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巻き戻し



  ガタンゴトン。

眠りを誘う心地いい揺れ。

  ガタンゴトン。

レールを走る電車の中。

  ガタンゴトン。

窓には景色は映らない。

  ガタンゴトン。

行き着く場所は、わからない。

  ガタンゴトン────────────────────────────────────────ガタンゴトン─────────────────────────────────────────────ガタンッ。


 乱暴にコーヒーカップをテーブルに置く。変わらず沈黙が返ってきた。

 幸樹さんの家のリビング。

悪魔の宣戦布告動画が公開されて一日が経った。

誰も一睡もせずに、沈黙をしたままだ。

 リビングのテーブルについているのは、あたしと幸樹さん。彼とは冷戦状態だ。

ソファーからずっと見守っている白瑠さんも空気を読んで黙っていた。その隣にはラトアさん。

その左右にある一人掛けのソファーに、蓮呀とよぞら。

蓮呀は腕を組んでよぞらを見ていて、よぞらは曇らせた顔で俯いている。


「ウルフの退治を」

「駄目だと言っているでしょう、椿」


 もう一度、悪魔狩りに参加しようと提案しようとしたが、何度やっても即答で反対された。


「戦争ですよ!? 悪魔が派手に暴れようとしているのに、あたし達はなにもしないんですか!?」

「ミリーシャを含んだ裏現実の権力者達が、正式に狩人、殺し屋、悪魔退治屋に彼らの始末を依頼しました。私達が動かずとも人手は足りています」

「終わるまであたし達は、ここにいろと?」

「そうです」


 コーヒーカップを握り割る。

篠塚さんと秀介の神コンビと那拓家の狩人達も、ミリーシャの依頼により、裏現実の存在を脅かす悪魔達の殲滅を依頼されて動き出している最中だ。

 人手が足りると言う理由で幸樹さんは反対しているわけではない。悪魔憑きで悪魔に生かされたあたしまで、悪魔狩りに参加することは、リスクが高過ぎるから反対している。

 幸樹さん達は、気付いていない。

ウルフの仲間に、アイツ(、、、)がいることを。

あたしは言わない。言えばどうなるか、目に見えている。


「ウルフは、あたしにも挑発しているんですよ! このままここにいたら、あっちから出向いてくるかもしれません!」

「憶測でしょう。悪魔の狙いは、吸血鬼の殲滅。挑発に乗らないでください」


 感情的になるあたしと違って、冷静に返す。それがムカつく。

あたしはテーブルに拳を落とした。

昨夜からの堂々巡りに、ついに痺れを切らしたのかラトアさんが立ち上がる。


「お前が行ったところで、好転するとは限らないだろう。お前に憑いた悪魔が、同族を殺す手助けをしてくれると言ったのか?」

「………」


 あたしの中のヴァサーゴは、ずっと応答しない。

ヴァサーゴもウルフと関わるな、と反対しているんだ。


「……悪魔が憑くと、眼は赤くなるのか?」


 蓮呀が静かに問う。

「ええ、そうですよ」と幸樹さんは頷く。

蓮呀達に悪魔の存在を話した。あたしにも憑いていることも、その悪魔に生かされていることも。

悪魔こそ、吸血鬼を生み出して、遥か昔に滅ぼそうと、戦争していたことも話した。

そして、再び戦争が始まる、と。

 あたしは蓮呀からよぞらに目を向ける。

無機物のように大人しく俯いているよぞら。


「よぞらを守るように依頼した早坂狐月が、悪魔側にいるんですよ? 放っておけと? 十中八九、あたしに依頼をするよう助言したのはウルフです! 勧誘を断ってもちょっかいを続けてくるんですよ!」


 確実にあたしの元に来るだろう。

地獄から帰還した悪魔が、再びあたしに地獄を見せにくる。ウルフが自分を殺した相手に復讐したように、きっとあの溝鼠もあたしを殺しに来るに違いない。

死人を生き返らせる能力を持った悪魔が憑いたウルフが、用意した最低最悪の挑発。


「なんで悪魔側にいるんだか……。吸血鬼モドキを送り込んだ、あの悪魔側に」

「……わかりません」


 そっと囁くような声で、呟くよぞら。

早坂狐月の意図がわからない。

彼に悪魔は、憑いていない。証拠に瞳は、赤くなかった。

尚更意図がわからない。

つまりは、自分の意志であそこにいたというわけになる。

 愛する人を守りたくてあたしに依頼したくせに、吸血鬼モドキを送り込んでよぞらを危険に晒した。

悪魔に唆されるようなタイプには見えない。

なにがどうなっているのか、蓮呀もよぞらも困惑している。よぞらは放心状態のようだ。

早坂狐月に依頼されて守っていたことを明かして、どうしてあそこにいるのかと訊いてみたが、二人はわからないと首を横に振った。


「早坂狐月は、半年前から悪魔と行動していたかもしれません……」


 愛する人よりも優先している用事が、悪魔とつるむことだと推測する。半年も前からだ。

あたしが裏現実に入った後からだ。

悪魔達は、海底で蠢いていた。


「悪魔狩りは百歩譲って参加しないことにしますが……早坂狐月をどうにかしましょう」


 早坂狐月を言い訳に、あたしはなんとしてもこの件に首を突っ込もうとする。

それを幸樹さんは許さない。

寿命零のあたしの命を奪いかねないこの件に触れることに首を縦に振らない。


「早坂狐月に近付けば、必然的にウルフに近付くことになります」

「じゃあ世界が滅茶苦茶になっている間、ここでコーヒーを飲んでろと!? よぞらにもそう言うつもりですか!?」

「────…椿」


 立ち上がり声を上げたら、久しく感じる白瑠さんの声が聴こえた。

いつの間にかソファーの背凭れに腰を下ろしている白瑠さんが、あたしを笑みのない顔で真っ直ぐに見据えてくる。


「……由亜っちが死んだ時と、同じ顔してる」


 指摘されて激しい動揺が走り、心臓に痛みを感じて胸を押さえる。

 違う。違う。違う。

 あの時とは、違う。

怒り狂っているが、違う。由亜さんを殺したアイツが、再び現れて怒り狂っている。間違いなくあたしと、幸樹さん達に危害を加えるアイツの首を今すぐ切り落としたい。

その衝動に急かされているが、同じ過ちはしない。あの時とは、違うんだ。

だからこうして、許可を求めている。

家を飛び出さずに、ちゃんと堪えているんだ。

あの時とは、違う。

あんな思いをしたくない。また彼らを苦しめたくない。

あの男にまた────…奪われてたまるか。


「椿? 痛いの?」

「っ触らないでください!」


 胸を押さえてよろめくあたしを、心配して白瑠さんが手を伸ばした。

触れられた途端、バレてしまう気がして反射的に振り払ってしまう。

それを喧嘩中の拒絶反応だと解釈したのか、白瑠さんは眉間にシワを寄せて悲しげに俯いた。

 違う、今のは……。

言おうとしたが、溝鼠の件を見抜かれたくなくて唇を強く結ぶ。


「はぁ……。悪魔といるってことは、狐月にはなんらかしら利益があるんじゃねーの?」


 その様子を横目で見ていた蓮呀が呆れて溜め息をつきつつ、早坂狐月の話を始めた。


「なにかを求めてるからこそ、悪魔側にいるんだろうな。何か事情があることは確かだ、俺達と違ってアイツは"面白そうだ"って理由でバカやったりしない」


 悪魔は何かと引き換えに契約して願いを叶える存在。

面白そうだからという理由で、世界を滅ぼしかねないこの件に関わるタイプではないことはわかる。

楽しんでいるようには見えなかった。

 何か、訳がある。

あたしはよぞらを見た。

感情を押し殺した暗い表情のまま俯いている。

愛する人からの裏切り行為に対する怒りか? それとも悲しみ?

 彼女を守るために、必要な何かあるのかもしれない。あたし達が守りきると信じたからこそ、吸血鬼モドキを送り込んだのか。

何を考えている? 早坂狐月。


「早坂狐月が何を求める理由はわからないが…………悪魔が早坂狐月を必要とする理由は予想がつく。な? よぞら」


 今の間に心当たりが浮かんだような反応をした気がするが、蓮呀はよぞらに声をかけた。

目をそっと閉じて、よぞらは頷く。


「戦争をするなら、きっと彼は指揮官になるでしょう。高校から何かとトップに立ち、人を動かしてきた人です。十五万人の人間を惹き付けたカリスマ性と、敵を排除するために味方を動かすリーダーシップと冷徹な戦略を考えることが出来る人ですので……」


 淡々と感情を押し殺した声で、よぞらは告げた。

悪魔側にいる早坂狐月の立場は明確。指揮官。冷徹な頭脳がある彼は悪魔側の戦力のようだ。


「悪魔が個々に持つとか言う能力を生かしたフィールドで待ち構えているはずです。……乗り込んだら間違いなく、敗北するのは吸血鬼だと思います」

「……何故そう思うの?」

「彼のスタイルなんです。初めは忠告し、それでも攻撃してくるなら容赦なくテリトリーで叩き潰す。今回は……動画での挑発ですが、きっと狐月さんの案ですよ。返り討ちをする準備は既に完了しているはずです。……今までは友人、仲間のために動いて、危害を加える敵を倒してきた人なんですがね」


 冷静な分析をして語るよぞらに、悪寒を感じる。

あの無邪気な笑顔の少女の面影すらそこにはない。

"何か"の目的で、今まで仲間を守ってきた頭脳を使っている早坂狐月を、どう思っているのか全くわからない。


「敵地に行くことはあたしも勧めることが出来ません。というより、吸血鬼達にも狩人達にも、そう忠告すべきだと思います。主導権が彼らにある今、動くことは破滅します」


 非現実を楽しんでいたよぞらは、冷めきったように告げる。

もう楽しんでいないことは伝わった。

そんなよぞらが、ソファーから腰を上げて立ち上がる。


「申し訳ありませんが、ここで大人しくするつもりはありません。あたしはあたしで、彼をどうにかします」


 あたし達に深々と頭を下げると、よぞらは。


「手を貸してください。お願いします。早坂狐月を、助けてください」


 あたし達に助けを求めた。

愛する人を、助けて──と。

黙っていたのは、ずっと彼を救う方法を考えていたのだろうか。この戦争から、無事に生きて救いだしたい。

それだけを考えていたのだろうか。

 そこであたしの携帯電話が鳴った。

ビクリと小さく震える。

戦慄が、走った。

あの時の電話が過る。大切な人の死を報せる電話かと、躊躇った。

ディスプレイにはコクウの名前。

ゆっくりと耳に当てた。

聴こえたのはコクウの声。ほっとした。


「もうアメリカに着いたの?」

〔いや、向かってるところ。でも先にアメリカにいる狩人が行ったらしいよ。中に悪魔達はいなかったってさぁ、散らかし放題やってトンズラしたみたいだ〕

「……そう。じゃあ悪魔達の所在はわからないのね」


 自分達の縄張りに入られた黒の集団は、即刻アメリカに飛んだ。一晩で着くはずもなく、まだ機内にいるらしい。

アメリカにある黒のオフィスは、どうやら悪魔の根城ではないようだ。

よぞらが言うように待ち構えるつもりなら、何処かをアジトにするはず。一応参考までに話すことにした。

よぞらの愛する人である早坂狐月は、策士の役割を果たして待ち構えるはずだから、迂闊に攻めこむな。

 目を移すとよぞらは、まだ頭を下げていた。


〔あひゃひゃ、策士?そりゃあ負けてられないねぇ〕


 可笑しそうに笑うコクウ。忘れていた。

ひねくれた策略家。

番犬を再び裏現実の舞台へと引きずり出そうと、あらゆる手を回して、結果的に番犬を甦らせた。

 長年生きた吸血鬼と若造の頭脳対決は、どうなるのだろうか。

経験の差は明らかだ。

頭脳戦でコクウが負けるわけがない。黒の集団の連携プレーとコクウの指示なら、悪魔と早坂狐月と対等に戦えるだろう。

元々悪魔は自己愛が強くて協調がないと、ヴァッサーゴが以前言っていた。

コクウ達なら、大丈夫だろう。

迂闊に乗り込んだりしないしね。


「……コクウ……あの……」

〔ん? なぁに? 椿〕


 言いかけたが、言葉は頭に浮かんでいなくてあたしは俯く。

優しく声をかけてくるコクウ。

あの男について、忠告をしようとしたが、あたしを真っ直ぐに見てくる白瑠さん、ラトアさん、幸樹さんの三人の視線に気付いてやめた。


「皆、気を付けて。……それから早坂狐月を見付けたら、生け捕りにしておいてくれないかしら。身柄はあたしに頂戴」

〔白馬の王子様、かぁ。どぉしようかな。考えておくよ。じゃあね、椿。愛してる〕

「………」


 愛してる、か。

プツリと切られた電話。あたしは携帯電話をポケットにしまって、もう一度よぞらを見た。

よぞらは両膝に手をついて深々と頭を下げたまま。

 幸樹さんに意見を求めるように視線を送れば、あたしに判断を委ねると言った感じに頷かれた。


「どう助けるつもりなの?」

「先ず、悪魔との接点を探りたいと思います。そこから辿っていけば、彼の居場所がわかるはずです」

「居場所を突き止めたあとは?」

「あたしが説得します。……だめなら力づくで椿さん達にお願いします。悪魔もろとも彼が殺される前に」


 顔を上げたよぞらは、感情を圧し殺した落ち着いた表情のままだ。

あたしなら怒りを出して、他の感情を隠す。なのによぞらはなにも出さない。

彼女の心情は、伝わらない。


「どーやって接点探すん?」


 勢いつけて蓮呀が立ち上がる。

蓮呀を振り返ったよぞらは、白瑠さんに目を向けた。白瑠さんはきょとんと首を傾げる。


「悪魔の存在を教えたのは、恐らく岩神鉄志(やがみてつし)さんだと思います」

「ああ! てんくんかぁ!」


 よぞらと白瑠さんが知っている人物。

その名前に過ったのは、白いナイフ。

武器職人で有名な、ヤガミのことか。


「このナイフを作った人ですか?」

「それは、てっちゃん。てんくんはまぁご」


 あたしから声をかけたことに喜んで白瑠さんは答えた。

よぞらの話によれば、その岩神の孫は早坂狐月の高校からの友人だと言う。

蓮真君と同じ生まれ持っての裏現実者か。


「では白瑠が送ってください。私とラトアは家に立て籠る準備でもします」

「りょぉかぁい」


 チャリ、と幸樹さんが車のキーを白瑠さんに投げて、白瑠さんは片手で受け止めた。


「え……幸樹さんとラトアさんは別行動ですか……?」

「ええ、車で移動するならそのメンバーがいいでしょう。やる気満々ですしね」


 幸樹さんが微笑みを向ける先には、行く気満々で背伸びをする蓮呀と黙って立っているよぞら。

この二人が行かないわけがない。

それを理解しているから二人が行くことは既に決定事項。勿論、あたしも行くメンバー。あとは戦力になる白瑠さんかラトアさんが行くべきだが、ラトアさんは昼間は動けない。なので白瑠さんが引率者になった。


「……でも……」


 別行動に不安感に襲われる。

でもその理由は言えないから、反対意見は言えなかった。

行くしかない。

 家を出ると那拓蓮真と鉢合わせた。事情を話せば、一緒に行くと蓮真君もついてきた。

後部座席に蓮真君、蓮呀、よぞら。

助手席にあたし、運転席に白瑠さん。


「しゅっぱぁつ!」


 白瑠さんの明るく弾んだ声を最後に、車内は沈黙に包まれた。

あたしは右手で携帯電話を握り締めながら窓の外を見つめていて、白瑠さんは運転に珍しく集中していて、よぞらは携帯電話をカチカチといじっていて、蓮呀は前を向いて欠伸を漏らしていて、蓮真君は頬杖をついて窓の外を見つめている。

談笑している場合ではないから当然だ。

しかし、彼女は耐えられなかったらしく、口を開いた。


「べっぴんさん。話すことあるんじゃないのー?」


 その内容が最悪だった。

振り返ればニヒルな笑みを浮かべている。今その話をしないで。

蓮呀の隣の蓮真君と目があったので、先手を打たせてもらう。


「蓮真君から返事を聞いたの?」


 蓮真君が顔色を変えた。

きょとんとした蓮呀が蓮真君に向く。ビク、と肩を震わせると狭い中で距離をとる蓮真君を見て、蓮呀は標的を彼に変えた。


「返事は? れ・ん・ま」

「はっ、はぁ?」


 にんやりと笑みをつり上げて、顔を赤くした蓮真君に迫る蓮呀。

蓮真君があたしに助けを求めるような視線を投げてきたので、そっぽを向く。その視線の先に白瑠さんがいて、バックミラーで二人を見ていた。


「そんなことしている場合じゃないだろ!」

「返事って、後回しにしちゃいけないぜ? 世界がぶっ壊れちゃう前に返事しろ」

「不吉なことを言うなよ。……返事、て……あの……あ、あ……あい」


 耳まで赤くして視線を泳がす蓮真君と逃がさないと言わんばかりの蓮呀。性別を交換した方がいいと思う。


「愛してる。返事は?」


 鼻が触れるほど近い距離で蓮呀は微笑みを浮かべて待つ。

赤くなりながらも唇を尖らせて蓮呀に目を向ける蓮真。


「……愛とか……わかんねーけど……お前のこと好き、だ」


 あたし達に聞かれていることを思い出し、語尾を小さくして答えた。イエス。

 恋愛は幻だと言っていた蓮真君が、首を縦に振った。

女子の告白はうざいと煙たがっていた蓮真君が、受け入れた。

 その瞬間、蓮呀が柔らかい笑みを浮かべて唇を重ねる。

蓮真君が強張ったが、抵抗せずただ瞼を閉じた。

唇が離れると手の甲で口元を隠してそっぽを向く。その様子からして、満更でもないらしい。

両想いだったのか。


「うわぁーい、おめでとぉ!」


 ハンドルから手を離して拍手して祝う白瑠さん。いつものニコニコ顔。通常運転にしてもらいたい。

 蓮呀は喜色満面の笑みだ。

その蓮呀と目があってしまい、再び標的にされた。

それを避けるために、あたしは今度はよぞらの目に向ける。茅の外に出た彼女は、なにも聴こえていないのかただ携帯電話をいじっていた。


「よぞら、さっきから何をしているの?」


 彼女なら白瑠さんと同じく拍手して笑うと思ったが、それほど余裕がないのか。余裕がないなら携帯電話をいじくらないだろう。

念のため確認してみた。


「ああ、今……ウルフに誘きだされた狐月組メンバーの把握をしているんです」


 あたしを一瞥してからまた携帯電話と向き合うよぞらはそう答える。


「吸血鬼モドキに変えられたであろうメンバーは…………少なくともまだ七人います。まだ把握しきれていませんので今後増えるかもしれません」


 これはこれは、感心。

移動中にも動いている彼女に拍手を送りたい。真横でイチャイチャされても顔色ひとつ変えないよぞらが、とても心配になるけれど。

 元々こういう娘なのだろう。こういう一面がある、と言った方がいいか。よぞらの裏側。

今ならよぞらが他のギャングを潰すために指揮を取った武勇伝を信じられる。


「はぁいー! とぉちゃく! 岩神家だよぉん」


 車が停止したので降りてみれば、これはまた那拓家に劣らない立派な屋敷が建っていた。

那拓に並ぶ名家なのだから当然か。

よぞらと白瑠さんの後に続いて門を潜り、中に入れば刀鍛冶の作業場に行き着く。


「ちゃおーう! てっちゃあん!」

「……来たぞ! 鉄志!」


 白瑠さんが挨拶をする白髪混じりの黒い中年が、あの白い短剣を作ったヤガミか。

貫禄ある岩神は突然の来客を鋭く一瞥すると、ドスのきいた声を轟かせた。

 奥から一人、青年が顔だす。

客人の顔を一通り見ると、最後によぞらに目を向けると顔を歪めた。


「……すまない」


 そっと小さく謝る。

よぞらも顔を歪めた。


「狐月さんに裏を教えたのは……」

「おれだ」


 頷いて見せた岩神鉄志。

彼もあの動画を見て早坂狐月の状況を知っていて、あたし達が訪ねてきた理由も悟っているようだ。

早坂狐月に、裏現実を話したのは岩神鉄志。

悪魔の存在を明かしたのは、彼だ。


「……狐月さんは、何故……何故悪魔と?」


 一歩前に出てよぞらは問う。

その問いに岩神鉄志は、戸惑った様子を見せた。


「……心当たりは、ないのか?」

「ありません……」


 静かによぞらが首を振った後、岩神鉄志は視線を落とす。


「おれが最後にアイツと会った時に……」


 岩神鉄志は心当たりを、告げた。


「"時間を巻き戻す方法はないか?"と、訊かれた。だからおれは」


 "悪魔にしか時間は巻き戻せない"と答えたそうだ。

何気ない会話だと思ったらしい。だから深く考えずそう答えた。

答えを聞くと早坂狐月は踵を返した。それが彼と早坂狐月の最後の会話。

 時間を、巻き戻す。


「先輩は、時間を巻き戻したいのか?」

「悪魔に頼むくらい、巻き戻したい事情がアイツにあるってことだろ?」


 理解できないと眉間にシワを寄せた蓮真くんに、物色しながら聞いていた蓮呀が返す。そして顔だけよぞらに向けた。


「その事情に心当たりは? よぞらちゃん」


 訊かれたよぞらは。


「……ありません」


 首を横に振った。


「彼に、やり直したい過去があるなんて……想像できません」

「んー、俺も。蓮真は?」

「……あの人は執着を見せない人だったから、ぼくもわからない」


 早坂狐月が時間を巻き戻したい理由。やり直したい過去。

わからない、と俯くよぞらに続いて蓮呀も蓮真君も首を振った。

悪魔に頼むほどに、やり直したい過去。やり直さなければならない過去が、早坂狐月にあると推測するがそれがなんなのかわからない。


「舞中絡みなのかと思った」


 岩神鉄志がポツリと言った。

よぞらは顔を上げる。


「おれ達がアイツを巻き込んで色々やってきたが……アイツは後悔していない。だから高校時代をやり直したいとかじゃないと、おれは思った。おれ達と会う前は平凡だったって言うし……おれ達になにも言わず行動したのなら、アンタ絡みだと思ったんだ」

「あたし……?」


 よぞら絡み。

早坂狐月をよく知る友人の推測。しかし本人は首を傾げる。

早坂狐月が愛する人のために。よぞらのために時間を巻き戻したい。

よぞらのために。

よぞらのために巻き戻したい時間?


「よぞらが死んだわけでも他の男にとられたわけでもねぇのに……なんで?」


 蓮呀が首を傾げた。

よぞら本人もわからないようだ。


「非現実的なお願いを叶えるために動くくらいだ。すんげー重要なんだろ。それに本当によぞらは心当たりねぇの? 変えたいくらい執着する過去の話をしてなかったか?」


 よぞらに歩み寄りながら、蓮呀は問う。

よぞらに関連した過去なら、彼女が考えればわかるかもしれない。


「わっかんねぇな。ゲームみてぇにリセットしてセーブ地点からやり直すなんてさ、時間は止まらないし巻き戻らないのに悪魔にわざわざ頼みにいく心情がわかんねぇな。蓮真はやり直したい過去ある?」

「……しょうもないことならいくつかあるけど、やっぱり悪魔に頼むほどではないな」

「べっぴんさんは?」


 心底呆れたように溜め息をついた蓮呀は、よぞらが考えている間に蓮真君に訊くと今度はあたしに振った。

やり直せるなら、あたしは。

由亜さん達を置いて日本に経ったあの時の選択をやり直したい。

あたしが沈黙を返すと、蓮呀は白瑠さんに振った。


「白いにーちゃんは? やり直したい過去はある?」

「んぅーん……」


 白瑠さんも唸ると考え込んだ。


「動機は置いておいて、先ずは早坂狐月が悪魔と何処で接触したか、調べましょう。そこの心当たりはない?」

「いや……悪魔なんて、みかけたことなどない」


 あたしは話を戻して、岩神鉄志に問う。首を横に振られた。

岩神鉄志の元に来たあと、早坂狐月は何処に行った?

裏現実者でも悪魔と遭う確率なんて無いに等しい。どうやって悪魔と接触した?


「狐月組の中にもう既にいた、とか? いや、よぞらが今管理してるし、そーゆーやり取りがあるとしたらわかるか」

「……悪魔が絡むやり取りは残されていませんでした」

「じゃあ知人の中に悪魔あるいは悪魔付きがいましたーってこと…………」


 推測を立てる蓮呀が、中途半端に言葉を止めた。そして黙り込んだ。

それを不思議に思い注目しつつも、それぞれ心当たりを探した。

 過去なら、ヴァッサーゴ。過去を視る悪魔。

 どう思う? ヴァッサーゴ。

問い掛けてみたがヴァッサーゴは沈黙を保ったままだ。絶対に協力してくれないみたい。

 よぞらは顎に手を当てて俯いて考える。暗い表情のまま。

自分が絡んでいることに、その瞳が潤んだ。

 ────…その時だ。

気配を感じた。

ヴァッサーゴが中に宿っていることで、敏感にその気配に気付けた。


「蓮真君、蓮呀、よぞらを守って!」


 カルドを取り出して、白瑠さんに視線を送る。彼も気付いていた。

あたしが先に飛び出せば、木材の門をぶち壊して吸血鬼モドキ二匹が現れた。

もう片方の手に短剣を握り、あたしから動く。

屈んで突進して交差した腕を振って、二匹の足を切り裂く。

吸血鬼のなり損ねたモドキは不死身ではないし、自己治癒が遅い。先ずはあたしが足を崩した。

 白瑠さんはあたしを飛び越えると、その二匹の頭を両手で掴んだ。

その瞬間、頭蓋骨は弾き飛ぶ。

真っ赤な頭蓋骨の残骸が飛び散り、頭を無くした体はゆっくりと落ちていく。


「ヒュー、ナイス連携プレー」


 殺人断ちをしているあたしの代わりに、白瑠さんがトドメをさした。

蓮呀が口笛を吹くと同時に、体はドサッと倒れる。

 わかっているだけでも、吸血鬼モドキはあと五匹。あと五匹は、何処?

やっぱりあたしに喧嘩を売っているじゃないか。あたしを放っておいてくれない。

あの男の笑みが、浮かぶ。

 推測したあと、ドクドクと不安が駆け巡った。

カルドを放り投げて携帯電話を取り出し、幸樹さんに電話をかける。呼び出しのコールが長い。


「早く出てよっ……!」


 早く。早く出て。

 お願い。幸樹さんっ!

電話が繋がった瞬間、アイツの声が出ないことを祈り、幸樹さんの声を待つ。

幸樹さん、幸樹さん、幸樹さん!


〔もしもし、椿さん? なにかわかりましたか?〕


 プツ、と繋がると穏やかな口調で幸樹さんの声が聴こえてきた。

安堵が広がって、泣きそうになって言葉に詰まる。


「っ……こっちにモドキの襲撃がありました、そちらにも来る、かもしれません。十分注意してください」

〔大丈夫ですよ。死なない吸血鬼ならまだしも、急所を突けば殺せる相手なら勝てますから〕


 電話越しに幸樹さんは笑う。

吸血鬼モドキの襲撃なら、大丈夫。相手は獣と同じ。だから大丈夫。

ほっと息を吐く。

今はまだアイツは動いていないが、確実に復讐にくる。

あたしの大切な人を殺す。

そばにいて、守らなくちゃ。


「戻りますね」


 それを告げて電話を切ろうとした。


  ガッ!


その腕を掴まれる。

掴んだのは、白瑠さん。

笑顔なんて、ない。

雨の墓場で、掴まれた時を思い出す。


 師匠命令だ、椿。指鼠から手を引くんだ。幸樹が行かないなら、俺達も行かない。


 アイツを殺すっ!!邪魔をしないでっ!!


 駄目だって言ってるだろ、椿。腕をへし折るよ。


 師匠命令なんかっ聞けるか!


あの雨の冷たさと、腕をへし折られた痛みも思い出した。


「……椿」


 白瑠さんはじっと真っ直ぐにあたしを見ると、口を開く。


「どうしてあの時と同じ顔をしているの?」


 あたしは答えることが出来ず、ただ震え上がった。




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