終らぬ悪夢
終らぬ悪夢。
悪夢のような現実。
現実のような悪夢。
終らぬ現実。
悪夢の中の現実。
現実の中の悪夢。
目覚められない。
「――――…椿ちゃん」
聴こえてきた声に、震え上がる。監獄に響いたのは、電話越しに聴いたものだ。
彼女の姿を捜した。
格子の向こうで薄笑いをしたウルフが横に移動すると、赤い瞳の少女が立っていた。
「椿ちゃん、お願い。アタシのためにも、協力して」
少女が彼女の声を発する。
ゾクリ、と悪寒が背中に突き刺さった。
「椿ちゃんが悪魔を助ければ、アタシを生き返らせてくれる」
「黙れぇええっ!!!」
怒りが爆発して、怒声を上げた。
死者の声も借りることができる悪魔。サミジーナ。
由亜さんの声で、あたしを呼ぶなっ!
その口を引き裂き、舌を切り取りたいのに、手を伸ばすことも敵わない。
鎖が憎たらしい。
この鎖さえなければ、手を伸ばしてその小さな口の中の舌を爪を食い込ませて引きちぎるのにっ!
「なーにを、ほざく。くそ猫。白の殺戮者なんざ、ただの人間。黒の殺戮者も黒の集団も上空でくたばった! 爆弾に気付いてもなすすべもなく全員死んだんだよ! 白も死ぬんだよ! てめぇを救う奴はいねぇのさ!!」
「喚くな鼠! てめぇのちゃちな爆弾で生還したことを忘れたか! 爆弾置いて逃げただけの野郎がほざくなよ!!」
嘲笑う溝鼠に噛みつき返す。
黒の集団と戦ったわけでもないくせに、ふざけたことを抜かしやがる。
爆弾を置いて逃げただけの臆病鼠ごときがっ!!
「はははっ! 白い王子が来ると信じるのかよ、バッカ猫! はははっ! てめぇはお気楽だな! はははっ、いいぜ、信じてろよ。そんで迎えが来ねぇことを絶望して思い知れ!!」
ガシャンと格子を叩き、溝鼠は吐き捨てる。
「ちょっとちょっと。君達煩いよ、頭痛くなる。そんな喚きあわないでさー、ちょっと考える時間あげようってばー」
「……ちっ」
あたしが口を開くより前に、パンパンと手を叩いてウルフが割って入った。
ウルフに従い、溝鼠は引き下がる。
スタスタとウルフの後ろを横切り歩く奴の背中に、しがみつく細身の少年の姿の悪魔が姿を現した。
にやりと三日月のような笑みを浮かべた赤い目。
溝鼠によく似た不快な悪魔だ。憑いた悪魔まで不快かよ。
格子の向こうで見えるまで睨むが、すぐに消えた。
ウルフに目を向ければ、彼はにっこりと笑うと「また会おうね、かわい娘ちゃん」と言うだけ去る。
腕を伸ばして、ついてきた鎖に足をかけてベッドから引っ張ろうとしたが、びくともしない。
「そっちもびくともしない?」
あたしは潔く諦めて、ヴァッサーゴに訊いた。
床に横たわるヴァッサーゴも、ぴくりともしない。
監禁というものは、最低最悪だ。自由がないとは、気分最悪だ。
「はぁ…………ここ何処だ?」
監禁と言えば、この牢屋はなんなんだ。
ここは何処だ?
「――――…ここはLA一の刑務所」
誰からも答えが返ってこないとばかり思っていたのに、少年らしき声が答えた。
顔を上げれば、少し遠くてよく見えないが向かいの牢屋にいるみたいだ。そこには明かりもなく、壁際にシルエットだけがぼんやりと見えた。
「今は連中の根城です」
「…………ふーん」
天使の街ロサンゼルスの刑務所が悪魔の根城と、殺し屋のあたしを刑務所に監禁。皮肉を込めすぎだ。
「……」
呆れつつも、あたしは周りを見回す。
刑務所にいた囚人は悪魔が殺したのだろうか。
「……君。フェンリルファミリーの坊や?」
「! 何故それを?」
とりあえず同じ投獄仲間の少年が、誰かを訊いてみた。
少年の反応からして、どうやらヴォルフが捜している部下のようだ。
「あたしは紅色の黒猫、悪魔憑き」
「……存じ上げております」
「貴方のファミリーがあたしの元に、悪魔の根城を訪ねて来た。貴方を助けに来るわよ」
どうやら話を聞いていて把握しているようだから、無駄な説明しなくてもいいみたいだ。
簡潔に話せば、チャラッと音が聴こえた。鎖の音だ。
彼も繋がれているのか。
「……そう、ですか……」
少年の声は、あまり喜んでいるようには聴こえない。
複雑だろう。マフィアのボスやファミリーを、悪魔の根城などに乗り込ませるのだから。
「君は……思ったより、若いのね」
「……貴女も」
「いくつ?」
「……十五歳です」
十五歳のマフィア。
そして婚約者を持つ十五歳。若いわね。
「……紅色の黒猫さん。貴女の仲間も来るのですか?」
「あたしの仲間より、吸血鬼や狩人の襲撃の方が早いでしょうね」
少年の問いに、あたしは答えてから顎に手を添えて考える。
あたしが捕まったことにより、白瑠さん達が参戦。
連携を保つ早坂は引き離し確保したが、運を運ぶセレノがいてはまだこちらの勝機はわからない。
あたしはセレノをどうにかするべきだろう。
セレノがサミジーナに生き返らせたという蓮華の兄。
彼と接触したいが、セレノが許さないだろう。
セレノもあたしと蓮華の関係は知らなかったようだし、隠したがっているようだった。
先ずは、蓮華の兄をどうにかしないと……。
「……紅色の黒猫さん」
沈黙を少年は破ってあたしを呼ぶ。
目を向けるが、相変わらず少年のいる牢獄の中はよく見えない。
「眠ってはいけません。ここは悪夢を見せるのです」
「……悪夢?」
「夢を操る悪魔のテリトリーです。くれぐれも眠らないように…………決してそれを現実だと信じず、疑ってください。そして――――…決して心をへし折られないでください」
夢を操る悪魔のテリトリー。
少年の忠告に首を傾げた。
眠るわけがない。
敵の根城などで無防備に眠るほど図太い神経は持っていない。
ま、気を失って運ばれることは初めてではないが……。
「それって――――…」
そのあとの記憶は、なかった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――紅い――――――――――――――――――紅い――――――――――紅い――――――――――――――紅い―――――――――――――――――――――――――…紅い紅い紅い紅い紅い紅い紅い紅い紅い紅い紅い紅い紅い。
この色が好き。何故だろう。例え一面の血塗れでも嫌いにはなれない。
殺戮衝動。
二三回……否、もっとあった気がする。殺したい。切り裂いて血塗れにしてやりたい。そう思うことはあった。
勿論、頭の中で留める。あたしは他人を傷付けることは好まない。好んではいないはずだ。
でも最近、なんだか夜道で全く知らない人を殺してしまおうとか、考えてしまった。病んでるのか。
ちょっと孤独だなと思ったり現実に生きたくないとか、その現実逃避だろう。
知らず知らず追い詰められたらしい。
ついに────殺ってしまった。
真っ赤に濡れた手にはカッター。
ガタンゴトンと揺れれば二三人、倒れた。電車の中。
血塗れだ。窓も床も天井も広告も、血に濡れていた。乗車している様々な人間は全員死亡。首を掻き切られたり心臓を一突き。
生きてるのはあり得ないだろう。
あたしが殺した。殺ってしまった。
死刑確定の人数。終わったなあたし。
ちょっと理解できなかった。
何故こんなにも自分は冷静なのだろうか。逃げ惑う人間を一人一人切り裂いて殺して、死体だらけのこの場所にいるのに吐き気すら覚えない。同情も罪悪感もない。他人だものね。なんて冷たい人間に堕ちてしまったんだ。
運転手も殺してしまった。終点まで止まらない電車の中で自殺でもしようかな。
「……………………」
ガタンゴトン。
揺れる電車を見回して、あたしは捜した。
誰かがいる気がした。
あたし以外が生きているわけがないとわかっているはずなのに、捜してしまう。
笑い声が――――…聴こえない。
こんな場所で笑い声など、あまりにも場違いだ。
けれども、いなくちゃいけない気がした。冷たい笑みを浮かべた男が、いなきゃいけないのだと、思ってしまう。
それでも、笑い声なんて聴こえなかった。
なんとなく首が気になり、擦る。呆然と見ている間に、電車は急停止。死体が数体ほど落ちた。
ガシャリ。
駆け付けた警察に取り押さえられて、手首に手錠をかけられた。
「この、人殺しめ……」
茶色のコートを着た少し長めの癖のついた髪を束ねた刑事が、手錠をかけたあとにあたしに吐き捨てる。
今までなにも感じなかったのに、その言葉が胸に突き刺さり痛みを感じた。
こんなことを――――…あたしに言う人ではない。
そう思うけれど、違う。
あたしは人殺しであり、刑事の彼が嫌悪を丸出しに吐き出すのも、当たり前。
当然なんだ。
あたしはそれを告げられることをしたのだから…――――。
責任能力の欠如により、精神病院送りとなった。
狭く真っ白な病室で、あたしはベッドに拘束され、閉じ込められる。
白い病室は、吐きそうなくらい気持ちが悪い。
けれども仕方がない。
だってあたしは殺したんだ。見ず知らずの人間を大量に殺した当然の報い。
だから、仕方がない。
しょうがないんだ。
これがあたしの末路だ。
真っ赤に濡れたあたしの末路。
誰もいない白い病室に、ずっと、独りぼっち――――――…。
「…………違う?」
これが現実だと認めなくちゃいけないのに、否定したい気持ちが沸いてくる。
こうではないと、心が言う。
なにかが浮かぶのに、はっきりしない。
誰かが笑ってる。楽しげな笑みを浮かべる――――…白い人が……?
チクリと、首に痛みが走った気がした。
でもベルトで拘束されているから、確認ができない。
「んーひゃ。生きてたら迎えに来てあげるよ、ひゃひゃ」
男の人の声がした。
ハッとして周りを見たけれど、白い病室には誰もいない。
「俺が死なせない。だからそんなことを考えるな。わかったか椿? 君は凛々しい花だ、生きていける。殺させない」
あの刑事が、あたしを励ます声まで聴こえた。
やっぱり誰もいない。
「俺は……俺が帰る場所になる。だから……死ぬな、椿。椿……好きだ…」
見知らぬ青年が、あたしを真っ直ぐに見てめて告げた気がする。
でも、誰もいない。
さっきから目まぐるしく浮かんでくるのに、何一つはっきり思い出せない。
「おかえりなさい、椿さん」
優しく微笑む男の人。
「おかえり、お嬢!」
爽やかに笑いかける眼鏡の男の人。
温かみを感じる家が、ぼんやり浮かぶ。
でもあたしがいる病室の冷たさに、掻き消されていった。
誰かが呼んでいるのに、思い出せない。誰一人として顔をはっきり思い出せない。
違う。違う、違う。これは違う。
違うんだ。あたしはここにいるべきじゃない。
だって。あたしは、あの人が……あの人が?
あれ、なんだっけ。どうしたんだっけ。なにが違うの?
思い出せない。
なにが違うのか、彼らは誰なのか。全然思い出せない。
ぼやけて、肝心なところが思い出せない。
あたしは、呼ばなくちゃ。
彼を、呼ばなくちゃ。
でも、でも、でも、名前はなに?
彼らの名前はなに?
顔も名前も思い出せない。
誰一人として思い出せない。
大切なはずなのに、思い出せない。
大切?
殺人をおかしておいて、なにを言っているのだろうか。
いるわけがないじゃないか。
無感情に人を殺めたこんなあたしに、大切だと位置付ける存在なんているわけがない。
違う。違う違う。
いる。いるはずなんだ。
あたしを生かす存在が、あたしを愛してくれる存在が。
いや、いない。
なにを寝惚けているんだ。
誰もいない。誰もいない。誰もいない。誰もいない。あたしは独りだ。独りなんだ。誰もいない。誰もいない。誰もいない。
この冷たい場所で、独りきり。
誰もいない。誰もいない。誰もいない。誰もいない。
「……っ」
否定し続けるのに、その度になにかが浮かぶ。はっきりしないのに誰かがそばにいて温かみを感じてしまう。
そのせいか、涙が溢れた。
何故だ。何故だろう。
なんで、泣いているのだろう。
わからないことが、悲しい。
「あ……ぁあ……」
口を開いて、誰かを呼びたかった。だけど、出てこない。あと少し、あと少しで出てくるのに、思い出せない。
「助け、て……生きて、る、から……」
掠れた声を出した。
「生きてる、から、迎えに……迎えに……」
生きていたら、迎えに来るって言ったじゃない。
「迎えに来てよっ!! っ――――――うああああぁあああっ!!!」
叫んで彼を呼ぼうとしたが、名前が出てこなくて悲鳴を上げる。
違う。違う。違う。
これは違う。
あたしは精神病院に入れられるはずじゃなかった。違うんだ。もっと別の選択肢があったはずなんだ。
違う。違う。違う!
もがいてもベルトで拘束された手足は自由に動かせない。
「ああああぁあああっ!!」
嫌だ。嫌だ。嫌だっ!
なんでこんなところで独りにされるの?
違う! 違う! 違う!
こんなことにならなかったはずだ。違うはずなんだ。
あたしは、あたしはっ。
自分の置かれた状況に恐怖する。自分の罪の重さを理解して、これが罰だと納得してしまうが、同時に現実を否定してしまい頭が混乱する。罪によって大切な何かが奪われた恐怖を感じる。
無様に喚いて、暴れた。
もがいてもがいて、悲鳴を上げる。
「────寝てんじゃねぇ!! ────起きろ! 起きろ! ────起きやがれ! 椿! ────起きろ! ────おい! 起きやがれ! ────椿! ────椿! 椿!! ────起きろ! 椿! ────バカヤロッ! ────目を開け! ────息をしろ!! 椿! ────起きやがれ! ────死ぬんじゃねぇ!! ────てめぇっ椿! ────許さねぇぞ!! ────おい! 椿! ────死ぬな!! 椿!」
頭の中で響く声は遠い。
あたしは寝てるの?
起きればいいの?
そうすれば、名前を思い出せるの?
これは悪い、夢なの?
すごく長い時間喚いた気がする。でも短かった気もする。
「悪い夢だよ、椿ちゃん」
女の人の声が聴こえた。
見れば、ナース姿の女の人が横に立っている。
栗色の長い茶髪で愛らしい顔の人。彼女の純粋さが、その白いナース服に表れているように感じた。
「…………由亜、さん……?」
何故か、彼女の名前はすんなりと口から出た。すごく惨めに震えた声。
こうして顔を目にしているからだろうか。
彼女はにこりと笑う。
「ここは……夢……悪夢……悪夢だ……」
現実じゃない。
現実じゃないんだ。
精神病棟に閉じ込められているのは、あたしの悪夢。
だって、いるはずがないんだ。
彼女がいるはずがないんだ。
彼女は死んだ。
あたしのせいで、死んだ。
あたしが殺したようなものだ。
うっすら少年の言葉が甦る。
悪夢を見せる悪魔のテリトリーだと言っていた。
悪魔。そうだ。悪魔に捕らえられたんだ。
ここは悪夢。悪夢だ。
「ごめんね、椿ちゃん。アタシにはこれしかできないんだ」
「煩いっ、黙れ、サミジーナ!」
「違うよ。アタシはアタシだよ」
彼女はあたしを縛るベルトを外す。
またサミジーナだと言い聞かせて耳を塞ぎたかった。
「アタシだよ、椿ちゃん。サミジーナはアタシの声を借りるためにアタシの魂をここに留めているんだ。アタシは拒絶してるから、サミジーナは声しか使えない。でも、あとは自由。だから、夢枕」
そっと、冷たい掌があたしの耳に当てられる。すごく、冷たい。
ビクリと震えたら「幽霊だから」と彼女は笑った。
夢枕とは、死んだ人が夢に出てくること。
「……由亜、さん?」
また、震えた声を出す。
手は解放された。
ナース姿の由亜さんは、微笑んで冷たい手であたしの頭を撫でた。
「由亜さん?」
「うん」
「由亜さん?」
「うん、椿ちゃん」
「っ……」
優しく微笑む由亜さん。
記憶の中の彼女と同じで、涙が溢れてくる。
忘れかけていた。
声の響き。無垢な笑み。
由亜さんと、また会った。また会えた。
夢か現実か、疑心暗鬼のまま、涙が込み上げて溢れ落ちた。
抱き締めれば、由亜さんもあたしを抱き締め返してくる。
冷たさを感じるけど、痛みを覚えるほどの締め付けだった。
「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! 由亜さんっ! ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、うああっ!」
「泣かないで、椿ちゃん。君が謝ることは何一つないんだよ。椿ちゃんのせいじゃない。違うんだよ。自分を責めないで。椿ちゃん」
「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ!」
あたしのせいで、あたしのせいで、由亜さんはアイツに殺された――――…。
あたしのせいで、殺された。
謝っても、足りない。
パチン!
冷たい手が、二つの頬に叩き付けられた。ぎょっとして目を丸める。
「違うってば! 椿ちゃんのせいじゃないの! もうっ! それ以上自分を責めるのは、アタシが許しません!!」
お母さん口調の由亜さんに、暴力的に謝罪を止められた。
あたしは叩かれた頬を押さえて俯く。痛い。
「ここ、夢なのに……何故痛いのですか」
「アタシ、幽霊だからっ!」
「……相変わらずですね、幽霊になっても」
幽霊だから痛いのか。
理解ができないけれど、笑顔で胸を張る由亜さんは順応しているらしい。
相変わらず、無垢な天然さん。
「椿ちゃん」
また頬に冷たい手が当てられる。
真っ直ぐに見てくれる眼差しも、相変わらずだ。
相変わらずなのが、涙を誘う。
「悪夢なんかに負けちゃだめ。信じて。必ず助けに来てくれるよ。椿ちゃんにはね、家族の絆で強く結ばれた仲間がいるんだ。大丈夫だよ。信じてね」
「由亜さん……」
死んでしまったのに、感じる。
彼女の優しさも、存在も、掌も、冷たさも、感じた。
あったかい家族の絆も、感じる。
「負けないで、椿ちゃん。――――愛してるよ」
そっと、額に冷たい唇を押し付けた由亜さんの言葉はあったかい。
けれど、薄れて消えてしまう。
掴みたくって腕を伸ばした。
「あ、いてっ」
ぶつかった相手は別。
目を開くと監獄の中。目の前に馬乗りになるのは、夢の中で思い出そうとしていた人。――――白瑠さんがいた。
「おはよう、椿。迎えに来たよぉ」
にへら、と笑みを浮かべる白瑠さんがあたしを見下ろす。
「白瑠さんっ!!」
馬乗りになる白瑠さんを抱きつく。
「遅いっ、遅い!」
「うひゃひゃ、ごめんね、椿」
白瑠さんは抱き締め返してくれた。いつもの白いシャツに顔を埋めて強く締め返す。安堵で息を深く吐いた。
「この音はなに?」
「みぃんなで暴れてるんだよぉ。悪魔の殲滅中」
爆音が聞こえる。建物も揺れて軋んだ。
戦い中らしい。
ついに戦争が始まったか。悪魔vs人間と吸血鬼。
「ほら、こんなところから出よう」
「幸樹さん達は?」
「この先だよ」
白瑠さんは簡単にあたしを牢屋から出して、手を引きながら廊下を歩く。
もう既に枷は外してくれたみたいだ。
「……白瑠さん、この格好はノーコメですか?」
「…………」
こんな場合ではないけれど、白瑠さんがウエディングドレスについてなにも言わないから訊いてみた。そうすれば、彼は振り返って頭から足まで見る。
「綺麗だよ、椿。ハネムーンはどこに行くぅ?」
にっこりと上機嫌に笑って、あたしにキスをしようとした。
それを避けて「早く、幸樹さんと合流しましょ」と急かす。
ぶーと唇を尖らせながらも、白瑠さんは廊下を進んだ。
爆音が近付く。反響するから耳が痛くなりそうだ。
悪魔達と狩人達の戦いが激しければ、あたし達は逃げるのも簡単だろう。
「セレノは? 鼠は?」
「逃げることが優先だよぉ、椿。捕まったんだから、俺に従わなきゃだぁめ」
「……でも……」
「椿の安全が最優先」
「……はい」
仕方なく肩を落とす。
セレノを確保して、溝鼠とウルフを殺したいのに、白瑠さんは手を強引に引っ張り進む。
ドオン、と近くで爆音がした。近くで戦闘している。
あたしと白瑠さんは顔を合わせた。ス、と白瑠さんはあたしにカルドを渡す。
いつの間に彼はあたしの武器を取り返したのだろうか。
そんなことよりも、戦闘だ。
廊下の曲がり角から白瑠さんが伺う。あたしはスカートが邪魔にならないようにまくり上げた。
太ももが出るけど、白瑠さんはそれに食い付かない。
合図もなしに飛び出してしまった。
確認したあたしも、思わず飛び出す光景があった。
壁や天井の瓦礫で埋まる廊下に――――…幸樹さんと藍さんが倒れている。
真っ赤というより、真っ黒だ。
藍さんは顔が見えない。辛うじて見えた幸樹さんの目に――――生気なんかなかった。
瓦礫の上に立つのはただ一人。大嫌いな笑みを浮かべた溝鼠。
またっ……またっ……!!
「そうですよ、椿さん。愛してますよ」
幸樹さんは、あたしと由亜さんを抱き締めてくれた。
「お嬢! 大好き!!」
後ろから藍さんが抱き締めてくれた。
――――また、また、あたしの大切な人をッ!!
「うあああぁあああああああっ!!!」
罵るよりも叫んで向かう。あの男を、殺してやる。殺してやるっ。殺してやるっ。殺してやる!!!
「椿っ!!」
白瑠さんが呼ぶけれど、あたしにはあの鼠の首を切り落とすしか頭にない。
「来いよ、溝猫っ!!!」
「うあああっ!!!」
瓦礫を踏み台にして余裕綽々で立つ鼠にカルドを振り上げる。
その前に小さなボムが投げられた。
花火のように小さなダイナマイトに吹き飛ばされる。
ずる、と瓦礫で足を踏み外して倒れた。そのあたしに向かって、バレーボールサイズの硝子の球が落とされる。中には、爆弾。
カチ、と音を立てて――――爆発した。
「――――!」
一瞬、衝撃で意識が途切れる。
目を開くと、白瑠さんがあたしの上にいた。彼は起き上がらない。
「白瑠さんっ……は、くっ……」
手が濡れる。起き上がり、白瑠さんを見て絶句した。
硝子の破片が白瑠さんに突き刺さっている。あたしを庇って、硝子を浴びたんだ。
大きな硝子の破片が、首に深々に突き刺さっている白瑠さんは、もう、虫の息ですらない。息をしていない。
息をしていなかった。
掌は、真っ赤だ。ガクガクと震えてしまう。
口を動かしても、声が出ない。
真っ白だったウエディングドレスを真っ赤に染める白瑠さんの目には、なにも映らなかった。
藍さんも――――幸樹さんも――――白瑠さんも――――あたしのせいで、死んだ。
「――――っいやぁああああぁあああああぁああああああああっ!!!」
悲鳴を上げる。喉が裂けても声を張り上げずにはいられなかった。
「あぁああああああああっ! ああっ……あぁ……あ……」
いつまでも声を出せず、苦しくなり途切れ途切れに呼吸をする。
白瑠さんはいない。
あたしは薄暗い檻の中にいた。ベッドの上で手枷をつけられている。
「なに、なんで……」
「貴女が見たのは、悪夢です」
少年の声が耳に届いて震え上がった。向かいの檻にいる少年だ。
「そんな……リアルだった……感触が……感触があったのにっ」
白瑠さんが助けに来たのは夢?
抱き締めた感触があったのに、手を握る感触があったのに、血の感触があったのに、あれが夢だったの?
ガタガタと震える手には、なにもない。
「夢だと気付かなければ全てをリアルに感じてしまう……現実と思い込めば呑まれてしまいます。記憶にある全てがカバーしてしまうんです。愛する人の温もり、感触、声、匂い、己の記憶でカバーしてしまい、思い込んで気付けないのです。小さな疑問も流してしまう、夢だから」
頭を抱えてしまう。
厄介だ。思い込みだけで悪夢に呑まれる。
あの血塗れの電車から、夢だと気付けなかった。全部わからなかった。
「これさえも夢なの?」
「いいえ。俺と貴女は関わりがない……だから夢には登場しないはずです。こうして話すのは、現実と思って間違いないでしょう」
「……どうかしら。そう言ってまた悪夢に沈める気でしょ」
「……」
なにが現実か、わかる術がないなら全てを疑うしかない。これは悪夢だと、疑ってかからなくちゃ、精神を蝕まれる。
この少年の話を、鵜呑みに出来ない。そもそも彼と話したところから、悪夢は始まっていたのかもしれない。
「……サミジーナという悪魔に、愛する人を呼ばれたなら、悪夢の中で会ったはずですよね?」
「!」
死者を甦らせるサミジーナ。
夢の中で会った由亜さんが言っていたことを思い出す。
「俺も両親の声を使われました。……俺の両親が悪夢の中で教えてくれたのです。物心つく前に亡くなりましたが、写真で知っていた両親が、悪夢だと教えてくれるのです。それしか、手助けできないと……」
「…………」
亡くした人からの助言。
同じだ。あたしは床に転がったヴァッサーゴに目を向けた。口も身体も封じられたヴァッサーゴは、ただ赤い瞳であたしを見上げる。
「いいわ。信じる。……前に憑いた悪魔に夢の中に入られたけれど、主導権はあたしにあったわ」
ヴァッサーゴが夢に入り込んで話したことがあるが、主導権はあたしだと言っていた。
あたしの頭の中だから。
「だからこそ、記憶を基盤に悪夢を見せられてしまうのです。……思い出が全て、奴らに汚されるのです……」
「……」
少年の声に、怒りが込められる。彼も思い出を悪夢に変えられて汚されたらしい。
性悪なやり方。
間違いなく溝鼠に憑いている悪魔の仕業に違いない。
「あたしはなんで眠ったの? 急に意識を失った気がする」
「……拷問の標的は貴女です。悪魔が能力で眠らせたのでしょう。貴女に憑いている悪魔を封じれば、能力が効くと話していました」
「……なるほどね……」
ここは悪夢の拷問部屋というわけだ。
今までは少年が標的だったが、今はあたしが優先的に拷問を受けている。
眠るなと言う忠告されても、無意味じゃないか。
「……?」
建物の外から花火が上がるような、爆音が響いた。建物は軋む。
「これ、夢と同じ……」
「数分前から始まったようです」
「……戦争か」
これは本物だ。深く息を吐く。
悪魔vs人間と吸血鬼の戦争が始まったことは、朗報だ。
あたしがセレノをどうにか出来れば、戦争を勝利に持っていけるが、あたしは手も足も出せない状態だ。
白瑠さん達が迎えに来ることを待つしかない。
でも、あの悪夢のせいで、今は白瑠さん達があたしを助けに乗り込んでしまうことが怖い。
あの最後のシーンが浮かんでしまい、震えてしまう。
「つーばぁちゃん! 行こう!」
旅館の部屋に戻ってもう爆睡してしまおうって布団に倒れる前に白瑠さんの声が廊下から聴こえた。
そうだった。約束してたんだ。
もうへとへとで睡眠を貪りたいけれど、我慢して着替えて白瑠さんと出掛けた。
「どぉこ行くんでぇすかぁ?」
「んー? その辺」
「その辺って……散歩ですか。なら着替えなくてよかったのに……」
「そうだねぇ、浴衣デートいいね! うひゃひゃひゃ」
手を繋いでいるがデートではない。
外は少し強い冷たい風が吹く。浴衣では凍えていただろう。
カサカサと落ち葉を踏んでいく。いつの間にか人気のない道にまで来た。
というか山の入り口ではないか? ここ。
茂った木々は暗闇に溶け込んでいて空をも覆い被さる。
「あの…何処行くんですか? 人気のないとこに行ってあたしを殺す気ですか?」
「……その冗談面白くない」
……………怒らせてしまった。爆弾を受けても笑っていた人間を怒らせて、冗談をダメ出しされた。酔生夢死みたいな生涯を送ってやがるくせに。
「俺さ、椿を殺したりしないからね?」
「はい、わかってます。十分知っております。一度殺されかけましたけどね、わかってますよ。もう言いません」
あっはっはー、と笑って見たが横の白瑠さんは無表情で前を見据える。
くそう、ダブーはこっちだったか。
少し白瑠さんは沈思黙考していたが、やがてにんまりと笑みを浮かべた。
機嫌は早く治るんだ。
「人気のない道に連れ込んで襲うつもり♪」
「はぁ……引き返します」
「冗談だよ! ……いや、半分の半分だけ冗談」
「帰るわ、ど阿呆」
こんなことを言えるのもあたしくらいなんだろうなぁ。しみじみ思った。
そんなことを話していれば白瑠さんがあたしの目の前に立ちはだかる。あたしを羽交い締めにした。
え、本気で実行しやがった?
警戒態勢に入ろうとしたら白瑠さんは、あたしの後ろに回って手で目を隠された。
「みーちゃ、だめぇ」
「……この態勢で歩けと?」
後ろから目隠しされて歩かされる。何か見せたいものでもあるのか? 不安だなぁ。
「あ、そこストップ」
「うわっと!」
先がなく危うく落ちるところだった。ぽちゃん、と水音が聴こえる。
ん? なんだ?
「心の準備はいぃい?」
耳元で笑いを含みながら白瑠さんは問う。
心の準備が必要な光景が待っているらしい。何だろう。頭蓋骨の残骸が散らばった血の海の墓場か?
一応頷けば、白瑠さんは「うひゃひゃ」と笑って手を離した。
あたしが視たのは――――…血溜まりだ。
白いシャツを真っ赤に染める白瑠さんが倒れている。あたしの手には、血に濡れたナイフがあった。
白瑠さんを、白瑠さんを、刺した。
呼吸をすると肺が心臓を押し潰すような痛みに襲われる。違う。心臓が痛いんだ。
ズキッと脈を打つ心臓に針が刺さったみたいに、痛みがする。ズキズキと鼓動に合わせて痛みが突き刺さった。
「違うよ、違うよ、椿ちゃん!」
「!!」
血溜まりの中で立ち尽くしていたら、肩を掴まれた。振り返れば、由亜さんがいた。
「ここは夢。悪夢だよ、椿ちゃん」
「はぁっ……はぁっ……冷たいっ」
あたしの頬を押さえる由亜さんの手が冷たい。
「そうだよ、幽霊だもん。これは悪夢だよ、深呼吸して」
由亜さんは笑いかける。
そっと撫でながら、由亜さんはあたしを落ち着かせようとした。
「椿っ!!」
白瑠さんに叩き起こされて目を開く。牢屋の中だ。
「椿? 大丈夫? 魘されてたよ」
「はぁはぁ、本物?」
「なにが?」
ベッドに手をついて見下ろす白瑠さんはきょとんとする。
手には重たい手錠があった。あたしの手を押さえると、白瑠さんは壊す。息を整える。
「椿。綺麗だね」
「……はは」
あたしの手首を擦りながら、白瑠さんはにっこりと笑いかけてきた。
ホッとして、あたしは笑い返す。それからギュッと抱きつく。
「ここから出るよ、椿」
「はい」
こじ開けられた格子から出て、暗い廊下を歩いた。
繋いだ手を見ながら、あたしはポツリと呟く。
「ちゃんと、デート、してませんね。あたし達」
「ええ? いっぱいしたじゃあん。買い物もしたし、ニューヨークでも京都でもさ」
「付き合ってからですよ……ちゃんと恋人としてのデート、したいです」
「うひゃあ。椿からのお誘い、嬉しいなぁ」
顔だけ振り返って、白瑠さんはにへらと笑う。
白瑠さんは全部デートのつもりだっただろうけれど、あたしにとってはただの買い物とただの散歩だった。
正式な恋人なのだから、ちゃんとしたデートがしたい。
これが済んだら……。
「!」
あたしは踏みとどまる。足には白いヒールを履いていた。
「……Vはどこ? ……あの少年はどこ?」
おかしい。
ヴァッサーゴも、あの少年も忘れて、白瑠さんと出たことに疑問に浮かんだ。
振り返った白瑠さんの腹部に――――カルドが突き刺さっていた。
白いシャツが真っ赤に染まっている。
ドサ、と白瑠さんが膝から崩れ落ちると、後ろにいた溝鼠が姿を現した。
奴の手には、血に濡れたあたしのカルドがある。
奴は白瑠さんの髪をわしづかみにすると、首をカルドで切り落とした。
ゴト、と頭があたしの足元に落ちる。
「いやぁあぁああっ!!」
なにも武器を持っていなくとも、溝鼠を掴もうとした。けれど手を伸ばせない。
身体は磔にされていた。
自分のお腹は真っ赤に染まっている。激痛が走った。
何ヵ所も刺されている。
唇を噛み締めて痛みに堪えた。
「お前に何度刺されたかわかるか? ははっ、数え切れないほどだ」
グザリと、あたしのお腹にナイフを深々と刺すのは溝鼠。血を吐く。
突き刺したナイフで抉られる。ドクドクと血が流れ落ちて足元に血溜まりができるのを虚ろな眼でみた。
グチャ、グサッ、グリグリ。
腹を掻き回される。
「ゴフッ…う…」口から血が溢れだした。滴り落ちる血は紅い。
引き抜かれたナイフも、紅い。
「おーい、化け猫。こっち見ろよ。お楽しみだぜ」
不快な声で顔を上げる。
その先にいたのは、由亜さんだ。
椅子に縛られた彼女の膝の上には――――爆弾。
奴が何をするかなんて、考えたくもない。
「や、やめっ」
「椿ちゃん」
由亜さんは――――あたしに向かって明るく微笑んだ。
向日葵のような明るい笑み。
「これは悪夢だよ」
悪夢は非道に彼女を吹き飛ばした。
「うあああぁあああっ!!!」
飛び起きれば、鎖の締め付けに気付く。牢獄のベッドの上。
「てめぇに効果的なのは、仲間が死ぬことだな、くくく」
「……溝鼠っ……!」
鉄格子の向こうに、赤い目を細めて嘲笑う奴がいた。
「生き返ってからてめぇにする報復は先ず仲間を殺して無惨な死体を見せて、いたぶっていたぶっていたぶって殺してやることを、ずっと考えていたんだぜ。こりゃいい力だ。何度でも何度でもてめぇの仲間を殺していたぶれるっ!」
にやりと歯を見せて笑う溝鼠。やはりコイツに憑いた悪魔が、悪夢を見せているのか。
「言っただろ、溝猫。――――地獄を見せてやるってな」
憎しみに燃える赤い赤い瞳を見開いて吐き捨てる。
ソイツを嘲笑ってやった。
「地獄帰りの野郎が、ほざくなよ。生き返った? サミジーナのゾンビ奴隷になっただけだろうが。悪魔に憑かれていいように動かされているだけのモルモットちゃんは、地獄の方が楽なんじゃないの?」
「声、震えてるぜ、子猫ちゃん」
噛み突き返そうとも、悪夢の恐怖で身体が震えて、逆撫ですることも出来ずにあたしの方が嘲笑われる。
「ここで地獄を楽しんでろ。外の連中を片付けたあとは、くくくっ……起きてても地獄。生き地獄を死ぬまで精々楽しめよ、化け猫」
爆音が響いて建物が微かに軋む。この戦争、悪魔が勝てば、あたしは終わる。
あたしは黙って溝鼠を睨み上げた。
溝鼠は見下すと「次は恋人に会わせてやるよ」と言い残して去る。
「……アイツが顔を出すほど、悪魔が優勢ってことか」
悪魔のテリトリーだ。
人間側は苦戦を強いられているはず。吸血鬼という強い味方がいても、悪魔が優勢。
悪魔達が強すぎるのか、やはりセレノの能力のせいか。
「……ねぇ、貴方。名前は?」
「……ヴォルです」
向かいの牢獄の少年に話し掛ければ、名乗ってくれた。
「ヴォルね。貴方、フィアンセがいるにしては若すぎるわね。フィアンセは年上?」
「…………ボスが……フィアンセだと仰ったのですか?」
「ええ……そうだけど」
婚約者の話をすれば、狼人間の坊やは微妙な反応をする。
「厳密には……オレはただの許嫁です。昔、たった一度会った時に、結婚の約束をしましたが……オレは覚えていません。一つ年下の彼女の方も覚えていないでしょう。彼女は危険に巻き込まれないように、父親がマフィアだと言うことも知らず、遠くで暮らしています。オレのことなんて、きっと覚えていません……」
壁に凭れてヴォルを見るけれど、やっぱり暗くて彼の姿は見えなかった。
「でも、彼女にプロポーズしたところをボスがビデオに撮っていたので、オレは知っているんです。艶やかな黒髪の彼女は青い瞳で無邪気に笑う子だって、知っているんです。オレは……オレは当時のことを全然覚えていませんが、それでも」
その声は、微笑んでいるように感じる。
薄暗い牢獄には不似合いだ。
「――――…オレは彼女に恋をして、約束通り、彼女に相応しい男になろうと生きてきました」
かっこいい男だ。
そう思った。ヴォルフが娘の婚約者だと呼ぶのもわかる。認めているのだろう。
世界でたった一人、娘を任せられる男だと。
たった一度、それも記憶にないほど幼い日に会った少女を、一途に想うかっこいい男。
なんとしても、彼をここから生かしてやりたい。
そう思えば、ヴァッサーゴから皮肉を言われるに違いないが、床にいるヴァッサーゴは相変わらず沈黙中だ。
「じゃあ、婚約者の居場所は知らないのね」
「オレは知りません。知っているのはただ一人です」
いくら拷問しても、ヴォルから居場所を知ることができない。
知るのは、ヴォルフだけ。
「……必ず、迎えは来るわ」
きっと――――…。
「酔った? 椿」
遊大に問われて、目を開く。
「酔ってないわ」
「酔ったら介抱するよ」
「必要ないわよ」
下心丸出しのアイスピックにお断りする。
「ほらよ、フルーツ」
「ありがと、レネメン」
髪を下ろしたレネメンが、カットフルーツの盛り合わせを渡してくれた。
受け取ろうとすると、コクウが奪う。
「あーん、椿」
「自分で食べる」
「椿椿、これオススメ」
食べさせようとするコクウの手を振り払えば、遊大がカクテルを押し付けてくる。
「んんんんふんむぐんんんー」と口を塞がれたナヤがなにかを言うけど、わからない。
「……騒がしい」
カロライは不機嫌そうに呟く。
「いつもだろ」とあたしは持っていたお酒を飲み干した。
「お嬢さん、私が注ごう」
「断る」
近付くアイスピックを一蹴する。
「騒がしいな……」
「騒がしくていいだろ」
「楽しくてなにより」
ディフォが漏らせば、コクウが笑い、蠍爆弾が高らかにビール瓶を上げた。
賑やかな黒のオフィス。
人数が多いせいなのか、個性的なせいなのか、それはわからない。
賑やかで騒がしく、笑いの絶えない飲み会だった。
「飲み比べだ!」
蠍爆弾があたしに向かって言い出す。
「なんで飲み比べしなきゃならないのよ……」
「くひゃひゃ、いいね? 負けた方はディフォのチューで」
「よしゃ! 勝て! 黒猫! アンタが負けてもしてやらん!」
「…………」
酔っ払い相手にテキーラで飲み比べ。
コクウとディフォに強制され、仕方なくやることにした。
がやがやと外野は騒ぎ立てて盛り上げる。
くだらないことで爆笑して、ある者は歌い出して、ある者は踊り出して、ある者は卒倒した。
あたしが目を覚ましたのは、翌朝。或いは昼。
夜と違い、黒のオフィスは静かだった。不気味なほど静かなオフィスを、ソファから立ち上がり見渡せば――――皆死んでいた。
かろうじて、誰だかわかる。でも見るも無惨な死体になっていた。
肉片があちらこちらに飛び散り、焦げ臭さまでする。
血の海のオフィス。
皆、皆、皆っ……死んだ。
「――――っうわああ!!」
震え上がれば、目の前には鉄格子。
その向こうには、蓮華が立っていた。
「蓮華?」
「……」
「……レンマか」
美少女の蓮華と瓜二つの顔をした少年の瞳は赤。兄のレンマだ。
これは現実だと安堵して息を深く吐いた。
「なんでアンタ、蓮華を知ってるんだ?」
「友だちよ。セレノに訊かなかったの? アンタ、なにも知らないわけ?」
不快な子だ。なにも知らないようだった。
こっちは監禁されて拷問されているのに。
「世界の終焉を招く奴らだってことも知らないわけ?」
「……なに、言ってるんだ? アンタが悪党だろ」
レンマの発言に、呆れてあたしは笑う。
溝鼠よりもいいように扱われているじゃないか。セレノを従わせる道具に使われているんだ。
色々嘘を吹き込まれているけれど、本人は生き返されたことは知ってるはず。本人が望まなくては、サミジーナは死者を蘇らせることができない。
「まぁ、元殺し屋の引っ掻け癖の酷い猫だから、悪党だけどね。アンタはどうなの? 悪魔と取引までして生き返るなんて、悪党だろ」
「……俺は……蓮華のそばにいてやりたいんだよ……」
「弱い兄だこと。蓮華がアンタのために悪魔にすがらなかった。立ち直って強く生きてる! アンタはなんでこんな刑務所にいやがる!?」
「っ!」
悪魔に惑わされたレンマを知れば、蓮華だって怒鳴るはずだ。
由亜さんだってすがらなかった。レンマは弱い。弱すぎる。
蓮華のためだと? 自分が生きたいだけだろ。
レンマはびくりと震えて動揺した。蓮華は見せない表情だ。
「なにをしている、蓮真」
そこに響くのは、セレノの鋭い声。
「ここに来るなと言っただろ」
「どういうことだよ、セレノっ……悪党倒せば、蓮華の元に帰れるんだよな!?」
「なにも聞くな」
セレノはレンマの首を掴み、引き剥がそうとした。しかしレンマは格子を掴み、踏み留まる。
セレノはあたしを不機嫌そうに睨んだ。
「蓮華のためにここにいるのはわかった。だけど蓮華が望んでると思うの? 蓮華が知ったら、ぶん殴りに乗り込むってわかってるだろ!? お前は守りたいのか!? 死なせたいのか!!?」
「――――っ黙れ」
蓮華のために悪魔側についているが、蓮華が自ら危険に飛び込む性格だと知っているはず。
セレノは威圧感とともにあたしに放つと、騒ぐレンマを連れ去った。
チッ。セレノを寝返らせることが出来ない。
レンマがどうかにか足掻いてくれたら、全ては好転するのに。
威風堂々とした蓮華と同じ顔をしてても、事態をどうにかできそうにない。
それでも蓮華の兄か。
「……複雑そうですね」
ヴォルが口を開いた。あたしは息を吐いて、適当に頷く。
「まだ戦争中ね? 今どうなっているか……さっぱりね」
「……はい。変わりなく続いているようです」
建物の外の争いは続いている。
悪魔が皆殺しをしていないといいけど。
「さっきはなんの話だったかしら? そう、貴方の一途な恋愛だったわね」
「貴女には、愛する人がいますか?」
「……」
ヴォルに訊かれた。
ヴォルの話をしたから、こちらの話をするのが筋か。
「いるわ。少ないけれど……貴方ほどの大きなファミリーではないけど……愛する家族がいるわ」
フェンリルファミリーは大きい。ヴォルにとって愛する家族だろう。
あたしにとって愛する家族は、白瑠さん達だ。
今頭の中で、殺され続けているけれどね……。
現実になるのではないか、そんな恐怖に襲われてしまう。
「必ず、迎えは来ます」
ヴォルが言った。
さっきと同じ言葉で、あたしを励ます。
思わず笑ってしまう。
それでも、何度も夢の中で、彼らを殺された。
救い出されては、血の海に沈められる。
現実逃避、か。どの現実のことだろうか?
表現実か? 裏現実か?
表からの逃避に裏に居座っているだけなのかもしれない。
─────なんて。
こんなこと考えたくもない。
表に待ち構えているのは処刑の電気椅子か、開かずの扉がついた白い病室のどちらか。或いは、境界線を越える前の退屈な日常。
どれも嫌な現実だ。
それなら、ずっと────。
リビングでの食事を思い出して、忘れようと振り払う。
「ずっと────なんて」
それこそ、現実逃避だ。
きっとくる。今まであたたかい場所にいた代償が。痛みが。苦しみが。
強烈なそれが、襲い掛かる時が、くる。
それは今からかもしれない。間違いなく。
すぐそこまできてる。
あれは予兆だ。
きっと、滅茶苦茶になるだろう。
そして思い知らされる。
居場所なんて、何処にもない─────と。
その時だ。足元に何か蠢いたのを感じて下を視たら、パッと明かりがついた。
視界に、あたしとは別の足が在る。
顔を上げれば、一瞬。
一瞬だけ、顔を見たが振り下ろされた何かに頭を叩き付けられて廊下に倒れる。
「不法侵入」
男の声。
「いっけないんだーあ」
なんとか起き上がった。
押さえた頭部がぬるっとする。
「指、切らなきゃ」
あたしが顔をあげる前に男が──指鼠が足を振り上げてあたしの胸を蹴った。
「ぐっ……っ!!」
頭部に続いてのダメージによろめいてしまう。駄目だ。最初の一撃だけで気を失っても可笑しくない。
視界が、定まらない。意識が、はっきりしない。
「うっ……ぁあ!」
それでも。防衛本能が働いて反撃を開始させる。
しかし、意識が朦朧のせいだ。ナイフを取り出すのを忘れて腕を振るう。
猫が毛を逆立てたような攻撃は届かない。安易に受け止められてしまう。
────ドスン。
「っぐは!」
溝に膝が叩き付けられた。
倒れることは許されず、腕を引っ張られ壁に叩き付けられる。
動けずあたしは崩れるように、倒れた。
仰向けに倒れたあたしを、指鼠は容赦なく踏みつける。
ガツンとドスリと低い音を響かせた。骨が折れるような音まで聴こえる。
起き上がる動作はおろか指一本動かすこと出来なかった。
「あー、だめだめ。手に傷がついたら台無しだ」
そう言って腕を踏みつけられ、脇腹を蹴っ飛ばされる。
ボコボコにされた。ボコボコになぶられた。
意識が数秒、途切れてしまうくらいダメージを喰らった頃に、攻撃は止んだ。
「さて、何で殺そうかな」
指鼠がそう独り言を漏らすのが聴こえた。
ズルッと引き摺られて何処かの部屋へと運ばれたらしい。
意識がハッキリした時には、指鼠の姿はなかった。
あたしは椅子にロープで縛り付けられていた。身体中が痛い。項垂れた顔を上げたら、胸部から痛みが走った。肋骨が折られたか。右肩は脱臼しているようだ。
「椿!」
あたしを呼ぶ声に、ギクリと焦りが走る。
草臥れたコートの篠塚さんがそこにいてあたしに駆け寄った。
「今ほどいてやる!」
「なんで……ここに……」
「そんなことよりすぐに抜け出して病院に!」
篠塚さんはロープをほどこうとしゃがむ。
朦朧としたまま癖のついた黒髪の彼を見る。
優しい人。決してあたしを見捨てない人。希望を与えてくれる人。
いつだって、あたしの本心を見抜いて言い当てる人。
「篠塚さんっ!」
指鼠が戻ってきて、篠塚さんに銃口を向けた。
あたしが叫べば篠塚さんは振り返り、銃を構えたが、遅い。
銃声が二つ、響く。
崩れ落ちたのは、篠塚さん。
胸に弾丸を受けた彼は、あたしの膝の上に倒れたが、力なく床に落ちた。
「篠塚さんっ!!! いやああぁあっ!」
悲鳴を上げても、篠塚さんは返事をしない。
「椿!?」
次に聴こえたのは、秀介の声だ。
指鼠が壁に隠れた途端、彼が飛び出してきた。
後ろだと言う暇すらなかった。
容赦なく指鼠の銃が、秀介の頭を撃ち抜く。
「指鼠ぃいいいっ!!」
崩れ落ちる。
何度も何度も、あたしの頭の中で、大切な人達が殺される。
あたしを救おうとする大切な人が、殺されていく。
「あああぁあああっ!!」
どんなに声を張り上げても、あたしは救えない。
誰一人として救えない。
殺されるのを、見せられ続ける。
何度も、何度も、血の海に大切な人が落とされる。
縛られたあたしは、なにもできない。誰も救えない。
白瑠さんも、幸樹さんも、藍さんも、ラトアさんも、ハウンくんも、由亜さんも、皆を奪われ続ける。
「違うよ、椿ちゃん」
時折現れる由亜さんは、冷たい掌で触れながら告げた。
「これは悪夢だよ」
悪夢だ。全部、悪い悪い夢。終わらない悪夢だ。
頭の中で、繰り返される悲劇。殺戮。地獄。
「椿ちゃんを愛している皆は、必ず助けに来てくれるから」
悪夢の中では、殺され続けている。
あたしを救って、殺される。
「――――…?」
気付けば、リビングにいた。
リビングのソファに横たわっている。誰かが入れたコーヒーの香りがした。
明かりのついていないテレビに、ソファに横たわるあたしと、背凭れの向こうから見下ろす白瑠さんがいる。
軽々と背凭れを越えると、あたしに馬乗りなった。
「……白瑠さん?」
白瑠さんは笑う。
まるで初めて会った時みたいだ。猫みたいに細めた目で笑っている。
「約束しただろ? 椿」
そう言って、白瑠さんはジャラジャラとたくさんのブレスレットをつけた色白の腕を伸ばす。
大きな掌が、あたしの頭を押さえるように当てられた。
「もう、君は要らない」
冷たい、冷たい、笑みで白瑠さんは告げる。
あたしの心臓を、止めるつもりがないと言ったくせに。今更あたしを殺す約束を、果たすと言い出した。
「あれ、名前なんだっけ。まぁいいか。ばぁいばぁい」
悲鳴すらも上げられないくらい戦慄が走る。
それは、とてもとても怖い悪夢だ。
「椿っ!!」
呼ばれてビクリと震える。
白瑠さんに殺される悪夢の恐怖が、身体中の血を凍らせたみたいに寒い。上手く動かせない。手枷のせいでもある。
目の前にいる白瑠さんの肩を掴んで遠ざけようとしたけれど、白瑠さんはあたしの手を握り呼び掛ける。
「椿、椿、椿。俺だよ、つーちゃん。迎えにきたよ?」
「いやっ、いやっ! またあたしの目の前で殺されるんだっ! やめて! もういやっ!」
「椿?」
次は白瑠さん達があたしを救って、殺されるシーンだ。薄暗い牢獄の中。
「出さなくていい消えて! どうせ本物じゃない!」
「椿、なに言ってるの?」
「放して! 消えてよ! もう殺されるところなんてみたくない!」
「椿! 俺はっ」
「触らないで!!」
押し退けても押し退けても、白瑠さんは押し飛ばせない。いつも力では勝てない。意外に厚い胸板も、感触も、重さも、全部、あたしの記憶に過ぎない。本物じゃない。
もう惑わされない。大切な人の処刑はもう懲り懲りだ。
「…――――」
白瑠さんは、手枷のついたあたしの手を掴んで、ドンッ! と乱暴にベッドに押し付けた。
「……俺が本物かもわからないの? ふぅん……」
「……はくる、さん?」
猫のように目を細めるけれど、決して笑わず、冷たく見下ろす。
そんな白瑠さんに、ゾクリと戦慄を覚えさせられた。
先程とは違う冷たさが駆け巡る。
今までの、悪夢とは違う展開。
「こぉんなムカつくドレスなんか着ちゃって……」
白瑠さんはウェディングドレスのスカートを掴むと、ビリっと引き裂いてきた。
「なにもされてないって確認も兼ねて、その身体に俺が本物だってわからせてあげるよ」
悪夢とは全く違う展開。
ゾクゾクと、悪寒が走る。
かぷりと白瑠さんは胸元に噛み付いた。スカートの中を探りながら、下着の中に手を入れようとしてくる。
青ざめたあとに、赤くなった。
「ちょ、ちょ、ちょ!! やめっ……わかった! 本物だってわかったから!」
「確認しなきゃ、俺の椿が触られてないかを」
「触られてない触られてないぃ!!」
じたばたもがくけど、白瑠さんは行為を止めようとしない。
「やめてください白瑠さん!!」
「やぁだ、乗ってきたとこだもぉん」
ご機嫌な笑みを浮かべて、白瑠さんはあたしの胸に頬擦りしては、露出した肌を舐めた。
「ここ敵地!! 戦争中!!」
「椿は敵地で拘束されて強姦されるところだったけどぉ、俺が救い出して感動のエッチをする。……興奮するねぇ?」
ひぃ! やる気だ。敵地でこの状況を楽しんであたしを犯す気満々だ!
最悪なことに手枷で動けないし、どちらにせよ白瑠さんに力では敵わない。
「白瑠さんっ! 白瑠さんっ! 本当にやめてください!! ここでやったら大嫌いなりますからっ!!」
「…………………ぶー」
涙目になりながらも必死に叫べば、白瑠さんはやっと止まって膨れっ面をした。
助かった……。愛する人に最悪なことをされるかと思った。
「早く枷を外してくださいっ」
「ぶー……」
唇を尖らせながらも白瑠さんは、ご自慢の怪力で手枷を壊す。
手が自由になったあたしは起き上がり、引き裂かれたスカートを更にビリビリに引きちぎる。
憎しみと力を込めて、唸りながら引きちぎった。今まで見せられた悪夢を引き裂くように。
ビリビリ、ビリビリ。
「……つぅちゃん」
白瑠さんはあたしの顔に優しく触れた。優しい甘えた声。
本物の温もりだ。
あたしを見つめてくる白瑠さんを見つめ返す。
「白瑠さん……」
「ん?」
「……帰ったら、あたしを激しく抱いて……」
額を重ねて熱く囁く。
悪夢を掻き消すように、激しく抱いてほしい。
散々喘がせてくれてもいい。溶けてしまいそうな甘い熱で、力一杯に抱いてほしい。
初めて身体を重ねた夜のように、初めて愛していると言った夜のように、あたしを暖めてほしい。
「……っ」
目を見開いた白瑠さんは頬を赤らめながら、荒い息を吐くとあたしの唇を奪った。
互いの唇を味わうように、深いキスをする。白瑠さんはもっと欲するようにあたしの首に腕を回して引き寄せた。
あたしはぎゅっと白瑠さんの髪を握り締めて、少しだけ堪能する。
これ以上は止まらなくなりそうだから、少し強引に髪を引っ張り白瑠さんの顔を離す。
「はぁ……もうっ、今すぐ……抱きたいっ……」
白瑠さんはまた唇を重ねようとしたが、あたしは髪を引っ張り阻止する。もどかしそうに呻いて白瑠さんはあたしの髪を撫でた。
「だめ。帰ったら。白瑠さん、早く悪魔を根絶やしにしましょう」
「んーぅ、根絶やしにしたらベッドだね、約束」
ちゅ、と白瑠さんはあたしの額にキスをして立ち上がる。
黒い革のジャケットを脱いで、あたしに着させた。
白瑠さんはいつもの白い襟つきシャツだ。
にっこり微笑んであたしをベッドから下ろすと白瑠さんを見つめてから言う。
「貴方に出逢えてよかった……愛しています、白瑠さん」
白瑠さんと出逢って、よかった。言いそびれることは嫌で、あたしは伝える。
そうすれば白瑠さんは、またあたしの唇にキスをした。
「俺もだ。愛してる」
白瑠さんは、額を重ねて、あたたかく囁く。
「愛してる、椿」
悪夢から、目を覚ました。




