にあたしの頭を撫でてしまったらしい。

ああ、やっぱり篠塚さんだ。とあたしは安堵して微笑みを向ける。


「いってらっしゃい」

「………」


篠塚さんはなんだか苦そうに顔を歪めて黙ってドアを開けて行ってしまう。

すると目の前に秀介。

やけに顔が近いと思いきや、キスをする気らしく顔を近付けた。しかし思い止まったようにピタリと止まる。

ちゅっ、とあたしの額に秀介は唇を重ねた。


「椿も気を付けろよ」


そう笑って言い残してから二人は行ってしまう。

車が去る音をその場で聞きつつ、あたしは考える。これで幾分かは安心だ。

コクウが万が一篠塚さんが番犬だと知っても、逃げ隠れする時間が稼げる。

あたしに余裕があるなら、黒の集団の邪魔をしたいが。

あたしはとりあえず自分の衝動と、今の仕事に集中しなくては。

篠塚さんの言う通り、自分の心配だけをするべきだ。

 息を吐いてから、リビングに戻る。

テーブルに置かれた体温計を見て、白瑠さんが熱を出したことを思い出して慌てて手に取った。


「四じゅっ…!?」


絶句した。

四十度の熱!?それなのにヘラヘラしてるよこの人!

目を向ければ白瑠さんはにへらと笑みを浮かべた。


「白くんは、顔にでないみたいなんだよねー」

「熱に気付いて藍乃介がここに連れてきたんですよ、それを気にここに居ついた」

「だからなんで平然なんですか!?」


白瑠さんがこの家に転がり込んで成り行きで幸樹さんは一緒に住むことになったとは知っていたが、そうゆう経緯があったとは知らなかった。ちょっと気になったが、それより白瑠さんだ。


「椿……」


名前を呼ばれたから振り返れば、ソファに座ったラトアさん。


「熱を出したくらいで、死ぬのか?そいつは」

「っ…」


心底信じられないといったしかめっ面でラトアさんが言うから怒鳴りたかったがグッと堪えた。


「人間……下手したら死にますからっ…」


言いたいことはわかる。

白瑠さんがどれほど化け物染みているかは、理解してる。不死身かと思うくらい化け物だ。吸血鬼より強いのではないかと思うくらいとんでもない人だ。

けれど人間なのだ。

だからこそ熱を出した。…へらへらしてるけど。


「白瑠さん、もう眠ってください」

「一緒に寝る?」


医者がいるからとりあえず安静に寝てもらおうとしたが、白瑠さんはそう笑いかけた。

殴りたかったが、表にでないだけで白瑠さんは相当辛いはずだ。(と思い込む)

あたしは白瑠さんを引き摺るように部屋につれていきベッドに寝かせたが、一緒に部屋から出てきてしまいリターン。

今の動作を無駄にされた。


「熱なんだから寝てくださいっ!!」

「仲間外れやだぁー」


ぶーと口を尖らせる白瑠さんは今度はソファにしがみついて、その場に留まった。大きな子供っ…!


「放っておいても死なないだろ。話を続けるぞ」


ラトアさんが急かす。

「大丈夫ですよ」と幸樹さんも安心させるために微笑みを向けてきた。

あたしは少し白瑠さんをみたが、彼はソファに横たわって話を聞くようだ。仕方がない。

あたしはとりあえず明日の打ち合わせをした。



 由亜さんの夢を見た。

隣に座って笑いかける由亜さん。その笑みに温かさと安らぎを感じたが、切なさが痛く感じた。

手を伸ばすと、触れる前に夢から覚めてしまう。

由亜さんはいない。触れられない。

思い知らせれて、少し胸が痛くなって枕に顔を埋めた。

 コンコン、とノックの音がして部屋のドアに目を向ける。


「学校に行く時間ですよ」


ドアを開けて、幸樹さんは微笑んだ。

あたしは呆然と彼を見つめてしまう。それに気付いて幸樹さんはベッドに横たわるあたしに歩み寄った。


「白瑠の熱が移りましたか?」


そう問い掛けながら、あたしの額に手を当てる。起きたばかりだから熱く感じるだろう。


「いいえ。悪魔が憑いているので、大丈夫ですよ」


あたしは首を振って起き上がった。多少の体調不良ならヴァッサーゴがカバーしてくれるから白瑠さんから移っても大丈夫だ。

胸の痛みを拭って、仕事に集中しよう。

 白瑠さんの熱は一度しか下がっていなかったが相変わらずヘラヘラしている。けれど身体が怠いらしく、あまり動かずベッドに横たわっていた。

それを横目で心配しつつ、支度をする。

「この通信機は途切れたり切れたりしないから!」と自慢気に藍さんが言い退けた。あたしがよく通信機の電源を切るから手動では切れない物を選んだらしい。


「……お二人は大丈夫ですか?」


あたしは心配なもう二人に目を向ける。いつもなら睡眠時間である朝から行動しなくてはならない吸血鬼。昼と夜が逆転した彼らからしたら夜更かし。

日光に弱い吸血鬼は太陽を避けるが、死ぬわけではないので行動する。コクウは長年太陽の下を歩いていたから平気なのだが、ラトアさんとハウンくんは慣れていない。


「大丈夫だ…」


そう答えつつも窓から射し込む朝日にラトアさんのサングラスの下の目は不快そうにしかめている。ハウンくんはうとうとしていた。その格好は制服だから、余計愛くるしい。


「ひゃ!?」


きゅんきゅんしつつ、眺めていたらスカートが捲れられてギョッとした。あたしの背後に居るのは白瑠さん。

慌てて叩くと、白瑠さんはキョトンとした。


「つーちゃん、短剣だけでも持ったら?これはあくまで護衛任務なんだし」


悪びれた様子もなく言う。

どうやら武器を持っているかどうか確認したらしい。いつもなら透視したみたいに武器の所持を言い当てるのに、どうやら相当弱っているようだ。


「真っ赤な教室しか想像できない…」


あたしは俯く。刃物までもっていくと、最悪な結果しか思い浮かべなかった。

だがこれは敵から対象を守る依頼。遅かれ早かれ、彼女は襲われる。万が一に備えてあたしも武器を持たなくては。


「つーお嬢の暴走は、悪魔と吸血鬼がついてるだからさ!つーお嬢はなるべく自分の異変に気付いたら知らせてくれればいいよ、通信機は繋がってるから。悪魔が言えば二人には一発で伝わるしね。ちゃんと吸血鬼がついてればオッケー」


だからあたしは余分で邪魔ではないだろうか。何度も主張したが一蹴されてしまう。

どうしてもあたしに制服を来て登校してほしいようだ。

ちょっと不安がりつつも、あたしはプッシュダガーをスカートの中にホルダーをつけてしまう。


「つーお嬢、ツインテールし忘れてるよ」

「しません。」


藍さんのリクエストは一蹴する。

あたしはしゃがんで横たわる白瑠さんの顔を覗いた。


「いってらっしゃぁい」


白瑠さんはにんまりと猫のような笑みを浮かべて言う。


「いってきます。ちゃんとベッドで寝てくださいね」


笑みを返してあたしは立ち上がる。

そこに白瑠さんが右手を差し出してきた。

一瞬わからなかったが、酷く懐かしさに襲われる。懐かしい。

あたしはその白瑠さんの右手に自分の右手を置いた。

続いて幸樹さんが重ねて、藍さんも目を輝かせて手を伸ばす。

あたしはラトアさんとハウンくんを手招きした。

首を傾げたハウンくんの右手を無理矢理掴んでラトアさんも自分の右手をその上に置いた。

そのまま数秒沈黙。


「ブーちゃんも」


ついに末期症状で白瑠さんが意味のわからないことを口走ったと思ったが、違う。白瑠さんはヴァッサーゴを呼んだのだ。

あたしがVと呼んでいたから、彼なりに愛称をつけた結果そうなったらしい。

あたしは吹き出した。


「チームヴァッサーゴ」


モヤと一瞬だけ煙の姿で現れたヴァッサーゴはそれだけを呟くとあたし達が重ねた右手を叩き落とす。

拗ねたようだ。あたしはまた笑った。



 守る標的である舞中よぞらの通う学校は埼玉県。それほど遠くはなかったが、早朝からラトアさんの車で行ってもギリギリだった。

ゆっくりする暇もなく、藍さんが済ませた手続きにより学校に編入。ホームルームであたしは自己紹介をする羽目となった。


「笹野椿です、よろしく」


愛想なくあたしは名乗りつつ、クラスを見回す。共同の学校で三年生となれば、あたしより一個下だ。

嫌になりつつも、写真で見た少女を探したのだが…。

ん?いない。

 好奇の視線から逃げるようにホームルーム終了後に、あたしは人気のない廊下で口を開く。


「あの、標的は何処です?クラスを一緒にしたんじゃないんですか?」

「ごめん、クラスわかんない」


流石にクラスばかりは細工できなかったらしいが、そもそも彼女のクラスを知らないと言う。

知り合いじゃなかったのかよ。

ということは自力であたしは彼女を捜さなければならないのか。

隣の教室からハウンくんを呼んで探すのを手伝ってもらおうとしたが、ハウンくんは机の上に項垂れて爆睡していた。


「…ハウンくん…役に立てません……」


連れてきたのが間違いではないのか。

完全に寝ちゃってるよ、編入して速効寝ちゃったよ。

マイペースな吸血鬼を呆然と見ていれば、授業が始まる鐘が鳴った。

ハウンくんのようにマイペースに授業中にうろちょろする勇気のないあたしはとりあえず教室に戻る。

移動教室などあちこちしてしまう生徒の中から彼女を探さなくてはならない。

一時間目が終わるなり、それを合図に男子生徒が数人あたしに駆け寄った。

自己紹介をされ、あれやこれやと質問責めを受ける。

 そこに校内放送が流れ、目の前に居た男子生徒が全員呼ばれた。

「ぐふふ」と藍さんが笑う声が聴こえてくる。どうやら藍さんがなにかやらかしたらしい。

邪魔が消えたのであたしは標的を探しに向かった。

 二時間目の休み時間に漸く、三年生に舞中よぞらという生徒がいないと知る。

 四時間目休みで二年生にもいないと発覚。

 全ての授業が終わった頃、あたしは変態野郎に嵌められたと気付いた。


「このっ…ロリコンっ!!!!!!騙したな!!?」


誰かに見られてもお構いなしに校内で叫んだ。


「いないじゃんっ!!いないじゃんっ!!!!舞中よぞらいないじゃんっ!!この学校に!!」


未だにうとうとしているハウンくんを引き摺りつつあたしは通信機に向かって怒鳴り付ける。

完璧に騙された。

何が潜入だ!

この学校に舞中よぞらはいなかった。病欠ではなく、名簿に彼女の名前はなかったのだ。

あたしは騙され、制服を着せられたのだ。納得出来る理由があるというなら、今すぐに言わないとボコボコにする!!


「舞中よぞら?」

「よぞら?」


聴こえてきたのは、幸樹さんと白瑠さんの声だった。

白瑠さんは部屋で寝てたのではないのか?

三人は家で待機して通信機を聞いている。ラトアさんは学校敷地内にいるはずだ。


「標的は、舞中よぞらさんなのですか?」

「え?そらちゃんなの?」

「え?…知り合い…なんですか?」


藍さんだけではなく、幸樹さんと白瑠さんまで知っているのか。

あたしも見覚えがあるから……芸能人かなにかなのかな?

あの白瑠さんまで記憶に残している少女。


「えっ!?なんで?よぞらちゃんとどうゆう知り合い?」


藍さんも驚いて二人に聞いた。


「患者でした」

「友達だよぉ」


あんぐり。あたしは立ち止まる。

幸樹さんの患者で、白瑠さんの友達で、藍さんの知り合い?

なんだそれ。

そんな少女が表現実の人間?

一体この少女はなんなんだ?

何者なんだ?

あたしは困惑する。


「彼女、確か定時制の学校に通っているはずですよ」


定時制……?

幸樹さんの情報に怪訝になる。


「へー、僕知らなかった。じゃあその学校の定時制に通ってるんだ!」

「そのイケメン顔を崩壊させてやる。」

「ひぃ!?」


藍さんに怒りを込めて呟く。

ふと前方にある階段に誰かが座っていることに気付いた。あたしが立っている場所からではブーツしか見えない。

ブーツ。

校内は土足禁止なのに、ブーツを履いている。

全日の生徒ではないことは一目瞭然だった。

まさかと思い声をかけようとしたが、その階段から降りてきてか女子生徒二人が囁く。


「やだ、定時制だ…」

「ほんと、サイテー」


聞こえるか聞こえないか程度の音量で女子生徒は階段に座るその生徒のことを言う。

どうやらここの定時制も私服のようだ。あたしの学校もそうだった。

こんな風に全日制に忌み嫌われていた。だからか、自分のように不快に思えてしまう。


「…ねぇ、あなた達。煙草臭いわよ」


静かに言い放てば、二人は動揺して足早に去った。土足で校内にいる生徒も問題だが、喫煙の方が問題だろう。

喫煙者が「サイテー」と言える立場ではないだろうが。

その慌てた後ろ姿を見送ったあと、あたしは階段に目を向けた。

見えなかった彼女が立ち上がったことで視認できる。

彼女だった。

漸く彼女に見覚えがある理由にあたしは気付く。

似ているんだ。

以前のあたしに。殺戮をする前の、あたしに。


「……山本椿さん?」


あたしはまたしても前の名前で呼ばれた。




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