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血の海の決戦


「白瑠さん、ヴァッサーゴを叩き起こしてください」

「つーちゃんは?」

「狼坊やを出します」


 素足でベッドから降りる。ヴァッサーゴは任せ、向かいの牢屋に向かった。


「ヴォル?」


 ベッドに横たわる少年を見付ける。悪夢に捕らわれてしまっているようだ。

牢屋を開ける術があたしにないと気付き、白瑠さんに開けてもらおうと呼ぼうとしたら、カチッと音が鳴った。


「ここは胸糞悪い。さっさと出るぞ」


 頭にヴァッサーゴの声が響く。白瑠さんが解放したのだろう。


「ヴォル。起きなさい。ヴォル」


 中に入って呼び掛けながらヴォルを起こそうと、手を伸ばした。

 その瞬間、刃を目にする。

鏡の破片だ。それを握り締めた手をあたしに振り上げてきた。

 その手首を掴み、捻り上げて破片を放させる。すぐに破片を拾い、ヴォルの首に突き付けた。


「落ち着きなさい、ヴォル。あたしよ、黒猫」

「っ……夢だっ!」


 悪夢の恐怖に目覚めたばかりのヴォルは、疑う。

 初対面では、なにを言っても現実の証明は難しい。だからあたしは、鏡の破片で傷付いたヴォルの手を握った。

痛みで顔を歪めて抵抗するヴォルを、破片を突き付ける手で押さえる。


「イメージとあってる? 関わりが薄い相手は悪魔に出ないんでしょ」

「……っ」


 ヴォルの顔に困惑が浮かぶ。まだ疑っているから、頭突きを食らわせた。


「っ!?」

「悪夢の中で、助け出す相手が頭突きする? 信じないなら指一本切り落とすわよ。どうする?」


 痛みで涙目になるヴォルに問う。

今までの悪夢とは違う展開で、ヴォルは戸惑いながらも信じ始めたらしい。

 白銀髪、瞳は翡翠色。

まだ幼さが残っている少年は、随分といたぶられたようで、怪我や汚れが目立つ。


「……信じ、ます」

「よろしい」


 やっと頷いたから解放する。


「ヴォル。こっちは頭蓋破壊屋。白瑠さん。彼はフェンリルのヴォル・テッラです。ついでに悪魔のヴァッサーゴ」


 立ち上がって軽く紹介。

「……は、初めまして」と格子に凭れる白瑠さんに、頭を下げるヴォル。

白瑠さんの悪名高さは知っているようだ。


「……つーちゃん好みの男の子だね」

「!?」


 白瑠さんがじとっとあたしを見てくるからギョッとする。


「しゅーくんも、れーんくんも、美少年。この狼くんも美少年」

「ショタ好きだよな」

「うっ……」


 白瑠さんだけではなくヴァッサーゴにまで指摘された。否定はできない。

でも美少年好きは関係なく、助ける。……多分。


「立ちなさい、この悪夢のテリトリーから抜け出すわよ。白瑠さん、フェンリル達は来てますか?」

「うんー、一緒に来たよー。てか、フェンリルの自家用機に乗せてもらったの」


 気を取り直して、ヴォルの腕を掴んで立たせる。

 白瑠さんからフェンリルファミリーも揃って救出しに来たと聞き、こちらにも勝算があると思えた。

 ヴォルは焦りを見せる。

でも白瑠さんがここまで入って来れるほどの隙があるんだ。ヴォルフ達が無事の可能性は十分にある。


「早く、合流しましょう」


 鏡の破片を握ったまま、あたしは白瑠さんの背中を押して幸樹さんと合流することを急かす。

 この目で見て、無事を確認しないと安心できない。それはヴォルと同じだから、彼の手を引いた。

 ヒタヒタとコンクリートの床を素足で歩いていく。空の牢屋がずらりと並んでいるのを眺めながら、戦争の音を耳にする。

時折、建物が揺れた。


「……ヴォル。相手を殺す気なら、喉か心臓狙いなさい。さっき目を狙ったでしょ」

「え、あ……はい、すみません」

「違うわ、敵だと判断したなら容赦なく喉か心臓を狙いなさい。目に破片を突き刺しても相手は死なず、武器はなくして、返り討ちに遭うわよ」


 脈で落ち着いていないことが伝わり、あたしはヴォルにダメ出しをする。


「いえ……殺すつもりは……なかったんです」


 ヴォルを振り返れば、俯きがちにあたしを見ていた。

 ヴォルフ達と同じ気配、つまりは狼の気配が、薄い。悪魔から与えられた力が遺伝しているが、その力は目覚めていないみたいだ。

 ヴォルの後ろを歩くヴァッサーゴと目が合う。フェンリルに力を与えた悪魔。

ニヤリと、ただニヒルに笑った。


「オレはただ……ファミリーを守る力さえあればいいんです……」


 殺しは望まない。守る力が欲しい。

 望みさえも遺伝するものなのか。末代さえも、ファミリーを守る力を欲する。


「……加減は難しいわ。殺す方がずっと楽よ」


 力任せに切り裂いて殺す。

至極簡単で、楽だった。楽だからこそ、続けてきたんだ。


「だから、殺し屋になったのですか?」

「……まぁね」


 殺し屋になった経緯を悠長には話せないから、あたしは省いて頷く。

 そうしたら、白瑠さんが振り返ってきた。きょとんとしていたけれど、すぐに前を向く。


「椿が守る力とやらを与えたらどうだ?」

「……はぁ?」


 ヴァッサーゴが妙なことを言い出すから、振り返って睨み付ける。


「加減を学びながら、この狼坊やに教えてやればいい。一石二鳥じゃねーか」


 つんつん、と長い指でヴォルの白い頭をつつくヴァッサーゴの手を、ヴォルは迷惑そうに払うとあたしを見上げてきた。

 白瑠さんが師匠として殺しを教えてくれたように、あたしがヴォルの師匠をする。

 ヴァッサーゴが言い出すことだ。

どうせ、そんな未来が見えたのか。そうなるべきだと判断したのだろう。

 白瑠さんはどう思うのか、聞いてみようと背中を見れば。


「浮気したら、その子、殺すぅ」

「……」


 弾んだ声を出す。でも殺気立っていた。

 浮気云々は置いといて、弟子を取ることには反対しないらしい。


「……」

「……」


 振り返るとヴォルはじっとあたしを見つめて伺う。

乗り気な様子だ。


「戦争を終えてから話しましょう」

「……」


 保護者のヴォルフと一緒にあとで話すべきかもしれない。勢い余って殺戮するあたしに大事な娘の許嫁を預けるかどうか……。

 今は黙示録の最終決戦のような戦争を終えなくては。

 あたしは白瑠さんとヴォルの手を放した。

ヴォルには人差し指を立てて、立ち止まることを指示する。

 白瑠さんは、右の壁際へ。あたしは左の壁際へ。

左右に別れた廊下の曲がり角を見据える。そこに気配があった。

 ギリギリまで近付いて、あたしはわざとペタンと素足で床を叩いて音を鳴らす。

 次の瞬間、囚人服の男二人左右から飛び出してきた。

長い釘を突き刺そうとして来た腕を掴み、逆の方へ折り曲げた。

膝を蹴り飛ばし、跪かせて捩じ伏せる。

 白瑠さんを見れば、そっちの囚人の頭を粉砕していた。

あたしは殺しを断っているところだから、白瑠さんに任せる。

 ぐしゃりと頭蓋骨が飛び散った。血を踏まないようにさっさと離れる。素足は不便だ。


「……あの、紅色の黒猫さん」


 ヴォルに呼ばれて振り返れば、Yシャツの袖を破いていた。足を出すように手を差し出されたから、右足を出せば、破いた袖で巻かれる。

「気休めですが」とヴォルは、左足も巻いてくれた。

 流石はイタリア人の血を引く男の子だ。きっとヴォルフ達に教えられたのだろう。


「今の、囚人。死んでましたね」

「悪魔が操ってるみたいだぁねぇ」


 白瑠さんが頭を粉砕する前から、心臓は動いていなかった。

ヴァッサーゴに目を向けると、頷く。


「あの宝と同じもん使ってるのさ。囚人を皆殺しにして頭で操ってる」


 ピラミッドで手に入れた宝の能力と同じものらしい。


「ミイラと違い、頭を壊せばいい」

「まさにゾンビね」


 囚人ゾンビの刑務所。おっかないわね。

でも――。


「殺したことにはならないわね……」


 ニヤリと笑う。

人間を殺したことにはならないから、あたしも殺してもいい。


「うひゃひゃ」


 そんなあたしを見て、白瑠さんが面白そうに笑った。


「さて。ゾンビを殺しながら脱出しましょう」


 気を取り直して、あたしは進むことを急かす。

けれど、白瑠さんは笑みを浮かべたまま首を傾げた。


「ざぁんねんだけど、もぉうゾンビ、いないかぁもぉねぇ」

「?」


 白瑠さんは独り言のように呟くと、あたしが血を踏まないように一度抱えて廊下の右へ進んだ。

 ドォン、と爆発音が建物を揺らした。

進んでいくと、血の匂いがする。それも大量のような、濃厚な匂い。

血の海を連想して、焦ってしてしまう。

 悪夢の中の血の海が、浮かんでしまう。

薄暗い廊下の先。幸樹さんと藍さんが血塗れで倒れている。その光景を振り払う。

 大丈夫、そんなはずはない。悪夢の実現はしない。

そう言い聞かせながら進んだ。


  ぴちゃん。


 白瑠さんが血溜まりを踏んだ。

 血の海。そこにいるのは――血にまみれた幸樹さんだった。

恐怖が心臓を高鳴らせる。

バクバクとバクバクと、駆り立てる。


「……おや」


 振り返った幸樹さんの顔にも、血。あたしを目にするといつものように美しく微笑んだ。


「椿さん、無事でよかった」


 幸樹さんは胸に飛び込めと言わんばかりに、両腕を広げて待つ。

 両手には幸樹さんのお得意の細いナイフ。革のジャケットも黒のズボンも、ブーツも血を浴びている。

 よく見れば、幸樹さんの足元には数十人ほどの囚人達が積み重なっていた。血は彼らのものだ。

幸樹さんは――――無傷。


「……どうかしましたか? 椿さん」


 幸樹さんは首を傾げた。

悪夢が実現しないことに唖然としてしまうなんておかしいけれども……。

 ……白瑠さんと幸樹さん。

悪魔が支配する刑務所に乗り込み、ゾンビを殺しながら辿り着いた。……最強過ぎる。

 あたしの悪夢が、現実から離れすぎていた。あんなに怖がっていた自分が心底アホらしく思えてくる。


「あの、ハグはやめておきます」

「それは残念。帰ったら、抱き締めさせてくださいね」

「……はい」


 幸樹さんが無事だったことに、安堵を覚え微笑みを返す。


「……」


 幸樹さんは歩み寄ったあたしを頭から足の指先まで見てきた。


「……それはウェディングドレスですか?」

「……ええ、まぁ……」

「ほう……?」

「……」

「……全く、悪魔と言ったら、悪趣味ですね……」


 気に入らなそうに呟く幸樹さんは、切り裂いたスカートを凝視する。

切り裂いたウェディングドレスのことなら、あたしがやったのだけれど。まぁいい。

 幸樹さんが急に顔をしかめる。耳に手を当てたから、多分藍さんからの通信だ。

幸樹さんはイヤホンを外して、音を上げた。


〔椿お嬢ーっ!! 犯されてない!? 清らかなまま!? いや、白くんに犯されたから、既に清らかとは言えないけど、悪魔に汚されたかどうかって意味で……それでお嬢は無事!? ウェディングドレスってどんなの!? 脱がないでね! ウェディングドレスのまま僕のところまで駆け寄って抱き締めさせてほしいな!! いや、裸でもありだよっ!! 椿お嬢のウェディングドレス、ツボ!! 裸も勿論ツ〕

「……消してください」


 幸樹さんの掌に手を置いて、イヤホン型無線機から喚く音を塞ぐ。

 藍さんも通常運転だ。

刑務所の中にいない。藍さんも無事。

 安心して胸を撫で下ろすけど、やっぱり藍さんうざい。


〔お嬢ぉおっ! 心配したんだよ!? 心配してたんだよ!? 大体ね白くん! なんで通信機切るかな!? つぅお嬢が無事なら真っ先に知らせるべきだよね!?〕

「だって藍くん、ずっとうるさいんだもぉん」


 テンション高過ぎる藍さんは、ずっとこうらしい。

白瑠さんは反省の色を見せずに言い退けた。


「藍さん、無事です。すぐ合流しますから、大人しくしてください」

〔うん、じゃあ……もうちょっときつく命令してっ!!〕

「もうお黙り、ど変態」


 おねだりする声がする無線機の音量を限界まで下げる。

 ほんと、なんであたしはあんな悪夢なんかに怯えてたんだろう……。


「あれー? つぅちゃん。どぉしたのぉ? にやにやしてるぅー」


 白瑠さんが屈んであたしの顔を覗いてきた。にやけてしまったらしく、口を押さえる。

 幸樹さんも首を傾げながらも、微笑んであたしを見つめてきた。

 そこで気付く。

幸樹さんの後ろに、近付く人影を見付ける。

 腕を押さえて歩いているのは――紅い目の指鼠。

あたしと視線を交じり合わせると、怒りで顔をしかめた。


「……チッ」


 舌打ちを合図にしたように、ぶわりっと黒い煙が指鼠の身体から出てくる。

それは――とっくにお見通しだ。

 ヴァッサーゴは指鼠の悪魔がなにかを仕掛ける前に背後に現れ、そいつを取り押さえた。


「くそっ、役立たずの悪魔めっ!!」


 吐き捨てると指鼠は、ヴァッサーゴから離れる。

あたしはすぐにでも指鼠を、鏡の破片で切り裂こうとした。

 けれども飛び付く前に、目の前に立つ白瑠さんと幸樹さんに止められる。


「つぅちゃんさぁ。一回殺しんだからさぁ」

「二回目は譲ってください」


 白瑠さんも幸樹さんも笑みを浮かべて、指鼠を見据えていた。


「……はい、どうぞ」


 あたしは身構えることをやめて、二人に譲る。

 背後には悪魔を捩じ伏せているヴァッサーゴ、前にはあたしと白瑠さん達がいて袋の鼠状態。指鼠は歯を噛み締めてあたしをギロリと睨む。

 だからあたしは、にこりと笑ってやった。


「言ったでしょ。彼が、アンタを殺す」


 白瑠さん達は怒り、必ず指鼠達を殺す。これは実現する。


「――……っかかってこいよっ!!」


 指鼠は銃を二丁取り出すと、白瑠さん達に銃口を向けた。

 既に幸樹さんが懐に入って、指鼠の右手首を錐のように細いナイフで切り裂いた。一丁の銃が落ちる。

激痛に歪む指鼠は左手で握る銃を目の前の幸樹さんに突き付けた。


  ドォン!


 銃は発砲されたが、幸樹さんに当たっていない。左腕にナイフを突き刺して軌道を逸らしたんだ。

 指鼠は囚人の死体によろめきながらも距離を取り、発砲する。

どさくさに紛れてあたしにも撃ったけれど、避けた。

 幸樹さんが革のジャケットの下からナイフを取り出して、投げ付ける。

指鼠はそれを避けながら、発砲した。その間に、白瑠さんが割り込んだ。躊躇なく死体を踏みつけて白瑠さんは、指鼠に向かう。

 白瑠さんの頭を狙った銃は、白瑠さんの掌によって弾き飛んだ。

指鼠の腕を掴むと、引っ張り床へ叩き付けるように捩じ伏せた。


「うっひゃあ」


 馬乗りになった白瑠さんは笑って指鼠を見下ろす。

「うがぁあっ!」


 指鼠の左腕に刺さったままのナイフを、歩み寄った幸樹さんが踏みつけて深く押し込んだ。

 お見事。

白瑠さんは相変わらず怪物並みだけれど、幸樹さんも同等の評価をもらうべきだと思う。数十人のゾンビを皆殺しにしておいて無傷だったんだ。

 ほんと、最強だ。拍手したい。


「さぁ、ネズミくぅん? 今は悪魔憑きだからぁ、ほぼ不死身なんだよねぇ? 俺の椿を傷付けた罰、幸樹の由亜ちゃんを奪った罰、そぉれぇかぁらぁ……――俺の椿を孕まそうなんて考えた罰。時間が許す限り受けてもらうよぉ?」


 白い殺戮者は笑う。

三日月みたいに口をつり上げ、冷たい目で見下ろす彼の残虐的な拷問が始まる。

 指鼠は怪我をして一人歩いていたんだ。悪魔は戦争に負けている。時間はきっとたっぷりあるだろう。

 きっと地獄に返してくれと泣き叫ぶまで、白瑠さんと幸樹さんはいたぶる。


「うひゃひゃ、どこから潰そうかぁなぁ?」

「う、ぅぎゃああっ!」


 メキメキと白瑠さんは指鼠の右手を握り潰す。


「指から切り落としてあげましょう。彼の趣味だ」

「ああっ! ごっめーん! 気が利かなくてぇ」

「あ゛ぁああっ!!」


 白瑠さんが右腕を上げさせれば、幸樹さんは指を一つ一つ切り落とした。

指鼠の醜い悲鳴が上がる。

 あたしはヴォルを振り返り、耳を塞ぐようにジェスチャーした。


「あ、お気遣いなく」

「……そうね」


 白瑠さんがゾンビの頭を粉砕、ゾンビの死体の山を見ても、ヴォルは恐怖した様子はない。

仮にもマフィア。無用な心配だったらしい。

でも楽しんではいなく、目を逸らしていた。

 ヴァッサーゴはもがく悪魔の頭を踏みつけながら、大欠伸をしている。


「指が好きなら、たぁべぇるぅ?」

「ん゛んっ!」

「次はなにしよぉかぁ。右手は潰しておこう、ね?」


 白瑠さんは指を切り落とした掌を、ご自慢の握力でバキメキと握り潰した。

口が塞がっている指鼠はもがく。


「まぁまぁ、焦らないで? ゆっくり、ゆぅうくぅうり、ゆぅうくぅうりぃ、楽しむからさ」


 にやにやと笑いながら、白瑠さんは冷たく言う。


「俺達の大事な椿を痛め付けて、追い込んだ罰……まぁだぁ足りないなぁ。君のせいで、俺達傷付いたんだぁ……え? なになぁに? なに言ってるのかぁなぁ?」


 白瑠さんは指鼠がなにかを言うが、掌で口を塞いで発言を許さない。


「ああっ! 君も傷付いたから、復讐したんだよね? そう言いたいんでしょ? うっひゃあひゃあ、復讐はよくないよねぇ。あっ、俺達は違うよ? ただね、君を痛め付けて楽しんでるだけだよぉ。復讐は虚しいだけだけど、俺はね、壊すのだぁあいすきっ」


 無邪気に笑って見せる白瑠さんは、猟奇的な殺人鬼。破壊行為も殺しも楽しめる。

 復讐を遂げたあとの虚しさなんて、白瑠さんの場合ないに等しい。

白瑠さんにとって、殺さないことも殺すことも大差変わりない。殺したことも、生きていたことも、存在していたことも、忘れ去る人だ。

 指鼠のことは気が張れるまで滅茶苦茶にして滅茶苦茶にして、最後には殺してきれいさっぱり忘れ去るだろう。


「白瑠さん。安全じゃないのですから、さっさとここを出ましょ? トドメを刺すのはどっちでもいいですから、早く済ませてもらえますか?」


 長引きそうだから急かす。敵地なんだから完全に安全ではない。


「えぇー? 楽しくない?」

「指を全て食べさせてあげてからにしましょ」


 白瑠さんは唇を尖らせる。幸樹さんは左腕を持ち上げて指を切り落とそうとした。

まぁ、別にいいけど。


 ドゴォンッ!!


 壁が爆発したように壊れたかと思えば、そこにいたヴァッサーゴが吹き飛ばされた。


(ブイ)っ!!」


 壁を突き抜けてヴァッサーゴが飛ばされてしまったことで、指鼠の悪魔が解放されてしまう。

 ぶわりと黒い煙が、幸樹さんと白瑠さんに向かった途端、二人は倒れた。

 瞬時に指鼠の息を止めようと駆け寄り切り裂こうとしたが、指鼠は白瑠さんを盾にするから出来なかった。

白瑠さんが押し飛ばされ、あたしは受け止める。慌てて確認すると、息はあった。だけれど目を開かない。

 指鼠は右手から血を滴ながら廊下を走って逃げた。


「悪夢に捕らわれたみたいですっ!」


 幸樹さんにはヴォルが駆け寄り、確認してくれた。あの悪魔に眠らされて、悪夢を……。

 一体何事かと砂煙が立つ廊下を睨み付けた。

 そこに立つのは――古びた軍服のコートを靡かせた吸血鬼。名は確か……クラウド。

 認識した瞬間、あたしは直ぐ様決断した。


「ヴォル! 二人をお願いっ!!」


 白瑠さんを離れ、鏡の破片をクラウドに向けて振り上げたが、クラウドの蹴りを腹に食らわされ、空いた壁の穴へ吹き飛ばされる。

吸血鬼の蹴り。冷たい床に倒れたあたしは血を吐く。


「ほら、立て。吸血鬼が絡むと複雑になる、くそったれ」


 ヴァッサーゴがあたしの怪我を治したのか、強引に立たされても痛みは軽かった。


「予知もせずに欠伸なんかするからでしょ」

「ケッ! お前こそ呑気に拷問見てたじゃねーか!」

「アンタこそ!」


 悪態を付き合いながら、敵を見据える。吹き飛ばされた先は、食堂らしい。

テーブルと椅子が並んでいる。

 穴が空いた壁から、クラウドが歩んできた。

奴もあたしを見据えている。

 あたしを消したがっていたクラウドは、あたしも敵と認識しているから、ここはクラウドを倒さなきゃあたしが殺される。


「押さえて。頭ぶっ飛ばす」

「ハン、オレが頭を切り離してやるから、さっさと白野郎達を引き摺って外出ろよ」


 指鼠の銃を拾ったから、これを使って頭を破壊してやろうと考えた。ヴァッサーゴは引き下がれと言う。


「アンタなしで吸血鬼もあたしを狙っている敵地を出られるわけないでしょ」

「オレなしじゃ生きてけないか?」

「ええ、そうよ」

「……デレるな、こんな時に」


 ヴァッサーゴがいなきゃ、吸血鬼は倒せない。白瑠さんは悪夢の中だ。

 そもそもヴァッサーゴがいなきゃ、あたしが生きれないのは事実。それを認めただけなのに、ヴァッサーゴが動揺して顔をしかめた。

 ……あとでこのネタからかってやろう。


  ザシュンッ!!


 クラウドの能力、鎌鼬が放たれて、テーブルが吹き飛び床が抉られた。ヴァッサーゴと二手に別れて避ける。

 ヴァッサーゴは悪魔の叫びを上げて、クラウドの頭にダメージを与えた。頭を押さえる間に頭を撃ち抜こうとしたが、クラウドは悪魔の叫びに慣れているのか、あたしにまた鎌鼬を放つ。

 撃つ暇がない。食堂を素足で駆けて鎌鼬から避けた。

銃ごときで吸血鬼は殺せないが、一時的に動きを止められる。


「女の尻ばっか追い掛けてんじゃねぇよっ!!」


 背を向けたクラウドに、煙の状態で距離を詰めたヴァッサーゴが鋭い爪を振り上げた。

 けれども風が巻き起こり、クラウドのコートの下から瓶が飛び出して割れ、中に入った液体がヴァッサーゴを忽ち人間の姿に変える。悪魔の動きを封じる液体だ。

 煙で逃げる術を奪われたヴァッサーゴは、鎌鼬をもろに喰らって引き裂かれた。

 あたしは引き付けるためにクラウドを撃つが、吸血鬼にとって距離のある弾丸を避けるのは至極簡単。

軽々と避けられた。

 至近距離で撃ち抜くしかない。あたしは向かっていこうとしたが、鎌鼬が裂いたテーブルを吹き飛ばして行く手を塞ぐから行けなかった。

 一体どうすればいいっ……!?

 黒い手に目を塞がれた。ヴァッサーゴのものだ。

目を塞いで、未来を見せ、どうするべきか指示した。

 強風が暴れる食堂は霞むが、指示された通りのルートを駆ける。クラウドから離れるように、上に繋がる階段へ向かう。

 クラウドは逃がさないと言わんばかりに、鎌鼬で追ってきた。まだ床の上で動けないヴァッサーゴから意識を逸らさせる。時間稼ぎだ。

ヴァッサーゴは煙となってクラウドの前から、消える。

 悪魔封じの液体がかけられたヴァッサーゴがあたしの中に戻ってきたせいか、身体が重く感じた。

 クラウドは焦りを見せることなく、強力な鎌鼬を放ってあたしの身体を引き裂こうとする。


  ドゴォンッ!


 斜め上の壁が空く。迷わずにあたしはテーブルを踏み台にしてその壁の穴に飛び込んだ。

 砂煙から伸びる手が、あたしを掴み、休みなく上の階を走るように引っ張られた。

壁を壊して手を掴んだのは、革のコートを靡かせるラトアさんだ。あたしの味方の吸血鬼。


「ヴォルって子が、眠らされた白瑠さんと幸樹さんについているので行ってください!」

「お前に何かあれば起きたやつらに殺される」

「二人に何かあったらあたしが貴方を殺します!」

「黙ってろ、椿! ヘタレヒルに守ってもらえ!」


 ラトアさんに白瑠さん達の元に行ってもらいたいのに、あたしを優先して断る。ヴァッサーゴもあたしの頭の中で喚いた。


「フェンリルと合流したら、白瑠達を拾ってやる。フェンリルを捜せ」

「一人で捜しますから、今拾いに行ってください!」


 あたしを出口へ連れていこうと廊下を走るラトアさんに、言うが聞き入れてはくれない。


「上来るぞ!」


 ヴァッサーゴが叫ぶ。

前方の天井が崩れ落ちた。

ラトアさんがあたしを抱えたかと思えば、その空いた天井に向かって投げ飛ばす。

 なんとか上に放り投げられたあたしは床を転がって受け身を取る。


「フェンリルを捜せっ!!」


 ラトアさんは天井を突き破った吸血鬼を引き付け、あたしに進むよう叫んだ。

 あたしはいわば悪魔の切り札。悪魔の敵に回っても、吸血鬼や狩人に殺されかねない。あたしの脱出が優先。

 フェンリルファミリーと合流するために、あたしは走るしかなかった。武器は弾丸が残り少ない銃一丁のみ。進むしかなかった。


「右だ椿っ!!」

「!?」


 走っていれば、右の壁が爆発したようにコンクリートの塊が飛んできて、左の壁を突き抜けて飛ばされた。

 鎌鼬。クラウドだ。追い付かれた。

すぐに立ち上がろうとしたが、三つの長い風の刃が切り裂こうと床を削りながら迫る。追い付かれたのなら反撃に出るしかない。

 両手をついて、足で床を蹴って、その場から飛び退く。

それを避けたあと、壁についた足をバネにしてクラウドの懐に飛び込んで発砲しながら銃口を突き付けた。

 が、一発も彼の頭を貫けない。

風が守っているのか、軌道が逸らされた。


  ザシュッ!!


 腹に一撃喰らわせられ、吹き飛ばされた。

刃こぼれした刃物で切りつけられたような痛みだ。内臓が飛び出してしまいそうなお腹を押さえた。


「動くな椿っ!」


 ヴァッサーゴが起き上がることを止める。逃げなきゃ首を切り落とされるだろ。


「全く、世話のかかるかわい子ちゃんだ」


 覚えのある声が聞こえたかと思えば、両腕を掴まれて引き摺られた。

 見れば、額から血を垂らす紅い瞳で薄い笑みを浮かべたウルフ。


「はなし、なさいっ」

「いい加減に認めなよ、君は悪魔側。オレ達についてくるか、吸血鬼に殺されるかだよ」

「どっちも、ないっ!」


 悪魔の花嫁も、吸血鬼の生け贄もお断りだ。

ヴァッサーゴの治癒が遅い。片手で傷を押さえ、片腕でもがく。

 サミジーナがクラウドと対決していて、部屋は二つの竜巻がぶつかり合うように風が吹き荒れていた。

 悪魔に助けられるなんて、屈辱だ。それも憎きサミジーナにっ……。


「放せっ!!」

「っ!」


 掴む手に容赦なく肉を抉るように爪を食い込ませれば、解放されて廊下に倒れる。

 手を押さえて見下ろすウルフに、立ち上がって反撃に出ようとした。

 だが、その前に――巨大な白が、ウルフを奪い去る。

その白が、なにかわからない。ウルフごと壁を突き抜けて消えてしまった。

 ポカンと一瞬呆気に取られたが、その壁からは血や煙の匂いに混じって草や土の匂いがした。外だ。

 ウルフが消え、サミジーナも消えたのか、クラウドが追ってくる気配がした。

 外に飛び出せば、囚人の運動スペースなのか、芝生の広間だ。

今まで地下にいたらしい。

空気を吸い込めば、火薬や血の匂いで汚れていたが、地下よりはましだ。

 あちらこちらで爆音、銃声、悲鳴が響く。吸血鬼、悪魔、狩人の気配があちらこちらにあって、自分が向かうべき場所がわからず目が回りそうになる。

 あたしに迷っている暇などない。

いつの間にか素足になった足で芝生を駆け、鎌鼬から逃れようとした。

地面を抉るそれから飛び込んで避ける。

 地面を転がり、呼吸をした。体力が限界だ。

ヴァッサーゴは本調子なら、この刑務所から脱出できるが、もう、限界だ。

 草を握り締めて、空を睨む。夜の曇り空は暗い灰色だった。

クラウドはトドメを刺そうと歩み寄り、掌を翳す。

 あたしの首を切り落として、ヴァッサーゴごと葬るつもりだ。ヴァッサーゴはあたしの身体から出れば逃げられるだろう。だが、そうしない。

あたしのためか、それとも――。


「――――くひゃひゃっ」


 聞こえてきた笑い声に、あたしは息を止める。

こんな戦場で、幻聴を耳にしたのだろうかと疑った。

でも彼の気配を感じて、息を呑んだ。

 足を止めて睨み付けてきたクラウドに、二つの矢が放たれた。爆弾付きのそれが、爆発してクラウドを大きな炎に包んだ。


「……アンタ達も、地獄から戻ってきたの?」


 立ち上る炎を眺めながら、あたしは呟くように問う。


「くひゃ、ただいま。椿」


 また聴こえた声の主が、あたしに腕を回して抱き起こした。

後ろから抱き締めながら、頭に唇を押し付けてくるのを感じた。

 この温もりは間違いなく――黒の殺戮者、コクウだ。


「あー、やっぱりおれ達の死亡説流れてたんだなぁ」

「なにそれずるいっ! ボクを差し置いて死亡説を流すなんて!?」

「いや、ガセ流してもしょうがなくね?」

「ボク、生存説流してくるっ!!」


 この場に不釣り合いな明るい会話をするのは、遊大とナヤ。

遊大らしきブーツが視界の隅に見えた。

 横に立つ彼を見上げれば、やっぱり不釣り合いな明るい笑顔の遊大。


「あら、目は紅くないわね」

「悪魔と取り引きしてねーよ」


 あたしの冗談に、遊大はケタケタと笑った。


「お前は悪魔憑きだがな」


 その遊大の肩越しから見下ろすのは、顔面ピアスのカロライ。皮肉を返してきた。


「お嬢さん、なんて格好をしているんだい?」

「丸腰じゃねーか」


 アイスピックの声。蠍爆弾の声だ。後ろにいる。


「貸してみろ、椿」


 眼帯のレネメンはしゃがむとあたしの足を取り、ハンカチを巻き付けてきた。

 するりとコクウの手が、レネメンに差し出す足を撫でたから叩き落とす。すりすりとコクウは抱き締めて放さない。


「……コクウ、放して」

「……会いたかったよ、椿」


 自分の匂いを擦り付けるような頬擦りをする理由はわかっている。

コクウもわかっているなら、放してほしい。

 でもコクウは放さず、あたしの頬にキスをした。彼の温もりが、じわりと広がっていくのを感じて目を閉じる。


「聞いてくれよ、椿。ほんと大変だったんだぜ? 黒とディフォが爆風をなんとか防いで脱出させてくれたけど、海の中にドボン」

「無人島に行き着いてさ、暫く滞在したさ。お嬢さんがいなくて心底ガッカリしたよ」

「全くだ」

「え? なに、パラダイスだったでしょ」

「お前だけだろ」


 遊大とアイスピックと蠍爆弾が文句を言う。ディフォだけが楽しんだらしい。

 コイツらも、いつも通りだ。


「……アンタ達……死に損ないね」


 悪夢なんて、何一つ実現しない。この血の海の戦場で、あたしの大事な人達は悪魔達に殺されたりはしない。

 ポロリ、と涙が落ちる。だから掌で隠した。


「……椿……?」


 コクウが顔を覗こうとするから、押し退ける。


「え、椿。……泣いてるの?」

「なに言ってるの、遊大」

「え、お嬢さん、心配してくれてたのかい!?」

「まじか!?」

「おい、黒猫……泣くな、気持ち悪い」

「黙らないと全員殺す」


 アイスピックと蠍爆弾が騒ぎだし、カロライが動揺するから、あたしは怒りを込めて言い放つ。

 まだ背中に引っ付くコクウを押し退けながら立ち上がろうとすれば、横から短剣が差し出された。顔を上げて見れば、火都。

 丸腰のあたしのために、短剣をくれた。笑みで礼を伝え、それを掴み立ち上がる。


「クラウドは? 燃えた?」

「一度引いただけだ。ところで、椿はなんでこんなところにいるんだい?」

「あたしはフェンリルと合流しなくちゃいけないの」


 炎の中に、身体は見当たらない。クラウドはまだあたしの命を狙っているようだ。

 コクウに答えながら悩む。白瑠さんの元へ戻るか、ラトアさんの指示に従うべきか。

悪夢に捕らわれて無防備な彼らの元へ戻りたい。


「フェンリルって、あのフェンリルファミリー!? こんな裏現実の戦争に参加してんの!? すっんげぇー!! どこどこ!?」

「なぁなぁ、椿がいるってことは蓮真も来てたりするのか?」


 ナヤはフェンリルに食い付き、遊大は弟を気にした。

 蓮華のことだから、セレノを追いかけて来たはず。

蓮華についてきて蓮真くんも来ただろう。曖昧に頷いた。


「悪魔を指揮する人間をあたし達が捉えたから、今のところ戦争は優先みたいだけど油断しないで」


 早坂孤月が悪魔を束ねていないから、自我の強い悪魔は連携が取れず負けに追い込まれたのだろう。

 でも事態を好転させられるセレノが悪魔側にいる以上、油断は禁物だ。


「おれ、蓮真と合流したい。フェンリルといる?」

「悪いけど、それはわからないわ。あたし、一回地下に戻る」

「じゃあ同行する」

「ボクも!!」


 ラトアさんと合流して、白瑠さん達を起こしにいかなくちゃ。

遊大とナヤがついてくると言い出した。

 あたしはコクウを見上げる。

コクウは微笑みを浮かべながら、他所に目を向けて考えた。


「じゃあ俺達は、クラウド達を食い止めながら、悪魔狩りしてるよ。いってらっしゃい」


 あたしの額にキスをして送り出す。少し見つめ合い、あたしはコクウから離れた。

 頑丈そうなコンクリートの刑務所は、かなりの大きさだ。広い運動場を取り囲う壁も厚い。

右を向いても、左を向いても、爆発音が聞こえ、煙が立ち上る。

 どこにフェンリルや蓮真くんがいるか、見当もつかない。

 先に地下へ戻って白瑠さん達の元に行こうとしたその時だ。

 麗しい吸血鬼達が現れた。

クラウドが率いる軍服の吸血鬼が、壁の上に立ちあたしを見据える。

狙いはやはり、ヴァッサーゴが憑いたあたしを葬ることだ。

 コクウ率いる黒の集団は、吸血鬼に囲まれようとも臆することなく立ちはだかる。あたしを守ると意思表示するように、それぞれ武器を出して身構えた。

仲間の背中を見つめ、あたしも短剣を握り締める。

 敵は吸血鬼だけじゃない。

禍々しい気配に気付いて振り返れば、囚人服の男が飛び付いてきた。

あたしは短剣でソイツの首をはねる。

生きていない。地下のゾンビは武器を持って襲ってきたが、今のは丸腰で向かってきた。一人じゃない。

 次から次へと沸いてきたみたいに空いた壁から囚人が飛び出し、襲ってきた。まさにゾンビだ。凶暴なゾンビ。

 火都とレネメンが矢を放ち、その矢についた糸に火がつき、絡まったゾンビ達が燃える。

それでも向かってくるゾンビ達を遊大とカロライが頭を撃ち抜き、壁の中に蠍爆弾が爆弾を放り込んで爆発させた。


「前にはゾンビ、後ろにはヴァンパイア。世界の終末ね」

「世界の終末なら、もっとカオスなのがいいっ!」


 あたしの隣でナヤが呑気に銃の弾倉を確認しながら言った。

 十分カオスだろ。

死者、吸血鬼、悪魔。全てがあたしの敵の戦場だ。これ以上カオスなことなんなんだ?


「アゥウウウウウッ!!!」


 そこで轟いたのは狼の遠吠え。

ただの狼とは思えなかった。

爆音さえも掻き消す遠吠えは、まるでこの世を震わせるようで思わず耳を塞いだ。

 コクウ達も、クラウド達さえも、驚愕に満ちた顔で刑務所を見上げる。


「クククッ。世の終末かもな」


 ヴァッサーゴだけが、その場に笑い声を響かせた。




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