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愛の証明

※散々、惜しみ無くキャラ達が下ネタを吐いてきた作品ですので今更かもしれませんが

この回は性的シーンがありますのでご注意ください。

作者としては、物凄くぼかしたつもりですよ!




愛で熱い熱い温もり。

愛で熱い熱い吐息。

愛で熱い熱い肌。

熱く囁くのは、

愛している。





 泣き疲れた目を開けば、白瑠さん。

同じベッドに横たわって、あたしを見つめていた。


「椿……一緒に生きよう。一緒に生きて生きて生きて、償おう。幸せになろうよ。苦しくたって、逃げたくなったって、そばにいるから……長く長く生きていこうよ」

「……はい」


 あたしに囁いてそっと髪を撫で付ける白瑠さんに、頷けば安堵したように微笑んだ。


「ごめんなさい……また、酷いことを、言ってしまって」


 あたしを愛しているのに、殺してとまた言ってしまった。

あたしに生きてほしい幸樹さんのことも、藍さんのことも傷付けた。

その手で殺してと、白瑠さんにまた言ってしまった。

そして責め立てた。

白瑠さんをさぞ、傷付けただろう。


「……俺も、椿を傷付けた……お互い様ってことで、いいよね」


 白瑠さんは柔らかく微笑んだ。涙を目に浮かべている。


「椿……愛してる、愛してるよ」


 髪を撫で付けて、白瑠さんはあたしを見つめた。

いとおしく、撫でる。


「……あたしもです」

「うん……皆も、椿を愛してるよ。幸樹も、藍くんも……皆愛してる」

「………………そうじゃ、なくて」


 やっと白瑠さんに返事をしたのに、伝わらなかった。

大きな白瑠さんの左手が、あたしに優しく当てられてる。それを掴み、握った。

 ふわりと跳ねている色素の薄い茶髪。色素の薄い茶色の瞳。日本人場馴れした顔立ち。

白瑠さんを見つめたあと、もう一度伝える。


「……愛しています」

「うん」


 平然と白瑠さんは頷いた。また伝わらない。

まるで白瑠さんが初めてあたしに告白した時と、逆になってしまっている。

何度も言えない。

 だから最後の手段として白瑠さんの唇にあたしの唇を押し付けた。

離れたら、白瑠さんはきょとんとする。

理解しないなら取り消したい。

恥ずかしさのあまり、顔から火が吹き出しそうだ。

白瑠さんにキスなんて、違和感があって、言い表せない。


「…………」


 白瑠さんが目を見開いた。

あたしが顔を赤くしてやっと伝わったようだ。

 ああもう逃げたい。

背を向けようと寝返りを打とうとしたけれど、その前に白瑠さんが腕をついてあたしの上に乗る。


「も、もう一回……もう一回言って」

「いやですっ」

「お願いだ、椿。もう一回……」


 両手であたしの顔を押さえ付けて白瑠さんは、求めた。

嫌なのに目を合わせる羽目になる。

鼻は触れていて白瑠さんの髪が額にかかった。


「ねぇ、俺のこと、愛してるの? 俺と同じように……愛してるの?」


 囁いて問う。

見つめて焦がれながら、返事を待つ。

だからもう言えない。

あたしはただ肯定を伝えるために頷く。

 蓮呀の単純な心理テストの答えは正しい。

あたしが最も愛している人は、白瑠さんだ。

最も愛している人だから、彼の否定が苦しい。

 彼があたしの手を取り道を歩いてくれた。真っ赤に歪んだ道だけれど、それでも白瑠さんを愛している。

真っ赤に歪んだ道でも、幸せを感じることができた。

これからも白瑠さんに手を引いてほしい。償うために一緒に生きてほしい。

白瑠さんがいなければ、あたしは幸せを感じずに死んでいた。

奪ってきた分、一緒に幸せに生きてほしい。

白瑠さんに対する気持ちは、きっと愛だ。

彼の愛にあたしは生かされている。


「愛してる……愛してる愛してる愛してるよ、椿っ」


 ただでさえ白瑠さんの体重がのし掛かってて重いのに、白瑠さんはあたしを抱き締めた。苦しい。


「嗚呼、椿椿椿っ」


 連呼してまたきつく抱き締める。

白瑠さんはあたしの髪に顔を埋めて、匂いを吸い込んだ。苦しいし、くすぐったい。

 顔を上げたかと思えば、あたしの唇を奪った。押し付けて唇に吸い付く。

何度も何度も、重ねては味合うようにキスをした。


「はぁ、椿……」

「くるし、退いて」

「ごめ、んっ」


 のし掛かっていた身体をあたしから離すと、白瑠さんはまた唇を重ねる。

今度は舌を捩じ込んであたしの口を開けた。

舌を絡みとりながら、白瑠さんはあたしの胸に手を当てる。心臓を気遣いながら、キスを味わっていた。

 白瑠さんが離れたかと思えば、私を起き上がらせる。


「椿……初めてキスした時のことを、聞かせて」

「え?」

「ねぇ、椿」


 甘えた声を出して、白瑠さんは聞きたがる。

あたしと白瑠さんが初めてキスした時のことだ。

 指を絡めて甘く見つめてくる白瑠さんは、話すまで寝かせてくれなさそうだ。

カーテンには朝日か夕陽かわからない薄暗い光が当てられている。


「……白瑠さんは、酔ってて……チューしようって言い出して、軽くしてきました」

「こう?」


 白瑠さんは再現した。

フレンチキス。

軽く唇を重ねた。

 胸がキュンとして、幸せを感じた瞬間。

酔っているようにほのぼのとした感覚。


「それで、椿は真っ赤になったの?」


 楽しそうにそっと笑う。

またあたしの顔が赤くなったみたいだ。


「初キスはこれだけ?」

「……ぶちゅっとまた、してきました」

「ぶちゅっと……それから?」

「最初は、何かを食べるみたいに上機嫌に唇を重ねていたと思ったら……急に舌を入れてきて」

「うん?」

「……噛み付くようにキスして、白瑠さんの息が激しくなって……あたしをテーブルに」

「うひゃ……テーブルに?」

「……もういいですか」

「だめ、全部聞きたい」


 吐息がかかる距離で、白瑠さんはまだ求める。

あたしを辱しめて楽しいのか。


「テーブルに押し倒して、どうしたの?」


 あたしをそっと押し倒す。

あの時を思い出しながら教えると、白瑠さんは再現した。

太股を掴むと足を開く。

「それから?」と続きを待つ。


「息もつかないほど……熱い吐息を漏らして……キスしてきて……それから、担いでベッドに……」

「そのあともあつぅいキスをしながら、ブラを外した? それから椿がその気になるまで、首や耳に吸い付いた?」

「…………それから、白瑠さんは寝ました」

「…………」

「…………」


 白瑠さんのお決まりの行動だったみたいたけれど、落ちは酔って眠りに落ちた。

教えたら、白瑠さんは固まる。

襲っておいて、眠ったのだ。男してどうなの。

 ぱちくりと瞬きをした白瑠さんは、またあたしを起こした。

もう横になって眠りたい。

白瑠さんはまたあたしにキスをした。貪るように吸い付く。


「ねぇ、椿。キスしてよ」

「……」


 あたしは応えた。

お互いの唇に触れあう。熱い吐息を交じり合わせながら、その柔らかさを堪能した。

押し付けて吸い付く。リップ音が吐息とともに聴こえる。

 嗚呼わかった。

白瑠さんとのキスの違和感の理由。

快楽を感じるんだ。

溺れてしまいそうな感覚に陥る。


「んっ……椿」

「は、ぁ」


 口を開いてもっと深く口付けをする白瑠さんは、あたしの耳をいじる。そのままあたしを押し倒した。


「あ、はくる、さっ……」

「椿、本当に……耳弱いね」


 あたしの耳に舌を這わせて、甘く囁く。

同時にあたしの服の中に手を入れて、愛撫を始める。


「ちょ、白瑠さん、やめてください」

「んぅ? なぁんで? 愛し合っちゃだめな理由があるの? 愛してるのに」

「この状況を考えたら、だめで、しょっ」


 ストップ。ストップ。

最後までできない。

この状況を考えたら、している場合じゃないだろう。

あたしは抵抗した。

でも白瑠さんは両手を掴むとあたしの頭の上に置く。


「つぅちゃん? 俺に抱かれた夜のこと……覚えてる?」


 白瑠さんは濡れた耳に囁いた。


「あれからもう一度抱きたくて抱きたくて……仕方なかったんだ。俺もう我慢できないよ、ずっと我慢して、この時を待ってたんだよ…………ねぇ、椿。愛していい?」


 くるくると髪の毛を指に絡ませると、額を重ねてもう一度熱っぽく囁く。

にっこりと笑みを浮かべた白瑠さんを目の前にして、完全に拒むことが出来なかった。






 タイミングを考えるべきだったと反省して、朝は服を着てそっと部屋から抜け出す。

着替えを抱えて音を立てないように静かに廊下を歩いた。

リビングのテーブルに、コーヒーを飲んでいる蓮呀の姿が見えたけれど、彼女に気付かれる前に浴室に向かおうと挑戦する。


「おはよう。椿」


 所詮無理だった。

あたしに顔を向けることなく、蓮呀は挨拶をする。

椿。彼女が名前で呼ぶのは、初めてだ。


「居候のことも考えてボリュームを落とした方がいいぜ?」

「…………っ」


 やっぱり聞こえたか。

前回も聞かれていたから、きっとリビングで寝ている蓮呀達に聞こえてしまっていると思っていた。

なにも言い返すことができず、浴室に逃げ込む。

 同居人と顔を合わせられない。

羞恥心に襲われながらも、服を脱ぎ捨ててシャワーを浴びる。

頭から被り顔を冷やす。

シャワーの音で、侵入者に気付けなかった。


「つぅちゃーん!! おっはよぉ!」

「うひゃあ!?」


 白瑠さんに後ろから抱き締められる。


「なに入ってるんですか!?」

「つぅちゃーんが生きてるか確認」

「あたしが浴室で自殺するとでも!? 放して出てってください!」

「いいじゃん、もう隅々まで見たんだし。俺が洗うよ。ずっとしたかったんだぁ」


 放す気も出る気もない白瑠さんは更にその腕で締め付ける。白瑠さんは上半身裸。あたしは言うまでもない。

冗談じゃない。

もがこうとしたら、べろりと首に舌が這った。


「んにゃあ!?」

「ここで――――椿としたかったんだぁよぉね」


 シャワーの水を吸い付くみたいに、首を執拗に舐める。


「ちょ、ちょっと! 白瑠さんっ、昨夜散々とっ!!」

「んーぅ、今は今……でしょう?」


 タイミングを間違えた。完全にタイミングを誤った。

もう我慢をしない白瑠さんにされるがままに、また愛されるはめになった。





 スッキリしたような、余計に疲労感が増したような気がする。

うんざりしながらも浴室にでて着替えた。白瑠さんは真逆で終始ご機嫌で、私の着替えを手伝うと最後の仕上げで口付けをした。

 リビングに出れば、蓮呀とヴァッサーゴがテーブルについていて笑っている。


「だからさ、近所迷惑だって」


 大笑いをすることを堪えている蓮呀は、コーヒーを片手にお腹を押さえていた。

ヴァッサーゴは容赦なく笑っているから、蹴り飛ばして席を奪う。


「皆は?」

「椿の声にいたたまれず、ドクターとよぞらは藍くんのとこ。吸血鬼二人は狩り」

「…………」


 そんなに酷かったのか。

鳴かされたんだ、白瑠さんにこれでもかって鳴かされたんだ!

最初は堪えた。堪えていたのを白瑠さんが鳴かせたがり、執拗に攻めてきて理性を崩しにかかって喘がせたんだ。

 言い訳を頭の中で並べたけれど、どうせ聴かれた喘ぎ声は皆の記憶から消えない。

テーブルに突っ伏した。


「白いにーちゃん、お盛んだねー。そんなに嬉しいんだぁ? 椿の告白」

「ぅんー、もう幸せの絶頂だぁよぉ、つーぅちゃん独り占めぇ」


 白瑠さんが無理矢理あたしの椅子に座るから、二人で座る形になる。

蓮呀に答えながら、白瑠さんはあたしを羽交い締めにした。

幸せ一杯だと言わんばかりの甘ったるい声だ。

 あたしが漸く手に入ってご機嫌だ。

本当にタイミングを誤った。

悪魔の件が終わってからにすべきだった。深く反省する。


「つぅちゃんてばぁ、気持ちよすぎて俺の背中に爪立てて引っ掻いたんだよぉ? これからはイク度に俺の背中を引っ掻くぅ? 椿のためなら、何度でも引っ掛かれてあぁげぇるぅ」


 楽しげに笑いあたしの耳に息とともに吹き掛ける白瑠さん。

絶対にそれ、自分がヤりたいついでだろ。口実だろ。

耳がムズムズしつつも、呆れた眼差しを向ければ、この距離でしたい衝動にかられたのがぶちゅっとキスをしてきた。


「なにバイオレンスなプレイで、引っ掻き症候群を抑えようとしてんの? おいおい、アンタって本当に椿に悪影響だな。アンタがしたいがままに椿をいじりすぎ、そんなんだから殺戮者になっちゃうんだぜー? 変な方向に付き合うなら、俺が引き離すからな」

「んぅー、いいじゃん? 性行為中に爪を食い込ませるなんてありがちなんだしぃ、快楽も摂取もできて一石二鳥でしょおう?」

「椿を想うなら、血塗れプレイだけはやめとけよ。どんなに激しく突いて喘がせてもいいけど」

「ぶぅー、どっちがい? つぅちゃん」

「よくないから。どっっっちも、よくないから!」


 勝手に蓮呀と白瑠さんでなんか話し合いを始めた。

蓮呀の許可がいるのか。どんなプレイをするかは、蓮呀次第なのか。

白瑠さんも悩むな!


「椿は人間の皮膚を引っ掻く必要があるけど……人間以外の皮膚が殺戮衝動を抑えるかどうかを確めてみないとな」

「必要ないよぉ、ほらさぁ、仕事してさ、殺さないように刺しちゃえばいいよ。トドメは俺が殺るから、一緒に殺し屋やろう?」

「やめんか」

「あ、いてっ」


 やっぱりあたしについて話す二人。

テーブルの下で蓮呀が白瑠さんの脛を蹴ったらしい。


「アンタは正真正銘のサイコキラーだな。だからって椿をアンタの趣向に引きずり込むなよ。椿は枕や人形を引っ掻くような感覚なわけで、アンタみたいに犬や人間をぐちゃぐちゃにして楽しむタイプじゃない。狂った甘やかしは金輪際するな」

「俺は犬殺したことないよー」

「サイコキラーは小動物を殺してからエスカレートするものなのに、アンタは人間オンリーか。でもアンタは誰でも躊躇なく殺せるだろ、ドクターも藍くんも俺もよぞらも椿も」

「殺せないよぉ、椿はぁ」

「椿は愛してるからな。でも他は殺せるだろ? 椿の大切な人だから殺さないだけで、その気になれば人類一人残らず殺せるだろ?」

「人類か椿かって選択を迫られれば、椿以外を殺すねぇ。うひゃひゃ」


 白瑠さんは笑いながら蓮呀に答えるとあたしの唇にキスした。

さらりと言い退けたが、白瑠さんは間違いなく殺る。

あたしか人類かと二択しかないのならば、躊躇なく殺戮をするだろう。

でも白瑠さんにとっても、温かい家族で大切な人達と認識しているはずだ。優先順位があたしだけ。


「まじもんのサイコキラーめ。そんな自分と椿はおんなじだと思い込ませて、一緒に血塗れにさせた。今後はそういうのやめろよな、わかっているか? サイコキラーの兄ちゃん」

「わかっているよぉ、殺しをやめて椿と一緒に生きるよぉ」

「引っ掻き症候群の少女と、サイコキラーの男のカップルか。くくくっ」

「……その、引っ掻き症候群って止めてくれる? 蓮華」


 すりすりと首に頬擦りしてくる白瑠さん。幸せ一杯の今、本当に理解しているか謎だ。

 罪悪感を一切抱かない。

か弱い小動物を傷付けようが人間を殺そうが、罪悪感を微塵も抱かない人間性が欠落したイカれた人間。

それが白瑠さんだ。

爪で引っ掻いたつもりのため殺戮に罪悪感を抱かなかったあたしと自分を重ねても無理もない。

でもそれが原因で、あたしは白瑠さんにサイコキラーに仕上げられた。

殺す術を覚え、過剰摂取の日々のせいで禁断症状に殺戮衝動が加わった。

 それに対しての罪悪感なら、白瑠さんにある。

あたしを愛しているから、人間性がある証拠だ。

過ちもあるが、互いに幸せを手に入れるための代償とも言える。

白瑠さんは言ってくれた。

これからともに償うために生きようと。

 嫌味ったらしく笑う蓮呀に言うついでに、蓮華と呼んでみた。

彼女があたしを名前で呼ぶから、あたしも名前で呼んだ。


「いーじゃん、椿。引っ掻き症候群って、ぴったりだぜ?」


 蓮華は怒ることなく笑い返す。

名前で呼ぶことを許す仲になったらしい。

なんとも、妙な気持ちだ。


「でもまぁ、椿みたいに命を殺めなくとも殺戮衝動にかられない連中がいるかもしれないよな。殺しを肯定してる裏現実にはさ。……そいつらの更生をしてやらねーと」


 蓮華はあたしのように殺戮中毒者だと自己判断して、裏現実の殺し屋になっている連中について考え出した。

あたしの頭にレネメンが浮かぶが、彼はもういない。


「更生って貴女は殺し屋の救世主になる気?」

「救世主? 俺は好き勝手暴れるギャングの親玉だぜ、椿。俺はただ殺し屋に虫酸が走るんだ、殺しをやめさせられるならやってやるぜ。裏現実はどうも好かない……ムカつくから変えたいが…………ああ、そう言えば椿は裏現実のドンと知り合いだよな?」


 嘲笑うと蓮華は、天井を眺めた。

なにかを思い付いたようで、目を丸めて口角を上げる。

 裏現実のドン。

次期大統領のことか。


「え……次期大統領に会う気なの?」

「おう。世界変えようぜって話す」

「どんだけ勇者なのよアンタは」


 裏現実のドン以前に大統領だ。

正しくは次期大統領だが、もう大統領と言っても過言ではない存在。

その存在に会いに行き、世界を変える話をするギャングの親玉ってなんだ。

ギャングの親玉じゃないだろそれ。

絶対に勇者だろ。お前。


「ぶふっ、ククク!」


 隣に座っていたヴァッサーゴが吹き出した。


「なによ?」

「なんだよ」

「いや、お前を笑ってるんじゃねーよ。椿が漸く気が軽くなり、元の口調に戻りかけてる」

「元の口調?」


 ヴァッサーゴが蓮華の勇者並みの挑戦ではなく、あたしの口調について指摘したから、蓮華が首を傾げる。


「お前達に会ってから妙に大人ぶった口調をしてんだよ」

「……違う。家出中に口が悪くなったから直したのよ」

「お前の口の悪さは前からだぞ」

「お前のせいだろ」


 精神状態が不安定なことも手伝って家出中ヴァッサーゴの口調が移り悪くなっていた。

この家に戻ったから、なるべく直すよう心掛けた。

 蓮華の口調のせいもあるだろう。

似ている蓮華と被りたくなかったせい。


「つぅちゃんは、前から口調悪いよ? キレた時なんて勇ましいくらいだったぜ?」

「へぇ? そうなんだぁ? お姉様口調してすました猫ちゃんかと思いきや、猫被り?」


 白瑠さんまであたしの口調の悪さを暴露した。

そんなわけがない。あたしは初めからすました猫だ。

……あれ、違った?

脳裏に浮かぶのは変態達に浴びせた罵声。

……変態のせいじゃん!


「どんな椿も愛してる」


 白瑠さんはあたしの耳と頬と首に口付けを落とす。

あーはいはい。

 雑談はここまでだ。

さっさとこれからについて話そう。

そう思った矢先に、テーブルに置かれた蓮華の携帯電話が鳴る。

画面に映るのは、非通知。


「おい、連絡待ってたんだぜ? 遅いじゃないか!」


 その非通知が誰からなのかわかっていた蓮華は嬉しそうにその電話を取り、弾んだ声を出す。

蓮真くんなら非通知のはずがない。

誰だろうか。

蓮華が電話を喜ぶ相手。

 疑問に思い、相手が誰だかわかるであろうヴァッサーゴを向く。

ヴァッサーゴは、目を見開いていた。

その驚き方は尋常ではない。


「――――――ってめぇ!! 裏切りやがったな!!!!!!」


 あたしが声を駆けるより前に、ヴァッサーゴが立ち上がり蓮華の方へと身を乗り出して怒号を飛ばした。

椅子を傾けて揺れていた蓮華は驚き倒れる。

次の瞬間、蓮華の携帯電話からノイズのような騒音が響いてきてあたしは痛みに襲われて頭を抱えた。


「ぅあああっ!!」

「椿!?」

「電話を切れっ!」


 ヴァッサーゴがまた怒号を飛ばす。

電話は切られて、騒音も痛みも収まった。

心配して覗き込む白瑠さんは、なんともないようだ。

ならば、今のは悪魔の攻撃。蓮華の電話相手は――――悪魔だ。


「てめぇスパイか!?」

「…………悪魔、なのか。アイツ」

「知らなかったとでも言う気か!?」

「アイツが悪魔かもしれないってのは……アンタらから聞いてて気付いた。アイツ……目、赤いから。カラコンだとずっと思ってた。風変わりだとは思ってたが…………悪魔憑きじゃなく、悪魔そのものか」


 ヴァッサーゴに問い詰められても、蓮華は静かに返す。

赤い目の知り合いが、悪魔だった。


「……まさか……その悪魔を、早坂狐月に?」

「……たまたま、偶然……俺と一緒にいる時に狐月と会ったから軽く紹介した……。俺が最後に会った時、狐月はセレノを探してた」


 悪魔の名は――――セレノ。

これで繋がった。

早坂狐月が悪魔側に回った経緯がわかった。

悪魔がいたのだ。悪魔の知り合いが、いた。

裏現実の秘密を知っていた早坂狐月は、そのセレノに願いを叶えてもらうために探していたんだ。

セレノは、ウルフの仲間。


「セレ、ノ……だと!?」


 テーブルに身を乗り出して蓮華を見下ろしていたヴァッサーゴが、その名を聞き驚愕する。


「セレノが……くそっ! なんでっ……くそっ! チキショー!! くそっくそっくそっ!!!!」


 ダンッ! とテーブルを叩き、ヴァッサーゴが頭を抱えた。


「くそがっ!! あの野郎!! サノバビッチ!!!! くそっ! くそっやつらめっ!!」

「ちょ、ヴァッサーゴ! なに!? 知り合いなの!?」

「いつからセレノに会ってる!?」


 喚くヴァッサーゴの肩を掴むけれど、ヴァッサーゴは振り払い、蓮華に問い詰める。


「……兄貴が死んで一ヶ月や二ヶ月経ったあとに会ってから……度々俺に会いに来たり電話してくるんだよ」

「何故言わなかったの? あたし達に」

「セレノは俺の友だちだ。言ったところで手掛かりはない」


 蓮華はセレノを庇うために黙っていた。

話したところで、セレノについて詳細を知らない。

悪魔の居所ならば、幸樹さんが知っている。


「……ははっ。なるほどな……てめぇは本来早坂狐月の立場になるはずだったんだよ」


 ヴァッサーゴが笑い出すが、顔はしかめている。


「セレノは俺を誘惑なんてしなかったぞ」

「だから望みがある早坂狐月が悪魔をまとめる指揮官に選ばれたのさ!」


 蓮華も人をまとめるトップに立つ素質があって、セレノが狙っていたのかもしれない。

しかし早坂狐月から、願い悪魔の仲間になった。


「セレノに会ってからいいことずくしだったろ? 奴は運び屋だ! 世界中を瞬間移動ができる能力もあるが、奴は人間や物だけではなく運まで運べる! チャンスや幸運をな! てめぇはセレノに立派なボスに育てられたってわけだ! くそっ!!」


 ヴァッサーゴは吐き捨てると、椅子を蹴り飛ばした。

「どういうこと?」とあたしは説明を求める。


「だからセレノが奴ら側にいたら……こっちは絶対に不利なんだ!! アイツは幸運を運び、事態を好転させやがる! くそっ! オレと同じく戦争に興味がなかったはずなのにっ……アイツは一人のうのうと地上を歩き回り生きてきた奴なんだよ!! アイツが参加してるなんて誤算だっ!! くそっ、くそっ!! 今すぐにやるぞ! 今すぐにだ!! あと女大統領に連絡して悪魔の居場所を教えて狩人どもに襲撃させろ!! それしか方法はねぇ!!」

「ちょっと、ヴァッサーゴ!」


 喚き散らすヴァッサーゴを落ち着かせるために腕を掴む。


「なんで? なんでいきなりアンタは喚くの? 戦争に興味ないくせに、なんで焦るのよ?」

「……っ」

「アンタはずっとウルフと関わるなとあたしに言ってきた。何故?」

「……」

「なにを知ってるのよ?」


 セレノという運び屋悪魔の参加を知るまで、悪魔との戦争に無関心といった態度を取っていたのは勝利を確信していたからだろう。

早坂狐月さえ引き抜けば、悪魔達の連携は崩れて狩人や吸血鬼が始末すると確信していた。

しかしそんな勝算も、セレノのせいでぶち壊し。

 ヴァッサーゴが焦る理由はなんだ。

あたしは問い詰めた。

 悪魔達はあたしを苦しめると断言していたヴァッサーゴが息をのみ目を逸らす。

ヴァッサーゴが躍起になる理由は一つ。あたしのためだ。

ウルフはあたしに執着を見せている。

だから必ず理由があるに違いない。


「ヴァッサーゴ」

「……ちっ」


 一睨みするとヴァッサーゴが観念して、椅子を立たせて腰を落とした。

深く息を吐くとヴァッサーゴは言いにくそうに、あたしを見上げる。


「…………奴らは先ず、吸血鬼を一掃するつもりだ。……だが最終の目的は……」


 言いかけたが、ヴァッサーゴは口を閉ざす。

ますます顔をしかめる。


「……世の中にはな、知らない方がいいことが」

「早く言いなさいよ」


 無駄に焦らすな。時間がないのだろう。

スパンと額を叩いて急かしたら、白瑠さんに抱き締められて膝の上に座らされた。

むすーとしかめたヴァッサーゴは額を擦ると、今度こそ悪魔の最終目的を明かす。


「繁殖!」


 ぶっきらぼうに吐くと、頭をごしごしと掻いた。

その場に妙な沈黙が降る。

嫌なほど、静まり返った。

白瑠さんの膝の上で羽交い締めにされながらも、悪魔の最終目的とやらの意味を考える。

 私を狙う悪魔達の最終目的は、繁殖。繁殖が最終目的な悪魔達は私を狙う。

もう少しで頭が答えに辿り着くところで、腹部に締め付けを食らった。


「うぐっ」

「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃあひゃ……」

「!?」


 耳元で白瑠さんが不気味に笑う。

寒気を感じるほど、恐ろしい雰囲気を放っている。

正しくは、殺気か。

羽交い締めにしてるくせに、殺気を放つな。


「殺す」

「えっ」

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す、悪魔全員皆殺しにしてやる殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す皆殺しにしてやるっ、全員まとめてぐちゃぐちゃのめちゃくちゃのぐちゅぐちゅのばらばらの粉々にして殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すっ!! 絶対に殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺してやる!」

「耳元でやめてくださいっ!!!!」


 おぞましいほどの呪文に悪寒が走って、離れたかった。

けれども、腹部をきつく締め付ける腕のせいで、逃げられない。

弱い耳に囁かないで!

そんな呪いを囁かないで!


「んぅ、ごめんねぇ? 椿。愛してるよ、愛してる。愛してる。愛してるよ、椿。とてもとてもとてもとてもとても愛してる、椿。んぅ、あぁいーしぃてるぅ」

「囁き直さなくていいです!」


 次は耳元に愛を囁いてきた。

甘く熱く囁きながら、何故か右手で太股を撫でてくる。


「椿を愛していいのは、俺だけだよねぇ? 今から、いい?」

「よくあるかっ!!」


 そのまま内側に滑り込ませてきたら、後ろの白瑠さんの額に裏拳を決めた。

 これでやっと理解できた。

悪魔の最終目的でウルフが私を必要としていること。

繁殖に使うつもりだから、白瑠さんの怒りは頂点に達した。

 確かにあたしは仲間になろうがならまいが苦しめられる。確実に。


「ほらな。知らねー方がよかったじゃねーか!」

「よくあるか!! てめっ、あの薄笑い野郎がそんな目で見てること黙ってやがって!!」

「いってぇな!! てんめー! あの薄笑い野郎に持ち掛けられた時に、断ってやったんだよ!! 礼を言いやがれこの淫乱猫!!」

「変態覗き悪魔!!」

「つーちゃん、落ち着いて」


 ヴァッサーゴの顎に蹴りを決めたら、押さえながら怒鳴ってきたのでもう一度蹴ろうとした。

けれど足が届かないように白瑠さんにしっかり押さえ付けられる。


「そうだよ、椿。問答無用で悪魔の殲滅をしてーが、先ずは話を聞こうじゃん」


 テーブルの向こうにいる蓮華が、ギラギラと目を光らせて挑発的な笑みを浮かべていた。

今にも獲物の首に食らい付く猛獣みたいだ。

こちらも女の敵に怒りが頂点に達しているらしい。


「ケッ。だから黙っておいたんだ。てめえらが戦争おっ始める気になるからな。悪魔が繁殖するには人間に取り憑いて孕ますしか方法がねぇみてぇだ。悪魔は個性ばっか主張して馴れ合わねぇ連中だから、大昔から増えてねぇ。吸血鬼と戦争して悪魔は激減した。吸血鬼を殲滅してから、悪魔の数増やしてベタに地上を支配する気なのさ。吸血鬼と人間のせいでこそこそと生きるはめになったから怒りが相当貯まってるわけだ。生き残りが結託してまで行動に出てんだ、奴らは中二病の暴走よろしく本気だぜ」


 あたし達に黙っていたのは、あたしを守ろうと白瑠さん達が戦争に参加する気になってしまうからだった。

 ウルフと溝鼠に構うことを反対する白瑠さん達も、あたしが悪夢の繁殖相手に狙われてると知れば黙ってはいない。

 白瑠さんなんて、さっきの呪文を有言実行しかねない。

悪魔達のいるアジトごと全員を粉々にする光景が浮かぶ。

悪魔達相手に白瑠さん一人が勝てるはずないのに、何故だろう。

怒れる頭蓋破壊屋ならばやってのけてしまうイメージがあった。


「で……? なぁんで、つぅちゃんなのぉ? 相手なんてさぁ、腐るほどいるでしょー?」


 甘えたように伸ばす口調を出すのに、冷たい。

あたしは羽交い締めにされてて見えないが、絶対にヴァッサーゴを凍てつくような目で見ているに違いない。

まるで雪の中に埋もれている気分だ。寒くてガクガク震えたくなる。


「椿のような悪夢憑きの女は貴重なんだよ。オレは椿の身体を乗っ取れるほど奥に入り込んだ。人間の脳に入り込むのは、ちぃっとばっかし強引だからな。奥に行き過ぎれば女は呆気なく死ぬ。だから女と契約する時は、浅いところで留まるんだ。奥行って死んだら道連れだからな。そんで悪魔払い屋に簡単に引っ張り出されて狩られるわけだ」

「……ああ、そう。ジェスタは今まで浅いところで留まっていた悪魔を払っていたから、あたしの奥に入り込んだアンタに戸惑ったのね」


 ジェスタは経験ある悪魔払い屋だが、身体を乗っ取れるほど奥に入り込んだ悪魔との遭遇は初めてで、駆け付けても封印することしかできなかった。納得だ。


「なーにが、ちぃっとばっかし強引だ。しっかりあたしを殺したじゃない」


 ヴァッサーゴが頭に入り込んだ時、あたしは一度死んだ。

幸樹さんがそばにいて蘇生させてくれたけれど。


「そうだ。シスコンドクターがいたからオレはお前の奥に入り込んだ。奥に入り込んでもしなきゃ、心臓を握れねーからな。医者がそばにいたから、椿は希な成功例になったわけだ」


 医者である幸樹さんがいたからこそ、心臓も呼吸が止まっても無理矢理ヴァッサーゴは頭の奥に入った。

寿命が僅かだったあたしの心臓を、その手で正常に動かすため。


「つまり、乗っ取れるほど人間の奥に入り込んだ悪魔が二体必要なわけで、唯一の成功例であるつばちゃんが欲しいわけだ? へぇ……それでつばちゃんにちょっかい出すために、因縁のある鼠を甦らせて恋人だって認識されてたコクウを殺したんだぁ。……悪魔全員根絶やしにしてやる」


 白瑠さんがまた呪文を唱えるから、裏拳を決めた手で口を押さえた。

 正真正銘、あたしはウルフに挑発されていたんだ。

こっちにおいでと言わんばかりに。


「……セレノは試さなかった。俺が怪我で病院に行く時、何度も付き添ってくれた。椿のように蘇生して中に居つくこともできたはずだ、試しもしなかったぜ。俺を指導者兼繁殖相手にすることも可能だったんじゃね? でもそうしなかった。椿とウルフが出会うより前に、セレノは俺のところに来たのに、そんな素振りまるでなし」


 蓮華がヴァッサーゴを見据えて言った。

蓮華も女だ。指揮者候補だったならば、取り憑くことも考えたはずだ。

裏切りも考慮するためにも契約したはずだ。しかしセレノは持ち掛けなかった。


「ヴァッサーゴ、お前もセレノが参加してることに驚いてたじゃん。セレノが俺に近付いたのは、悪魔の戦争と関係ねーと思う。それにヴァッサーゴと同じくセレノは戦争に無関心だったんだろ? ならアイツ……弱味でも握られて手伝わされてるだけじゃねーのか? ……俺は差し出さず、代わりに願いを叶えてほしいって頼みに来た狐月を連れてった」


 その方が辻褄が合うと蓮華が推測を言った。

確かにその方が合うかもしれない。


「てめーに入りたくなかったか、セレノは他に憑いてて他の悪魔もいなかったからじゃねーの、いてっ!」

「蓮華が友だちだって庇うくらいなんだ。"面白い"って理由で危険に頭突っ込んでも、相手を見極めることは慎重な貴女が利用されるはずないわよね。セレノって、どんな奴?」


 無神経なヴァッサーゴの脛を蹴り飛ばして、あたしは蓮華を問う。

無謀なことを楽しむ蓮華は、交友関係は慎重だ。

あたし達のことも居候中、見定めるように観察していた。

昨日漸く暴いて理解して、蓮華は認めて名前で呼び始めた。

 そんな蓮華が何度も会っている者に、電話が来て喜ぶ者に、利用されるとは考えにくい。

蓮華の推測通り、セレノが蓮華に近付いたことと悪魔の戦争は関係ないかもしれない。

セレノには蓮華を差し出す気は更々なかったのかもしれない。

ヴァッサーゴがあたしを守ったように。

だからのこのこ願いを頼みに来た早坂狐月を、代わりに差し出したのかも。

 ヴァッサーゴ以外の悪魔をよく知らないあたしは、セレノはどんな悪魔か訊いた。


「ヴァッサーゴと同じさ、口が悪い。何故か俺のことについて口悪く突っついてきた。その頃は一人で暴れてたから、自棄起こしてたから、煽る気だったのかもな。ヴァッサーゴと一緒かな、認めたくない真実をつつきながら暴いていくんだ。口悪くな。客観的にみた俺を突き付けられて、俺は納得して認めた。そしたらアイツ、付きまとうようになったんだ。そんで運がつきまくりでさ、仲間が集まったんで蓮呀賊を作った。それからも家を提供してくれるスポンサーがついたり、仲間が宝くじに当たって半分くれたりって、楽しいことづくし。セレノがいつも"オレが運んできてやってんだ、有り難く思え"って言ってた。会いに来る度いいことがあるって思ってたから、ラッキーボーイとは思ってた。でもセレノが本当に幸運を運んできたんだろうな。俺を仲間と出会わせたのも、スポンサーと出会わせたのも、楽しい危険な問題も……そして椿と出会ったのも」

「あたしと出会ったのも、ソイツが仕組んだの?」

「さぁな。でも椿の猫を見つける前にセレノから電話があった。会いたいって言ったら"代わりのものを運んでやる"って言ってたんだ」

「……奴は、いつも暇を潰せるものを引き付けながら、ふらついてるんだ。てめぇを楽しませるなにかを引き寄せてやったら、椿に辿り着いたんだろ」


 蓮華が話すセレノは、あたしをいい未来に導くヴァッサーゴと似ているように思えた。

ヴァッサーゴもそう思えたらしい。

 ヴァッサーゴのように戦争に興味がなかったセレノは、蓮華を庇い早坂狐月を連れて参加した。

なにか弱味でも握られている可能性がある。


「弱味を解消できたら、運が味方してる奴らから引き離せる。でしょ? V」

「その悪魔がれーんちゃんをお気に入りにしてて、つばちゃん側にいることが予想外なら、来るかもしれないねぇ?」

「その時はハウンに取り押さえてもらって俺が話を聞く。いいか、それで?」

「…………………」


 蓮華があたしといることは予想外だから、電話をしてしまったに違いない。知っているなら、電話をしなかったはずだ。

今ので蓮華がどんな立場になるか予想がつくはず。

蓮華が庇うほど大事ならば、来る。

 あたしと白瑠さんが推測すれば、蓮華は説得を試みるらしくヴァッサーゴに許可を求めた。

ヴァッサーゴが首を振れば、まずい結果があるということ。

 しかし何処かを見据えていたヴァッサーゴは、黙って首を縦に振った。

まずい結果にはならないということだ。


「さっさと作戦を始めるぞ」

「ハウンをこっちに呼び寄せるから、蓮華はセレノが来た時に備えて。あたし達は藍さんの方に向かって実行してくるから」

「了解。……よぞらには、俺から話す」

「……わかった」


 セレノが来た時のためにハウンくんと蓮華に家を任せて、あたし達は早坂狐月のワナに向かう。

 早坂狐月が悪魔に関わったのは、蓮華の知り合いのせい。

責任を感じている蓮華は、自分でよぞらに話すと言う。

 幸運悪魔と司令塔の早坂狐月が釣れればこっちの勝利は確実だ。

幸運悪魔はどうかはわからないが、早坂狐月の愛が証明される。

 あたしが目にしたよぞらを見つめるものが、本物の愛かどうか。

迎えに来るかどうかで、証明される。

 廃墟のビルの藍さんのアジトに行き、ヴァッサーゴから聞かされた悪魔の最終目的を話ながら準備していた作戦を始めた。

 由亜さんの声を真似た悪魔から場所を聞いていた幸樹さんが、次期大統領のミリーシャに場所を報告。

こちらの作戦は明かさなかった。

ただ、悪魔の居場所を教えただけ。

後に吸血鬼や狩人、ハンターが集まり戦争を始めるだろう。

 あたしと白瑠さんには場所は告げられなかった。

向かう恐れがあるから。

そんな幸樹さんもお怒りだった。

説明中の相槌は「ほーう?」と微笑んでいたけど、押し潰すような威圧感を放っていた。正座したくなるくらい。

でも白瑠さんやあたしみたいに乗り込んでいくほど、馬鹿じゃない。幸樹さんは理性が丈夫だから。


「ぐふふ、つーお嬢達の演技は女優さながらだねー」


 あたしがよぞらの首にカルドをつけて死刑を宣言する動画を観ながら、早坂狐月にウイルスとして送り込む準備をしている藍さんが笑いながら指を弾ませていた。

あたしは後ろから見て完了を待つ。

 幸樹さん達は、家に帰る準備中。

動画の中のあたしの怒りは、悪魔達に正しくは溝鼠に向けたものだから本物だ。

涙ながらに助けを乞うよぞらも、早坂狐月を心の底から呼んでいる。

それが伝わればいいが。


「つーお嬢」

「……はい」


 あたしと白瑠さんの仲を知っている藍さんが漸く触れるようだ。

幸樹さんはなにも言わなかったけど、藍さんはあたしに恋愛感情がある。どんなコメントをするのか。


「……僕は愛人でも、いいからね?」

「……殺されますよ、白瑠さんに」


 あたしが藍さんを愛人にするかどうかはともかく、その前に白瑠さんに殺される。

独占してご機嫌な今、あたしを奪おうとするならば容赦しない。きっと。


「じゃあ3Pしたくなったら、いつでも」

「お黙り」

「あははー。僕は別に、恋人関係を望んでたわけじゃないし、お嬢がいてくれてるだけで十分なんだ。元々望みは薄かったし。……欲を言えば肉体関係を望」

「お黙り。いい台詞を台無しにしないの」


 藍さんは相変わらずの変態だ。

何処から何処まで本心か、わかりにくい。全部、本心だろうか。


「おめでとう、お嬢」


 クルリとあたしを振り返った藍さんは、爽やかに笑いかけて祝福する。

そして背を向けると、エンターキーを押してその手を高らかに上げた。


「ドカーン! これで早坂氏の携帯電話は電源をつけてる間、延々に動画が再生されるよ」

「お疲れ様です」

「かぁえろ、椿っ」


 藍さんが早坂狐月が持ち歩いているであろう携帯電話に、よぞらの死刑宣告動画をウイルスとして送り付けた。

 後ろから白瑠さんが抱き締めてきた。

甘えた声で、家に帰ることを促す。

皆で家に帰った。


「来ねぇ。全員明日に備えて寝とけ」


 ヴァッサーゴが今日は現れないと断言したため、あたし達は休むことにした。

 蓮華は、よぞらに謝罪した。

悪魔と引き合わせたのは、蓮華。責任があると謝罪した。

 あまり見るなと言わんばかりに白瑠さんに部屋に連行されたため、よぞらの反応は確認できなかった。

 よぞらも限界がきている。そのうち寝込む可能性もありえるほど、思い詰めてしまっていた。

早坂狐月が悪魔に叶えてほしい願い事よりも、よぞらを優先して愛の証明をしなければ、戦争を始めた狩人達よりも早くよぞらが危なくなる。

そして、人間も吸血鬼も敗北する結果になるのだ。

 でもこちらには未来を視る悪魔がいる。

好転を運ぶ悪魔バーサス未来を視る悪魔にならないことを祈る。

全てを悪魔側の都合のいい展開になってしまったら、ヴァッサーゴも足掻けなくなってしまう。

 あたしは奴らに、苦しめられる。


「んぅ、椿。寝る前に嫌なこと考えちゃ、悪い夢見ちゃうよぉ?」


 白瑠さんが覆い被さるようにあたしに寄り添い、首筋にキスをしてきた。

何故か当然のように、白瑠さんはあたしのベッドに寝るつもりらしい。

 くちゅ、と唇を這わせて首をキスをしながら、あたしの髪に指を通して撫でる。

その手が、胸元まで下りてきた。


「やめてください。白瑠さん。状況を考えてくださいよ」

「ぶーちゃんは来ないって言ったじゃん、大丈夫だよ」

「不謹慎です。やめてください」

「んもう、悪魔のことを考えてるでしょ? 椿は俺が汚させないよ、俺だけが触って俺だけが喘がせて甘く愛するんだからさ。考えちゃだめ。忘れさせてあげる」


 あたしが拒むと、白瑠さんがあたしの耳に甘く囁いた。

 悪魔が増殖相手として狙いを定めていると知ったんだから、気分が悪い。

白瑠さんとの仲がこうなった矢先だったから、尚更ヴァッサーゴは言うことを嫌がったのだろう。

 あたしも思い詰めていることはお見通しの白瑠さんは、笑みを深めて耳に舌を這わせる。

そっと、肩を撫でるように白瑠さんの指が滑り込んで、カーディガンを脱がせようとした。

あたしは拒む。


「白瑠さん。毎晩求められるとあたしの体力が持ちません。明日に備えて寝ましょう。さもなきゃ追い出しますよ」


 明日に備えて、体力を温存したい。しなければならない。

悪ければ、セレノと対決だ。

 それなのに、また一晩中白瑠さんに激しく愛されては堪らない。


「一回だけ」

「……"あと一回"が何度続いたのやら」

「本当に本当に、一回だぁけ」


 完全にあたしの上に跨がり、白瑠さんは両手でカーディガンを脱がした。

絶対に嘘だ、とあたしは信じない。

白瑠さんは笑う。


「ごめんね、嬉しくて嬉しくて嬉しくてね。つい、激しく、愛したくなってね……椿に触れると気持ちよすぎて、興奮しちゃって、止まらなかったんだよ」


 腰にカーディガンを脱がした両手を置くと、次は赤と黒のベビードールをめくり始めた。

あたしと額を重ねて、見つめながら微笑む。


「これから、なにも考えられないくらい、椿をね、甘く深く、愛してあげる」


 そう言って、白瑠さんは唇を重ねた。

ゆったりと吸い付いて、舌を絡めながら、白瑠さんは着ていたYシャツを脱ぐ。


「甘く、深く、とろとろに溶けちゃうくらい、愛しさせて? 椿」


 白瑠さんの上半身が密着すると、熱いなってきた。直接触れる肌が熱を帯びる。


「甘く?」

「うん」

「熱く?」

「うん」

「溶けてしまうほど?」

「うん、とろとろにね」


 聞き返しながら、白瑠さんと口付けを交わす。

その気にされた。まただ。

白瑠さんはあたしの誘惑が上手すぎる。

 どうせ白瑠さんのことだから途中から激しくすると思いつつ、一度だけ許すことにした。


「じゃあ、あたしを愛してください、(はく)

「んぅ……椿にそう呼ばれると、興奮するなぁ……愛してあげる。愛の証明を、してあげる。椿」


 白瑠さんは嬉しそうに笑うと、あたしを愛し始める。

有言実行して、白瑠さんは最後までゆっくりと深く愛してくれた。


「はぁっ、んっ……あ」

「ふぅ、椿ぃ」


 散々激しく喘がせていたものとは真逆で、静かにでも深く熱い。

奥まで深く、揺するように優しい。

触れ合う肌が、熱い。

繋がるところが、一番熱い。


「あっ、あっ、あっ……白っ」

「んっ、はぁ、もっと……俺の耳に、囁いて、んっ」


 激しい時より、気持ちいい。熱さに溺れてしまいそうだ。

白瑠さんの癖のある髪を握り、揺らされる度に声を漏らす。

それがもう、吐息になるくらい静かだ。


「愛してるっ、椿、ん」


 心地の良すぎる快楽が良すぎて、白瑠さんにしがみついて放さない。

白瑠さんと触れる熱さが、心地よい。

溶けてしまいそうなほど、甘くて熱い愛。


(はく)っ……愛してるっ」


 白瑠さんのこの愛に、溺れたい。もっと、もっと。


「椿、もっと、言って」


 白瑠さんの吐息も、熱い。

熱い、熱い、熱い。


「愛してるっ」


 あたしはもう一度、吐息まじりに白瑠さんの耳に囁いた。

この熱が堪らなく気持ちいい。

繋がるところが、熱い。とろとろでもう気持ちが良すぎる。

触れる全てが、熱くて溶け合いそう。

愛してる。愛してる。愛してる。


「椿は、俺だけのものだよっ」


 白瑠さんはあたしだけのもの。あたしは白瑠さんだけのもの。

白瑠さんは行動して証明してくれるはず。

あたしが受け入れた今、他の誰にも触れさせない。

白瑠さんだけが、甘く熱く深く愛してくれる。





 朝目が覚めれば、服を着て白瑠さんが寄り添って寝息を立てていた。

腕をあたしに巻き付けて。

やっぱり、あったかい。

 最初出会った時は、こんなにもあたたかい体温を持つ人だとは思わなかった。

そんな白瑠さんの寝顔を見つめてから、額におはようのキスをする。

 起き上がり、背を伸ばす。

標的が釣れなければ、奴らと直接対決だ。

気を引きしめよう。

コートに武器を詰めて手元に置いて、朝食を作る。

同居人達は口数が少ない。

緊張感で張り詰めていたからだ。

 全員、身構えてその時を待った。


  ピンポーン。


チャイムが鳴り響いて、全員に緊張が走った。

ハウンくんとラトアさんが動く。

あたしはよぞらを引っ張り、カルドを片手に握り玄関に向かった。

 よぞらと目を合わせて、合図する。

よぞらの決意を確認してから、玄関の扉を開いた。


「アンタの猫だ、返してやるよ」


 玄関の先にいたのはコクウ――――ではなく、黒葉だ。

預けていた黒猫のマフユを投げ付けられた。


「ちょっと!」

「預かってた礼入らねーよ。……よぞら、いつでもおれのとこ来いよ。いつまでも奴を待つな」


 マフユを投げたことに怒りたかったが、黒葉は真っ先によぞらに向かって自分の元へ来ることを言う。

なんてタイミングで来たんだ。

タイミング悪すぎ、黒馬の騎士め。

 よぞらが沈黙を返すから、あたしは蹴り飛ばして追い出した。


「二人とも戻ってください!」


 よぞらの背中を押して、外にスタンバイしていたラトアさん達に戻るように伝える。

よぞらを気遣い、背中を擦る。

 早く来い、早坂狐月。

よぞらの精神が持たないぞ。

傷付けたら許さないって言っただろ。あの怒りは、その程度か?

傷付けたら殺すと睨んだ目は、コケ脅しか?

アンタの愛を証明してみろ。

 よぞらの憂いのある横顔を見ていれば、またチャイムが鳴った。

黒葉の野郎、痛め付けてやる。

 よぞらにはリビングに戻るように指示をして、あたしは黒葉を殴ってやろうとカルドをしまい向かう。

玄関を開けると黒葉ではなく――――少年が立っていた。

 蓮真くんよりも歳が低そうだ。

十五才といったところだろう。

ジーンズに赤と黒のチェックシャツ。そして黒のレザージャケット。

黒い艶やかな髪で見えなかったが、俯いていた少年が顔を上げた。

あたしを見る猫目は、血のように赤い赤い赤い。

恐らく――――セレノだ。

 あたしがカルドを抜くよりも早く、眉間に銃口が突き付けられた。

セレノではない。

セレノの頭上から腕を伸ばす人物だ。

あたしを睨む目には、怒りと憎しみしかない。

 ――――――早坂狐月は、来た。

あたしが愛する人を傷付けたと思い、宣言通りあたしを殺しに来た。

あたしを生かさなければならないはずなのに、早坂狐月は引き金を引く。

 それが、愛の証明だ。




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