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裏現実紅殺戮 表裏の混沌  作者: 三月べに@『執筆配信』Vtuberべに猫
前編

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3/26

永久の恋愛


好きだ。大好きだ。愛している。

誰もが誰かを好きになり誰かを愛する。或いは誰も好きにならず誰も愛さない。

ごくたまに。

一人を一生愛する人もいる。

好きで好きでたまらなくなって、ひたすら想い続けてしまう。

感情なんてものは、脆く薄れていってしまうもののはずなのにずっと長い時の中、愛する。

それは時には、辛いものである。

一方通行の想いならば、そう。

あたしも一方通行な恋をしたことがあった。

そして想い続けた。

好きで想い続けていたけど、切なくて辛くて辛くて…─────。

だからこそだ。

あたしを想い続けて欲しくはないと思うんだ。

永遠なんて、長すぎるわ。






 あたしはじっと見上げる。


「………」

「……」

「………」

「……」

「………」

「……」

「…つばきゃん?」

「…これには裏がある?」

「へ?」

「あるんでしょ」

「え?なんのこと?」

「とぼけても無駄なんだからねっ!!」


あたしは問い詰めた。


「こんな時にデートに誘うなんて…絶対あたしを外すためでしょ」


じとっと睨み付ける。


「え?いやいや、なんの話だよ。椿。俺はデートの申し込みを」

「嘘だっ!」


あたしは部屋を飛び出してリビングに戻った。

ジェスタは掃除を終えて、ハウン君とソファーに座っている。幸樹さんと白瑠さんはテーブルについていた。

そこに真っ直ぐに行き、テーブルを叩く。


「またあたしの茅の外にする気ですか!?」

「なんの話です?」

「この手は前も使ったでしょ!?」

「…勘違いしてんぞ、椿」


ヴァッサーゴは無視して幸樹さんに問い詰める。

以前にコクウと衝突した際、あたしは茅の外に出された。その時はラトアさんがあたしをデートに悟ったのだ。

それを言えば、幸樹さんは笑い声を溢した。


「違いますよ。黒の殺戮者と一戦を交えるつもりは微塵もありません」

「その案は却下されたからな。始末すりゃあいいのに」


篠塚さんが欠伸を漏らす。

コクウを殺してみろ、真っ先に吸血鬼があたしを殺しに来るぞ。


「被害妄想だ。鬼小僧が単にデートをしよって言ってるだけだぜ。してこいよ。まぁオレも憑いてるがな」

「禁断症状が出そうなのに行けないわよ!」

「その時はオレが喜んで押し倒してやるよ」

「秀介くんも押さえると行っているので、行ってきたらどうです?」

「それですよ!それ!幸樹さん達がデートを許すなんて絶対裏があるんでしょ!」

「…お嬢サン……過保護な人の元に居るのだね」


あたしは指を差して叫ぶ。なんかジェスタの声が聞こえた気がした。


「籠りっきりでは思い詰めるだけだと思いましてね。単なるデートなら許可しますよ。気分転換に行ってください。心配ならハウンもついて行ってくださるようですよ?」


幸樹さんが微笑んで誤解を解く。

あたしは幸樹さんから白瑠さんの顔を見てみた。むすり、膨れっ面をしている。

白瑠さんは反対していて、どうやら事実のようだ。

最後に確認でヴァッサーゴを見下ろす。呆れた顔をしていた。事実のもよう。


「勘弁してくれよ。椿と二人きりにさせてくれよな」


後ろを向けば秀介。


「…本当にデート?」

「うん」

「純粋に単なるデート?」

「うん」

「…親友として?」

「親友として」

「……」


親友としてのデート。

少し考えたが、色々話しておきたいこともある。

あたしは頷くことにした。







 朝、ゆっくりと起床。支度をして着替える。

幸樹さんは仕事に行っていて、テーブルには朝食が並んでいた。

白瑠さんはまだ寝ているようなので、一人で先に食べようと席につく。

見てみれば、テーブルには三人分の朝食が並んでいた。

あたしが振り返れば、幸樹さんの部屋から篠塚さんが出てきた。

…また幸樹さんのベッド借りて寝てたのかな。

大欠伸を漏らして篠塚さんはあたしの向かいに座った。


「篠塚さん、歯磨きしないと寝てる間に口の中で増えた菌を胃の中に入れる羽目になりますよ」

「…チッ。兄妹(きょうだい)揃って同じこと言いやがって」


寝起きなせいかかなり機嫌が悪そうだったが、篠塚さんは洗面所に向かった。幸樹さんにも同じことを言われたのか。

あたしは立ち上がり、キッチンに入り篠塚さんにコーヒーを淹れた。

それから一緒に朝食を摂る。

特に会話もなく、淡々と済ませるとばかり思ったが篠塚さんから口を開いた。


「なんでお前は何も訊かない」

「何をです?」

「ポセイドンとか言う餓鬼みたいになんで問い詰めない。約束のことだ」


ああ…。あれのことか。


「何故…?問い詰めても、仕方ないことでしょう」


あたしは静かに答える。


「貴方が覚えていないのは、見ればわかりましたから」


わかりきっていることを、問い詰める必要なんてない。

彼が目を開いた、その時に。

あたしは全て悟った。

あたしの知る篠塚さんは死んでしまったのだと。


「覚えてほしかったのか?」

「……」


あたしは篠塚さんに目を向けた。

何故そんなことを訊くんだろうか。


「どうでしょう……よくわかりません。覚えていたら…どうなってたかなんて想像もできませんから」


本当は覚えていてほしかった。

 過去の自分を覚えてもいないくせに、あたしを助けるなんて笑わさないで。記憶を取り戻してからほざいてください。その時……同じような意志で言えるでしょうか?

あたしの意地悪な言葉から、始まったんだ。

本当はね。本当はね?

記憶を取り戻した貴方に、希望に満ちたことを言ってほしかった。

我儘にも信じていたんだ。


「覚えてほしかったんだろ」


あたしは目を丸める。

目の前にいる篠塚さんは、あたしの本心を言い当てた。


「………」

「…なんだよ?」


思わず、笑ってしまう。

笑われたのが不愉快だったのか篠塚さんは顔をしかめた。


「いえ………ただ……」


あたしは口元に手を添えて笑いを止めようとしたが、嬉しすぎて無理みたいだ。


「篠塚さんは篠塚さんだなぁ…と思いまして」


あたしの本心を見抜いてくれる。言い当ててくれる。

あたしの知る篠塚さんではないけれど、目の前にいる彼は紛れもない篠塚さん。あたしを知らなくても、優しい刑事でもなくても、温かみある笑みで笑わなくても。

篠塚さんなんだ。

そう思えたら、嬉しくてたまらない。


「あ。またあとでお話ししましょう」


時間に気付いて慌てて食器を片付けて、歯を磨き最後の支度をする。


「いってきます、篠塚さん」

「……あぁ」

「白瑠さん、いってきますね」


いつもならもう朝食を食べているはずの白瑠さんの部屋をノックする。返事はない。よっぽど秀介とのデートが不服なのかな。

あたしが部屋を出れば、家の目の前に紅いポルシェがあった。ポルシェの横に、秀介は立っていてあたしに笑みを向ける。

…これじゃあ恋人同士みたいだな。とあたしは内心困りつつも、秀介に笑みを返した。


「今日の椿も可愛い」

「あら、ありがとう」


助手席をあけてリードする紳士的な秀介に甘えて、あたしは車に乗り込んだ。

今日は白のコートに、淡い桃色の模様があるミニワンピと短パン。お決まりの黒のニーソに紅いブーツ。

秀介は革ジャケットに襟つきのかっこいいデザインのシャツ。ゴシック系のものをよく着ているのを見ているから、そっち系の服なんだろう。スタイリッシュなブーツに黒いズボン。


「デートプランはなに?」

「ノープラン」

「ふぅん。じゃあ…ドライブしながら話聞く?」

「行き先は任せろ」


ドライブ開始で出発。

デートでする話じゃないけど、そんなに意識することないか。

先ずは何から話そう。


「…指鼠。覚えてる?」


口にするのも不愉快な名前を出す。


「ああ、覚えてる。最近は噂を聞かねぇな…。椿、追ってたんだよな…あの餓鬼とさ」

「…ん、ああ…蓮真君か。あのあと喧嘩せずに帰った?」


蓮真君と指鼠の追跡中に、奇遇にも秀介と会ったことを思い出す。当時は蓮真君は那拓だということを隠していて何故か敵意を剥き出しにしていたからあんまり会わせたくなかったのだが、気付いたら二人とはぐれてしまっていたんだ。

二人はそのあとどうしたのか、詳しく聞いていなかった。…あたしはボコられてたけど。


「えーと…たしかぁ…椿との電話のあと………椿を捜そうとしたら、女っぽい奴があの餓鬼に飛び付いたんだよ。そいつらに連れてかれてた」


……。変な言葉にあたしは首を傾げる。


「女っぽいってなにそれ?」

「帽子被ってて顔見えなかったし、体型もわかりにくいだぼだぼな服だったからさ。女っぽいといえば女っぽい…けど男っぽいといえば男っぽい、かな」

「…ふぅん」


女の子なら、間違いなく昨日の声の子だろうな。


「…つばきゃん…妬いてる?」

「ん?んー…ちょっとね。蓮真君と仲良しの女友達はあたしだけかと思ってたから」


顔を覗く秀介。ちゃんと前を向いて運転してくれ。

秀介はムスッと唇を尖らせた。


「昨日、電話してたろ」

「うん」

「……ムカつく。なんでそんなに仲良いんだよ?」

「それは…」


蓮真君は、あたしを好きになり告白しないからだ。

なんて言ったら彼を遠回しに迷惑だと言ってるみたいだ。言ったことあるような気がするけど…。


「ノーマルで話を聞いてくれるから」

「俺だって話聞くし!今だって!……ノーマルって?」

「これは報告…みたいなもんだよね。蓮真君は普通にいい子って意味よ。相談もスピーディーに真面目に受け答えしてくれるもの」


あの子は本当にノーマルだ。

表側にいたせいだろうか。なんて頭の片隅で思う。

なかなかすごい環境で過ごしてるくせに……。


「相談って?」


相談、に秀介は食い付いた。言いたくなくて渋ったが、秀介は片手であたしの肩を叩いて促す。


「…このモテ期はなんだろうって話してたの」

「そりゃあ椿が、可愛いからに決まってんじゃん」


…即答。

なんだろう。篠塚さんが酷いだけだったのか。この質問は篠塚さん以外、即答できるのかな。


「最近は見ねーけど、まじでつばきゃんの照れた顔。可愛いんだぜ。俺はそれに惚れた!」

「……君、あたしの優しさに惚れたとか言わなかったっけ?」

「優しさに惹かれ、可愛さに落ちたのさ」


よくもまぁ…言葉を並べられるものだ。あたしは呆れた。

何故だろう。あたしは本当に、冷たいな。誉め言葉なんて信じていない。


「まぁ、モテすぎてて…俺も困ってるけどね…」


前を向いて、秀介は呟いた。


「俺が椿の帰る場所でいるって言ったのに……椿が帰る場所はアイツらんとこなんだよな…」


ぼやく秀介の横顔を見る。

あたしは何も言えなかった。


「で、その指鼠がなに?」


にこ、と秀介が話を戻す。


「……指鼠…そいつと殺しあって…そいつの相棒を殺した報復に由亜さんが殺されたの」


あたしはなるべく感情を圧し殺して答えた。


「直後だったの…秀介達と獲物を取り合ってたあの直後。あたしが殺しそびれたから…由亜さんが殺られたの。…それで家出してた。丁度秀介とアメリカで会った頃、黒の集団に勧誘されてて…結局入ることにしたの。帰ることもできなくて…半分は白瑠さん達への反発で入ったわ。カトリーナ。貴方が発ったあとに、彼女は牙を向いてきたの。大金に目が眩んだみたいで殺し屋を雇ってあたしを殺そうとした。いや、殺したのかな?心臓撃たれて死にかけた」


心臓についても話そうかと思ったが、幸樹さん達より先に話すのはよくないと思い。伏せることにした。


「でも悪魔が憑いてたから、この通り生存中。金欠でアパートに住めなくて、仕方なく黒のオフィスに泊まることになったの」

「……つばきゃん、一気に簡潔に話すつもり?俺、黙って聞くべき?」

「できれば脱線しないよう全部言わせてほしいわ」

「わかった、どうぞ」


一度、割って入ってきたが秀介は口を閉じる。全部話すべきだろうか…とあたしは悩む。


「黒の集団として活動していくうちに…………黒と付き合い始めた」


窓の外に目を向けてわざと秀介から意識を逸らす。


「悪魔が憑いてるって、吸血鬼に知られちゃって命を狙われてるの。ああ、これは聞いたのよね?」

「……」

「黒の集団として番犬を探してたら、あたしの身内をクラッチャーが殺したって情報がきたの。あたしは確かめに帰ったら……温かく迎えられた」


その時を思い出して、あたしは少しだけぼんやりした。


「身内を殺したのはクラッチャーじゃなくて……」

「それを機に、帰ることにしたんだ?」

「………ううん。一度黒のとこに戻った。そしたらね…幸樹さんが追い掛けてきて……戸籍上でも、兄妹になろうって言ってくれたの」


つい、口元が緩んだ。


「…そっか。よかったな」


穏やかな声に、目を向ければ秀介は微笑んでいた。それは切なくも見えたし、嬉しそうにも見えた笑み。


「……那拓遊太。知ってるわよね?」

「あー狩人一家の那拓家の末っ子だろ」


あたしは一度俯いたが、話を続ける。どうやら秘蔵っ子の噂はまだ耳にしてなかったみたいだ。


「蓮真君。あの子の本名は那拓蓮真で隠されてた末っ子なの」

「…………………………………あの餓鬼が爽乃の弟!?」


秀介はぎょっした顔をあたしに向けた。

爽乃と知り合いみたいな口振りだな…。同じ狩人だから面識でもあるのかしら。


「あんな軟弱が?…顔似てねぇ…あ、遊太とは似てたか…」


ぶつぶつ言う秀介。君だって昨日篠塚さんに軟弱だと言われてたじゃないか。


「あたしのせいで存在が明らみになっちゃったの。隠しててごめんね」

「いや、別にいいけど…」

「んーその件について…話すのはやめとくわ。那拓家と黒の集団にクラッチャーがその場に居合わせてしまって、白と黒が衝突。それでね…全部話すなんてめんどくさいし出来ないから色々省くけど……黒と別れることにしたの。同時に殺しもやめるって宣言した」


簡潔に、わかりやすくまとめる。

伝えにくいとこは、削って削った。


「……なんでそうなったか、よくわからないんだけど」

「…黒と白を、どっちかと言われたら…白の方が大切、だと思ったから」


仕方ない。ここだけは話しておこう。


「黒が責め立てたの。白があたしをわざと中毒にさせたって」


あの時の二人の言葉を思い出しながらあたしは話す。

秀介は黙って聞いてくれた。


「…なるほど。白と黒の喧嘩を止めるために、やめることにしたのか」

「それもあるけど……。やっぱり、一番は篠塚さんの言葉があったからだと思う」


納得した様子の秀介にあたしは訂正させる。


「篠塚さんが、ああいってくれたからこそ……あたしはやめる決意が出来たんだと思う」


そう言えば、隣が静かになった。横に目を向ければ、光でよく見えなかったが秀介が微笑んでいる。

それは悲しそうにも見えたが、喜んでいるようにも見えた。


「椿がそう決意してくれて、俺すっげぇ嬉しい」


笑いかけてあたしの右手を左手で握る。

秀介の手だ。

当たり前なことに気付く。

─────あったかい。







 二時間近くドライブをしてから秀介が勧めるカフェへと向かった。

結局篠塚さんの件はどうなったのかを訊いてみた。


「仕事があるって言ったろ、昨日。アメリカにケンを連れていくことになった」


アメリカならばコクウも離れていて、少しは安心できる。


「大仕事だったわよね、たしか」

「あれだよ、椿の紹介だろ?ミリーシャ・ビアンカ」

「…ああ、彼女か」


あの暴君みたいな女政治家が浮かんだ。コンタクトが取れて、無事仕事が秀介に回ったようだ。


「元々俺とゼウスをセットで雇いたいって話だったからな、ケンも連れていかねーと」

「神コンビを薦めたからね…。大丈夫?あの篠塚さんとやっていけそう?」


頼んでいた飲み物がテーブルに置かれる。ついでに秀介はパフェを注文。

…昼前にパフェ…。


「んー、正直心配だけど…。まぁ番犬だし、仕事上は問題ないと思うぜ。やっぱりあれかね?今まで通りに接しても無駄かな」


頬杖をついて困った顔をする秀介。

あたしはストローを加えて即答する。


「今まで通りでもいいと思う」


その回答に疑問を思ったのか、秀介は首を傾げた。


「あたし達を忘れていても……篠塚さんは篠塚さんだから」


朝のことを思い出したら口元が緩む。


「悪魔は、人格は周りの人間と育てる親の影響や住む場所と生活で作り上げていくと言うけど…なんだかひねくれてても根本的には篠塚さんなんだと思う。初めは全くの別人だと思ってたけれど……根はあたし達の知っている篠塚さんよ」


あたし達のことは覚えてないけれどね、とあたしは笑って言った。

言動が、篠塚さんと重なる。

同じ発言をしたり、同じくあたしの本心を見抜いたり。

彼は間違いなく、篠塚さんなんだ。


「──────そっか。椿がそう言うなら間違いねぇな、うん!普段通りに接する!」


秀介は、ニカッと明るく笑った。

眩いくらいの笑顔にあたしは目を細めて微笑みを返す。本当に鬼と呼ばれるには優しすぎる子だ。


「あーでもなぁ…あの憧れの番犬だもんなぁ、緊張しちまうぜ」

「その番犬とコンビ組んで仕事してたんだもんね」


苦笑して高なる胸を押さえる秀介をみてあたしは吹き出す。

狩人を目指したきっかけが、番犬。歴史上最強と謳われた狩人。


「ところで、椿。椿もアメリカにいかね?」

「…え?」


突然のお誘いに危うく手にした飲み物を落としかけた。


「ミリーシャが椿を雇いたがってるんだろ?殺し屋だから断ってたらしいけど……殺し屋やめて無職じゃん。いい転職先だし、儲かるっしょ。一緒に雇われようぜ」


パフェのアイスを口の中に入れながら秀介はサラリと軽く言い退ける。


「椿が殺し屋やめてくれた上に一緒に働けたら、俺すっげぇー嬉しい!」


物凄く眩しい笑顔で言い放った。

まぶしすぎる…。イケメンの笑顔恐るべし。

断るのは本当に心苦しい…。


「できないよ、シュウ。あたしと篠塚さんを離した方がコクウ…黒との接触を避けられる」


暫くはあたしをストーカーしてきそうだからな。コクウの奴。


「それに中毒の治療中なの。篠塚さんも被害者にならないようアメリカに行かせるのに、あたしまで行ったら…守る対象のミリーシャをも殺しかねないわ」


本当に殺さない自信がない。

だから狩人の転職は無理だ。

ミリーシャを殺ってしまったら彼女を消したがっている連中には拍手を送られるが、彼女の支援者には殺し屋が送られてしまう。


「えー?椿もいてくれたらなぁ」


ぶー、と秀介は唇を突き上げるがそれ以上は誘ってこなかった。


「今は大丈夫?」

「今はね。毎日のように殺ってたから、反動が怖いわ」


至極恐ろしい殺戮事件を起こしかねない。

想像するだけでも青ざめてしまうが、意地でも耐えなければ。

あの黒い吸血鬼に笑われてしまう。「ほらね」と言わんばかりに。

…いや。この件ばかりは、怒りそうだ。

あたしが殺戮をしたら、それを合図にコクウは白瑠さんと殺し合いを始めてしまうだろう。

それが一番恐ろしい。


「……無理、しちゃだめだぜ?椿」


身を乗り出して下から見上げるように、静かに秀介は言った。

「本当なら」と口を開きながら、コップを握るあたしの手に触れる。


「そばにいて、支えてやりたい。本当なら!…ケンと、話してたんだよ…。椿の中毒を治すまで…ずっと…ずっとそばで支えてやろうって」


そのことを、篠塚さんは覚えていない。


「記憶を取り戻したら椿を迎えにいって、一緒に暮らすためにためた資金で…色々…支えようって…決めてたんだけど、な」


俯いた秀介の顔には、薄い笑み。


「俺も椿の禁断症状目の当たりにしたことあるし…俺達より吸血鬼がいた方が頼りになるよな。ケンだって、覚えてたらこうするし…。でもやっぱ………そばにいるのは、あいつらの方がいいんだよな」


顔をあげた秀介は、さっきの眩しい笑顔とは違う弱々しい笑みを向けた。


「俺って、いつも。一歩及ばないよな」


あたしの手を握ったまま、秀介は頬杖をついて余所に顔を向ける。

切なそうな横顔。

さっきと同じ横顔にあたしは何も言えなくなる。

目を合わせて明るく笑いかける秀介がなにか言ったが、あたしはそれを遮って手を握りしめ返した。


「あのね、秀介」


ちゃんと言わなくちゃ。

目を逸らしていたら、いつまでも彼はその切ない顔をさせてしまう。


「もう、わかったでしょ?あたしが君に気持ちを向けることはない。だから、秀介。あたしを想わないで。お願いだから、愛さないで」


あたしは君を好きにならない。あたしは君を愛せない。

コクウと付き合った事実を知り、漸く秀介も思い知っただろう。

あたしを想うだけ、無駄。傷付くだけ。いつまで待っても、あたしは君に応えられない。


「…悪いけど、そのお願いはきけない」


そう答えた秀介は、困ったように笑った。


「無理なんだよ、椿を好きだって気持ちは消えない。黒と付き合ってるって知ってショック受けても、これから椿がどんなことしても……きっと椿のこと嫌いになれないんだ」


真っ直ぐあたしの目を、見つめて秀介は告げる。


「どうしようもねぇくらいに椿にゾッコンなんだよ。何度も何度も…言ったろ?椿のことは嫌いにならない。永久的にな。椿はそんなに俺に嫌ってほしいの?」

「うん」


茶化し始めたから、あたしは大真面目に頷く。


「君自身のためにも、嫌いになってほしい」

「俺?」


これは自分を守る予防線じゃない。とは言い切れないけれど、それでも彼自身がこれ以上傷付かないでほしいと思っているのは本心だ。だから秀介自身のためにも、あたしを想うことはやめてほしい。

片想いの辛さは知ってる。十分知ってるけど、きっとあたしが味わった辛さ以上のものを秀介は感じているはずだ。

彼がどう苦しんでいるかは知らない。一体どれくらいの苦しみかも知らない。

彼はあたしが傷付かないように、隠して笑ってしまうから。

言いたいことはきっと山ほどあるはずなのに、彼はあたしの幸せを喜び微笑んで言わない。

責めたいくらいに傷付いてるだろう。罵倒したいくらいに傷付いてるだろう。

それなのに、あたしのために嬉しそうに笑いかける。

そんなの、辛いだけだ。

苦しいだけだ。

痛いだけだ。

なのに、君は永久にこれを続けると言う。


「間違ってるわ、そんなの。想い続けてる相手を間違ってる。君にあたしは相応しくない。他にいるんだよ、君の運命の人は。その人と愛し合うべきなのよ。こんな一方通行、間違ってる」


真っ向からの否定。これさえも彼を傷つけてしまうだろう。だけど、諦めさせるには言うしかない。

君の愛は、間違っているのだ。


「これは恋じゃない、愛じゃない…そう否定することはできてもさ、椿。椿を好きってことは間違ってなんかいないぜ。椿が俺の運命の人だからこそ、こんなにも想ってるんだ」


何を言っても、いくら傷付けても。彼の真っ直ぐな想いを折り曲げられない。


「違う」

「違わない」

「違うわ」

「いいや、違わないんだ。俺は他の女なんて目にはいらない、椿しか大切に思えないんだよ」


秀介は微笑んで言った。気さくに頬杖をついて笑いかける。


「俺、人殺し嫌いなんだぜ?殺し屋ももちろん嫌いだ。嫌いなのに…それでも椿が好きなんだ。すっげぇー大好き。愛してる。だから椿は、俺の運命の人なんだ。だからこそ俺は想い続ける」


人殺しが嫌い。殺し屋が嫌い。

殺し屋になるのを反対していたな、と思い出す。

それでも狩人という殺し屋を狩る立場でありながらあたしを狩ろうとしなかった。

殺し屋嫌いなのに敵である殺し屋になり、宿敵である白瑠さんの元に行ったり、秀介の元へと行かずにコクウの元に行き付き合った。

本当に彼を傷付ける行動ばかりしてる。

なのに、なんで。

想い続けるんだ。


「椿って本当優しいな」


頭を撫でられた。それで俯いてしまう。


「あたしは………あたしが誰かを本気で愛して結婚するまで、想い続けるつもりなの?」

「うん。例えそうなってもきっと愛してる。つか、その相手は俺だもん」


顔を上げれば、自信満々にはにかんで笑っていた。


「椿が優しすぎるから俺は椿にゾッコンなんだぜ」

「……優しくなんかないし。あたしはあたしのために…」

「でもそれは俺が傷付いている事実に胸を痛めてるってことだろ。それが優しいんだって」


違うし、とあたしはまた俯いて唇を突き上げる。


「俺に気持ちが向くまで、あるいは俺を大嫌いになるまで、そうしてて。椿が気にしてくれてるだけでも俺は嬉しいから。ちゃんと椿も俺のことも考えてくれてるってことじゃん。一方通行なんかじゃねぇよ」


顔をあげて見てみれば、彼は真面目な顔であたしを真っ直ぐに見つめていた。

あたしが握っていたはずの手は、また秀介が握っている。


「だからさ、椿」


すぐに秀介らしい明るい笑顔が向けられた。


「互いの気持ちが変わるまで、親友ってポジションに居させてくれ。椿が俺を愛してくれるまで、いやその先も。俺は椿の親友でいる」


頼んだかと思えばそう断言した。

だからなんで君は、そうやってあたしに尽くそうとするんだ。あたしはなにもしてやれないのに。

あたしが情けない顔でもしたのか、スプーンでアイスを掬いあたしの口に突っ込み秀介はニカッと笑った。


「いやいやいや。椿の親友は俺だから」


唐突にコクウの声が聴こえて、あたしも秀介も一緒のテーブルに頬杖つくコクウを見る。

間違いなく、コクウだ。吸血鬼のくせに太陽の下を平気で歩くコクウだ。

また夢中すぎてコクウの気配に気付けなかった。不覚だ。


「恋人から親友にランク下がったけど、あんなことやこんなことした俺の方が椿の色々知ってるし?一番の親友だろ」


ニコッと挨拶もせずに割り込んだコクウはあたしに笑みを向ける。そういえば親友になろう、って言われたんだっけ。付き合う前くらいに。いや、あれは仲間になった直後だったかしら。


「てゆうかさ…俺とのデートを断って、ポセイドンとデートって……ふぅん?」


コクウの顔から笑みがなくなり、秀介に凍てつくような眼差しを向けた。


「……殺しちゃおうかな」


独り言のように爆弾発言をする。


「やんのかコラっ!椿を賭けて勝負してやるっ!」

「くひゃ、いいよ」

「いいわけあるかっ!」


立ち上がる決闘ムードの二人にあたしは平手を喰らわせる。

流石白瑠さんに毎回飛び掛かる秀介。黒の殺戮者相手でも怖じ気つかない。どんだけ怖いもの知らずなんだ。


「じゃあ椿、どっちを一番の親友にするの?」

「秀介」

「………殺す」


問われたから即答するとコクウは秀介に殺気を向けた。

「やめなさい!」とあたしはコクウを掴む。


「じゃあデートして」

「脅迫するな」

「じゃあ殺す」

「やめろって!」

「ざけんな!椿とデートしてんのは俺だぞ!」

「だから殺す」

「こら!」


だめだこりゃ。

こうなってはコクウは引かない。

あたしは額を押さえた。


「わかったわ…屋敷にいくから」

「ほんと?」


あたしが折れればすぐにコクウは微笑んだ。


「椿!」

「ごめん、秀介。今日はこれで。篠塚さんをお願いね」


話したいことは話した。

あたしは秀介の肩に手を置く。これから秀介は篠塚さんとアメリカに行ってもらわなくちゃいけない。コクウから離すためなのに、怪我をされては困る。

伝わったのか、秀介は嫌々そうに押し黙った。

コクウは上機嫌になり、あたしの手を引いていく。

あたしは秀介に手を振り、秀介も手を振り返した。


「今夜、シンガーソングライター捜そう」

「悪いけど、それは今度にして。屋敷に顔だしたらすぐ帰るわ」

「えー」

「お兄ちゃんと五時には帰る約束してるの」

「お兄さんとの約束なら仕方ないなぁ」


呆気なくコクウは引き下がった。お兄ちゃん強し。


「でもこの時間じゃあ……誰もいないかもね」

「マフユはいるでしょ」

「多分ね。椿がいなくて寂しがってたよ?ちゃんと会いに来てよ」

「………」


裏切ってるから会いにくいんだっつーの。

あたしは首を擦りながら、もう一つの手。つまりはコクウに握られている手を見る。


「どっから聞いてたの?」

「ん?なんのこと」

「とぼけないで。秀介との話」


この様子なら、番犬については聞いてないだろう。


「なに?彼と同じことを俺に言うつもり?諦めてって」


にんやり、と白瑠さんとは少し違うチェシャ猫の笑みを向けてコクウはあたしの顔を覗き込む。

大方は聞いたってことか。


「俺のこと、大好きなくせに」


甘く耳元で、妖艶に黒い吸血鬼は囁く。


「好きな人に嫌いになってくださいって言うの?…ドMなんだぁ?」


おちょくる彼にあたしはただ溜め息をついた。

そして先を歩く。


「ドMなのは貴方達でしょ。愛してくれやしない女を永久に愛するなんて……このドM」


苦痛だとわかりつつ、愛そうとする。見返りなんてない。求めるものは手に入らないのに、ずっとずっとずっと愛するなんて。

本当にやめてほしい。

秀介も。コクウもだ。


「……椿。もう一回言って。ゾクゾクした」

「………本当にマゾね、貴方は」

「椿に切り刻まれても構わないよ?椿に与えられる痛みなら快楽に変わるから」

「やめろ、気持ち悪い」


ゾッとした。気持ち悪すぎ。

どんだけマゾなんだ。

吸血鬼だって痛覚はあるのに、切り刻まれ快楽を得るなんて変態でしかない。変態マゾだ。


「最初は切り刻んでやるーとかドS発言してたじゃん。椿以外に身体を傷付かせるなとも言ったよねぇ。独占欲つよーいドS」


ふっとコクウはあたしの耳に息を吹きかけた。耳が弱点なあたしは震え上がる。


「嗚呼、でも……椿も俺も…場合によっては逆にもなるよねぇ…」

「寄んなよ、痴漢」


あたしの反応に気を良くしたのかにやりと笑って目を細めたコクウは、囁いて近付いた。

それを押し退けたのは、ヴァッサーゴ。


「……なに、V。俺と椿が別れたから、お前が盗ろうとしてんの?」

「へっ、負け惜しみをいつまでもほざいてやがれ」

「あたしを挟んで睨むな」


人間の姿のヴァッサーゴとコクウがあたしを挟んで睨み合う。


「愛想尽かされた野郎が手ぇ出そうとしてんじゃねーよ、獣が」

「失礼だな、可愛い椿にキスしようとしただけなのに。妄想しちゃって獣なのはそっちじゃん」

「だからあたしを挟むな」

「嘘つくんじゃねぇよ、バリバリ路上でヤろうとしてただろうが。欲求不満め」

「そんなわけないじゃん。お前の方が欲求不満なんでしょ?」

「あたしを挟むなって」

「椿に永久おあずけ食らって放置プレイしてやろ」

「俺と椿のプレイをずっと見ていただけのお前が好きなプレイでしょ、それ」

「だからでかい図体したアンタらがあたしを挟むなっ!!!」


いつまで経ってもあたしを挟んでガンを飛ばす二人にアッパーを食らわせた。

あたしより身長の高い黒ずくめのこいつらに挟まれて息しずらかった。


「椿の性欲はぁ?」


大したダメージのないコクウが身を屈めて問う。


「まさか白に解消してもらって」

「ないわ。」


きっぱり断言する。

あるわけないだろ。

それを聞いて安心したのか、コクウはまた歩き出す。


「オレが毎晩相手してる」

「お黙り、ヴァッサーゴ」

「相手なら俺がするよ、椿」

「いらんわ、ぶっ飛ばすわよ」


猥褻行為だ。


「でぇも。椿。ぶっちゃけ欲情するでしょ?…心配だなぁ男と一つ屋根の下で寝てるなんて。椿が他の誰かと寝たら…そいつ絶対殺すぅ」


くるりと顔だけを向けるコクウは、本気だった。


「それはないから。お兄ちゃんがついてるし」


前より頼もしくなり幸樹さんがしっかり白瑠さん達に釘をさしてくれたし、中毒の治療中だからベッドに潜り込んでこない。


「オレはいつでも犯せるけどな」


あたしの頭の上に顎を乗せるヴァッサーゴがにたにた笑う。

ヴァッサーゴの場合、殺したらもれなくあたしも死ぬことになるからコクウは殺したくも殺せない。

それがわかっているから挑発でヴァッサーゴは言う。


「ヴァッサーゴがヤったら俺もヤるから」

「なんでそうなるのっ!?」


結局被害に遭うのはあたしだけってどうゆうことだ!


「そうやって照れてるとまたディフォに性欲について説教されちゃうぜ」


コクウが口にした名前で思い出すのは、綺麗な顔した同性愛者。


「どうしたの?そんな顔して」


変な顔でもしたのかコクウはあたしの顔を覗いた。


「ヴァッサーゴの件から、あんまり話してないのよ。ディフォとは」

「これから話せばいいじゃん」


コクウはさらりと言った。

屋敷にはいないんだろ。誰も。


「……………」

「…ちょっと黙らないでよ」


コクウがこうやって黙る時は、ろくなことを考えていない。


「椿。お仕置きして」


微笑んでコクウは、ドM発言をした。


「はぁ!?」

「ほら、この前椿を庇って怪我したじゃん。それのお仕置き、して?」

「お仕置きはねだるものじゃないから。キモイ」

「二人っきりだから、やりたい放題だよぉ」

「!?、こらっ!あたしはただ屋敷に顔だしにいくだけっ…こらぁ!」

「おいこら、変態。オレ様がいるっつーの」


なにかのスイッチが入ったコクウに抱えられ、誰もいない屋敷へと連れていかれる。

幸いヴァッサーゴがいるから大丈夫。…なはず。









「……」

「……」

「……」


幸い屋敷には眼帯のイケメンのレネメン・ジャルットと男前な蠍爆弾(本名覚えてない)がいた。

コクウに抱えられたあたしを見て、ポカーンとしている二人はたこ焼きを食べている。

英国人とたこ焼き……。


「…より、戻ったのかい?」

「違うわよ。ラチられたのよ」


あたしは蠍爆弾に否定して、床に着地した。

「出掛けたんじゃないのぉ?」とコクウはつまらなそうにソファーに項垂れて訊く。ヴァッサーゴは逸早く気付いてあたしの中に戻った。


「これ買いにいってたんだ。紅公も来るって知ってたなら買ってきたんだが」

「別にいいわ」

「ほら」


レネメンは爪楊枝で苦戦しつつもあたしにたこ焼きを一つ差し出す。

せっかくなので遠慮なく食べた。


「電話、いつまでアンタは待たせる気だ?」

「あら、ごめんなさい。しようと思ってたのよ」


熱々のたこ焼きをこぼさないように口を押さえて喋る。レネメンに電話してくれと言われたけど忘れてたのよね。裏切ってるから、余計しにくいしね。


「……中毒治療の方は大丈夫なのか?」

「ええ。今のとこは」

「…座れ」


テーブルにつくレネメンが座るように言うから、あたしは椅子を探した。そうすれば瞬時に動いてコクウが椅子を出してくれたのでそれに座る。


「なに?」

「殺戮中毒の話だが」


殺戮中毒。

そう言えば遊太がなにかいってたと言っていたな。


「治すのは不可能だ」


レネメンは断言した。


「…根拠はあるの?」

「根拠はオレ達だ」


あたしは冷静を保ちレネメンの話に耳を傾ける。


「軽い症状のオレさえ治せなかった。だから重いアンタならば…尚、不可能だ」

「…レネメン、あたしは家族がついてるから。治すわ。例え困難でも。不可能なんかじゃない」

「オレは支えてくれた恋人を殺した」


眼帯の奇術師と通り名を持つレネメンも、軽いと言えど殺戮中毒者。時折、殺したくなると言っていたのを覚えている。

だからこそ表現実ではマジシャンをし、裏現実では人を殺している殺し屋。

彼も中毒を治そうとしていたとは初耳だった。

そして、その最中に恋人を殺してしまったことも初めて聞く。

蠍爆弾もコクウもなにも言わない。


「日に日に堪えていくほど、殺戮衝動は膨大なものになって……気付けば殺していた。…わかるだろ?アンタもそうだったろ。オレはたった三週間で、殺してしまったんだ」


険しい顔で一つの眼で見つめてくるレネメンから目が離せなかった。


「アンタだって、その支えてくれる家族が大事だろ。ならやめるんだ。家族を殺してしまう前に」

「…あたしの家族はあたしに殺られるような人ばかりじゃないわ。クラッチャーや吸血鬼がいるもの」


大事だ。

彼らの顔を思い浮かべて、あたしは答える。

本当に殺してしまうかもしれない。そんな不安な恐怖を押し込んであたしははっきりと答える。彼なら、大丈夫だ。


「殺してしまってからじゃあ、遅いんだぞ」


レネメンは押し込んだ恐怖を煽るように、強く警告した。


「第一誰も殺戮中毒を治したことがない。治る保証さえないんだ。一生、殺戮衝動はつきまとうかもしれない」


あたしは奥歯を噛み締めて、なんとか平常心になろうとした。表情も崩さないよう意識を向けておく。


「あたしに無駄な治療はするなと言いたくて電話を待ってたわけ?」

「いや…提案が一つあるんだ」


口調に苛立ちを込めてしまったが、レネメンは気にしない。するとコクウが一つの箱をあたしの前に置いた。


「アンデットを殺戮するのはどうだろうか」


中を見てみれば、ピラミッドから盗み出したトロフィー型の秘宝。悪魔の力が宿っていて、死体を動かせるのだ。言わば動く死体を作り出すマシーンのリモコンというわけだ。

死体ならば、まるで生き返ったかのように動かせて命令できる。


「…アンデットを裂いて、殺戮したことになるの?」

「それは試してみなくてはわからない」


レネメンははっきり答えた。まぁ…そうよね。

果たして死体を切り刻んで殺戮したと言えるのか。

だがもしも生きた人間を殺戮する代わりに、動く死体を殺戮して摂取したことになるならば。

人殺しをせずにすむ。

代わりに動く死体を殺戮し続ければ、殺戮衝動に怯えて生きなくてもいい。

とても、いい案だ。

だが。


「日本は、火葬よ?」

「…それも問題だ」


肝心の死体が生憎日本にはない。

病院の死体安置所は、幸樹さんに怒られそう。罰当たりだしね。

日本は火葬だから墓地に行っても死体はない。

海外なら埋葬だから死体が土から這い出るが。

あ、どちらにせよ墓場から死体を出すのだから罰当たりか。


「試してみる価値はあるだろぉ?アメリカに行こうよ、椿」


コクウがあたしの首に腕を巻き付けて誘う。

アメリカの墓地で大量の死体が這い出る。………ゾンビパニックムービーのようだ。


「試すなら、貴方達が試してよ。時間だからあたし帰るわ」


あたしは箱の蓋をしめて、立ち上がる。


「試せないよ。これ椿しか使えないもん」

「は?なんで」

「悪魔か悪魔憑きの人間にしか、使えねぇのさ」


問いにはヴァッサーゴが答えた。


「そぉゆぅことぉ」


ヴァッサーゴの声は、あたしとコクウにしか聴こえていない。

あー。なるほど。

だからコクウはこれをあたしに預けていたのか。

つまりはこれを使うためにはあたしがいなくちゃいけない。だからコクウはあたしをまだ仲間のままにしたいのか。

じとっとあたしはコクウを睨むように見上げた。ヴァッサーゴが笑うが、コクウはあたしの心の声が聴こえていないから首を傾げる。


「考えておくわ。提案、ありがと。じゃあね」

「ちゃんと顔だしてね」


宝はあたしが持っていいらしいからそれを持って、部屋を出ようとしたらコクウがあたしの腕を掴み顔を近付けた。

キスをするためだと気付いたので、あたしは仰け反って避ける。

コクウはクスリと笑ってから、あたしの額に唇を重ねた。


「またね、椿」


コクウのあとにレネメンと蠍爆弾が声をかけるから適当に返して屋敷を出た。



 溜め息をつく。

コクウはこの宝を使うために、あたしを仲間のままにしていたのか。別に恋人じゃなくなったから、仲間で繋ぎ止めるわけではなかったのか。

それはそれで…嫌なものだ。

この宝は保険だ。

番犬が死んでいた場合、これを使って対峙する。

そうまでして、番犬に拘っているのだ。

あたしが頼んだどころで諦めてはくれないだろう。

遥か昔から、策略して事件を起こしてきた黒の殺戮者。

計画を妨害するならばあたしだって容赦なく殺されるだろう。

今はまだ、利用価値があるから仲間として繋ぎ止められてるけど。


「なにショック受けてんだよ。大好きなのはお互いだろ、別に黒野郎はお前を道具とは思っちゃいねーよ」


俯いていれば、思考回路を覗き見たヴァッサーゴが励ますように言った。

コイツ、コクウと別れろと言ったくせに……。


「別にあの野郎とより戻せつってねーよ、バーロー」


貴方ってコロコロ意見を変えるわよね。黒の集団の仲間になれとか別れろとか。それって助言?


「はぁ?助言?お前はどんだけ尽くされてるとか妄想してんだよ。アホか」


ヴァッサーゴは照れ屋で本音を隠すから、これ以上訊いても無駄だな。

あたしは箱を抱えたまま、家に向かった。徒歩だと五時前には着くはず。

…殺戮衝動がでなければいいけど。


「ゾンビは殺したことになるの?」


あたしは疑問を全知全能の悪魔にぶつけてみた。


「知らねーよ」


全知全能……。


「てめえの殺戮衝動が命を奪うためならば、ゾンビを殺したとこで殺戮を摂取したことにはなんねぇ。殺戮衝動が単に切り裂くだけで満足するならば、人殺しをせずにすむかもしれねぇがな」


単に切り裂くだけ済むなら、最初から人殺ししてないでしょ。


「いや、てめえの場合。意識を飛ばして殺戮した時、数日ナイフで切りつけてなかっただろ。それが三回。殺しちまったのは単なる勢い余っただけかもしれねーぞ」


その仮説はどうして出たんだ。


「てめえが意識を飛ばして殺戮した時には──────必ず現場に生存者がいた」


生存者。

あたしは目を丸める。


「その場にいる全員を殺さないなら、殺さなくても満足する可能性がある。オレの推測だ」


最初の殺戮は、電車。何故か白瑠さんだけは無傷だった。

二回目は路地裏で殺し屋を返り討ちにした時。一緒にいた秀介は勿論、生きていた。

三回目は、黒の集団の刺客。仲間も切りつけたが、殺さずに済んだ。

確かに、現場に生存者がいた。


「……つまりは自傷行為してりゃあ、殺戮衝動は治まる。そう言いたいの?」

「なにもリストカットしろとは言ってねーし。ゾンビで満足するかもしれねぇってことだ」


ヴァッサーゴはケタケタと笑う。

「まっ、勢い誤って自分殺しても死なねぇんだからリストカットして試してみたらどうだぁ?」とふざけたことを言い出す。

馬鹿馬鹿しい。

それだけで済んだならば、あたしは。

─────────勢い誤って数多の人間の命を奪ったことになるじゃないか。






「ハッピーバレンタインっ!!!」


家に帰り自室に箱を放り投げてからリビングに行けば、クラッカーを向けられ言われた。

ハッピーバレンタイン…?…バレンタイン?


「…バレンタインは二月ですよ」


二月過ぎてるし。ホワイトデーすら過ぎてる。


「つーちゃんいなかったから、今日バレンタイン!」

「はぁ……」


誰の案なのだろうか。

ニコニコした白瑠さんと藍さんにソファーに誘導され、そこに座る。

キッチンをチラッとみたが、どうやら男三人でチョコを作ったようだ。

…微笑ましいような気持ち悪いような。


「はい!つぅちゃん!」

「僕の気持ち受け取って!」


白瑠さんと藍さんが左右で膝をついてチョコを入れた箱を差し出す。

箱にまで詰めてラッピングとは、微笑ましいような…気持ち悪いような。


「あぁ……ありがとうございます。…お返しって用意すべきですか?」


二人のを受け取ってから訊いておく。一ヶ月後に返せばいいのかしら…。


「お返しは今で結構だよ!チョコを……く…口移ししてくれれば…」


頬を赤らめて言う藍さんに座ったまま右足を首に打ち込んだ。しゃがんでいたから首に入った。


「ぐふっ!?だからお嬢!力加減!強すぎだからっ!折れちゃうよ!僕の首折れちゃうよ!」

「す、すみませんっ!あまりにも気持ち悪すぎてつい」

「本気で謝られると傷付く……って全然謝ってない!?心が折られそう!」


加減なしで蹴ってしまったことには本当に申し訳ないと思う。


「お返しはちゅーでいいよぉ」

「お断りします」

「なんで!?なんで白くんには蹴りなしで僕には蹴り!?普通逆だよね!」

「さりげなく足を撫で回さないでくださいっ!!」


白瑠さんに蹴りなんてしたら足を折られる。


「じゃあせめてニーソを脱がせてくれればいいから!」

「要求が可笑しいんですよっ!!」


変態を避けてソファーの上に避難。

勢い誤って殺しちゃうぞ。


「はい、私から」

「あ、ありがとうございます」


後ろから幸樹さんが差し出してきたので受け取る。


「お返しは頬にキスでいいですよ」


幸樹は大人の色気ムンムンの微笑で頬を向けた。

何故皆してキスなんだ。

あたしは恥ずかしさを覚えつつも、意を決して幸樹さんの頬に唇を重ねた。

それだけで顔が火がついたように熱くなる。

すぐ俯いたあたしに幸樹は笑い声を溢して頭を撫でた。


「かっわぁいいぃ!」

「お嬢!ツボ!?」

「キャッ」


前方から白瑠さんと藍さんの抱きつきを喰らう。ぐう、苦しい。

と思いつつも無理矢理押し退けたりしない。

 この家族が大事だ。

だから、可能性があるなら全てを試そう。

そう決めた。


「そう言えば白瑠さん。朝いました?」

「んぅ?いたよ」

「いってきますと言ったけど…寝てました?」

「うん!寝てた!ごめんね」

「つーお嬢、まだ疑ってるの?ぐふふ」


だって怪しいんだもん。

まぁコクウも普通だったし、喧嘩を仕掛けたわけじゃなさそう。

白瑠さんの様子からして寝ていただけのようだ。


「つぅちゃん?食べないのぉ?生チョコだよ」

「あ、はい。いただきます」


あたしは一つの箱を開けて一口食べる。うん、美味しい。

幸樹さんならともかく、藍さん達もお菓子作れるとは意外。

まぁどうせ幸樹さんの監視の元、作ったのだから不味くないはずだろう。


「おいし?」

「はい」

「ちゅっ」


頷けば、不意打ちに唇を奪われた。


「あー!ずるい!白瑠だけっ」

「うひゃひゃっ、バレンタインキッスぅ♪」


くっ…。油断してたっ!

藍さんにも唇を奪われないように幸樹さんの元に逃げ込む。


「あっ、つぅお嬢!」

「お断りですっ!!」

「キスでもニーソでもなくて、頼み事があるんだ」


ソファーから身を乗り出す藍さんに首を傾げる。改めてお願いされると…嫌な頼み事じゃないだろうな。

身構えていれば綺麗な顔立ちをした藍さんは爽やかな笑みを向けた。


「昨日の仕事を、椿お嬢に引き受けてもらいたいんだ」



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